災厄の魔女のこと。
結局、あまりにも情報が少な過ぎて、デルタ卿も、うなりながらお茶を飲むばかりだった。
銀晶やストラスでさえ近寄るのをはばかる存在だ。
いきなり冒険者や軍をぶつけるわけにもいかないだろう。
改めて、情報収集を依頼として受け、俺が直接向かうことになった。
日が暮れるのを待ち、行動を開始する。
騒いでいたが、宝石公女達は置いてきた。
彼女らは、火力はあっても離脱の速度が遅すぎる。
遠距離偵察任務だが、相手を確認できるときには、こちらも探知されている可能性が高い。
ボロボロになろうが単に生き残ればいいというなら、俺自身が一番適任だからな。
眷属も、魔力が大きい分、探知されやすくなる。
一人で、夜の原野を飛んでいる。
単独の行動は、久しぶりだ。
一人だと、こんなにも、風の音も聞こえるのだったか。
帝都を離れ、その存在まで十キロほどの距離で、適当な丘の上の岩場に隠蔽を張り巡らせたら、観測開始だ。
コウモリを十匹召喚し、かなり遠回りさせて差し向ける。
向こうの探知能力を探らないことには、ストラス達を呼んだ瞬間に発見される恐れもある。
コウモリをジワジワと近づけて、どのくらいの距離で捕捉、反応されるかを測るのだ。
下位のコウモリは、緋夜の髪の毛から作る式神のような存在で、他の眷属と違って個々の魂はない。
片言のような意思疏通しかできない代わりに、使い捨てにしても問題ない。
「何か、見えるか」
「イナイ」「イナイ」「チイサナ、アカリ」「イナイ」「イナイ……」
一匹が、何かを見つけたようだ。
灯りか。
街を出てくる前に、冒険者ギルドに立ち寄って、こちらの方面の依頼が無いことは確認している。
荒れ地や山野しかない地域で、魔物も棲んでいる。
普通の人間ではないだろう。
灯りを見つけた場所を中心に位置取りを調整させ、うち一匹を接近させる。
「何が見える」
「チイサナ、ウチ」
うち……家か。こんな僻地に。
「そのまま、様子をうかがえ」
ある程度接近しても、迎撃の気配は無しか。
一体何者だろうな。
コウモリの伝達能力では、なかなか詳細は掴めない。
のんびりとそんなことを考えていたら、首筋に、チリッと違和感を感じる。
コウモリからの念話……ではないが、なんだ?
大きな黒い影が視界を遮ったかと思ったら、バシィ、という音と小さな炎が一瞬上がって消えた。
岩の隙間に身を投げて、伏せる。
足下にうずくまる黒い影は、大きなコウモリ。
緋夜の使い魔だ。
胸元に大きな穴が開き、サラサラと魔力の光が粒子となって消えていく。
俺の、盾となったってことか。
呼んでもいないのに、無茶しやがって。
「命中させるつもりは、なかったんだけど」
低めてはいるが、女の声……念話か。それも若い……が、当てにはなるまい。
姿は見えない。
魔力があちこちに展開されているのが、探知で見える。
多少濃い部分もあるが、居所の特定には至らない。
コウモリとの念話をたどって、あっという間にここまで手繰られた。
灯りの見えた家とやらも、囮だったか。
俺は、魔女にあっさりと釣られた間抜けな魚って訳か。
とんでもなく手練れの術師だ。
さっきの攻撃は、俺ではかわせない。
俺の身体ならば即死はないが、相手の本気の威力はまだ読めない。
バラバラに潰されれば再生に時間がかかるし、これだけ高位の術師ならば、その間に俺を封じる方法もあるかもしれない。
伏せたまま銀尖を召喚し、そのまま眷属憑依を行う。
人狼と化すとともに、身体に力がみなぎってくる。
消極的な対応だが、敏捷性や反応性、耐久性は格段に上がる。
「ふうん、波動が少し変わったわね。変身……?」
話しかけてきてるのか?
俺にも、少しだが、感じられた。
この魔女は、とんでもないモノを、いくつも飼ってやがる。
ふう。
ストラスを、召喚する。
「撹乱だけでいい。すぐに離脱しろ」
空に、夜空よりも暗く、星の瞬きを遮る影が染みのように現れた。
ゆっくりと揺らぎながら広がっていくのは、巨大な蛾のようなフォルム。
羽ばたきの下に、何か細かな暗い粒子が降り注いでくる。
「うぅ……こういうのは、ちょっと苦手ね……」
「でも、ちょうどいいじゃ、ないですか……」
会話をしているような、やりとりが伝わってくる。
粉雪のようにゆっくりと舞い降りていた粒子が、ふわりと、渦を巻き始める。
暗い影でできた竜巻が、地上へとつながって、どこかへ吸い込まれていく。
影の粒子を、取り込んでやがる……
その時、蛾の全身が、炎に包まれた。
影の渦も、一瞬の内に白い光を放って燃え尽きる。
蛾の体は、魔力を帯びたまま辺りに散らばって降り注ぎ、俺は、その合間を縫って全力で走り去っていた。
「幻影……? あ、逃げちゃった……」
「またそのうち、会えますよ……」
そんな声が、聞こえた気がした。
「ストラス、あれは何だ」
「声の主は分かりかねますが、幻影の鱗粉を吸っていたのは、かつて『災厄』と呼ばれた存在でしょう。百年以上前に、封じられたと聞いておりましたが」
「災厄か。魔王の様なものか?」
「いえ、巨大な、不定形の怪物だったとか。知性はなかったと思われますが、それでも、封印されるまでに数えきれない人数の勇者を喰らったはずです」
「不定形の怪物か……。それはそれで気になるが、あの魔女は、その『災厄』とやらを従えているってわけか。そいつに、精霊や魔素を食わせているんだな」
「そういうことでしょう」
「他にも、気配があったな」
「はい。精霊と思しき強力な存在が、いくつか」
「頭の痛い、話だな」
デルタ卿に、俺は伝えた。
「災厄の魔女が、来ます」




