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朱金の嵐のこと。

近くを飛んでいるはずのコウモリの様子がおかしい。


フラフラと不規則な飛び方で、念話にも応答しない。他のコウモリも似たような感じだ。


壁際の螺旋階段の手摺りに着地する。

召喚(上位個体)、コウモリ。

緋夜は、跪いて降り立つ。

顔を下げたままだ。


「どうした?緋夜よ。ストラスといい、お前も何か疲れているのか…?」


「疲れているなんて、滅相もございません!」

勢いよく顔を振り上げ、緋夜が上目遣いで見上げてくる。


といっても、俺はコウモリの姿のまま手摺の隙間にぶら下がっているので、逆さまなのだが。


話しにくいので、鉄棒の逆上がりのように浮き上がって、人の姿に戻る。


「元気ならよい。済まぬが、コウモリ達の調子がおかしいのだ。なぜだか分かるか?」


緋夜は既に気づいているようで、何事もなさそうに答える。

「魔力酔いですわね…ここの精霊の力は濃い上に精製されておりません。コウモリ達は、濁り魔石の気配に当てられてしまったのでしょう」


「魔力酔いに濁り魔石、か。魔力酔いは何となく分かるが、濁り魔石とは何だ?」


「こちらな壁を覆っているような、魔石になる前の精霊の力の塊ですわ。上澄みだけが集まって結晶になるのですが、その前の状態では他の成分を多く含んでおります。

迂闊に取り込むと、我ら眷属のような精霊は、意識や肉体に少々異状をきたすのです」


「大量に濁り魔石を取り込むとどうなる?」


「意識を失ったり、狂乱することもございます。

ですが、ワタクシのコウモリのことなど心配せずとも結構でございますよ。皇子殿のためであれば、いくらでもお創りしますとも」


緋夜が指先をクルクルと回すと、コウモリ達は、召還を解除されて消えていく。

髪に触れて何か呟くと、その艶やかな長い髪の中から、新たなコウモリが数羽飛び回り始めた。


いや、コウモリの心配はしてないんだけどね。


ちらりと懐を覗くと、普段の金色の光に、朱色めいた光の筋が不規則に混ざって立ち上っている。

そっとカードを階段に置くと、緋夜に小さく声を掛ける。


「…逃げるぞ」


「え?何とおっしゃいました?皇子殿?」


コウモリ化して空中に飛び立つと同時に、爆風のように、いや爆風そのものが背後から襲ってきた。

ドン!


螺旋階段の一部が吹き飛び、ゆっくりと落ちていく。


名状しがたい怪音を発しながら、緋夜が螺旋階段を転げ落ちていく。

さすが上位ヴァンパイアだ、何ともないぜ。

俺もだけどな。


朱金の煌めきを立ち上らせながら、カードが落ちていく。

いや、下の螺旋階段に引っ掛かった…着地したな。

そして。


やっぱり来たか。

黄金の旋風!しかもデカイ!


