蝙蝠の長のこと。
動けなくなって階段に座っていると、緋夜が飛んできた。
人型に戻り、脇に座って黙っている。
「すまんが動けん。何とかならんか」
横目で睨んでくる。
「血の回路を繋いでください」
緋夜が手をつないできた。
血の本体を伸ばして緋夜の中に入っていく。
緋夜の血を感じる。触れると、つながり、混じり合う。
緋夜の体の造りも、詳細に理解できる。緋夜の、記憶の断片も。
ああ、なるほど。
真祖である俺と違って、緋夜はかつては人間だったのだ。
本体の血を与えられて、作り替えられた。
俺の殻が単なる作り物なのに対して、緋夜のそれは、記憶と同じく、人間だった時の形が残っている。
そして、それ以来、遥かな時を代々の俺と過ごしてきた。
「お前は、もう随分永いこと、皇子と一緒にいるのだな」
何の気なしに言う。
ガン、と精気を持って行かれる。
精霊の力が、どんどん吸われている。
「他人事のように。
ツヴァイさまは、どこへ行こうというのですか。
我々眷属は、皇子殿の体から作られたのですよ。
我々は皇子殿の一部なのですよ。
そんな我々を置き去りにして、何をしようというのですか。
そんな、得体の知れない石の精霊に心を奪われて。
そんな力で、何を手に入れるというのですか」
ん?置き去り?んん?
「俺はどこにも行かんよ。お前達のための里を新たに作るのだ。置き去りになどしない」
「我々も、もっと力を手に入れなければ、お役に立てなくなってしまう。
今の我々では、ツヴァイさまの敵とも、じきに戦えなくなってしまう。
我々はツヴァイさまに守られるなど、そんなことではいけないのです」
「力か?俺も足りないな。ふうむ。
緋夜、お前はまだ俺に術を見せてくれていないな。
俺に精霊術を教えてくれるのではないのか?俺はまだ何も習っていないぞ」
「我らは眷属。召還されねば、声を届けることさえ出来ませぬ」
「されば命じよう。
我が夜の眷属、蝙蝠の羽を統べる者に命ず。
我を導き、我を守り、我が過去と未来とに永劫に仕えよ。
いざ、その力を我が前に示せ、緋夜」
「緋夜は、御身の前に」
緋夜は手をつないだま立ち上がって、ぽろぽろと泣いている。
子供みたいな奴だ。
いや、眷属の連中は皆そうか。
どうしようもないくらい、ひたむきだ。
「力を示してるようには、見えないな」
「我が力は、破壊には非ず。我が身に依りて、皇子の身と心を護るものにございますれば」
難しいことを言う。
と、思ったら、気持ち悪さが消えているのに気づいた。
なんだ?あ、透析みたいなものか。
緋夜の体を通して、濁り魔石の成分を除去してみせたのか。
足も治っている。
髪は…そのままか。
うん、しばらくこのままでいよう。
緋夜は、俺専用のヒーラーとして造られたってことか。
そりゃ、付き従うのが使命なわけだ。ヤンデレとか言って悪かったな。
「分かったよ。俺も本調子じゃない。一緒に来てくれ」
こくりと頷き、手を引いてくれる。
俺も、立ち上がる。
感覚が正常に戻るまで、少しかかるという。
手を繋いだまま螺旋階段を降りる。
「緋夜は、濁り魔石を分解出来るのか?」
「分離して、里の片隅に積み上げているだけです。
濁り魔石の分解には、それより多くの魔石が必要ですので、今は何ともなりません。
里が汚れるので、あまり溜め込むわけにもいきませんから、おかしなことを考えないで下さいましね」
読まれていたか。
また魔石にとりつかれた亡者の皇子とか言われてしまうな。
迂闊に壁には触れるなってことで。
それにしても、さっきの衝撃波は一体何なのだろうな。
今はすっかり静かになっている。
