偽札(ふだ)づくりのこと。
「ギャンマ、これを見てください」
ヴィタがギャンマに声をかける。
覗き込んできたギャンマに、トランプの札を渡してみる。
「スクロール…に近いようですが、大した魔力は込められていませんね。何に使うものですか」
[見たことはなさそうですね。俺の使う精霊術に関係するんですが…これを作れそうな人はいませんか?]
ヴィタに尋ねてもらう。
ギャンマは、エプシロンのところで聞いてみるか、という。
[スクロール製作の術者のところに行ってみましょう]
[お時間を取ってしまってすみません]
[我々も、依頼を達成したばかりなので大丈夫ですよ]
そういえば、ヴィタといい、ギャンマといい、それなりの冒険者だと思うのだが、俺をといても特に違和感を抱かないようだ。真祖はそういうものなのか?
それともやっぱり戦闘以外は…
ギャンマが連れて行ってくれたのは、小さな魔道具の工房だった。
「エプシロン!ちょっと相談があるんだが」
「おぉ、ギャンマか。また何か変わったものを見つけたのか?
おや、そちらの御仁は見かけないお顔ですな」
いかにも魔道工房の主といった中年のローブの男だ。
ヴィタが、陽光の二つ名の高位の精霊戦士なのだと紹介している。
オーガを討伐したばかりだと伝えると、おお、それなら、塩不足も解消か!それは有難い、あの糞ジャガイモに掛ける塩さえ無くなりかけておったんだ、と喜び、ぜひとも協力させてくれい、と俺の手を両手で握ってきた。
この辺りの連中は、人懐こいというか開放的だ。
まったく棚ボタという奴だが、食糧事情の改善というのは誰にとっても体感できる成果だな。
エプシロンも、念話が使える。
[コイツと同じものは作れないですか]
[ふーむ。それほど高位の品には見えないな。スクロール模写をかけてみるか]
エプシロンは、同じくらいのサイズの上質な羊皮紙を横に並べ、何かのスキルを発動させる。
羊皮紙が一瞬淡い炎のようなものに包まれ、新たなトランプの模様が浮かび上がった。
ダイアの2だ。
[ほう、異なる記号と数字が浮き出たぞ。この魔道具は、何か他の力とつながりがあるようだな。もう少し色々試してみたいが、よいか?]
[先に、この石も見てもらっていいですか。討伐したオーガからドロップしたものです]
灰重石を見せてみる。
[おお、小さいが、薄茶の精霊石だな。この色なら、大地や守りにまつわる力を秘めておる]
[精霊石というのですか。これは、町などで手に入るものですか?]
[普通の冒険者は使わないので、店で普通に売っているようなものではないな。
ギルドに声を掛けておいて、誰かが持ち込んだ時に連絡してもらうか、武具工房でストックを譲ってもらうかすれば手に入ると思うが]
属性付与の素材ということか。思ったよりは特殊なものじゃなくてよかった。
討伐モンスターを倒してようやく手に入るものだからな。
もっと手に入れようと思ったら、人が集まる大きな都市か、強力なモンスターの出るエリアに行く必要があるな。
さて、複写した札が機能するのか確かめてみよう。
ダイアの2のトランプもどきに、石を載せてみる。
薄茶色の小さな渦が立ち上がり、光がトランプもどきを包み込む。
ミントティーのような色合いのベースに、銅の縁取り。
星一つ、シーラ。
エッチングされているのは、幼いが、高貴な顔つきの少女だ。フードのようなものをスッポリとかぶっている。
きちんとカードになったようだ。
エプシロンが、物珍しそうに眺めている。
[ほー。このカードが精霊石の力を宿しておるのか?だが、魔力はあまり感じないな。どうやって使うのだ]
[魔力は俺から供給します。魔道具のような感じで、スキルが発動できるんです。ただし、こうやってカードの形にしてみないと、どんなスキルが備わっているかは分からない]
[なるほど。このカードにはどんなスキルが?]
ウインドウを見てみる。
このウインドウは、NPCからは見えないようだ。
「砂埃」「消臭」
…なんとなく、ペットの散歩に便利そうだな。このフードの中には、犬耳でも付いているのだろうか?
