宝石の少女のこと。
草原に立った状態でゲームが始まったあと、俺をまず困惑させたのは、チュートリアルもなければ、説明用導入イベントも生じなかったことだ。
世界観も、自分自身の背景もまったく不明である。
LVは1なのに、専用っぽい装備品があり、物語的なフレーバーテキストがあるものの、具体的にどうすると何が起こるということは分からない。
真祖だからか、ヴァンパイア特有のペナルティスキルはほとんどなく、日中でも行動はできる。差し当って食事や睡眠も不要だ。
一通りのメニューの操作やスキルの発動方法などを試しているうちに夜が来た。
静かな夜だった。
威嚇と牽制のスキルをオフにしてみたら、小物の獣や怪物が襲ってくるようになった。
LV1キャラの威嚇で近づかなくなるような敵なので、単なる練習台だ。
戦闘系スキルをしばらく試し、スキルはともかく、LVがそう簡単には上がらないところまで分かった。再度威嚇と牽制を発動しておく。
もう少し、この世界を把握したい。
コウモリを四方に放って偵察させてみたら、1匹が20キロ程行ったところに町を発見したという。ほかの3匹は、建物は見当たらないという。
これ、人族でプレイ開始だったら何の拷問だ。
オオカミと一緒に、小走りで草原を超えていく。ママチャリでそこそこ飛ばしているくらいの感覚だから、時速20キロくらいか。跳ねていくような一歩の歩幅感といい、前世のマラソンランナーって凄いな、と妙な感想を抱く。
フクロウも召喚できるが、スタミナが少なく長時間一緒に行動するには向いていなかった。しばらく飛び続けたら、走っている俺の肩に乗ってきて、あとは目をつぶってじっとしていた。
人間の肉体なら、頬に張り付くこのモフモフ感に浸っていたかもしれないが、残念ながらこの体は、温もりや柔らかさ、モフモフに対する快感が薄い。
意外と大きな欠点かもしれない。
さて、俺は変身して空を飛ぶこともできるにもかかわらず、敢えて地上を走っている。
それが何故かと問われれば、この世界のメインモチーフになっている、「宝石公女」についての理解を深めようと研鑽しているからだ。
「宝石公女」。
当然、この言葉にもプリンセシパどうとかこうとか30音くらいの長い表現があったのだが、発音してみることもあきらめて脳内翻訳している。
やはり説明は無いのだが、最初からトランプの札を一枚と石を一個貰っている。初期ガチャ、という奴だろう。
アルカナってトランプだっけ、タロットじゃなかったか?とか浮かんだが、もう何事も受け入れる体制になっている。
考えるな、感じるんだ。
宝石公女という響きからして、このトランプの札か石が擬人化されて、おっと、擬人化じゃないな、精霊召喚か、なんか分からないが美少女が出てくるんだろう。
ヴァンパイアのこの体だったら、お供が精霊か人形ってのもある意味似合ってるか。
いや、ハーレム願望とかあんまりないんだけどなー。こんな体だしねー。でも冒険に必要な戦力だもんねー。
精霊召喚? の手順も示されなかったが、トランプの札の上に石を載せたらガチャが発動した。
ちなみに、札はクラブの3、石は藍方石と表示される、すっきりした青色の小さな石である。
トランプの札の中心で石が輝き、砕けて光の欠片が渦を巻くような演出が立ち上がる。
シンプルなトランプの一枚は、全体が光に包まれた後、銀色の縁取りが施された、薄青色の水晶質のカードに変化していた。
クラブの3が対角線上に配され、中央にエッチングのような感じで美しい少女が描かれている。
その下には星が2つと「アウィネア」と名が刻まれている。
演出も、出来上がったカードも、なかなかいい雰囲気じゃないか。
タイトルモチーフだけあって、製作者も力を入れているのだろう。
星2つなのは、初期ガチャだから固定かな。
進化して長く付き合えるといいな、アウィネア。
ポップアップウインドウの情報によれば、また長い名前のクラスが書いてあるが、まあ、武装などから「小剣尼僧」みたいな意味か。
ウインドウの方にはフルカラーでバストアップのイラストが表示されている。
髪は肩口くらい、黒に近い紺色だ。青く染めた革と布の装備、癒しに満ちた目付きと生真面目そうな口元。
スキルらしき効果が書いてある。意味で言うと、「小回復」「斬撃Ⅰ」「身代わりⅠ」。
俺のステータス表示と見比べると、空欄が多い。ステータスの記載はなく、装備品欄もない。
召喚して実体化すると示されるのか?
さて、召喚の時間だ!
カードを手に持ち、スキルメニューを展開する。
新たな項目、「宝石公女」を選択。
「アウィネア」を選択。
「使用」「配置」「廃棄」から「使用」を選択。
選択肢、「小回復」「斬撃Ⅰ」「身代わりⅠ」が表示される。
ん? 違ったな。
一つ戻って、「配置」を選択。
できない。エラーメッセージ、「他にカードがありません」。
あれ?
また戻って、「使用」を選択。
「斬撃Ⅰ」を選択。ターゲッティングサイトが表示される。
すぐそこに生えている木の枝を指定する。
カードが光り輝く。
「行きます!やぁっ!」
可憐ながら凛々しい声が響き渡り、木の枝にガシ、と音を立てて傷がつく。
枝についていた葉っぱが2、3枚、ハラリハラリと落ちていった。
まさかの! キャラクター実装中かよ!!
「うがぁっ!」
カードを地面に叩きつける俺であった。
石のイメージが分かるようなリンクを張っておきます。
藍方石(アウイン、アウイナイト)
https://www.mindat.org/gm/1833