螺旋階段の瓦礫を下に落としてみたが、音は聞こえなかった。
相当な深さだ。一応、コウモリを飛ばしておく。
「緋夜は、濁り魔石の影響は大丈夫なのか」
「平気ではありませんが、分離しながらであれば、活動は出来ます」
「その分は里に溜まってしまう訳か」
「はい」
下に降りる程、濁り魔石も増えていくとする。
宝石公女のカードは、暴走が危うくて使えない。
緋夜は、活動はできるが、里の汚染が進んでしまう。
俺の殻は、ある程度濁り魔石の影響を遮断出来るようだが、あの衝撃波にはとても耐えられない。
正体は分からんが、あの衝撃波を生み出すような攻撃を直接受けたら、霧以上に細かく蒸発してしまう可能性もあるだろう。
復活に当分かかる、しかもそこは濁り魔石だらけだ。
死んではいないが動けない、という状況も有り得る。
うーむ。
「ちょっと考える。緋夜は里で待機してくれ」
召還を解除する。
緋夜は、伸ばした指先をちょっと最後に残しつつ、消えていった。
体の感覚は正常になっている。
俺は、カードを取り出す。
アラゴニャ~ン。何とかしてよ~。
まるで人間の少年のように、猫人の精霊に祈りを捧げる。
水源探査を発動。
「近いニャ。壁の向こうだニャ」
「それはおっきい奴か?」
「おっきいニャ。勢いもあるニャ」
よし。
サンキュ、アラゴン。
占いの時間は終わりだ。
「カンテラ、改めて見せてもらうぞ、お前の新しい力」
鬼人化、発動。
朱と金の迸り、浮かぶカードの周囲まで煌めきが弾ける。
「こじ開けろ!」
手数など不要。
強化された斬撃Ⅴを叩き付ける。
プラズマを纏った朱金の刃が、岩壁を蒸発させながら奥へ奥へと突き進み、弧を描いて突き抜ける。
一瞬の静寂があった。
もう一撃いるか?
杞憂だった。
一閃と思いきや、返す刀があった。
秘剣、燕返しと名付けるか。
斧だけどな。
紡錘のように切り出された何トンもの岩塊が、隙間から白く泡立った水を噴き出しながら、ゆっくりと押し出されてくる。
水の量が増えるにつれて滑らかな動きになり、やがて滑るように抜け出して落ちていった。滝のような奔流を伴って。
ゴォ…ン
吹き出す水飛沫の轟音の中でも、その衝突音は聞こえてきた。
よし。
地面さえあれば、何とかなるだろ。
カンテラに、もう一撃させてさらに水路をこじり拡げる。
滝というより、地下水の巨大な器を傾けているような水量になる。
カンテラ、ご苦労!
こっからは、俺の戦いだな。
音速を超える一撃、何者か分からんが、水の中でも放てるか?
術だとしても、爆風のようなエネルギーは、水中では全方位に働く。自分自身にもその牙は向かうがそれでも放てるか?
見せてもらおうか、地底の轟音の正体とやらを!
スライム化し、うっすらと柔らかい膜状の殻で覆って水流に滑り込む。
水流エレベーター、というほど気楽じゃないな。絶叫ウォータースライダー?
いや、よく考えなくても、水と一緒に落ちてるだけだった。
そして。来た。
ドォッン、衝撃波が水流を伝わってくる。
波紋!それは水の粒子を伝わる波のエネルギー!
水風船は叩き付けられれば破裂する。
だが、水槽に沈めた水風船は、水面を叩いて破裂するか?
否。衝撃は、波のように通り抜ける!
衝撃波を潜り抜けられたのだ、ウェーブライダーを名乗っても許されるか?
さて、リキャストタイムの間に、そのお顔を拝ませてもらおうか。
円筒型の縦穴の下部は、水面に覆われている。
周辺部は崩落した瓦礫で埋め尽くされ、その中央に噴水の台座のようなモニュメント、さらにその脇には、巨大な芋虫のような、腫瘍の塊のような、醜い白い物体が水面から立ち上がっていた。




