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移転事業の計画のこと。

スタルトの町に戻り、ギルドで掲示が消えたのを確認し、報酬の精算を行う。

討伐と言えるのか、はなはだ疑問だが、それで報酬を返上するほど俺もお人好しではない。

眷属の里の運営には、これから投資も必要だろうし、魔石も使い道はたくさんある。


というか、今さら「実は自分が犯人でした」なんて言えるわけがない……。

あくまで事故だ。よし。


カウンターの職員も、これだけの金額を精算するのは珍しいようだ。

「さすが、陽光さまですね。町長とギルマスから詳しいお話は別途あるかと思いますが、今回の報酬と移転経費の前金で、こちらの金額が提示されております」


約三十万Gを受け取った。前世の日本円なら三千万円か。

さすが、ローカルとはいえ公共事業は動く金額の桁が違う。

全部で二百人以上の猫獣人に関わる話だからな。


猫獣人の生活については、町長から何らかの条件が示されることになっており、それは現地の状況や猫獣人からの要望を踏まえて決まるようだ。

必要経費は、後金として、支払われるらしい。


現地での立ち合い確認も必要なので、町の職員を連れて眷属の里に行くことになる。


正直言って、俺も眷属の連中も猫獣人も、人間が考えるような住宅や町の施設はまったく必要ないのだが、単なる原野を示して「これで誰も困ってません」というのでは、金を払う役所の側も困るだろう。

現金を稼ぐ手段の少ない俺としては、貰えるものは貰っておきたいしな。


猫獣人の霊木が定まったら、水辺とつなぐ感じでちょっと整備して、集会所的なものでも建設しておけばよかろう。いかにも公共施設っぽいな。

あとはまあ、イナグマによるコンサル費用や緋夜による土木建設費に、銀尖・銀晶による用地取得の際の魔獣その他の危険生物対策費くらいで、どうとかこうとか。


しかし、俺の場合、経費と言っても人件費とか誰にも支払ってない。

ん? 里の魔石が足りているか、確かめておかないと、過去に賃金(魔石)未払いで是正勧告を受けたんだった。労基署ならぬ狼鬼署からな。いかんいかん。


外に出ると、通りの色々な場所で町の住人が井戸端会議をしていた。


「……でもよ、あんな風に、追い払うように急かすことは無かったろう……」

「そうは言っても、裏通りや街路樹に、あんな図体のデカい連中がゴロゴロしてるのも落ち着かないぜ……」

「……仕事する気はないのか、声は掛けてみたんだけどな……」


「……耳の後ろとか、かいてやったら、喜ぶ奴もいたぜ?……」

「……俺は、触ろうとしたら歯を剥いて、すげぇ睨まれたけどな……」

「……あの小さい女の子の獣人、ちょー可愛くなかった!? 一家に一匹と言わず、置いといて欲しいけどなー。お店にいたら、通っちゃうよー……」


猫獣人の数が減ったことで、衝突寸前の空気は薄れたようで、改めて皆が冷静に議論をする流れになったようだ。


辺境のスタルトも、サルサリアほどではないにしろ、生活水準は悪くない。

初めてここを訪れた時にも感じたが、チョコだのトルテだのコーヒーだのを、一般人でも口にしていた。

衣食足りて礼節を知る、という話で言えば、この町でも道徳観や社会の構造みたいなものを考えるだけの余裕があるわけだ。


猫獣人は確かにあまり働かないが、それは、低活動・低消費という、生物としての特性から来るもののようだ。


あとでギャンマにも聞いてみた。ギャンマは、町長や太守に対して、猫獣人の取り扱いのコンサル的立場にあるようだ。

冒険商人だったか? きっと貴族位は拒否し続けているのだろうな。


「私が聞き取ったところでは、大人しくしていれば、拳ほどの肉一つで一週間くらい過ごせるし、人間が雑草扱いしているような草でも、飢えない程度の栄養を摂取できるようですね。

