猫獣人の災厄のこと。
翌朝、ヴィタは、早速ギルドに緊急の依頼票を貼り出した。
まずは何しろ情報収集が必要だ。
探知系の術や技能に優れた者を中心に現地入りする冒険者のほか、森の生物や伝承に詳しい者、猫獣人に縁の有る者など情報を持っていそうな一般人に広く声をかける内容となっている。
直接現地の調査に当たる部隊はアルファインとギャンマに任せ、ヴィタは集まってくる雑多な情報を片っ端から書き留め、整理する役回りに徹していた。
ハーフエルフのヴィタは、エルフのよく使う、森にまつわる精霊術も多少は使える。
しかし、元来好奇心が強く、閉鎖的で居心地の悪いエルフの里を幼少の頃からさっさと飛び出してしまっていたこともあり、あまり森での活動に興味がなく、詳しくもなかった。
人間が大勢住む町の方が、静かで退屈な森よりも好きで、面白そうな物語を持つ者と関わるのを楽しみとしている。
賑やかなサルサリアも好きだが、スタルトのように開拓が進みつつある町も変化が大きくてお気に入りだった。
気質の一つ一つが、変化を好まないエルフの集落とは相容れないことが多かった。
ギルマスに頼んで、ギルドの一番大きな打ち合わせスペースを占拠し、事務方の作業員も手の早い者や聞き取り上手を四人借りている。
老婆が、茶菓子をつまみながら語っていく。
「ワルトレの森ねぇ。木々の深い処だから、迷いに気ん付けな、あかんわねぇ。食べもんがなかった頃は、そいでも良く入ったわねぇ……」
秋にはキノコを採取するという町の者。
「危ない獣は少ないと思ってたけどなぁ。去年の秋も、特に変わったことは無かったかなぁ。キノコか? 売りもんにはならないが、うちのお袋や嫁さんが好きでなあ。街道から少し入ったあたりで採れるんよ。それ以外の時期には、さっぱり用はねえな」
町の商店の主。
「獣人か? 別に悪い連中じゃないんだろうけど、騒がしかったり夜中にうろついたりしてると、迷惑な時もあるかもな。町ではあんまり見かけねぇな。猫獣人? 魚だの小さい蟹だの、買っていく奴が、たまに店に来るくらいかなぁ」
ワルトレの森に住む生物、重要な植物、特徴的な地形、伝承。
猫獣人の風習、関わりを持っていそうな他の種族、周辺の町との取引の状況。
ちょっとした報酬と、茶菓子の類を目当てに、他愛もない小話が集まって行く。
報酬は敢えて低めに設定している。
小銭稼ぎに出鱈目なことを吹聴されても邪魔くさいし、本当に有益な情報を持つ者なら、向こうから信頼性を示す副情報と併せて売り込んでくるだろう。
脈絡はないが、まだ選別はしないでおく。
総じて見えてくるのは、多様な生物や種族が住み着いている一方、少なくとも春のこの時期には、人族とは縁のない土地ということだ。
猫獣人自体も、町とは関係が薄い。
何か事件が起こっているとしても、そのままでは人間に頼ってくるということはなさそうだ。
現地で何が起こっているか把握しないと、人間が知る情報だけでは対応の方針を立てることも難しいと分かった。
その頃、アルファイン達は。
森歩きに慣れた7名ほどのパーティーで、猫獣人が好むという果実酒を染みこませた旗を掲げ、呼びかけの笛を鳴らしつつ、ワルトレの森を歩いていた。
猫獣人は、人語も解する者が多いが、あまり人族を好まない。
獣人の地位が低かった頃、猫獣人の子どもは良く人間の奴隷として攫われていたし、猫獣人の側で人間から得られる利益は、近場で手に入らない食べ物くらいだったからだ。
普通に森を探索していたのでは、彼らは姿を隠してこちらの様子を探るくらいで、いつまで経っても話し合うことなど出来ないだろう。
そこで、ギャンマの発案によってこのような珍妙な一行となって歩いている。
笛は、行商人が猫獣人と会うときに合図に使っているものだ。
だが、行商人は森の中には入ることはないし、半月の日の午後に決まった場所で鳴らして到着を知らせるもので、鳴らせば呼び出せるような約束はない。
単純に目立って気づいてもらうこと、そして、人間が森に入り込んで騒がしくすることにより縄張り意識を刺激することが狙いだった。
とはいえ、すでに半日を過ぎて未だ猫獣人の姿は見ていない。
ワルトレの森は深く、広い。
何の手がかりもなしに動き回るのは、躊躇われる頃合いだった。
「アルファイン、今日はいったん引き上げよう。猫は、追いかけても捕まるものでもあるまい」
「そうだな。一応、お供え物だけしていくか」
木の枝に、食べ物や酒を入れた箱を縄でぶら下げていく。単なる獣には触れられない高さだ。
問題の解決に協力する旨の手紙も入れてある。
「メッセージが伝わるといいが」
再び街道まで戻り、スタルトまで帰還する。
もう日が暮れる頃合いとなっている。
集まっていた冒険者たちはいったん解散し、明日に備えることとした。
ギルドで、夕食を取りながら今後の方針を議論する。
ヴィタがワインを傾けながら問いかける。
「ギャンマ、現地の雰囲気はどうだったの」
「それが、どうもな。森全体からはおかしな気配はない。強い魔力も無ければ、多数の獣が動き回っている気配も感じられんのだ」
「猫獣人が接触してくれないことには、どうも進展がなさそうね」
アルファインはパンを齧りながらビールを飲んでいる。
「そうだな、現時点で何かが暴れてるってわけじゃなさそうだから、時間をかけて調べていくしかないだろう。となると、ギルマスよ」
「そうだな。あと一日捜索したら、規模は縮小して、お前さんたち3人で、しばらく専従の調査という対応で行くか。あまり大勢で森をかき回しても、かえって情報が遠ざかるかもしれん。
サルサリアには使いの者を出した。数日後にはツヴァイ殿が合流できる可能性があるし、会えなければ飛行の術が使える術師に依頼して来いと伝えてある」
その日はそのまま解散し、次の日の午前中の捜索でもめぼしい手掛かりは無かったため、他の冒険者達は午後の分の手当てを補てんして解散としていた。
新たな事実をもたらしたのは、サルサリアを拠点とする精霊術師、カッパースだった。
「ギルマス! サルサリアより、飛行術の使い手、カッパース殿が到着したぞ」
「おう、よく来てくれた、カッパース殿」
ギルマスが握手の手を差し出す。カッパースはそれに応じながら、その気さくさに驚いた風でもある。
「俺は単なる便利屋の中級冒険者だ。ギルマス殿にそんな呼び方をさせたら、かえって居心地が悪い」
「そうか? それじゃ、カッパースと呼ばせてもらうが、サルサリアの辺りじゃ、距離を飛べる術者は引っ張りだこだろう。わざわざこんな辺境に、助かるぜ」
「挨拶はこれくらいにさせてもらう。早速だが、ここに向かって飛んでいる最中、やばいものを見かけたんだ。俺は戦闘には向いてないからな、とてもじゃないが近づけなかったんだが」
「ほう、何だ」
「俺も詳しくはないが、猫獣人は、かなり厄介な奴に目を付けられたのかもしれない」
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