北に向かうのこと。
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カードが二枚砕けて、蛍石と、藍晶石が一粒ずつ残された。
精霊術の光を目にした工房の職人が、近寄ってくる。
「そいつはどういう術なんで?」
「ま、精霊とお喋りをするってとこだな。今のところ」
職人は、怪訝そうな顔だ。
「そのうち、こういう精霊達が、町にやって来るようになる」
「よろしくお願いしますニャ」
俺の陰から、アラゴンが、ピョコンと飛び出して挨拶をする。
「はは、可愛いな、お嬢ちゃん」
「お触りは、禁止だニャ」
思わず職人が伸ばした手を、杖でひょいっとからめて止める。
「お、おお、すまん」
体勢を崩してよろけた職人は、頭をかいて謝った。
「今度から気を付けてニャ」
「さて、もう少し商売の話をしてもいいか?」
引き出しから、磨かれて澄んだ藍晶石をふた粒、小粒の苦礬柘榴石を一掴み、選び出す。
お迎えの準備だ。
四万Gを支払って、武具工房を出る。
巨獣騒ぎの討伐分は、おおかた使ってしまった。
猫獣人の移住資金の方はまだあるが、こっちは精霊の里に使わないとな。
里に向かうか、と町の入り口に向かったところで、騒がしい気配が集まっている。
冒険者ギルドの前だ。
「戦える者、支援ができる者は参集せよーっ!
ノルデニアで、飛竜の群れが出ている!
援護の先遣隊を出すぞー!」
ギルド職員らしい男が、階段の上から声をあげている。
分かりやすくて大変によろしい。
やじ馬の間をかき分け、ギルドの入り口に近付く。
「俺は『陽光』だ。参集に、応じよう」
右手を挙げて名乗りを上げると、周囲の人間がどよめき、歓声をあげる。
「おおぉぉぉー!」
「陽光!陽光!」
その名で呼ばれるのも、案外少ないんだけどな。
ギルドの中に入り、説明を聞く。
傷の手当ても生々しいノルデニアの衛兵が、ギルマスやアルファインと打ち合わせをしている。
ギャンマは精霊の里か。
「おお、陽光殿! 先遣隊に、参加してくれるか」
「はい。ちょうど、腕がなまるのを心配していたところです」
「剣の修行から帰ったばかりだというのに、それか。陽光殿も、案外、戦馬鹿の気があったか?」
がっはっは、という笑いが良く似合う。アルファインは、やはり戦場の男か。
ギルマスが告げる。
「アルファインを隊長に、7名で先遣隊を出す。陽光殿を加えて、8名だ」
「もう一人、加えてもらおう。俺の仲間、精霊導師のアラゴンだ」
「よろしくですニャ」
椅子の上に立っても、テーブルから顔がのぞいているくらいだ。
石の精霊を知らない連中がキョトンとする。
「妖精……小人族か?」
「ふむ。我が名はアラゴン、霰石の精霊の一族ニャ。以後お見知りおきを」
「石の精霊……なのか?」
ギルマスが説明する。
「この町には、石の精霊の冒険者が他にもいる。パイロペという術師は、強力な光を放って魔獣を狩るぞ」
「ほー。こんなちっこくても、一人前に術が使えるのか」
「戦場で見せてもらえばいいさ、急いだ方が良いのだろう?」
アラゴンの戦闘能力は、俺もよく知らない。道中で魔石も取り込んだ方がいいだろう。
「銀狼に乗って先行してもよいがどうだ? 斥候を兼ねるぞ」
「そうだな、あの銀狼について行ける馬はない。ノルデニア方面の街道は一本道だ。状況を確認したらそのまま戻って合流してくれ。我々もすぐに発つ。先遣隊の任務は、本隊の装備の確定のための情報収集だ、無茶はするな」
「了解した。アラゴン、行くぞ」
「皆の衆、また後でニャ」
表の野次馬をすり抜けて走り抜ける。
アラゴンは首筋にしがみついている。
町の門を抜けたら、銀晶を召還する。
「頼むぜ、銀晶。ノルデニア方面だ」
「乗っていきな、猫娘」
飛び乗って、走り出す。
「アラゴン、魔石を取り込んでおけ。このぐらいじゃ、全然足りないだろうが」
拳大の袋に二つ分の魔石を渡してやる。
