猫獣人の移転のこと。
結局、討伐対象は存在しないか、俺、もしくはカイアなわけだが、問題は、依頼がシステム上どう処理されるかだ。イナグマのケースでは、必ずしも殺さなくても、配下にしただけで討伐完了の扱いとなっていた。
午前中に別れてから10時間は経っている。
猫獣人の会議が長引いていればまだスタルトだろうが、すぐに動く話になればイナグマ達は先に里に向かっていてもおかしくはない。
イナグマに付けたコウモリに念話を飛ばしてみる。
「今どこ?」
「ソト」
「移動中か?」
「トマッテイル」
「大勢一緒か?」
「ネコヒトイッパイ」
なんだ? もう猫獣人まで移動してるのか?
猫獣人だから、案外夜型だったりするのだろうか。
止まっているというなら、中継拠点くらいか。町には入れない時間帯だが、中継拠点なら合流できる。
イナグマのところに向かってみるか。
蝙蝠に変化すると、パイロペが飛び乗ってくる。
中継拠点なら、半刻もかからない。
少し手前で人型に戻り、街道を走り抜ける。
コウモリの気配はもうすぐそこだ。
街道の中継キャンプ地に、大勢の猫獣人がたむろしていた。
イナグマとアラゴンの姿もある。
「イナグマ、早かったな。説得がうまく行ったのか?」
「そうとも言えない。町に戻ったら、言い争いが起こっていた。町に滞在する人数を少しでも減らすため、身軽な者から出発してきた」
想定の範囲内の事態ではあるが、元凶は俺だ。
クシィもいた。
「何か不足しているものはあるか」
「猫獣人は元々モノを持たぬ種族だ。食べ物も、ほんの少しあればよい。その代わりに、一日の大半は横になって過ごす。人族から見ると、ずいぶん怠け者に見えるようだがな」
「困ったことがあったら、またいつでも言ってくれ。お客さま扱いする気はないが、元気でなければ里に来てもらう甲斐がない」
「イナグマ、猫獣人向けのエリアの見当は付いているか?」
「幾つか候補がある。アラゴンに水源の状況を調べてもらって、良さげな場所を集会場に定める。住居は、バラバラに作るものだそうだ。明日の朝移動して、あとは各自で見繕ってもらう」
危険な存在はいないし、差し当たっては放置で良いか。
「クシィ、町では何が起こった?」
「何も。というより、我々が、何もしていないように見えるから揉めたとも言える。働きもせず、寝て食っていられると思うな、と」
「人間の町では、土地の一片にまで持ち主がいる。何も持たぬ獣人の暮らしとは、折り合いが厳しかろう。それで、我々の里への移転については、皆はどんな反応なのだ」
「まずは、町にいるよりはマシだと考えている連中に声を掛けて連れ出してきた。猫獣人にも、人とそれなりに付き合える性質の者もいる。何人かは、しばらく町で暮らしてみるという。あとは、元の森に帰ることを願っている連中だ」
「元の森も、もはや危険は無い。水辺がなくともよければ、戻ることも可能だろう」
「そうか、それは有難い。悩みは、このまま我々がバラバラになっていくことを、是とするかどうかだ」
「そうだな。暮らし方が分かれれば、この先、考え方も違っていくことになる。猫獣人はただでさえ数が少ない。拠り所がなく、行き来が少なくなれば、小さな集団ではいずれ子どもの数も減るだろう。
そういえば、猫獣人の長は、まだ顔を合わせたことは無いが、どう言っているのだ?」
「長は、高齢だ。今まで、あの森の霊樹に寄り添って暮らしてきた。新たな暮らしといっても、そちらが便利だ快適だというだけでは気持ちを動かせまい。そうなると、近しい者たちも、長を置いては行けぬ」
「そうだな……守りたい暮らしもあるか。霊樹か、そうそう移せるものではないな」
「ツヴァイ様、お願いがありますニャ」
「どうした、アラゴン」
「その霊樹のところに、連れて行っていただきたいですニャ」
スキルには現れていないが、アラゴンは、ドルイドっぽい雰囲気がある。
霊樹とも対話ができたりするのだろうか。
「クシィ、霊樹の元まで、案内を頼めるか?」
「構わないが、今からか?」
「歩いていくわけではない、すぐ着くさ」
クシィもそれなりに早く走ることが出来ると思うが、この際ちゃっちゃと移動してしまおう。
イナグマとパイロペに留守番を頼み、中間拠点を少し離れてから銀尖を召還する。
目の前に突如現れた巨大な銀狼にクシィは絶句していたが、説明も省略だ。
「クシィ、案内を頼むぞ」
クシィと俺を銀尖に乗せてもらう。アラゴンは、真ん中だ。
銀尖に合図を送ると、滑るように走り出す。
月夜の街道に、銀狼、猫獣人、小人の精霊士、そして吸血鬼。
すっかり人外の一行だな。
森に入っても、さしてペースは落ちない。
植物たちが左右に避けていくような感覚さえある。
引っ越しの時よりスムーズな動きだ。
あの時は俺だけだったから、わざと揺らして遊んでたな、銀尖め。
クシィが呼吸を整えて、もうすぐだと目で合図してくる。
銀尖の背をトントンと叩くと、フワッとスピードを落とす。
魔力探知では大した反応では無いが、確かに精霊の力を宿した大樹がある。
銀尖から飛び降り、クシィとアラゴンを連れて歩み寄る。
「お初にお目にかかる、ワルトレの森の霊樹よ」
念話を交えて呼びかけてみるが、反応は無い。
「私から呼びかけてみますニャ」
アラゴンが、滑らかな足取りで木の根元に近づいていく。
幹に手を触れ、何か念じるようにやり取りをしている。
クシィも、緊張した面持ちでそれを眺めている。
やがて、アラゴンが振り返り、にっこりと笑顔を見せた。
「ツヴァイ様、この木のうろを覗いて欲しいニャ」
幹の少し上の方にあるうろから、魔力の反応がある。
さっきまでは無かったよな。
近付いて覗き込むと、深い茶色の丸みを帯びた精霊石が、ほのかな光を放っていた。
琥珀か。霊樹の樹液から生まれる石か。
「この精霊石を、新たな木に預けて欲しい、とのことですニャ」
「クシィ、ということだそうだ。ただ、長たちがこの木の元に残るのも、悪くはないと思うがな」
「この件を、長たちに伝えます。新たな霊樹が、我らの心の拠り所となりましょう」
一件落着ということで良いのかな? しばらくは様子見か。
あとは皆にお任せだー。
「そういえば、霊樹とはどんな話をしたんだ?」
中継拠点でクシィと別れた後、アラゴンに尋ねてみた。
「霊樹ですかニャ? 大した話はしていませんニャ。我らの皇子殿は、そなたを引き抜いて運ぼうというのだが、止めておいた方が良いかと尋ねてみましたニャ」
アラゴンさん?
可愛らしい顔をして、さらっと恐ろしいこと言ってませんか?
「霊樹は、今回の件がツヴァイ様の仕業だと最初から知ってましたニャ。今さらお願いもないですニャ。探知されないよう、必死で隠れていたのは哀れだったニャ」
そうだったのか。この辺りでの俺の位置づけって……
なお、町に戻ったら、依頼は達成され、掲示も消えていたらしい。
めでたしめでたし……という気分ではないが、まあ。
琥珀
https://www.mindat.org/gm/188?page=12
ブックマーク、評価、ありがとうございます!
物語も、後半に向かっています。
(ときどき、登場人物が勝手に動いて話が膨らみますが)
もうしばらく、お付き合いください。




