眷属の里を訪れるのこと
ブックマーク、ありがとうございます。
少しずつでも、増えていくと嬉しいですね。
陽は傾いていたけれど、緋夜が出てくるにはまだ少し日差しが残っている。
「銀尖、先に眷属の里を訪れてみようと思うのだが」
「皇子殿が眷属の里を訪れるには、緋夜が必要だ。聞いていないか?」
はい、初回チュートリアルに有りそうな内容ですね。基本中の基本っぽいですね。
俺が、話も聞かずに追い返しました。
「うむ、たまたま機会が無くてな」
「そうか。眷属の里についてはストラスも詳しいが、緋夜しか知らない術や仕組みもある。いずれは二人ともに聞いた方がよかろう」
銀晶が、またそんなことも知らないでいるのかい、しょうがないねぇという表情を見せている。
何故だろうな、オオカミの表情なんて分からないはずだったがな。
「銀晶、お前には戦術を教えてほしいと思っている。最初はどうやって学ぶと良いだろうか」
「そうさねぇ。眷属の子らを牙や盾に遣うだけなら、今のままでも良いんだろうけどねぇ」
ぐはぁっ! 銀晶に、反省のポーズを捧げる。
「そうでないというんなら、里に行って、子らの様子を見るところから始めたらどうだい」
なるほどな。
今までの俺は、徴兵だけして領地には顔も出さない代官みたいなものか。
やれやれ、自らの責務に無知なる者は、それだけで罪ということか。任務怠慢もいいところだ。
降参の身振りの後、了解の仕草をしてみせる。
ついでに、デカい耳の後ろをガシガシと掻いてやる。
嫌がるかと思いきや、そのまま地面に伏せたままだ。
銀晶は、ふん、と鼻を鳴らして胡乱な顔をしている。
最後の日差しが森の木々に遮られるようになると、辺りはあっという間に夜の気配に包まれた。
待ちかねたぞ。
召還(上位個体)、コウモリ。
「緋夜、留守番ご苦労。引っ越しは無事に済んだようだ」
「はい。ここは良い風が通る森でございますね」
月が湖面に映っている。
水底から立ち上る魔力が、煙のように揺らめきながら水に溶けて薄く消えていっている。
風も、怪しく精霊の力を帯びているように揺らぎを感じる。
少し敏感な人間なら、こんな森、入ってこないだろうな。
「緋夜、眷属の里に連れて行ってくれるか」
「魂渡りでよろしいですか」
いろいろあるのか。
一から説明してもらうのも無粋か?
「緋夜はどうしたい?」
「ワタクシですか?ふふふ、お任せ戴ければ、三百年後の世にまでもお供しましょう」
緋夜が、吸血鬼のような赤金色の瞳でこちらを見ている。
おっと、迂闊なことを言ってはいかんやつだな。本当に、運ばれてしまうぞ。
「残念だが、長い夜を渡るのは今度にしよう。一時で良い、眷属の里を、この目で見てみたい」
「それでは、魂のみをお連れしましょう。銀尖、ツヴァイ様のお身体をしっかりお守りしてくださいね」
銀尖が、ゆっくり歩み寄ってくる。
緋夜が手を握り、血の回路を求めてくる。
受け入れ、繋がった、と思ったらスルスルと精気が吸われていく感覚があり、意識が薄れていく。
緋夜が抱きかかえるように俺の体を近くの木の根元にうずくまらせ、銀尖が脇で腹ばいになるところまでは感じられたが、そこで途切れた。
暗闇が、フワッと薄明かりに照らされて広がっていく。
普段の見え方とは違うな。
ああ、暗視や遠視、探知系のスキルが働いていない。
自分の体も、フワフワと頼りない。
緋夜のつないだ手だけが、はっきりと感じられる。
「手を放しては、なりませんよ。戻るのが大変になってしまいますから」
「緋夜の姿は、こちらでもあまり変わらないんだな」
俺の姿は、ぼんやりとした光の輪郭の、幽霊のようだ。
「此方と彼方を渡すのがワタクシのお役目。魂を、時には御身をも連れて、彼岸の舟を漕ぎましょう」
緋夜が、コウモリのような翼を広げて羽ばたく。
俺自身には、ほとんど重さを感じない。
森の木々の間をゆっくりと飛ぶ。
さっきまでの森の風景によく似ているけれど、そこかしこにオオカミの形の光が走り回っている。
木々の枝には、フクロウの形の灯火。
虫や、花や、小さな獣たちも、ほんのりと輝く小さな光の粒で出来ている。
いつしか、眼で見ているのか、この世界が自分の一部なのか、分からなくなってくる。
それでも、そこにもここにも精霊の瞬きがあるのを、感じられるのだ。
湖の底から湧いていた乳色の光のもやは、ごく幽かになりつつ、水面にまで泡のように漂ってきている。
湖面に映るのは、金色の月。
幻想のごとき、里だった。
フッと緋夜の指が強張る。
「ツヴァイ様。ストラスが呼んでおります。急ぎ戻ります」
いきなり暗転する。
強い光を正面から当てられたような灼け付きと、重力が歪んだような違和感が浴びせかけられる。
背中から緋夜が俺の体を抱きかかえている。
意識が覚醒する。
「ストラス、何事だ」
「何かが近づいております。只者にはございません」
「緋夜、コウモリを」
「すでに墜とされました」
立ち上がり、木の根元に置かれていた黒長剣を腰に佩く。
何かが近づいている。
音もなく飛ぶ者。
生命探知にも反応がない。
邪気を振り撒いてはいないが、亡霊の類か?
「パイロペ。合図するまでは撃つなよ」
声を掛け、魔石を投げて渡す。
森を焼くのは気に食わんが、肉体のあるパイロペは、周囲からの精霊の力の吸い上げが少ない。
来た。
三つの亡者の顔を持つ霊か。
不気味な哄笑をがなり立てているが、いきなり襲ってくる風ではない。
「我らは先触れ」「野鼠のように掠め取る者どもめ」「速やかに逃げ去るのが得策ぞ」
三つの顔が勝手なことをほざき、再び耳に触る笑い声を上げながらグルグルと回っている。
パイロペが軽く鳥の杖を振るうと、小さな赤い光が瞬き、三つの顔は火球のようになって弾けて消えていった。
「合図した覚えはないぞ」
「まだ始まっておらんぞよ」
「分かるのか」
「あやつが来る。おぬしと同じ顔をした、あやつが」