 身体も丈夫で、爪と毛皮でこの辺りの魔獣程度は対応でき、ちょっとした木陰があれば雨風も寒さも平気だということのようです」


つまり、人間とは、必要なインフラのレベルが全く違うのだ。同じように知性があったとしても、文明のあり方が異なってくるのは当たり前だろう。


このあたり、ヴィタは、歯に衣着せぬ言い方をしていた。


「もし猫獣人が、人間みたいにたくさん食べたり家の中で暮らしたいって思ったとしますね。

そうしたら、人間こそ駆逐されるか奴隷化されていたんではないでしょうか。彼らは、力はありますが、手先は器用ではありませんから、農業や建設には向いてませんし。

人間に酷い目に合わされた後でさえも、人間を敵や食料として見なかったことに感謝すべきなんじゃないですかねー」


その辺りの話が町の人間の中にも共有されていって、猫獣人のイメージが変わってきたところで、じゃあ猫獣人とどう付き合うかの議論が始まったということだ。


と、何やら上から目線で語ってみせたが、最初に猫獣人を見かけた時には、俺も似たような感想を抱いていたのだから人のことは言えない。

オスメスつるんでダラダラしやがって、今どきの若い獣人は! もっとちゃんと猫語喋りやがれ! みたいな。


背景の理解が進んだとしても、難しさもある。

猫獣人が、そこらで採れるものをちょっと食べて、そこらでゴロンと横になって寝て過ごせるというのでは、人間の尺度で言えばホームレスの群れを抱え込むのと変わりない。

犯罪に走る危険度は低いとしても、町の側にメリットが無さすぎる。


猫獣人を町の社会構造に組み込もうにも、消費をしないのだから、稼ぐ動機がない。

気にそまない労働をする理由は無いから、せいぜい、気が向いたときにちょっと手伝いをして、現物支給で食べ物でも貰って終わりだ。

職業訓練にも必要性がなく、生涯全力ニートで何も困らない。


虎や狼が日々鍛錬などするかね? と傾奇者もおっしゃっている。

彼らは、野生では、そういう地位にあるのだ。


一方で、猫獣人の、特に幼い個体には、そこにいるだけでいいなんていう愛玩需要もあるようだ。

が、それに応じる猫獣人だけが町にいるというのも良くない。

町の人は猫獣人を「そういうもの」だと思ってしまうし、そういう発想を持って町の外で猫獣人に出会ったら、トラブルは必至だ。過去に、すでに体験しているか。


まあいい、落としどころは人間と猫獣人の話し合いに任せよう。

俺は眷属の里に行かねばならん。


スタルトで済ませておく用事は何かあったかな…… 

あ、スクロール屋のエプシロンに、挨拶をしておくか。最初は世話になったな。

もう、この先会うことは少なくなりそうだし。


スクロール工房に行ってみると、エプシロンがやけに歓迎してくれた。

何のことは無い、高価な紙を仕入れてみたのに、俺が顔を出さなくなってしまったので、資金繰りに苦しんでいたようだ。


「私の方でも、あれから調べてみましてね。例の札に相性のいい紙が分かったんですよ」

「ほう。それはどんな……?」

「魔石になる前の原精霊の力を秘めた微量元素を織り込んだ紙でして、精霊との……」

「まんまミューさんの話じゃないか」


「なんと、ミューのことをご存知でしたか。あの子は私の弟子だったんですよ」

「ほー。では、この辺りの出身だったのですか」

「そんなところです。優秀だったので、サルサリアの学校に行かせたら、そのまま向こうで就職してしまいました。手元に置いて、育てようと思っていたんですけどね……」


「その育成計画は、失敗して良かったと思うのは俺だけですかね」

「陽光殿は、私に厳しい気がしますが何ででしょうね」

知らんな。


「せっかく紙を用意しているのであれば、在庫分で札を作ってもらいましょうか。しばらくは買うことは無いので、後の仕入れは不要ですよ」

「いやいや、在庫がはけるだけで充分有難いお話です。では……」


ブックマーク、評価、ありがとうございます。

何かほんの少しでも、この作品にしか無いな、というものを残せたら嬉しいですね。


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