――第三章―― 同じ顔の男のこと。
「あやつが来る。おぬしと同じ顔をした、あやつが」
「肉体を捨てたと言っていたな」
「最後に見た時は幽体であった」
「お前はそいつに騙されたのだったか?」
「騙されていたのかは分からぬの」
戦うのか、これ?
先触れがどうとか言っていたさっきの亡霊は、俺達のことをコソ泥呼ばわりしていたな。
ってことは、あれか。
依頼人の正体、見たり枯れ尾花ってな。
この場合、正体が幽霊ってことか?
あれ? 引き合いとして間違ってるか?
ブワっと恐怖の色を帯びた霊圧を感じる。
威嚇か畏怖が発動されているな。
うちの眷属は大体精神攻撃に強い耐性を持つが…そうじゃない奴もここにいたな。
パイロペの髪の毛が逆立っている。
「大丈夫だ、単なるスキルの効果だ」
ぽんぽんと頭を叩いてやる。
本気でやるなら、初手から何か仕掛けてくるだろう。
だいいち、俺と同じ顔だって言うなら、会ってみるしかないだろう。
で、やってきた。
宙に浮かび、滑るように移動してくる。
痩せこけて、骨と皮だけになったようなミイラのような顔つき。
擦り切れ、引き裂かれたようなローブ。
かさついた黒い長髪。
向こう側の風景が、うっすらと透けて見えるような歪んだ空気感。
「なあ、パイロペ。あれは、俺に似てるのか? むしろ、俺はああいう顔なのかと聞きたいな」
「む。前はもう少し水気があったかも知れぬの」
「水気の問題か…?」
探知系の波動をいくつも感じる。
相当レベルの高いスキルの気配だ。
こちらの状況は概ねバレているだろう。
眷属達は召還を解除する。
俺はそう簡単には死なんが、あいつらが死んだら、おそらく再生することは当分無理だ。眷属の子らも巻き添えになってしまう。
宝石公女達は…ちょっと様子見だな。
十メートルほどまで近づいて、そいつは動きを止める。
「ほーう。どこの泥棒ネズミかと思ったら、真祖の皇子か。悪くないな。」
やはり上位アンデッド同士、親戚みたいなものなのか?
「我が名はドライ。我が称号もまた、潤うこと無き魂という」
こんな親戚の叔父さんは嫌だ、とちょっと思わなくもないが、問答無用で戦闘にならなかったことは正直ほっとしている。まだどうなるか分からんが。
「この地のことはちょっと気に入っていたのだがな。おかしな熊……そいつか。そいつがいたので配下の者を追い払われておったのだ」
イナグマが、風雷を身にまとって後方に控えている。
「冒険者に依頼を出しておけば片付くかと思っていたら、まさか他に精霊の里を作ろうという者が居ようとはな」
やはりそういうことか。
「ドライとやら、俺はツヴァイという。この土地を、眷属の里の拠点にしようと考えている。あんたが先にこの地を狙っていたという事情は分からんでもないが、譲ってもらうことは出来ないか」
正直、難しい交渉だ。
イナグマを討伐した際の報酬さえ、使ってしまっていて全額を返すことができないのだ。
そのうえで、「引いて」貰うような金額の提示など、正直まったく当てがない。
当てがないような条件で取引を持ち掛けるようなことは出来ない。
そもそもの戦闘力が全く違うのだ。
「ふむ。まあ良かろう」
え? いいの?
