戦いの道のこと。
時間稼ぎにもならないトラップをいくつか突き破ると、前方に光が二つ見えた。
濁り魔石とは違う輝き。
カードだ。
全員が認識しているはずだが、足は止まらない。
速度さえ落ちない。
予想外だったのか、カードの精霊が叫ぶ。
「と、止まって。止まりなさいよ!」
前に出てきたカードはラズの一閃で砕け散り、ヘンミィが石を回収した。
もう一枚のカードは、暴れるのをアウィネアが無理矢理抱えたまま走っている。
「暴れるのをやめないと、石にしてしまいますよ」
小さな声だが、聞こえてくる。
「な、何を言ってるの? 放せっ……!」
「もう、暴れるなって言ったじゃないですか」
パキンっ、と音がして、光の粒子が降り落ちる。
アウィネア。
抱き締められるのも命がけだったとは。
冗談めかしてみるが、少しばかり俺は驚いていた。
彼女らの、躊躇の無さに。
カードを破壊したって、石の精霊が死ぬわけではない。
だが、痛みや恐怖は感じると言っていた。
俺には同族は余りいないが、敵対しているからといって、自分がひどい目に遭った訳でもない人間を、いきなり痛め付けられるかというとちょっと考えてしまう。
ヘンミィが後列まで下がってきて、カイアに石を渡している。
「ヘンミィ、お前は強いな」
「何ですか? 急に」
「誰とも知れない奴とも、ちゃんと戦える」
「僕は、強くなんかないですよ。……怖いから戦っているんです。お役に立てなかったら、もう戻って来れなくなっちゃう」
うんっ? と、少し考える。
「戻って来れなくなるって、どういうことだ?」
ヘンミィに問いかけるが、するするとまた前に行ってしまう。
「今は作戦中」
カイアが、じろりと振り返りながら肩越しに睨んでくる。
前方から魔力の反応。
バン、バン、バン、バン……
飛び道具のような打撃が飛んできているようだ。
それでも速度を落とさない。
「パイロペ、出番ですニャ」
アラゴンの低い声。
赤い後ろ姿がひょい、と宙に舞い、ブツブツと何かをつぶやく。
パシィ、パシィ、と数度紫の光に照らされると、通路が静寂に包まれる。
ラズが、治身を発動させている。
さっきのは、ラズを傷つけるような打撃か。
防衛の密度が上がっているな。
アウィネアが回収した杖を、シーラが受け取っている。
魔道具か。
「シーラでも、その魔道具は使えるのか?」
「はい。術の集積や拡散といった操作の力も、上がるみたいです」
それなりのレベルの品のようだ。
スティグマ氏も、一体どうするつもりなんだ?
大量の魔道具を持ち込んでいるのか。
通路が、中枢から反れていく。
「ラズ、止まってくださいニャ。
カイア、もう少し、ツヴァイ様の力を借りてしまうかニャ?」
「そうね。今は、少しでも早い制圧を優先する」
お願いする態度か? と思いつつも、壁に向かって土魔術を発動させる。
ブブ、という音とともに壁が液体のように震え始め、俺が歩み寄るに従って窪みが出来ていく。
皆が寄り添って、進んでいくと、背後が再び土の壁に覆われていく。
ゴポ、ゴポ、という小さな音を立てながら、俺達を包む泡はゆっくりと地中を抜けていった。
「向こう側に、少し大きな空洞があるニャ」
「相手の拠点はそこか?」
「かもしれませんが、濁り魔石が露出しているニャ。光がにじんで、中の様子がうまく読み取れないですニャ」
「ツヴァイ、進入を。ヘンミィ、銀晶壁でカバー」
「分かった」「了解です」
空間がつながった瞬間、光と衝撃、爆炎が一挙に押し寄せた。
ヘンミィは光弾を弾いたものの衝撃で吹き飛ばされ、アウィネアが前に出てその盾で爆炎を押さえ込んでいた。
回り込んだ炎で、温度が急上昇している。
杖を構えたパイロペを、アラゴンが制止する。
「向こうの様子が分からないニャ。準備を」
さっきまでの魔道具とは桁違いの威力。
こんな穴の中に詰め込まれていたんじゃ、なぶ蒸し焼きにされてしまう。
力まかせに部屋の中に全員を押し出す。
十メートル四方ほどの部屋。
正面の剥き出しの岩壁は、濁り魔石で覆われている。
その中央に、見慣れた光。
突き出した針のようなものが魔力を高めている。
「散開、回避!」
カイアの声が響く頃には、全員が既に動き出していた。
長大な炎の舌が、部屋を舐めていく。
重ねて、光の球が幾つも発射される。
くそったれ。
思わず罵る。
濁り魔石の巨大な塊にカードと魔道具を埋め込んで、生き砲台にしてやがる……!
「パイロペ!」
アラゴンの、切羽つまった声。
「待たせたの!」
魔石を喰ってたな?
口元から、赤い吐息を漂わせながらパイロペが前に出る。
ブツブツと何かの呟き、詠唱、そして念じ、吼える。
身を呈して光弾を弾いていたラズが横っ飛びに伏せると、その上を火花を帯びた衝撃波が吹き荒ぶ。
魔石詠唱 焔衝哮。
パイロペが吹き出したブレスが、濁り魔石の壁にぶち当たる。
衝撃波と熱で、濁り魔石が破裂したかのように粉々になって舞い上がり、障気のような揺らぎを漂わせる。
弾けた濁り魔石が、再び凝縮して塊となっていく。
精霊術の力と魔石とは、形が違うだけで本質は同じだ。
精霊術で、濁り魔石を消滅させることは出来ない。
だが。
俺はカードをかざし、至近まで跳んで迫る。
漂う猛烈な熱気に、髪や服がチリチリと灰になって崩壊していく。
斬鉄。
カンテラの刃ならば、届く。
濁り魔石ごと、中のカードを切断する。
ひび割れた声が聞こえる。
「お前は…… 我らを救いはしない…… 半端なニンゲンもどきめ…… 自分の城へ帰るがいい……」
パン、と小さく音を立てて、カードは光の中に崩れて消える。
俺のことを知ってて言うのか。
それに、濁り魔石に取り込まれたのも自らの意思だったってことか?
濁り魔石からえぐり出した石は、もう何も答えなかった。




