ドライとの約束のこと。
「結局、パイロペの話は連れて行けって言ったのに連れて行かなかった、放置されたってことで良かったのか?」
「我輩にとってはそれ以上でもそれ以下でもないな」
「妾の体だけがこやつの目当てだったのであろ」
「我輩にとっては、デッキに積まれたカードの一枚にすぎん」
「モノ扱いかや?奴隷以下に貶めようというのか。こやつはそういうのが好きなのじゃ」
ドライが虚ろな目をして聞こえない振りをし始めると、パイロペの目がこちらを向いてきた。
こっち見んな。
「ツヴァイは悔しくないのか、妾がこんな言われ方をして」
「なぜ俺が悔しがる」
「命がけで妾を濁り魔石から救い出してくれたではないか。この体も、今はそなたのものであろう」
「もう契約は完了している」
ドライが流れを断つ。
「ツヴァイよ、そろそろ我輩も出発するとしよう。
宝石公女は、彼女らが望んでこちらの世界に来たものではあるが、我輩が生み出した術でもある。石の精霊が生まれなくなってしまっては、この術も死に絶える。術には多少の未練も無いではない。
もし、お前がこの術の後継者としてこの先も宝石公女を使っていくというのであれば、餞別として精霊井の制御装置を我輩が設置してやろう。ただし、宝石公女が人間と対等に交渉できる地位を確立すること、それを条件としておく」
「分かった。俺は宝石公女の術の後継者にして後見人となろう。
ちなみに、あくまで参考までに聞くだけだが、化石龍の兵というのはどういうカードなのだ?」
「くくく、気になるか? 宝石公女が地底世界の石の精霊を使役する術なのに対し、化石龍は発掘された化石を通じて、滅びし古龍達の召還を行うものだ。術自体も、時間を超越した次元門の開設、カード自体の幽体化など、新機軸がいくつも搭載されておる」
「恐ろしく強力そうだな」
「うむ。だが、それだけに制御には気を遣う。今より遥かに精霊の力が溢れていた時代の竜達だ。周囲の精霊の喰らい方も桁違いだ。
それに、召還のための化石の発見や採掘は、通常の手段では困難だ。我輩は、幽体となって地盤の中も飛び回れるようになって初めて、この術の実運用の目途が立ったのだからな」
「そうか。俺に扱えるような術ではなさそうだな。
地底を航行することが出来るのなら、一度、精霊脈の源、石の精霊の世界も見てきてやってくれないか。精霊脈がどういうもので、どういう状況になっているのか、俺には想像もつかないんだ」
「よかろう。精霊井の底で何が起こっているのか、我輩も見たことがないな。土産話を、楽しみにな」
約束だ、てな感じで拳を突き合わせてみる。
実体と幽体だ、すり抜けるんだがな。
「ふん、妾をネタに、男同士、仲睦まじそうにさえずりおって。ええい、疎ましい」
パイロペが、持っていた魔石をザラザラと飲んでしまう。
もう、魔石詠唱は必要なかろうよ。せいぜい強化しておいてくれ……
そういえば、システム上の連絡機能にはドライは表示されない。この世界がソロプレイだからなのか、ドライがプレイヤー扱いされていないのかは分からないが、ゲーム内の方法で連絡を取る必要があるらしい。
イナグマが眷属の里の周辺を管轄しているので、連絡はイナグマによろしくと伝えて、ドライと別れる。
さて、奇妙な邂逅だったが、平和に終わって何よりだ。
眷属の里も、認めてもらえたしな。
改めて、ストラスと緋夜を召還する。
「一時は冷や冷やしたが、どうやら無事に引っ越しが終わったってことだな。そういえば、先代の皇子ってのはお前たちにとってどういう存在になるんだ?」
ストラスが答える。
「新たな皇子の器が作られますと、我らの忠誠は新たな皇子に結びつけられます。先代の皇子との繋がりも絶たれてしまうため、生死すら掴めぬままでしたが、まさか幽体化してご存命だったとは」
