宝石公女の使節団のこと。
とまあ、押し付けの選挙もどきを実施したからと言ってそれで民度が上がるわけでも民主化が進むわけでもなく、目の前の現実と向き合うしかない。
選ばれてしまったパイロペをどうする。
選ばれなかったパイロアをどうする。
「おい、石の精霊の宰相殿よ」
カイアが不愛想に答える。
「何」
一応、役回りは認めてくれているらしい。
「投票を実施した以上、パイロペに代表をやってもらうしかないだろう。
あいつも、一度は長として自分から動いていたんだ。何とかもう一度やる気を出すよう、周りから固めていくぞ」
カイアは、両手を上に、首をかしげてみせる。
「それは、宰相の仕事?」
脇から、アラゴンがするりと顔を出す。
「この際、皆が運命共同体ですニャ」
アウィネアとラズも続く。
「そうですよ。精霊脈を守るんです」「パイロペやカイアだけに、働かせることはない」
カードの連中も、賛同を示すように集まってくる。
「そういうわけだ。お前だけの仕事ってわけじゃない。力を合わせてやっていくさ」
「……分かった」
さて、自陣がようやく固まってきたところで、渦中のお二人は、と。
見やると、押し黙ったまま向かい合っている。
再会した時のあのレベルのやり取りでは、らちが明くまい。
助け舟になるかどうか分らんが、俺の蒔いた種でもある。
歩み寄り、話しかける。
「パイロアよ。久しぶりに会った姉はどうだ」
「……変わらない。変わってないよ。皆は、あんなにパイロペが変わるなんてって言ってたけど、ちっとも変わってなんかいないじゃない」
堅苦しい礼儀は、どっか行ったみたいだな。あれが素ってことでもないのか。
パイロペが口を尖らせている。
「妾は別に変っておらぬ。石の精霊の国にいた者達の言うことなど、気にしなければよい」
パイロアが言い返す。
「そうはいかないよ、皆は私じゃなくてパイロペを選んだんだから」
どうやら、延々とループしているようだ。
ふーむ。
「パイロア、俺はパイロペとはしばらく一緒に旅をしてきたが、お前と話すのは今日が初めてだ。
お前のことを、教えてくれるか」
「……私のことを?」
「そうだ。俺は、石の精霊のことを、もっと……精霊らしいというか、人間臭くないものだと思っていた。
お前だって、もう生まれてからずいぶん長い間生きているんだろう?」
「そうだね。石の暦をこっちでいうと……何十年?」
分からんのか。まあいい。
「長く生きる者は、想いもぼんやりとするし、怒りも悲しみも淡くなって、日々の出来事にも動じなくなっていくのかと思っていた。でも、お前は違う。パイロペにずいぶん腹を立てている。それは、ずっと前からのことなんだろう?」
「ずっと前から? パイロペに腹を立てているのが?」
「違うのか? パイロペはマイペースな奴だ。近くにいたら腹が立つだろう。昔から、そうだったんじゃないのか」
「違うよ、今私が腹を立てているのは、パイロペが変わってないからで……
うぅん? パイロペが変わっちゃったから、怒ってて……」
何か引っかかることがありそうだな。
「パイロペが、変わってしまったから腹を立てていたこともあるのか」
「そうだよ、パイロペは、宝石公女になる前は、あんな変な話し方もしなかったし」
「話し方も違ったのか。それは、ドライにハートの12の札を与えられたから、赤の女王とやらの知識や技と一緒に身につけたんだろう。
そういえば、今のお前にも、何かの物語が宿っていると思うんだが、感じないか?」
パイロアの札はハートの7。
札のクラスとしては中の上だが、スペードの7に位置するカンテラは、一族を滅ぼされた鬼族の貴種の生き残りといった物語のようだった。
10の札のアラゴンは、王侯貴族に準ずるほどの商人の物語だったことからしても、今のパイロアだってそれなりの物語があるはずだ。
その割には、やけに地味な格好をしているのが不思議ではあったのだ。しかも、持っている冒険者向きのスキルと、かみ合わないところも。
なぜか、パイロアは顔を赤らめて目をそらしている。
「お前のスキルからすると、戦いや冒険にまつわる歌を歌うような物語があるはずなんだが……」
「はい。私は、歌を歌う者です。ですが、恋人を作るでもなく、街の商業ギルドで朝から晩までひたすらに働く娘でも、あったようです」
なんかいきなり拗らせた設定だな。
「そ、それで?」
「冒険や旅の物語に憧れつつ、商売も大好きで、仕事が面白くて、忙しく毎日を過ごしているうちにこんなことに……」
なんだか、両手で顔を覆って懺悔の告白みたいになってきた。
「待て待て、それはパイロア自身の物語ではないのだぞ。現実と架空を一緒にするんじゃない」
「あああ、すみません。なんだかひどく共感してしまって」
「大体、お前はついさっき初めて宝石公女になったばかりではないか。
落ち着いて、石の精霊としてのお前の話を続けてくれ。
ええと、なんだっけ、パイロペの口調が変わったことが腹立たしかったんだったか?」
「なんだか、分ってきました。
結局、私は、ずっとパイロペ姉さんに、嫉妬してきたんです」
「ほ、ほう」
「パイロペは、何もかも行き当たりばったりでダラダラ暮らしていたんですよ?
それが、突然現れた大魔導士に「お前は選ばれし石の精霊」みたいに扱われて。
「赤の女王」とか呼ばれて豪華な格好して、いきなりすごい術まで使えるようになっちゃって。
旅に出るとか言い出したら、石の精霊の国では勇者みたいな扱いになってるし。
力を無くしてボロボロになって帰って来たと思ったら、またすぐ呼ばれて行っちゃうし。
前の大魔導士は亡霊みたいな格好してましたけど、新しい主は美しい若者らしいとかいって。
今もそんな風に、真っ赤なフワフワの服着てて。
それに比べたら、私なんて、私なんて……」
何と言ったらいいか、分からんが。
人間の物語を追体験して、改めて自分の気持ちの正体に気づいたってところか?
パイロペが、フワフワのマントを黙ったままパイロアに掛けてやっていた。
「なあ、パイロペよ。どうだ。もう一回、精霊脈を救うために、一肌脱ぐ気はないか」
「分かった。妾がこちらに来たのは、そのためであったしの」
パイロペも、毒気が抜けてしまったようだ。
「パイロア、お前はきっと有能な働き手になる。アラゴンの下で、しばらく修行だ。あと、ジタ達と一緒に、冒険者もやってみたらいい。きっと、すぐに有名な歌い手になるぞ。何事も、やってみなけりゃ始まらん」
パイロアは、コクリと頷いた。
何だかどっと疲れたが、ようやく、宝石公女の使節団が、発足した。




