眷属と、宝石の公女のこと。
ヴァンパイアの皇子だと思っていたら、神の卵だったでござる。
取り合えず、今はその辺は考えないようにしよう。
取り合えずとか、それなりにとか、妥協の中で生きているのか?俺?
まあいい。目の前の問題に向き合わねば。
ストラスが尋ねてきた。
「時に、皇子殿よ。
強力な魔物も討伐していたかと思うのですが、そこから得られた魔石は、いかがなされたのでしょう」
そうなのだ。
どうやら、システムチュートリアル担当であるストラス爺も、宝石公女の存在を知らないようなのだ。いや、宝石公女を知っているかどうかという問題じゃないな。魔道具みたいなものと言えばそれまでだ。
問題は、魔石を使ってしまっているという現状だ。周囲の人間にさえ呆れられるような使い方で。
どうする。
皇子の威厳を、尊厳を、多少なりと取り繕っておくべきではないか。
「うむ。今、新たな精霊術の研究に取り組んでいるのだ。いまだ成果は部分的なものだが、将来性はあると踏んでいる。魔石は、主にそちらに投資している」
「なんと、新たな精霊術ですと。それが、我ら古くからの眷属への投資が減った原因でありましたか…。まさか、既得権益を破壊するために敢えて眷属たちの力を疲弊させていたと!?」
いや、そんなことはありません!
ご飯をあげるという基本的な仕組みに無知だっただけです!
「いや、いまだ完成までは遠い。そなた達の協力がなくば、我は無力と知れ。これからは里への魔石の補給を優先する。今までのことは許してくれ」
「勿体無きお言葉。
確かに、我らも自らの地位に甘えうぬぼれ、眷属同士の権力争いにばかり目を向けておりました。過去を思えば、釈明の言葉もございません。
皇子が取り組んでおられる新たな精霊術の件は、我ら眷属にも大いなる刺激となりましょう。
我ら眷属は皇子のために生まれたる者。新たな精霊術がそれに代わるものであれば、もはや我らの存在意義は失われるのですから」
ホントにすいません。とてもではないですが、あなた方に取って代わるレベルではありません…
「して、皇子殿よ、新たな精霊術とは如何なるものなのでしょうか。どのような戦力があるのか把握しておいた方が良い気がいたしますが…」
珍しく、ストラスの語尾が曖昧だ。
そりゃそうか、たった今、自分達旧勢力と新勢力という対立軸の話をしていたばかりなのだ。
相手の情報を得たいというのは当然だが、対抗心を燃やしていると見られるのも嫌だろう。
「そうだな、ついてこい」
眼下に見えた小さな池に向かって降下し、カイアのカードを取り出す。
「見るがいい、これが青狼の爪だ」
宝石公女をカードとして使う分には、コウモリ化して飛行していても問題ない。
ついでに、飛行について語っておこう。
俺の場合、浮遊系のスキルはないので、空を飛ぶのは筋力による羽ばたきや揚力に頼っている。
重量バランスや出力、空力特性的な部分は簡易にだが物理エンジンぽく計算されるので、形状の自由度が意外と低い。
コウモリ化した時は、カードなど大事なものはカンガルー的な腹の袋に、黒長剣は背中に背負う感じで帯状の肉で覆って固定している。遠目には、尾のまっすぐ長いコウモリか、首の短い翼竜に見えるんじゃないかと思っている。
衝角戦闘機モードというものも構想していて、この場合は黒長剣の刃を前方にむき出しにして肉で固定し、直接突撃や零距離格闘戦を行うことになる。
ただし、黒長剣は格上の相手の血を吸うまでまともな火力が発動しないし、コウモリの飛行速度はそれほど速くなく、また質量が小さいので、そのままでは威力がないという課題が残っている。
さて、コウモリの足で掴んだカイアのカードで氷狼爪を発動する。
カードが薄青く光を帯びる。
「氷狼よ、氷狼よ、今いまし来たりて、その腕、その威を我が主の前に示されよ」
硬質で早口なセリフ回し。優秀なツンドラの気配は健在だ。僅かに長くなったかな?
忘れていたが、強化したカイアの攻撃スキルを発動するのは初めてだった。
5メートルはあろうかという巨大な氷狼の腕が池の周囲の木々を薙ぎ払い、池の水は衝撃で水柱となったまま瞬時に凍結した。
半径20メートルほどの草木は全て霜に覆われ、日差しを浴びて煌めきながら崩れていく。
白く染まった視界の中で、小動物や池の魚が一斉にポリゴン化して小さな光の花を咲かせていた。
わあぁ…綺麗な野の花だなー
「皇子殿よ。
新たな精霊術の威力、しかと見届けさせていただきました。そちらの術が、最大のものなのでしょうか」
「いや、同格のカードは3枚ある。これより上のものは1枚だが、いずれもまだ強化の余地が残っている。大量の魔石を必要とするため、しばらくは開発を保留しておこうと考えているが…」
ストラスが何だか黙ってしまった。
思いがけず、池の周りの生物を駆逐してしまった。
宝石公女の力も、破壊的なものと誤解されたかもしれない…
眷属の里のため、精霊の力の豊かな土地を探すと言っている傍からこれである。
破壊の皇子のイメージから何とか脱却せねば…
まあいい、目の前の問題の続きだ。
「ストラス、まずは魔石の補充を行いたいと思うのだが、良い方法はないだろうか。魔物の討伐を行っていてもよいのだが、何か他に案はないか」
「人間や魔物が精霊の力を集めて結晶化させるほか、古の装置でそれを自動化したものもあります」
「古の装置か」
「古の装置は大がかりなものなので、遺跡を探すことになります。中には、多くの魔石が残されていることがあります。ただし、装置を手に入れたとしても、その周辺の精霊の力を集めてしまいますので、その辺りに里を作るわけにはいかないでしょう」
なるほど、遺跡探し、つまりダンジョン探索か。定番だな。よかろう。
しかし、眷属の里の方はどうしたものかな。
そもそも、王国などと言っていたが、全部で数百体ではどこぞの動物王国レベルだ。
一種の保護区、自然公園みたいなものを作ればいいのなら、世の中の仕組みを変えるというほどの話ではなくなってくる。
俺が金を稼ぐか、爵位の一つも貰って、大きな森を一つ自分のものにしてしまえばいいのだ。
魔物の森となると討伐対象になってくるかもしれないが、眷属は、普段は目にも見えない。
なんとなく、自分自身が森や木になったという真祖の気持ちが分かってきた。
真祖には、人間のような日常的な欲求がない。
自分が文字通りの防壁になって里を囲い、眷属とお互い協力して、守る。
それが一番手っ取りばやいしシンプルなのだ。
現実の世界が騒がしくなれば里に引っ込み、里がこじれれば現実の世界に戻って新たな空気を吹き込む。
果てしなく長い時を生きる者というのは、そんな形に落ち着いていくのかもしれない。