「何が条件だ?」
「条件か。正直、お前が我輩にとって喜ばしい条件を提示できるようには思えんが……
そうだな、お前の力を全て見せてもらおうか」
「力だと?」
「どうした? 見せてみよ」
仕方ない、カンテラ、カイア、ラズ、アウィネア。配置を掛ける。
「お前もカードを使うのか。宝石公女か、懐かしいな。ふむ。では我輩の力を見せてやろう」
ドライと名乗る霊体が、腕を左から右へ滑らせると、そこに5枚のカードが現れる。
カードから召還される、5体の異形の竜達。
黒い煙を噴き出しながら、その巨大な体を実体化させていく。
巨大な熱を帯びた光る鱗のドラゴン、二本脚で低く構え腕には刀を無造作に携えた竜人、等々、その気配だけで隔絶した霊力を感じさせる。
ドライがもう一度逆に腕を滑らせると、5体の異形の竜達はスルスルと姿を消していく。
「どういうことだ」
訳が分からなくて尋ねる。
「化石龍の兵は、周囲の精霊を食ってしまうからな。精霊がいる場所で出しっぱなしにするのはマナー違反だ。もしデッキを組むことにしたなら気を付けるようにな」
いや、そういうことじゃなく。見せるってホントに見せるだけなのか?
「すまんが、話の流れについていけてなくてな」
「そうか、ツヴァイとやら、お前はまだこの世界に来て間もないのだったな。ここは言わば過疎ゲーの世界だ、新規は大切に、そういうことだ」
ますます分かんねーよ!
「ドライ、あんたは俺と対立しないってことでいいのか?」
「そうだな、戦ってみたいというなら付き合ってやってもいいが、我輩のデッキでは、最弱の4枚でもお前を圧倒してしまうだろう」
何というか、視野が狭いというのか? いまいちコミュニケーションが取りにくいな。
「じゃあ、いくつか確認させてくれ。まず、あんたは俺が皇子だってことが分かるのか」
「我輩も真祖の皇子だった。その黒い長剣も、我輩が次代のために里に預けていったものだ」
「真祖の皇子から、肉体を捨てて幽体化したということか?」
「まあそんなところだ。
真祖の皇子もステータス的には悪くないが、使える術に偏りがあって、ソロで長い探索をするにはあまり向いていない。眷属は強力だが、燃費が悪いし育成も手間が掛かる。眷属の里も、極端な環境のエリアでは維持できない。
真祖の皇子を突き詰めると、結局閉じこもっての箱庭プレイになりがちだが、我輩は旅をして回りたかった」
「幽体の方が便利だから、真祖の皇子の立場も眷属達のこともまとめて置き去りにしたってのか」
「置き去りか。ちゃんと次代の皇子の器を用意したろう? 代々の皇子はそういうものだと思っていたが、何か問題があったのか?」
「次だ。宝石の公女は、あんたが作ったのか?」
「そうだ。宝石公女を作ろうとしたというより、幽体化の研究の一環で、精霊に肉体を与える実験を行っていただけで、いわば副産物だがな。」
「どういうことだ? 盟約を結んだんではないのか?」
「盟約か? 石の精霊がなんと呼んでいたかは知らんが、我輩が提案したのは、協力すれば実体を与えてやるということだけだ。
志願者を募ってリスト化するための仕組みを用意し、こちらからの召還の手順をカードという形でモジュール化しておいた。我輩が実験を終えた後も、そのモジュールは放置したから今も稼働している。お前も利用できたろう」
おかしな盟約だとは思っていたが、そういうことか。
対価ではなく、単なる協力の約束だったのだ。
「パイロペの件はどういうことなんだ」
「パイロペ? ああ、石の精霊か。ちゃんと覚えているぞ。石の精霊の割には、強固で具体的な意志を持っていた。だから実体との親和性も高かったんだろう。初めての成功例だった」
「パイロペがどうなったかは知っていたのか」
「どうなったか? パイロペは肉体を得た。我輩は幽体化の術の完成にまた一歩近づいたことに感謝し、パイロペはこちらの世界で自由に活動し、力を振るうことができるようになった。見事な協調の成果だ」
「その後のパイロペのことだ」
「別れてからのことは知らんな。お互いに束縛するような関係ではなかった」
ちらりと脇を見る。
パイロペは、両手の拳を握りしめてドライを睨みつけていた。
どうしてこうなったんだ?




