濁れる塔の少女のこと。
縦穴の下部の周辺部は崩落した瓦礫で埋め尽くされ、大半が水没している。
中央には台座のようなモニュメントがそびえ、その脇には、巨大な芋虫のような、腫瘍の塊のような、醜い白い物体が水面から立ち上がっていた。
巨大な白い肉塊は、かすかに身じろぎしている。
暗視では今一つそれが何か分からない。出鱈目なモザイクのような熱パターン。
立ち上る濃密な精霊の力に遠視も歪められ、もはや瘴気の靄のようにも見える。
生命探知にも反応はない。
闇の力も感じないが…魔法生命体か…?
照明弾を投げてみる。まだ距離があり、照明弾で照らされるのはほんの小さな範囲に見える。
が、モニュメントと白い肉塊の巨大さは分かった。
着水まであと1分を切るだろう。
どうする?
肉塊に敵意はないが、奴の行動が衝撃波を生んでいることは確かなようだ。
分からん、何も分からん!
白い腫瘍の塊が、再び動いている。先端の少し下、その辺りに光が溢れる。
くっそ、全然水の中になんか浸かってないじゃねえか!
俺は全力で体をうねらせ、新たに生まれた地底湖の中に潜り込んでいく。
白い肉塊から放たれた膨大な質量をもつ目に見えない打撃が、モニュメントに叩きつけられる。
キュゴッ…ゴゥン!
水中にいても、その衝撃の大きさがありありと感じられる。
岩を砕くとかいうレベルじゃないな。
そして、それを食らっても大した傷もついていないあのモニュメント。
衝撃の余波を受けて、周囲の壁がメキメキと音を立ててひしゃげていく。
竪穴の上方からも、破片が降り注いでくる。
だが、ここまで来ても俺は敵視されていない、いや、眼中にないのか?
しょうがない、漢は度胸だ、奴が何なのか、見に行くしかないな。
スライム体にもう少し鰭の様な構造を付け足し、水底を泳いで近寄っていく。
特殊潜航艇形態と想定しよう。
瓦礫混じりで濁った水中を進むと、やがて水底はびっしりと濁り魔石で覆われ、ところどころに魔石の結晶が混じった坑道のような風景へと変わっていく。
いや、瓦礫で覆われていたから分からなかったが、瓦礫の下も濁り魔石と魔石の層が広がっている。
なんなんだこれ?
中央のモニュメントが例の、精霊の力を集めてくる装置なんだろう。
その周囲は、濁り魔石と魔石がサンゴ礁のようにびっしりと複雑な層をなして取り囲んでいる。
だが、その積み上がり方は不規則、無秩序なもので、どう見ても何かの機能を果たしているとは言えない。
あの白いのは破壊者だ。
ストラスが言っていた、結晶化の仕組みを吹き飛ばしたのは、奴だろう。
だが。
近づくにつれて分かってしまった。
肉塊だと思ったもの、それはすべて濁り魔石の瘤が寄り集まったものだ。
精霊の力を集める装置を破壊している者が、精霊の力を纏っている。しかし、それは濁り魔石のものだ。
狂乱しているのか?
ゴォン…バシャア…
衝撃音、水音、崩落。
再びの攻撃の直後を見計らって、水面へ飛び出す。
人型に変化。
見てみないことには、始まらん。
そして、それはあっさり見えてしまった。
空欄だらけのステータスウインドウ。
「パイロペ、苦礬柘榴石、クイーン・オブ・ハート」
宝石公女の、それだ。
目を伏せた赤紫の髪の小さな少女が、小さなティアラを頭に載せている。
「パイロペさま!石長さま!!」
誰かが叫んでいる。誰だ?
聞きなれない口調に驚く。
カイアか!
「カイア、あれは、宝石公女なのか!?」
「最上部の少し下。閃光を放っている箇所に」
遠視に集中する。
確かに、宝石公女と同じような光が宿っている。
だが、とんでもないサイズの光だぞ?
「濁り魔石ごと周囲の魔石を取り込んで、無理矢理強化したスキルを発動させてる」
「取り込んで、っていうか取り込まれてるのかも知れんぞ」
「頼む、我が主、ツヴァイよ。石長を、救い出してくれ」
ちょっ、ちょっと少し考えさせろ!
再度スライム化して水に飛び込む。
ゴォーン…ダバァーン…
危ない、吹き飛ばされるところだった。
水中から見ると、あれだ、現世のテレビ番組で見たぞ、海底にある何とか噴出孔。
金属やらなにやら大量に含んだ熱水が海底から噴き出してて、小さな火山みたいにチムニーを積み上げていく。
これのほとんど全部が濁り魔石かよ…パイロペだったか?一体何やってんだ…
さっきのカンテラの暴走を考えたら、こんな量の濁り魔石、近づいただけでゾッとする。
頂上付近にパイロペのカードが埋まってるとして。
誰かのスキルでどうにか掘り出したとして。
そこからどうする。
カンテラの、あの量でも大ごとだったんだ。
とてもじゃないが、俺じゃ濁りを吸いきれない。
緋夜を使っても、今度は里が住めなくなる。
ストラスが言っていた。
眷属は里から出たら、維持するのに膨大な精霊の力が必要になると。
ちょっとした魔石を集めるのに、今こんだけ苦労してるんだ。
里から出ることになったら、絶滅まで一直線だ。
あー、ちくしょー。
行けばいいんだろ、行けば。
カイアが頼んでるんだぞ。あの、カイアが。
あの気分の悪い濁り魔石の中からえぐり出す。
そこから先は、またそん時だ。
「カンテラ。カイア。アウィネア。ラズ」
「銀尖、銀晶。緋夜。ストラス」
戦闘要員、全員集合。水中作戦会議だ。
こんだけ集まって、独りも呼吸必要な奴がいないってな。ま、人の形取ってるのも一人だけど。
「ストラス、状況を確認」
「は。推測ですが、この空間は、精霊の力を回収するための前段階、広範囲掘削機によるものと考えられます。精霊脈を探していたのでしょう。
現在底部中央に設置されているのが、精霊の力を回収する精霊井の装置。当該宝石公女は、この精霊井の破壊を目論んでいるのでございましょう。しかし、精霊井は巨大な精霊の力を受け入れ、流す筒のようなもの。精霊の力で破壊することは出来ませぬ」
「ストラス、ご苦労。
装置の仕組みは気になるが、今は社会見学の時間じゃない。
要は、残念だがあの攻撃はそもそも通じていないってことだ。
ところが、囚われのお姫様にはそれも分からなくなっているらしい。
というわけで、本人の意思は問わん。あの濁り魔石の塔から、引きずり出す」
「これより、作戦を行う。パイロペはまだちっこいみたいだが、地の底の国、石の精霊の赤の女王だ。彼女を、俺の元に回収する。作戦名、『心臓を捧げろ』。異議は認めない」
「異議あり」カイアか。
「じゃあ、作戦名『髪長姫』だ」
「さっきのでいい」
「囚われの姫君っていうか一人で巨大化して暴れている困ったお姫さまって気がしてるが、情けは人の為ならずってな。細かいことはどうでもいいんだが、今からする話を聞いてくれ」
作戦を開始する。
苦礬柘榴石
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