パイロペとドライのこと。
パイロペは、拳を握り締めてドライを睨み付けていた。
「ドライ! 妾がパイロペぞ、忘れたか!」
「む? パイロペ? ……随分、小さくなったな。我輩が創ってやった体はどうした。いや、カードも新しいのか。それはなかなか気付くまいぞ」
それはそうだな。
久しぶりに会ったら2.5分の1スケールになっていたとか、同一人物と思う方が少数派だろう。
「忘れてはおらぬが、思い出せなんだとでも申すか、この薄情者め。なぜ妾を棄てていった」
「えっ?」「えっ?」
俺とドライが、同時に声を上げる。
気が合うな。
いや、気に食わないな。
「こやつは何を言っているのだ?」
ドライが手招きをし、小さな声で聞いてくる。
自然と、パイロペの前から二人して離れ、こそこそと話し始める。
「俺が聞きたいところだ。パイロペは、お前を憎んでいるのかと思っていたが、むしろ慕っていたのか?」
「パイロペが、我輩をか……。ううむ、思い浮かばぬな」
「冷たい奴だな。別れ際のパイロペがどうだったか、関心もなかったということか」
「ツヴァイ、お前までそのようなことを言うのか。考えても見よ、我輩が知識を与えるまでNPCですらなかった1枚のカードが、その心の内にイベントを秘めているなどと、どうやって気づくというのだ。フラグらしいものも、何もなかったぞ」
「またゲームのように言う」
「お前にとってはこの世界はゲームではないのか?プレイヤーか何かだと思っていたが」
「確かにこの世界はゲームだ。だが、こいつらにだって人格がある。だったら、ここにいる間は対等ってことだろう」
ドライは腕を組み、首をかしげて考え込んでいる。
「そうだな。我輩は疑似人格だが、お前が我輩の存在を対等と認めるならば、そやつらも対等と認めてやろう」
「えっ」
「お前は、疑似人格なのか」
「正確に言えば、とある人間から創り出された複写人格であるな。だが、相当に久しい年月をここで暮らしてきた。もう既に、元の人間とは異なる価値観になっているだろう」
「なるほど。俺も、幾つもの世界を渡り歩いてきた。肉体も、様々だ。今だって、吸血鬼だ。その価値観は、日本人の学生だった時とは、かなり変わっているだろう」
「つまり、我輩と似たような体験をしてきたわけだ。いまさら、元の人格が本物であろうと無かろうと、気にすることはあるまい。
お前の元の体とて、無事とは限らんぞ。そうなればお前は残留思念に過ぎぬわけで、擬似人格と大差なかろう」
……何か大事なものが軽んじられている気がしないでもないが、今は置いておこう。
「分かった。対等ということで行こう。ドライ、お前は俺にとって初めて会ったこの世界の渡り手側だ。むしろ俺が教えて欲しいことがいくらでもある」
お互いに頷きあう。
パイロペの様子をちらりと窺う。
一時のような、焼き尽くすと息巻いていたときの勢いはないが、複雑そうな顔をしてこちらを見つめている。
「ドライ、いっそ本人に聞いてみたらどうだ」
「パイロペにか。あやつのいうことはよく分からんがな」
「俺が出会ったときのパイロペは、石の精霊の国を救いたがっていた。結果的にやらかしたことは間違っていたんだが、お前が何かのきっかけになっていたことは確かだ。一緒にいたころ、何か聞いていないのか」
「ふうむ。実験の前後のことを思い出してみよう。我輩では気づかぬが、お前なら気付くことがあるやもしれん。
まず、石の精霊は、地中にいるときは大した思考はしない。知性はあるが、知識や、積み上がっていくものに全く興味がない。石の精霊の生まれた順番くらいしか、未来や過去の感覚も持っていなかった」
「その割には、賢い子もいるようだが」
「うむ。我輩が幽体化するにあたって、それまでに蓄えた術や知識を失ってしまうのでは意味がないからな。肉体から記憶を切り離す術と、その記憶を精霊のような非実体に付与する術も構築したのだ」
「お前、実は凄い奴なんだな」