こないだのと合わせれば、七千か八千くらいか。
カンテラの時のことを思うと、レベル的には最大の2割くらいがせいぜいだ。
それでも、そこらの冒険者では比較にならない能力を発揮できるだろう。
「やれやれ、宝石の娘は大喰らいだこと」
銀晶が、呆れたように呟いている。
オオカミなら、群れで一日働かせても、五粒か十粒で過ごせてしまう。
育てるのに膨大な魔石が必要なだけで、維持は大したことないんだけどな。
ザラザラと袋から魔石を飲み込んでいく様子も、手品を見ているみたいだ。
アラゴンの胴体は手のひらくらいのサイズなのに、その中に拳三つ分の石が入っていくのだから。
「ぷふぅ」お腹いっぱい、といった態のアラゴン。
「さて、皇子殿。飛竜の群れが相手らしいが、おぬしならどう相手取る?」
「飛竜か。空を自由に飛ばれると面倒だ、飛行経路を絞り込める地形があるといいな」
「地形か。ふむふむ。他の要素はどうだ」
「多数の同時攻撃や、数瞬ずらしての波状攻撃も回避が難しいだろう。相手の連携を乱し続けなければ、少数で多数を相手することはできないな」
「連携を乱す、か。あとは」
「飛竜は夜はあまり活動しないらしい。目に頼っているということだろうな」
「修業の成果を見せてみよ、皇子殿よ。敵の数さえ分からないのだ、油断するんじゃないよ」
「アラゴン、どうだ?」
何かの探知が働く気配がある。
「前方十二キロ内外、二十から三十の大型生物が滞空中ニャ」
銀晶の、ひゅう、という口笛が聞こえた気がした。
アラゴンの目と耳からは、逃れられんぜ。
「聞いていたノルデニアの町よりは、かなり手前だな。村でもあるのか、町の外で戦線を展開しているのか」
「飛竜の咆哮も聞こえるニャ。交戦中だニャ」
となると、ノルデニアの兵士と連携が必要か。
パイロペもイナグマもカイアもいないし、さすがのカンテラも、空中の敵には相性が悪い。
俺の味方は後続の本隊と時間だ。
まずは兵士の救援と時間稼ぎだな。
「視認まであと数分ニャ」
「周辺地形は」
「街道脇に木立、人間がそこに逃げ込んでいるみたいニャ」
兵士たちも、すでに同じことを考えていたか。
状況だけ確認して先遣隊と合流する手筈だが、一当たりしてみるか。
ちょいと予定より早いが、計画変更だ。
銀晶に合図して足を止め降り立つ。
二枚のカードを取り出す。
「藍方の盾アウィネア。天藍の拳尼ラズ。お前たちに、体を与える」
素早く魂無き身を形成、球体人形からアウィネアとラズの姿を作りあげる。
戦士の姿にしちゃ小さすぎるが、サイズと術の力が比例するわけじゃないからな。
血の本体を与え、カードを納める。
ちょっとした痛みと共に、ちんまい重騎士と格闘家の出来上がりだ。
藍色の方形盾、全身を覆う銀色の鎧も藍色の蔦の縁取りに飾られている。耳の下あたりで切り揃えられた黒に近い紺の髪、ひたむきな瞳。
藍方石の精の一族、アウィネア。
現世で言うアジア風のタイトな衣を纏う、切れ長の目、しなやかな立ち姿。
天藍石の精の一族、ラズ。
こんな時でなければ、ゆっくり愛でたい出来栄えだな。
「これでお前たちは、自由の身だ。だが、まだしばらく力を貸してくれるか」
二人とも、静かに頷く。
再び、銀晶に騎乗し、駆ける。
午後の傾いた日に照らし出されたのは、幽鬼のように空を回遊する、十重二十重もの飛竜の群れ。
時折、木々の間に向けて咆哮を上げると、その周辺の木々が弾け飛んで枝葉を散らしている。
木々の間に、盾を連ねて防御陣形を形成している甲冑の人影がある。馬の死骸が、周辺に散らばっている。町から引き剝がすために、囮となった部隊か。
飛竜の群れは、いたぶるように繰り返して咆哮している。ブレスの類だ。
重装鎧といえども、衝撃波は防げない。耳や頭へのダメージがあるだろう。
「彼らを、護りたい。いや、宝石公女として、護ってみせろ。石の精霊の力を、見せつけてやるんだ」




