精霊の里のこと。
ノルデニアとスタルトは、ざっと三十キロほど離れているが、銀尖の足なら、半刻と掛からない。
俺達は、昼前にはスタルトに到着していた。
早速ギルドに向かい、討伐報酬を受け取る。
飛竜を倒したのは俺ということになっていたが、俺が何頭倒したと掲示されるわけではない。
どうやって倒したという問いかけに対しては、魔獣同士の争いに、漁夫の利を得ただけだとしておいた。
北の荒野の魔鳥については、ギルドからもそのうちお達しがあるだろう、とも。
それはそうとして、結構な額の報酬が貰えてうれしい誤算。俺は何も貢献していないが。
していないわけでもないか。
ギルドの奥では、デルタ卿も打ち合わせに参加していた。
打ち合わせといっても、討伐部隊の派遣の必要はないという結論が出ており、その意味ではもう任務は完了している。
「デルタ卿、今戻りました」
「おお、陽光殿。早速飛竜の群れを撃退したとのこと、さすがとしか言いようがないな。
街道には、しばらく警戒の兵を巡回させることで太守と話をつける」
デルタ卿もご機嫌だ。テーブルの上には、空になったジョッキがいくつか並んでいる。
意外とあっさり仕事が終わって、明るいうちから飲んでるパターンか!
「いや、俺自身はほとんど関われていないのですよ。出遅れてばかりで。
こちらの三人が、ノルデニアの兵士たちの救援にあたった石の精霊達です」
「アラゴンですニャ」
「アウィネアと申します」
「ラズといいます」
それぞれに、デルタ卿に名乗りをあげる。
「うむ、ノルデニアの兵を救ってくれたこと、感謝する。
しかし、その小柄な体でも、並みの冒険者よりも戦えるということなのだな」
「ふふ、デルタ卿、試しに、ラズの連撃を受けてみますか?」
「いや、陽光殿の言うことだ、疑いはせんよ。オーガ、熊、巨獣に続いて飛竜の群れ。この辺りの大物は、あらかた陽光殿と、その仲間たちで討伐していることになる。
アルファイン、くやしいか?」
「うーむ、俺達が討伐できていないのは悔しいといえば悔しいが、陽光殿の迅速さには、到底追いつく気がせぬな。陽光改め、神速とでも称するべきではあるまいか」
「はは、確かに、おぬしの銀狼達の足に比肩するものは、この辺りにはおらんだろうな」
さて、精霊の里の話もしておかねば。
「デルタ卿、既に聞き及んでいるかと思いますが、俺は、スタルトからしばらく行った森の中に、精霊の里を建設しています。
主役は、この石の精霊達ですが、猫獣人や熊や、様々な種族が寄り集まることになりそうです。以前に申し上げていた、眷属を養うための拠点にもなります。
スタルトやサルサリアとは、多少の交易を行うくらいですが、何か問題はありますでしょうか」
「うむ。猫獣人の移住の話は聞いている。石の精霊達が、色々活動していることもな。あのあたりの森で、今まで人間が活動していたことはほとんどない。大勢に影響はないだろう」
「はい。また、こまめに状況をお知らせしますので、問題があれば指摘してください」
「それで、代表者はどうするんだ。とりあえずはおぬしが窓口になるのだろうが、この前の口ぶりでは、最終的には、そうではなくしたいのだろう」
「はい。ただ今、石の精霊達の意志を統一するような会合が行われておりますので、しばらくお待ちください。
俺達は、このあと精霊の里へ猫獣人達の様子を見に行きます。
移住事業の報告については、サルサリアにお伺いしますので」
冒険者というより、すっかり事業家だな。
デルタ卿たちと別れ、精霊の里に向かう。
イナグマたちはうまいことやっているだろうか。
猫獣人達は、寝床を確保できているだろうか?
