パイロペの物語のこと。
なんだか嫌な予感しかしないが、ここからはパイロペに聞いてみよう。
「パイロペ。腹立たしいかもしれないが、ドライと出会い、別れた時のことを教えてくれないか。何か、大事なことがあったんだろう」
パイロペは、憮然とした表情を浮かべていたが、そのうち頭をひょこひょこと振ると、あきらめたような声を上げた。
「そうじゃな。ドライも、ツヴァイ殿も、同じような道を辿ろうとしているみたいであるからの。
ウンザリする様な思い出じゃが、語らねばならぬのであろ」
「妾は、無知で無力な石の精霊の長であった。
石の中を泳ぎまわり、火の岩の生まれ来る場所や碧の湖を気ままにさまよっておるだけの日々じゃった。
新たな石が生まれてこぬと、幾つもの石の一族から話が来ても、どうしてよいやら全く浮かびもせなんだ。
そこへ、この男が使いの者を送ってきた。精霊に身体と力を与える術を作っておる、実験に協力すれば、体と力が手に入ると。妾は尋ねた。そなたに仕えよう、さすれば我に力を与えるか、と。
この男は答えた。力を与え、体を授けよう。体を授けたならば、お前は自由を手に入れる、と」
ここまでは想定の範囲内だ。矛盾も感じない。
「試行錯誤を繰り返したのち、この男は、我に力を与えた。物事が見えるようになる力を。
そうして妾は、石の邦から力が失われており、その理由を探しに行かねばならぬと知ったのじゃ」
ふむ。
ドライも、黙って聞いている。
続きを促す。
「幾つかの実験を経て、妾は徐々に大きな力を与えられた。地位も高く、知識も多くなった。
戦いの力も得た。実際に戦うことは無かったが。
そうして、この男は、宝石公女の術を完成させた。いや、完成させるのをやめたのじゃ。
おぬしの用が済んだから、であろ?」
ドライの方を見る。
「宝石公女に限らず、術に、完成などない。我輩が開発を一段落したとて、他の術者が新たな要素を作り出すこともあろう」
「まあそれは良い。術は飽くまでもおぬしのものじゃ。
だが、おぬしの仕打ちは忘れておらぬぞ。壺毒というのであろ? 死に際の同族を大量に喰わされたこと。まことに人の世の術は恐ろしいの。妾が力を獲たのは確かじゃ、力を望んだ妾がこの男を責めることは出来まいて。
もっとも、その男は死霊遣いでもある。生きておろうが死んでおろうが、使えるものならば選り好みせぬのであろうが」
ドライ……恐ろしい男!
「血も涙もないとはこのことか」
ドライがじろりとこちらを睨む。
「パイロペよ、お前が我輩に恨みを募らせたのは分かった。
謝罪などする気はないが、棄てたとはなんのことだ」
「連れて行けと言ったのに、おぬしは妾を置き去りにしたではないか」
「連れて行くなどと約束はしておらん。
我輩は肉体を捨てねばたどり着けぬ場所を目指して旅に出たのだ。一緒には行けぬ。
だいたい、そなたは肉体を持たねば為せぬ何かがあったのだろう。
それは、為されたのか」
「そこよ。
そなたの底意地の悪さよの。
妾にあれだけの魔石を喰わせ、それが石の邦から来たものだと知らせずにおく。
仲間の成れの果てを喰わせて、力を着けさせる。
大した力を得たものだ、とおだてた挙句に置き去りにしておいて、その実あの井戸には妾の力は通じぬときた。
失われた力を追って彷徨うた挙句に、その力で強くなり、然して失われている力を救えんとは、妾は、とんだ道化ではないか」
パイロペが随分やさぐれているな。
どうすんだ、これ。
ええ?ドライさんよ。ってあんた、ドン引きしてどうするんだよ。
途中までは、お前さんがやったことなんだぞ?
「井戸に、力が通じなかったとはどういうことだ」
尋ねる所がそこかよ。仕方ない。説明しよう。
「ドライよ、パイロペはあの遺跡が石の国から力を奪うものだと気が付いて、施設を破壊してしまったのだ。あいにく、精霊井だけは破壊できずに未だ稼働中なのだが」
「なんということだ…… それでは、精霊井を止めることも出来ぬということか」
「何とかならんだろうか。実は今、俺は石の精霊たちの国を作ることを考えているのだ」
「石の精霊の国か? それは何だ」
「あの遺跡は、石の精霊の棲む精霊脈から力を吸い上げている。それを止め、さらに管理したい。その権利を、石の精霊の元に残したいのだ」
「ふうむ。まあ、良いのではないか。吸血鬼の皇子は、土地に根付いて管理をしていくには向いている。何なら、守り神のようなものになってしまうのも一つだろう」
「いいや、作るのは俺の国ではない。石の精霊の、石の精霊による、石の精霊のための国だ」
「よく分からんことを言うのだな。お前は関わらんというのなら、我輩と変わらんではないか。石の精霊を残して、旅にでも出るのか」
「国を作って、自分たちで自分たちの精霊脈を守れるようにする。その手伝いをするってことだ」
「自分たちで、か。ツヴァイ、お前はこの世界をどの程度知っている」
「この世界か?スタルトの町とサルサリアくらいしか知らないな。あとは、西に帝国があるとか」
「サルサリアはかつて転生者が作った都市だ。現代日本人が、どうしたらこの世界で快適な暮らしを再現できるかを、最大限に追求したと言ってよい。本人は行方不明だが、腐敗や非効率な仕組みはそいつが一掃し、再構築した社会のほとんどの仕組みは本人がいなくなった後も機能している」
「そうだな、ほんの少し滞在しただけだったが、美しい街並みに、豊かな生活、統治機構も効率がよさそうだった」
「お前は、サルサリアの市民が、民主制を廃してしまったことは知っているか」
「うん?そうだな、貴族の一人がそんなことを言っていた」
「それなりに分かっている人間たちだけで、上手いことやってもらえるならば、むしろその方がありがたい。普通の人間の感覚は、そういうものだ。まして石の精霊が、自分たちで自分たちの未来のことをどうこうしたいとは考えまい」
「そうは言っても、精霊脈のことで石の精霊は困っている。
自分で何とかしようとしたパイロペは、さまよった挙句にいろいろやらかして、人間や俺達まで困る事態を引き起こした。今のままじゃ、石の精霊はこちらの世界のことが分からないし、人間と交渉をすることも出来ない。
何でもかんでも俺経由ってのも、やっぱり無理があるだろう。石の精霊に独立して欲しいってのは、俺のためでもあるんだ」
「統治機構や参政権がどうのというよりは、独立した外交使節団の立ち上げというところか。それならばわかる」
「ただし、人間と交渉を開始するにあたっては、ある程度の存在感を示す必要がある。戦争をおっぱじめる必要はないが、例えば冒険者としてその武力を示すのが手っ取り早いだろう」
「そうだな。宝石公女の使い道については試行錯誤の最中だったが、性能試験もしやすいし、戦闘にまつわるスキル構築が多かったからな」
「そういえば、宝石公女のスキルは、戦闘以外が手薄だな。土木や建築関係のスキルがあれば便利だったのだが」
「何せ、我輩は幽体化が最終目的であったからな。幽霊が作る幽霊屋敷などナンセンスではないか」
街を作っても、ゴーストタウン、ってか。
何だろうな、コイツとは別人の気がしない。