鬼人化カンテラの乱舞陣、当然ながら強化前とは比べ物にならない。

星3つのカイアでさえあれだけ上昇幅があったのだ。

バフと火力、それぞれが何倍も強化されてるとしたら、その相乗効果は。


濁り魔石で覆われた壁が、粘土か何かのように刻まれ、捻れて抉られていく。

あっという間に壁に大穴が開いた。


斬撃ダメージだけじゃなくなってるな、打撃と…風雷混じりか。

時折混じる火花は、壁の衝突で生じているだけではなさそうだ。


切り刻まれた濁り魔石が舞い、カードがまたそれを吸い込んで光を放つ。

ユラユラと、陽炎のように光が揺れている。


コウモリ化した緋夜が傍に寄ってくる。


「あ、あれは一体何なのですか?」

「えーと、事故というか、一時的な現象というか、大丈夫だ、多分」

「何故でしょう、皇子殿のことはこんなにお慕いしているのに、全然大丈夫という気分になれないのですが」


「ちなみに、さっきの魔力酔いな、あれってどうやったら元に戻る?」

「時間が経てば治りますが」

「どれくらい?」

「普通の魔力酔いなら、一刻もあれば」


「大量に濁り魔石を取り込んだら?」

「その精霊の性質にもよりますが、銀尖など、一日荒れ狂っていたこともございました」


一日か…


と、カンテラの黄金の嵐が吹き荒れている遥か下の方から、何かが迫ってくる。ん?と思う間もなく吹き飛ばされる俺と緋夜。

続いて轟音と埃の波が襲ってくる。

ソニックブーム!?音速超えてんじゃねーか!


幸いなことに、それは俺達を狙った攻撃というわけではなかったようで、俺達二人は…いや、二羽は縦穴の天井に叩き付けられて潰れるだけで済んだ。

余波でこれって、下はどうなってんだ。


「緋夜、生きかえったか、って死んだわけじゃないな。あの嵐が吹き止むまで一日待ってる訳にはいかなさそうだ。俺が止めてくる」


ボコボコと音をたてながら身体を再生していた緋夜が驚いて聞き返す。


「何をどうされるおつもりで!?あれを破壊せよというのであれば、ワタクシが身命を睹して掛かります」


「破壊する訳にはいかんから、俺が行くのさ。ただ、おそらくただじゃすまん。あとはよろしく頼むぞ」


言い捨てて飛び立つ。

いや、落下か。


「カイア、力を貸してくれ」

「また後始末。カンテラよ、我らが姉なるカンテラよ、我ら純なる乙女に災いをもたらす不心得者に罰を与えたまえ」

まあ、そう言わんと。


水晶壁を発動。

「石の内の最も石たるものよ、その堅固たる晶壁は螺旋を描き、如何なる物にも立ち向かう」

カイアの声が低く響く。


初めてまともに詠唱を聞いたな。いつもは省略か?

「聞き耳を立てるのは止めていただきたいわね」


壁というよりは円錐に近いフォルム。

いつもよりも一枚一枚の結晶が厚く、鱗のように重なりながら、螺旋を描いて並んでいる。

分かってるねー。ドリル。


朱金の嵐の下方に回り込み、突撃開始。

衝角戦闘機モード、カイアカスタムバージョンで実戦投入か。

カンテラ、俺の槍突撃ツヴァイズ・ランツェンレイターを、受けて見よ!ってな。


所詮大きなコウモリなので大した速度は出ないが、精一杯足元から羽ばたいて上昇していく。


カイアの張ってくれた水晶壁に黄金の斬撃が叩きつけられ、バキバキと削られていきつつも前には進んでいる。


最後は水晶壁を解除してからの、茨血鞭。

コウモリの羽根が端から切り飛ばされてるが、放置。

血の本体を鞭のように叩きつける。絡ませる。


飛んでいるのが危なくなってきたので、自分自身を血鞭で階段の上に引き上げながら、さらに距離を詰める。

台風の目は無風!乱舞陣には零距離射程はないのだ!


人型に戻りつつ着地、というか足が吹っ飛んだので転がりつつ、血の鞭で縛り付けてカードを胸元に抱え込む。

旋風で広がった俺の銀の髪が、切り刻まれながら風で舞い散らされている。


そして吸血、というか吸精!吸精!吸精!きゅう…

うわ、これは気持ち悪い…酔うわ…

濁り魔石の感触が、ダイレクトに本体に入り込んでくる。

綺麗な精霊の力はできるだけカンテラに残しつつ、さらにきゅう…


朱金の旋風はその勢いを失い、ゆるゆると黄金のつむじ風を巻いている。

俺は、胸元にカードを抱えたまま、ぐったりと座り込んでいる。

「カンテラ、酔っぱらったか?俺は、髪を短くしてみたぞ」

「…」

返事は無かったが、聞こえている気配があった。


「無茶な魔石の与え方して、悪かったな。

その代り、お前は、強くなった。頼りにするからな」



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