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訪れる者のこと。

拠点の買い物をしに、近所の商店をぶらつこうかと相談していた朝だった。


「どうした」

いつもは少し離れた場所でこちらを見ていることが多いヤモリが、手に乗ってきた。

緋夜が、何か言いたいようだ。


昼間の緋夜は、活動がかなり制限される。

本体が日差しを浴びると大変なことになり、屋内や日陰でもあまり力が出ないようだ。

このヤモリの姿ならば日差しの中でも動き回れるが、念話を含めて術の類もほとんど使えないし、しゃべることさえできない。


ヤモリの口元に指を持っていくと、カプリと噛みついた。

殻の強度は下げている。

俺の血の本体に接触すれば、ヤモリの状態でも具体的に意思疎通が可能になるのだ。


「銀晶を、呼んでくださいまし」

緋夜には珍しく、用件を単刀直入に伝えてくる。

遊んでいる場合ではないということか。


拠点の中で、眷属召喚を行う。

空間に開いた影から、ぬるりと銀晶が踊り出す。

拠点の半ばが、その身体で埋まってしまう。

ここはこことして、広い拠点も必要なようだ。


「何かあったのか」


「厄介な奴が、この人間の都に、近づいてきているねぇ」


「厄介な奴……敵か?」


「いや、まだはっきりした敵意は感じない。」


「敵ではないなら、魔獣か何かか?」


「詳しくは分からないけど、小さな精霊やそこらに溜まった魔素を吸い上げながら、ゆっくりこの都に近づいてきている」


「精霊を喰らう輩か。強いのか」


「それも、よく分からない。暴れているわけじゃあないよ。普段は気配を消してるみたいに静かなくせに、時おり底なし沼みたいに濃くて深い魔素だまりを感じる。まだ遠くて、姿は見えない」


「銀晶でも、正体が掴めないのか。ストラスは、なんと?」


「昔、出会ったことのある妖に、ちょっと似てるんだと。そいつは精霊やら命あるものやら、根こそぎ食い尽くすっていう、とんでもない奴だったらしいね」


「ふーむ。銀晶もストラスも慎重になるほどの相手か」


「そうねぇ。見に行ってもいいんだけど、相手の力が分からないんじゃあ、こちらに気付かれるかもしれない。下手に刺激するのもねぇ」


「サルサリアまで、あと、どれくらいでたどり着くんだ」


「そうさねぇ。今は人里離れた山の中にいるが、あと三日もあれば、ここらあたりのどこかの町で、人間と出会っちまうだろう」


「三日か……」


銀晶のいう気配の経路を地図でたどると、西から迷走気味にこちらへ向かっている。サルサリアに近づいているのも確かだが、遺跡の精霊井に惹かれたという可能性もあるな。

あるいは、サルサリアにやってくるという例の術師の娘を巻き込もうという、誰かの陰謀か?


どんな姿かたちの存在かも分からないのでは、何とも対策も考えにくい。

おまけに、精霊の力を喰らうとなると、俺達とは、いかにも相性が悪い。


「ちょっと出てくる。買い物は、また後で付き合うから、目ぼしいものを捜しておいてくれ。」


ぶつぶつ言っている宝石公女達を置いて、デルタ卿の屋敷に向かう。

幸運なことに、今日は屋敷で仕事をこなすことにしていたらしく、そのままデルタ卿と会うことができた。


「午前のお茶には少し早いが、よろしいかね」

「ええ、まあ、コーヒーならいただきますよ」


公女の出迎えの準備など、仕事は山積みだろうに、優雅なことで。


「で、案件はなんだね」

デルタ卿は、書類を眺めながら、お茶の香りを堪能している。

流れるように書類の山が、右から左へ。


「どうも、うちの眷属が言うには、厄介な奴がこちらに向かってきているそうでして」

「厄介な奴……。はて、一体何者かね」


「それがまだ、見当もつかぬのです。例の帝国の術師さまは、誰かに狙われるようなことは、ありえますか」


「ふうむ。単なる魔獣の類ではないと?」

デルタ卿は、書類をめくる手を止める。


「分かりませんが、このままサルサリアに近づいてきますと、その何者かは術師さまの訪問とかち合う可能性が高いのです。今まで目撃されたことも無いような、何者かが、同じタイミングで現れるなど、偶然というにはちょっと出来過ぎではありませんか」


「昨年以来、帝国の内部で変事が続いていたという。今は落ち着いているはずだが、外からは見えぬ政変や反乱などがあったとしても、おかしくはない。今回の公女の訪問も、学院の肝いりと言われているしな……」


「そういえば、魔道学院でしたか? 図書館では調べられなかったのですが、機密の研究機関なのですか」


「いや、イジュワール魔道学院は、むしろ機密を公然のものとしつつあるという、破格の学術機関らしい。文献に名が出ていないのは、まだ設立して間もないからにすぎぬ。平民の学生ばかりを選んで入学させた上に、相当なレベルの講義を行っているとか。帝国では、付与術の大家達が、こぞって入門しつつあるというぞ。」


「付与術の講義ですか……。俺には、あまり縁のない話ですね」


「そうかな? 陽光殿の使う宝石公女の術も、付与術が大きく関わっていると思うがね」


言われてみれば、ドライの術も、帝国の付与術と関係があるのかもしれない。


「使えなくとも、学べば得られるものはありますか」

「役に立つかどうかを、学ぶ前に考えすぎる必要はないだろう」


はい。

取説読まずにゲームを始めてしまって、痛い目にあったこともあります。


「やはり、帝国には一度行ってみたいですね。今回、術師さまと良い関係が築けたら、学院に紹介してもらえないか、訊ねてみることにします」


うむ、とデルタ卿は頷いた。

そうだ、前世でも、俺は学生だったのだ。

何かを学ぶのに、遅すぎるなんてことはないのだ。


「そのためにも、公女には、無事に過ごしていただく必要がありますな。

それで、先ほど言った通り、魔道学院は破格の存在。大貴族が代々奥義としてきたような術式を、一般に広めつつあるとのこと。その学院のことを、良く思わぬ勢力は、あるでしょう」


「術師さまは、学院の代表格ということですか……。それに対して、魔物が放たれたのだとしたら」


「狙いは、学院の権威の失墜、公女の排除による影響力の低下、他国との交流の妨害…… そんなところでしょうか」



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