公女リュシーナのこと。
「災厄の魔女が来る」
俺の報告を聞いた時、デルタ卿は深刻な顔をしていたが、翌日にはなぜか平静な顔で拠点にやってきた。
「陽光殿、早くからすまないな」
「いえ、俺は夜型ですけど朝も平気なので」
はっはっは、とデルタ卿は朗らかだ。
「ごきげんですね。何か良い知らせがあったのでしょうか?」
「うむ。災厄の魔女の件だがな。公女にお伝えしたところ、問題ないというお話でな」
「なんと。その存在を、すでに把握していらしたのですか」
「機密事項も多いらしく、詳しいことは教えていただけなかったがな」
「そうですか……。帝国、おそるべしですね。あれほどの存在が、普通にうろついているのでしょうか……」
椅子もないので立ち話をしていたら、アラゴンがお茶を淹れて持ってきてくれた。
さすがに貴族を立たせたままでは申し訳が無いか。土魔術で即席の椅子を作る。
即席と言っても、座面には俺の殻でほどよいクッションを作って貼り付けておいた。
「ほう、このような物もつくれるのか。陽光殿は、器用なのだな」
「一人の時が、長かったもので。そういえば、先ほどの件、公女とは、連絡を取れるということですか」
「ん? ああ、来訪の打診があった際に、通信用の魔道具を、預かっていてな」
「長距離の通信が可能な魔道具は、相当に希少なものと聞いていましたが」
以前に買おうか検討したが、国家レベルで扱う品のようだった。
「そうなのだ。帝国の魔道具はサルサリアのものより高度なのだが、公女が持ち込んだものは、それまでのものよりさらに数段優れていてな。例の魔道学院の研究結果だというのだが、そんなものを簡単にこちらに預けていくのだから、恐れ入る」
「もともと、帝国は魔道具の技術も簡単には開示しなかったのではないですか?」
「今回の訪問も、そういった機会を含めた一つの政治的パフォーマンスなのだろうな。学院では平民に秘術を公開する。わざわざ他国に最新の魔道具を手渡す。付与術の力が大貴族の力の象徴だった帝国では、革命や反逆に等しい行為のはず」
「災厄の魔女は、貴族の手の者なのでしょうか」
「さてな。帝国の貴族が、あからさまに他国の領内で暴力を使うとは考えにくいのだが……」
「ま、確かに俺の接触の仕方は、魔物のそれとあまり変わらなかったかもしれませんけどね……」
「何しろ、公女の来訪は明日。本人がいらしてから、また何か陽光殿にも手伝いを頼むこともあるやもしれぬ。その時は頼みますぞ」
「ほかならぬデルタ卿の頼みとあらば、断れませんね」
そして、来訪の日。
俺も、デルタ卿の出迎えに同行している。
サルサリアに通じる街道に現れた公女は、災厄の魔女だった。
いや、俺もあの時、姿を見たわけではない。
波動を感じた時、ん?と思い。
何気なく、念話で声を掛けられた。
「あら。さっそく会えましたね」
人間で言えば、十代の前半に見える。
供も連れず、荷も抱えず、普通の旅人ではあり得ぬ軽装なれど、その美しい容姿に身だしなみは整い、狩場に遊ぶ大貴族の娘といった風情だ。
手にした杖が、何かおかしい。
放たれる魔力は、静かなものだ。
だが、探知がまったく通らない。
強固な精霊の力で結界され、中に巨大な何かが封じられているのだ。
「デルタ卿。あのような危険を抱えた者を、サルサリアに招いて、本当に大丈夫なのですか」
「巨大な武力を持っているからという理由のみでは、サルサリアの門は閉ざされぬよ。かくいう陽光殿は、門を閉ざされたいか?」
人間から見れば、俺だって十分に危険な存在か。
ふぅ、と息をついて、念話で挨拶を返す。
「その節は、どうも。サルサリアへ、ようこそ。ここは、良い街です」
「あなたの様な存在も受け入れられていること、嬉しく思います。サルサリアに、敬意と祝福を」
あなたの様な存在、か。
では、リュシーナ公女も、人間とは異なる存在ということか……?
「ツヴァイ、あれがリュシーナ公女か」
パイロペが、物珍しそうに眺めている。
「人間なのに、あのように大きな力の精霊を従えておる。帝国の技術は、それを可能とするということか?」
「うーむ。公女が普通の人間なのかどうか分からんが、技術だけでそれほどの精霊が従えられるのならば、帝国の精霊は、サルサリアの比ではない扱いを受けているのかもしれんな……」
「オブシーデ達がそれを知ったら、どう思うかのう……」
「そうだな。やはり、帝国の在りようを、見に行かねばならんな」
そのためには、公女とお近づきにならねばならんということか。
本日は歓迎の晩餐会が支度されているが、俺は辞退している。
明日の、魔道具店の訪問の際に、なんとかお願いする流れを作るしかあるまい。
デルタ卿も力を添えてくれることにはなっている。
だが、まさか公女がこれほどの魔女だとは……。
帝国を訪れることになったとして、俺は、自分の身を守ることができるのだろうか……?
俺達は、公女と、その力のことに目を取られていた。
もう一つの別の存在が、俺達に強い興味の視線を送っていたことには、気付いていなかった。




