偽札(ふだ)づくりと赤い鳥のこと。
3人の駆け出し冒険者に100Gの謝礼を払って、街の入り口で別れた。
俺にとっては大した額じゃないが、あいつらなら美味いもの食って小ざっぱりした宿に泊まって、その上明日の探索の食料くらいは手当てできる金だ。
またこの土地や冒険者のことを知りたくなった時には、ギルド辺りであいつらを探すとしよう。甘いか?
俺にとってはゲームの世界でもある。
何もそんなに殺伐としていなくたっていいだろう。
さて、午後も遅めだが、まだ店はやっているはずだ。トランプの札に使う紙を仕入れておくか。
魔道具店も、立派な建物に総合的な品揃えで、ちょっとした工房や研究施設、資料館なども併設されている。
スクロールや魔法陣を扱う部門は、杖やアクセサリーを扱う部門よりはこじんまりとしていたが、それでも数人の職員が仕事をしていた。
「こんにちは。スクロールや封印に使う、素材の紙を譲ってもらいたいのですが」
「いらっしゃいませ。素材の紙ですね。どんな種類の術に使われますか」
術の種類か。あまり考えたことがなかったな。
品揃えが豊富だと、術の種類に向いた紙を選べるってことか。
「作りたいのはこういった札です」
「これは、ごく一般的なスクロール用の羊皮紙ですね。術はどういった?」
「今は低位の紙を使ったものしかないんですが、高位の紙を使うと、より高位な札が作れるのです。術の内容は分からないんですが、転移か召喚か実体化か、そんな関係です」
「転移と召喚と実体化はそれぞれ大きく異なる術系統ですね。そもそも…」
いかん、何か売り子ではなく研究職サイドの魂を刺激してしまったらしい。
にこやかで愛想のよい雰囲気を纏っていたので、ざっくり投げればざっくり投げ返してくれると油断してしまった。
「前回は、ミスリル繊維で裏打ちして、聖蜜蝋で表面を覆った何とかという紙を使っていました。それよりは少し劣るもので良いかな、と思ってます」
「それは封印に用いる紙ですね。先ほどのお話の、どの術の系統とも遠い気がします。それに、そのクラスの紙でなければ作成できない護符の紋様は、スクロール転写などでは複写できないはずですが…」
面倒な展開になってきたな。
俺は、分析癖があるし自分で考えるのは好きだが、他人の分析に付き合うのは好きではないのだ。
とにかく高い紙持って来いって言ったらそれだったんだよ、ちゃんと出来たからそれでいいよー、というのが本音だが、ますます説教されそうだ。
どうする。
「それが不思議なことに、転写で大丈夫なんですよ。では、まずは1枚、500Gのそちらの紙で転写してみていただけませんか。失敗しても買い取りますので」
論より証拠、百聞一見で押しきろう。安い紙で作れば良い。
「かしこまりました。私もスクロール転写は修めておりますので、今から試してみましょう。
珍しい品ですし、材料費だけで転写させていただく代わりに、成功したら、分析サンプルとしてそれをいただいても?」
「あ、はい。写しからでもさらに札を作れたので、高位のものではないと思いますが」
魔石も使わないと高位の札にならないかもと伝えると、100ずつ小分けにされた魔石の包みを3つ、机から取り出した。
スクロール転写を発動する。
500Gと魔石300なら、4か5かな、と思って見ていたら、クラブの6を引き当てた。
運か?それとも転写に関係するスキルレベルやステータスか?
この人に転写してもらえばちょっと期待値高まる…いや、紙を買いに来ただけだったな。
ただでさえ遺跡で大した魔石を稼げなかったのに、ここで何千も魔石を使うわけには…
でも、パイロープガーネットの行き場が…いや、どっちにしろ魔石がないから強化できないし…
くっ。
何とか衝動を抑え込む。
ただでさえ銀晶への説明を先送りしているのだ。この上魔石を使い込むなど言語道断だ。
猫じゃらしのように体を引き裂かれるか、何かの骨のように頭を齧られてもおかしくない。
よし、収まってきた。
「そういえば、このあたりで魔石を買おうと思ったら、どのくらいの相場になるんですか」
「魔石ですか?時期やお店によって多少変わりますけど、今だと魔石1で1.5Gくらいのレートです。近くの遺跡で魔石が採掘できてたんですけど、崩落の危険があるというので封鎖されたらしいんです。供給が減ると、少し相場が上がっていくかもしれませんね」
「あ、では、魔石も4000加えて、転写してください。一緒にお金で支払いできますか?」
「はい、魔石も取り扱いがありますので。この札は、何らかの次元間の扉の機能を持っているようですね。次元間の扉は、普通かなりの魔力を必要としますし、発動にも時間がかかるものなんですが、これは別途用意された大きな術式を呼び出すための分離されたモジュールのようなもので…」
あああ、また長くなり始めた。
「解析はまた写しの方でじっくりやっていただくということで、素材の種類や魔石の量が違うとどうなるか、転写をお願いします」
どうにか思考を中断してもらい、作業をしてもらう。
「あ、そうでしたね。次元間の扉ということで、精霊の力と相性の良い紙を使ってみます。
魔石になる前の原精霊力から抽出される、微量元素を織り込んだ紙ですね。微量元素も色々種類があるんですが…」
「さー、行ってみましょうかぁ」
手が止まってますよ、お姉さん!
紙の上に魔石を積み上げ、複写を発動してもらう。
スタルトでの状況を説明し、2人とも目を保護する黒い布を顔の前に垂らしている。
スクロール転写が発動する。
あれ?放電みたいな現象は発動しないな。むしろ、魔石の吸収が早い…種類をちゃんと選んだ効果か、それともお姉さんの術のコントロールの精度のなせる業か。
「特に、激しい反応はありませんでしたね」
「紙の種類の選択が良かったんでしょうか、それともお姉さんのおかげでしょうか…よろしければ、お名前を伺っても?」
「あ、はい、私は販売員兼研究員の、ミューと申します」
ミューか。俺は良い術師に出会えたようだ。
ダイアの9の札を額の前に掲げ、新たなる出会いに感謝するとともに、静かにエプシロンへの別れを告げた。
ありがとうございました。そして、さようなら。
「ミューさん、貴方はこの札の作成に相性が良いようです。今後も出来れば転写をお願いしたいのですが」
「あ、はい。転写くらいはいつでもいらしてください」
「では、貴方だけに特別に、この札の使い方もお見せしましょう」
ダイヤの9の札に、そっと、苦礬柘榴石の粒を落とす。
カードの周囲に魔法陣が浮き上がる。こ、これは!
魔法陣から深紅の光の柱が立ち上がり、赤い光の渦が柱の中で巻き起こる。
やがて紅の光の羽根が静かにカードの上に浮かび、消えていく。
現れたカードは、濃い赤を帯びながら透き通った地に、優雅な黄金の縁取り。
ウインドウの中に、フワフワとした赤い羽毛飾りのマントをまとい、鳥を象った杖を持った少女が。
星4つ。火榴頻伽、パイロペ。
え?パイロペ?
同族の、違う子が来るんじゃないの?
お前、もう宝石公女は引退したんじゃないの?
え?
「石の国の女王は退位してまいったぞ、陽光殿。新たな盟約の始まりじゃ」
前は目を伏せていた少女は、八重歯を光らせて笑っていた。
苦礬柘榴石
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