巨獣の爪痕のこと。
緋夜による夜の修行の結果、中位影魔法、下位闇魔法、下位風魔法、下位土魔法、下位死霊遣い系のスキルを少しずつ習得した。
何というペース。
とはいえ、例によって直接火力になるような術は少ない。
初期装備に近いってことか。
宝石公女の術がドライによって作られたものだとすると、それ抜きで戦うのが元々の設計ってことになる。
カンテラやカイアがいなかったら、イナグマなんて当分倒せなかったろう。
その意味では、チートスキルみたいなものかもしれない。
ドライにとってはゲーム内で作った術だが、俺にとっては単に与えられただけだしな。
ちなみに、この世界の術は、幾つかの要素を組み合わせて出来ている。
カイアの水晶壁で言えば、手の平ほどの水晶の六角形のプレートを多数作り出し、それを指定した配列で相互に連結し、何かに固定する、という三要素だ。
平らに並べて地面に固定すれば壁となり、腕に固定すれば盾となる、プレートの枚数や堅さは込めた魔力次第といった具合だ。
今回習得した術も、どちらかと言えば現象を起こすタイプのものが多く、実際の効果の大きさは使い方による。
いろいろ工夫をしろってことだろな。
そんなことを考えつつ、朝を迎える。
東の空が明るくなると、緋夜はまた光の輪の中に消えていった。
日差しの下に姿を晒すと大変に見苦しいことになるらしく、そこはじたばたしない。
パイロペも、活動している間は徐々に魔力を消費するらしく、完全に用事がなければ休眠するようにしている。
周囲の気配は感じているそうだ。
俺はといえば、木の根もとで丸くなって寝ているイナグマのお尻にもたれ掛かり、ゆったり座っているところだ。
と、コーヒーのよい香りがしてくる。
ごく小さな足音の方をみると、猫獣人の男だ。クシィだったか。
手に、小さなポットとカップを持っている。
近づいてくるので、手を挙げて挨拶をしてみた。
「ツヴァイ殿は、コーヒーを飲まれると聞いた」
カップを渡してくる。
頷いて、身体を起こして受けとる。
ポットからコーヒーを注いでくれる。
「話をしてもよいか」
クシィが尋ねる。
頷くと、少し離れた場所に座り込んだ。
「失礼だが、ツヴァイ殿からは人間の匂いがしない。なぜ、人間と共に暮らすのか」
暮らすというほど一緒に過ごしている気はしないけどな。
「転生者のようなものだからな。ついつい人間のように振る舞ってしまうのだろう」
「なぜ、我らを助ける」
「討伐の報酬が目当てだが、それでは変か?」
「金や魔石など、他にいくらでも稼ぐ方法があるだろう。我らはカネやモノを持たぬ民だ」
「そうだな、金よりは強い奴と戦うことが本当の目的だ」
「戦いが好きなのか」
「むやみに殺すして回る気はないが、今は力が欲しい」
「力か。力を得て、何とする」
「今、目指しているのは精霊の国を作ることだ」
「精霊の国とは何だ」
「そこにいるパイロペのような連中を、この世界に住まわせるための方便だ」
「方便か」
「そうだな、国と言っても城や領地が欲しいわけではない」
「ツヴァイ殿、お前はおかしな男だ」
「国を作ろうなどど、馬鹿げているか?」
「違う。国を作ろうというのに、まったく英雄らしからぬ」
「良いことを言う。そうだ、俺が作りたいのは英雄の国ではない。王なき国だ」
「そうか。王なき国か。そこには誰が住むのだ」
「うん? 最初は、精霊達だろう。このイナグマも、精霊の配下だから、住民だな。イナグマが連れてくる者達も、住民であろうな。あとは、住みたい奴が来た時に考えるさ」
「そうか。分かった」
何が分かったのか分からんが、クシィは手を振って去って行った。
「奴らを、連れて行っていいか」
イナグマが、丸くなったまま口にする。
「好きにしろ。こちらのことは、お前に任せるさ」
さて、ようやく出発の時間だ。
探知系スキルには反応は無い。
昨夜からそうなのだから、少なくとも普通にうろつくような危険な存在ではないのだろう。
アルファインを先頭に、ギャンマ、クシィ、ヴィタ、俺、イナグマという感じで縦隊だ。
道は無かったが、ここ数日で調査隊が最低限は切り開いたという。
元々人が入り込むような場所ではないので、あまり大っぴらに道を拓きたくはないらしい。
小動物の気配はあるが、静かなものだ。
他の獣にも、さして恐れた様子はない。
二時間ほど歩いたところで、奇妙な空間に出た。
クシィが説明を始める。
「ツヴァイ殿、ここは、猫獣人にとってある意味聖地とも言える地だった。柔らかな草地に花が咲き、親子が、恋人同士が、ここで小さな魚を獲り、小エビやカニを捕まえて憩う。つがいを作った二人は、ここで愛を囁き、友人や肉親がそれを祝福する」
魚? エビ? 目の前にあるのは、砂で覆われた半径数十メートルのクレーターのような光景だ。
クレーターには深い亀裂が走り、周囲の木々は枯れ果てている。
「これが、巨獣の災厄ということなのですか」
ギャンマが答える。静かな声だ。
「そうだ。猫獣人の水辺に、巨大な爪痕を刻み、すべての生命を枯れさせた。破壊の痕は、ここだけだ。猫獣人の暮らしの大きな一部を、破壊したと言っていい。そして、おそらくこれは、猫獣人の未来を破壊するという宣告なのだろう」
俺は、アラゴンのカードを取り出す。
水源探査を発動する。
カードが光を帯びる。
「水源は……深いニャ。水を蓄えていた池の底の粘土層が、崩れてしまったニャ。汲み上げても、また染み込んでいってしまうニャ」
アラゴンのカードが以前より上位になったことで、説明が詳細になっている。
「ギャンマ、生命が枯れたというのは、ここの生態系はもう崩壊してしまったということでしょうか」
「うむ。私も話を聞いただけだが、魚や水辺の小動物は、完全に死に絶えたというほかあるまい。池が復元できたとしても、元のように豊かな生物で満たされるのは、相当先になるだろう」
振り返り、クシィと向かい合う。
「すぐには水辺は帰らない。クシィ、イナグマに従い、我々の里に付いて行く気はあるか」
「皆に諮る必要がある。しかし、水源が失われたことが分かっただけでも議論が進められる。ツヴァイ殿、我らを受け入れてくれるとの提案、誠に感謝する」
「アルファイン、ギャンマ。俺は、これをやらかした存在に心当たりがあります。この件、俺に任せてくれませんか。」
「む。やはり、邪悪な精霊か何かなのか」
「必ずしも邪悪という訳ではありませんが、野放しにしては危険な存在です。それに、むやみに力をぶつけては、この森が荒れるばかり。俺が、時間をかけて従えたいと思います。
その間に、移住を希望する猫獣人達を、イナグマの案内する場所に連れて行ってやって下さい」
「移住先に、当てがあるのか」
「はい。俺が、精霊の里にしようと思っている、深い森の中です。イナグマが詳しいので、どういう場所かはイナグマに聞いてください」
「アラゴンに、身体を与えてやってくれまいか」
唐突に、イナグマが言う。
二話くらいのエピソードのつもりが、えらく膨らんでしまいました。
サブタイトルを後からつけ直しました。
これだからプロットが無いのは!