スタルトの町を後にし、銀尖が疾走する。
通信道具がないのが地味に不便だ。
ようやく資金も集まってきたことだし、サルサリアで、ミューさんに相談してみるか。
精霊の里の森を抜けていくうち、アラゴンが声を上げる。
「あちこちに、猫獣人の気配があるニャ」
俺よりも探知範囲が広いな。
木々の枝の上に、のんびりしている猫獣人の姿がある。
居心地は良さそうで、何よりだ。
イナグマたちは、碇石のあたりにいるようだ。
猫獣人も、まだ多くその辺りに集まっている。
「イナグマ、パイロペ、今戻ったぞ」
「ツヴァイ、遅かったではないか。またどこかで寄り道をして遊んでおったのであろ」
ちょいと、北の辺りで飛竜狩りをな。
「まあ、そう言うな。人助けをして、石の精霊の名を売ってきたぞ。猫獣人達には、ちょっとした土産もある。
イナグマ、今はどんな状況だ?」
「猫獣人達の暮らし方について、ちょっと話がこじれている。クシィの方が、説明に向いているであろう」
脇にいたクシィが頷いて後を引き継ぐ。
「ここに来ているのは、移住自体には抵抗のない連中が多い。だが、移住した後、自由気ままに暮らしたい者たちと、ある程度まとまって暮らすべきだと考えている者たちとが出てきてしまってな」
なるほど、縛られるのが嫌いな連中は、ここでの話し合いからも、もう離脱してしまったわけだ。
「今までと何が違うんだ?」
「前は、快適に過ごせる場所が、森の中でも限られていた。
我らは、暑さ寒さは平気で過ごせるが、湿気が多く虫の出るような場所は好かない。雨に濡れるのはさして気にしないが、泥に汚れるのは嫌う。
限られた場所の中では、良い場所を順に取っていくため序列に意味があったが、ここでは森は広い。
序列に意味がなくなり、戦わずに序列を定めるための儀式なども、同じく意義が薄れてしまう。
今まで序列の低かった者たちが、従う理由がなくなってしまったのだ」
「そうか……」
おっと、快適な場所を用意するつもりが、そんな副作用があったとは。
アラゴンが、クシィと俺に話しかける。
「それでは、差し当たり耳を貸す用意のある方々だけで良いので、集めてくださいニャ。ツヴァイ様は、あの石をお貸しくださいニャ」
そうだった、拠り所を作るという話だったな。
うむうむ、これは想定内ってことだ。
思い出せなかっただけで、忘れていたわけではない。
クシィが、ギニャーと聞こえる大きな喚き声を上げて、離れた場所の猫獣人にも呼び掛けている。
この辺りは、人間とは結構感覚が違いそうだ。
アラゴンは、探知系のスキルを発動させて、良さげな木を選んだようだ。
「では、猫獣人の方々は、こちらへ集まってくださいニャ」
ぞろぞろと、猫獣人達が集まってくる。
とはいえ、集まり方はバラバラ、耳のいい彼らのことなので、近くの適当な木の上でも話は聞こえる、といった態度である。
精霊術か? 霊樹に選んだ大樹の枝が降りてきて、アラゴンを持ち上げる。
「我が名はアラゴン、猫獣人の守護精霊たる、霊樹の琥珀の魂を受け継ぎし者ニャ」
ん?
「かつて、猫獣人は、単なる人間であったニャ」
んん? そうなの?
「守護者たる琥珀の精霊は、そなたたちの先祖と友誼を結び、血を交え、猫獣人の一族を生み出したニャ。
猫獣人は、強靭な肉体と、鋭い感覚を備えた、優れた種族となったニャ」
いい加減な態度だった猫獣人達が、わりと大人しく聞いている。
猫獣人も、プライドは高いようで、褒められれば悪い気はしないようだ。
「しかし、強い力の代償として、猫獣人は国を作らぬという呪いをも背負うことになったニャ」
呪いだと……? 初耳だな。
物騒な言葉を耳にして、クシィを始めとした猫獣人達の幹部の表情も緊張感を増している。