「緋夜、先代は、どんな皇子だったんだ」
「器を受け取り、眷属の里に預かっていたことは覚えているのですが……授かっていた名前さえ、忘れてしまうのです。その皇子が亡くなってしばらくすると、伝承としてその行いが伝えられて参ります」
「皇子の代替わりとはそういうものか。だが、今はお前たちは俺のもの、それで十分だな」
ストラスと緋夜が頭を垂れている。
やらなきゃならないことが山積みだが、順番を考えないとまた右往左往する羽目になりそうだ。
1.精霊井を制御するために、ドライの力を借りる。
2.その条件として、宝石公女がサルサリアの都市長や太守と交渉できる力を示すことが必要だ。
3.力を示すために、実績を挙げる。これは、差し当たり冒険者として依頼をこなすか。
4.実績を挙げると言っても、俺が挙げたのでは単なる転生者の名声になってしまう。宝石公女の実績であることを示すためには、やはり体があった方がよい。
5.彼女らに体を与えるためには、俺のLVを上げて血の本体を増やす必要がある。
6.俺のLVを上げるためには、どこかで強敵と戦うのが早い。
7.強敵と戦うには、俺も成長しておいた方がいい。
こんなところか。3から6あたりは、何周かこなすことになるだろう。
というわけで、眷属の里も開かれたことだし、まずは俺の修行だ。
「緋夜、銀尖達と眷属の里で修業をする約束なんだが、どうやって渡ればよいのだ?」
「修業ですか。それならば、魂と、少しの血を持って行きましょう。こちらのお身体は、いったん術で保護します」
緋夜が地面に向けて何かのスキルを発動させると、地面に魔法陣が展開され、エレベーターのように、地面から黒く平たい箱が浮き上がってきた。
優美な紋様を施された蓋がひとりでに蝶番で開いていくと、中は厚く深紅の布が張り巡らされている。
吸血鬼の柩か。寝ている間の護りとしては定番ぽいな。
にしても、結構大きいな。
昔の映画や何かのイメージでは、一人分ぴったりの棺桶のサイズだった印象だが、これは、シングルベッドというかもう少しありそうな……
「さ、こちらへどうぞ」
緋夜が手を曳いて、俺を中に横たわらせる。緋夜も、寄り添うように横になる。
「それでは、ストラス、後は良しなに」
手を振って別れを告げるようにしている。
ストラスが、微妙な顔をしている。
「なあ、緋夜」
「なんでございましょう」
「お前は、そのまま眷属の里に渡るのだろう?」
「さいでございますね」
「俺の一部だけを持って」
「はい。体の中に入れて渡って行ってもよいのですが、修業をなされるだけであれば、ほんの一欠けら、例えば髪のひと房もあれば十分ですので、こう、胸元に抱きしめて行こうかと思っております」
「何故、緋夜もこの柩に入るのだ」
「……ご心配無用でございます。この柩は二人で横になれる寸法に作っておりますので」
「心配はしていないが、理由をだな」
「では参ります」
緋夜が術を発動させると、蓋が閉じられ、柩が下方に沈んでいく感触があった。
棺の蓋が閉じられても、暗視と魔力探知のために、内側はほんのりと明るく感じられる。
緋夜の帯びた魔力と、柩の帯びた魔力。魔力の種類に応じて、色合いの異なる光となっている。
棺桶の中というより、サイバーなカプセルみたいな空間になってるんだが……
緋夜がへばりついてきて、撫でまわしながら囁く。
「どちらの部分をお持ちしましょうか。唇でしょうか? 耳でしょうか? それとも……」
べし、とおでこにデコピンよろしく爪を突き立て、切り離す。
「そいつで十分だろう。さ、行くぞ」
何か緋夜が抗議をしていたようだが、無視して目を瞑っていると、やがて血の回路がつながる気配があり、俺は意識を失っていった。




