冒険商人ギャンマのこと。
場面は、ツヴァイがスタルトを旅立った頃にさかのぼる。
ギャンマは、酒場で軽く夕食を済ませ、宿で湯あみをして床に就こうかという時間帯だった。
ドアがノックされる。
「誰だ?」
「ギャンマ様、宿の者にございます」
「主か。こんな夜更けにどうした」
「冒険者ギルドより、緊急の招集要請の使者が来ております」
「ほう。急ぎ支度をするから少し待てと伝えられよ」
ギャンマは、冒険商人である。
三十代も半ばとなるが、その肉体は数々の傷跡を残しつつも厚く強固であり、太く筋肉の盛り上がった腕、広い肩幅、短く刈り上げた髪、日焼けした肌といったすべてが、歴戦の証となっている。
元は、前衛兼薬師の冒険者であり、戦士役のアルファインや術師役のヴィタと組んで数々の討伐や探索を成し遂げ、この地方随一のパーティーとして名を知られていた。
サルサリア方面との交易が盛んになると、持ち前の観察眼と博識を存分に発揮して商業的な成功も収め、それでいて探索を止めることもなく、ついには地方都市を拠点とする者には非常に珍しい冒険商人としての扱いまで受けることとなった。今では、「慧眼」の二つ名さえ知られている。
冒険者であり、商人である、と言ってしまえば身も蓋もないが、この世界での冒険商人は、単に二つの役割を兼ねているというだけではない。
かつて、冒険者の活動は、ダンジョンの探索や魔獣の討伐といった、いわゆる奪い、切り刻む仕事が中心であった。
探し出すべき品は依頼者や冒険者に利益をもたらすものであり、討伐対象は人間に害をもたらす存在であって、ある意味単純なものであった。
しかし、転生者がこの地方の産業構造を大きく変革し、人族以外も広く交易を始めとした社会経済に織り込んだことで、事情が変わってしまった。
人族には価値がない素材であっても特定の種族には高い価値を持つ素材の取引が増え、あるいは奪ったり殺したりすべきでない存在が、多種多様に発生したのである。
ギャンマのような冒険商人は、冒険者と同行し、その幅広く収集した情報によって、そこに存在する素材や生物の商業的な価値やリスクを算定し、その情報を冒険者ギルドや商業ギルドに持ち帰って再共有する、そういった任務を背負っている。
例えば、探索中にある獣人が好む植物が豊富に育つ地域を発見した場合、その情報は商業ギルドを経由してその獣人の外交窓口部門に伝えられる。その獣人の中で素材としての回収方法や最終的な買取価格が設定され、それが商業ギルドから冒険者ギルドに対して依頼という形で提示され、冒険者がその依頼に従事するといった流れだ。
獣人側からの素材の収集依頼が先に出ている場合もあるが、いずれにせよ、冒険商人は極めて広い範囲の詳細な情報を持つことが求められるポジションと言える。
なお、地球の歴史上の存在で言えば、大航海時代の商社というよりは、より行政機構に近い勅許会社のような立ち位置である。それは、リスク情報の収集と、それに伴う商業行為の規制という、別の重要な側面を有しているからだ。
ある地域で急激に特定の素材が狩り集められた場合、生態系や植生に大きな影響を及ぼすことがある。それによって重大な影響を受ける種族がいた場合、その素材の採集依頼には一定の規制が行われる。
かつての転生者は、知性を有する異種族間の衝突をひどく嫌ったという。
「たまたま今回は人族だった、そういうレベルの話なんだよ」といった口癖が今も伝えられている。
他の知的種族に対して侵害となる恐れのある状況が確認された場合、冒険商人にはその報告義務があるのだ。
商業において、情報は価値と等価である。その情報を強制的に提出するよう定める仕組みの導入には、商業ギルドを始めとして広範な勢力から相当な抵抗があったであろうが、当時の転生者の絶対的権力はそれすらも超越していたことになる。
転生者は冒険者ギルドの機能も多岐にわたり整備していったが、その一つに、全域監視機能ともいうべき、掲示板のシステムがある。
討伐依頼の達成が人の手を介さず掲示されるように、採集や殺傷が規制された対象に対する侵害行為が行われた場合などに、警告すべき事態が発生したことが掲示されるのだ。
そして、今、スタルトの冒険者ギルドでは、ギルドマスター、アルファイン、ギャンマ、ヴィタらこの地域の有力な冒険者が緊急の会合を開いていた。
「おお、ギャンマ殿。このような時間に済まぬな」
「いや、まだ寝る前であった。しかし、何事だ」
「アルファイン殿とヴィタ殿には先に伝えたが、警告の掲示がなされたのだ。しかも、不完全な形で」
ヴィタが、ギルドのホールの奥に設置されている掲示版を顎で指し示す。
[ワルトレの森、獣人の縄張り、■■■による侵害発生の恐れ]
掲示はごく限られた情報しか示されない。
しかし、通常であれば、称号等が示されるべき部分が、おかしな表示になっている。
警告の掲示自体はそれほど珍しいものではない。ちょっとした諍いのこともあるし、無知な駆け出しの冒険者が植物の種類を間違えて採集したりすることもある。
恐れ、という表示であれば、まだ深刻な実害が出ているわけではないが、何か通常では起こらないような事象が、人為的になされたことは確かだ。
ギャンマが問う。
「掲示がうまく機能しないような存在なのか」
ギルマスが答える。
「その点が、不気味なのだ」
「ワルトレの森か。いくつもの種族が棲むな。獣人というと猫人族だが、活動範囲は広い。どの種族との争いかも簡単には想像できんな」
「ギャンマ殿であってもそうか。やはり、実地に行ってみるしかないな」
リーダーであるアルファインがまとめる。
「そうだな。森自体は特別危険性が高いわけではない。熟練した冒険者であれば、問題ないだろう。明日の朝から人数を募って調査をするとしよう。ヴィタ、調査方法の段取りを頼めるか」
「あいよ。ツヴァイ様は帰ってこないかなあ」
「まだ出発したばかりだからな。調査が長引けば、合流できるかもしれんが…… 荒事もあり得るか?」
「何とも言えないわね。獣人は人間に比べて自由だしね。個性が強い分、個人によって考え方も違いそうよ。
本格的な刃傷沙汰は勘弁してほしいけど、あの人なら色々な仕掛けを持ってないかな、と思って」
ギルマスが頷く。
「確かに、あのオーガを罠に掛けたり麻痺させたりするのだから、多彩な手を持っているだろう。熊を狩っていた実績もある。森の中の捜索もお手の物だろうよ。
サルサリアまで人を走らせる価値があるな。よし、併せて、デルタ卿にも報告するとしよう」