ウインドウの表示では肌の露出が少なくてよく分からないが、白く短い毛で覆われているように見えなくもない。
エプシロンを手招きして、「消臭」を発動してみる。
幼いが品のある声だ。
「その身より漂いし者、再び土に還れ」
エプシロンの周りからベージュの光がふわっと立ち上り、微細な黒い粉末のようなものが舞ったあと、消えていく。
活性炭粉末みたいなイメージなのか?
「おお、エプシロンが臭くない…」
ヴィタが呟いている。エプシロンは微妙な顔をしており、ギャンマは自分の服のにおいを嗅いでいた。
役には立つね、生活魔法って感じか。
ちなみに、俺には代謝がないので臭くはならない。
服も、身体と同じように自分で「造る」ものなので、造り直せば新品同様にも出来る。
悲しいときには、泣くこともあるけどな。
[精霊石を費やして、このスキルというのはどうなのだ?もっと何かあるのか?]
[今のところ、まだよく分かっていないんです。何度も使えるので、スクロールよりは便利でしょうか]
もっともな指摘だ。
だが、アウィネアもアルゴンも稼働率は割と高いのは秘密だ。
[そういえば、魔石というのは、魔道具の製作に使えるんですか]
[ああ。製作時に魔石を費やすことで、出来上がるものの質が向上する]
[先ほどの、複写の際にも魔石は使えますか?]
[そうだな、ある程度は質があげられるかもしれない。ついでに紙のランクも上げて試してみるか]
24000ほどあった魔石から、1000ほどを費やしつつ複写を行ってもらう。
1000の魔石というのは、なかなかのものらしい。
街灯に使うレベルなら、3も供給すれば一か月は夜通し稼働できるようだ。
紙は、ムリエ・ムリエルとかいう植物から作ったという謂れの、滑らかなものだった。
緻密な魔法陣や紋章を記すときに使うものらしい。
大きくしていくのはとても手間がかかるらしく、切手くらいなら5Gでも、カードくらいの大きさで800Gはするという。
魔石をザラザラと周りに並べて複写を発動させると、まぶしいほどの光が散った。もろに見てしまったので、しばらく目の奥が灼けたようになった。
視覚系のスキルを切っておくべきだったな。すぐ回復するけど。
エプシロンは、いつの間にか黒っぽい半透明の布地を顔の前に垂らしていた。
知っていたなら教えてください。
新しくできたトランプもどきは、ダイアの6だ。
おお、オリジナルより上位の数字も出るじゃないか!
これは…ガチャというより建造って感じだな。
どうする、漢振りするか…?
確かめなければ、この先の戦略も立てられん!
[エプシロン。最高の、紙を用意してください]
ムリエ・ムリエルにエジワース・パピエアを加え、滑らかさの中に程よい弾力性を。ミスリル繊維で裏張り、表は聖蜜蝋でコーティングしてあるという8000Gの紙が用意された。
霊的な存在に対する封印の製作に用いるという。聖紋を刻まれたら、俺でも火傷しそうだ。
魔石は9999を用意。フォー・ナイン。
前世では、金の含有率が99.99%を超えれば「純金」とされていた。…単なる験担ぎだ。
今度は俺も、目を覆う魔力布を借りておく。
エプシロンとヴィタは、紙の値段や無造作に積み上げた魔石の山に白目を剥いていたが、今度はもう窓の外を眺めている。色々な意味で見てはいけない世界に入っているらしい。
いいんだよ。俺には飯も寝床も要らないんだ。武器だって持ってる。防具があると変身後に邪魔だ。家族だってない。
この血の滾りとソウルだけが、存在を示しているのだ!
エプシロンが複写を発動させる。
魔石が多くなるほど、魔道具の製作者の魔力も多く必要になるらしい。
アーク放電のごとき魔力の放出が数秒続き、空気が灼けるにおいがする。
俺の求めに応じて、来たれ!トランプもどきよ!
浮かび上がった新たな文字は…
スペードの7。
び、微妙すぎる…