「伊達に長いこと、この世界で過ごしておらんからな」
干からびたような顔だが、ドヤの気配を漂わせている。
「で、それが例のトランプの札ということか」
「そうだ。知識の持ち方は、人間で言えば立場に応じて大きく異なる。そのままでは覚えるのが大変だったから、モデルにした人間ごとに、トランプのスートを使って整理した。王侯貴族ならば絵札、庶民や子供なら下位の札、とな」
「じゃあ、ハートのクイーンを当てがわれたパイロペは」
「女王としての知識や術を備えたカードになった」
「ドライよ、女王の知識や術を備えていたという割には、お前のパイロペの評価は芳しくなさそうだが」
「知識や能力が高まったとしても、子どもは子どもだ。スキルの使い道や使いどころを見極めるには、経験や勘がものを言う。むしろ、本人も理解しきれぬ知識を与えたことで、混乱させた可能性がある」
「ちょっと見えてきた気がするな。パイロペを、サルサリアの遺跡へ連れて行った覚えはないか」
「サルサリアの遺跡か。魔石が効率よく手に入る場所だ、大事にしろ。特に真祖の皇子は眷属を養うのに精霊の力が途切れずに必要だ」
俺はどんな顔をしているだろうか?
「……そのことについては後で相談があるが、今はパイロペの話だ」
「カードを作ったしばらく後に、パイロペを強化するために連れて行ったな。
絵札と組み合わせれば、中の上程度の石でも星5つのカードが出来る。星5のカードを最大まで強化するには、数百万単位の魔石が必要だ。そんな大量の魔石を持ち歩いては、周囲に影響を与えてしまう」
「その膨大な量の魔石がどこから来ているか、パイロペは気付いていたか」
「サルサリアの遺跡の施設の使い方は、説明したな。パイロペ以外にも宝石公女は生まれていたし、パイロペ自身も魔石を必要とすることがあると思ったからな」
「精霊脈や精霊井の話は」
「詳しくはしていない。
だが、肉体を作ってやって後は自由だ、と話した時に、旅のお供にフクロウを一羽付けてやった。長ほどではないが、相談相手になれるよう知識面も強化しておいたから、後でパイロペが尋ねれば、説明したかもしれん。
そうだ、宝石公女については、濁り魔石から分離される不純物にも使い道があるから覚えておけ」
「不純物が? 魔石酔いの原因になるのではないのか?」
「宝石公女の元となる石の精霊は、魔石精製装置では不純物とされる元素から出来ている。
その石の精霊に必要な元素を、不純物の中から精製して適切に与えてやれば、石そのものを成長させて、格を上げてやれる。
石の格が上がれば、札の格との組み合わせによっては、上位のカードになる可能性がある。
パイロペの石である苦礬柘榴石も、鉱石としてはさほど珍しいものではないから、不純物から精霊を宿していない屑を大量に抽出して合成し、格を上げてやった」
「不純物も、役に立つ可能性か。現世で言う鉱山のようなイメージでいたから、毒のイメージが強かったが、精製の仕方次第ということか。石の格を上げる方法があったとはな」
この辺りは眷属からは得られない情報だったな。チュートリアル無しはやはりキツいぞ……
「ドライ、石の国で、精霊が生まれにくくなっているという話は知っているか」
「精霊脈が痩せ細れば、そういうこともあるかも知れぬな」
サラッと言うじゃないか。
「その辺りの感覚に食い違いがあるのかもな。
精霊脈は彼女たちの生まれる命の流れ、不純物と俺たちが呼んでいる希少元素みたいなものが、石の精霊のそれぞれの一族にとってかけがえのない何かみたいなものだとしたら、お前のしていることはどんな風に解釈される?」
「お前は、今までに食ったパンの数を数えるタイプか? まあ、我輩の場合、実験の結果のノートを追えば集計が出来るかも知れぬが」
これは……何かいつものパターンで、酷いことをやらかしている可能性が高いな……
いや、俺が直接やらかしているわけではないのだが……




