第2話
「はあっ!」
一人の男がいた。
そこはダンジョン45階層。
「はああああっ!!!」
男は次々と魔物を切っていく。
既に辺り一面は血の海となっており、無数の魔物の死体が、乱雑に転がっていた。男が剣を一度振る度に魔物の死体が一つ増えていく。しかし、死体が増えるよりも多く、戦闘の匂いにつられるように、魔物が集まってきた。
男が戦闘を始めて数時間が経った。
生き残ったのは男の方だった。辺り一面には魔物の死体が転がっており、その数は優に百を越えているだろう。
男は息をつくまもなく死体を捌き、魔物の体から魔石を取り出し始めた。その姿は狂気じみていた。なんの感情も感じさせず、ただただ捌き、取り出し、捌き、取り出すを、機械のように繰り返していた。
そして、さらにダンジョンの深部を目指し歩き始めた。
「はぁ、いらっしゃいませロウ様。とりあえず、その格好どうにかしてくださいよ。」
ここは冒険者ギルド。
ダンジョンに潜り、魔物を倒すことを生業とした冒険者が得た素材をお金に替える施設だ。
酒場も併設しており、とても騒がしかった。
この建物は大の男達が何十人入っても余裕のある程に大きい。
「これを金に変えてくれ」
ロウと呼ばれる男がマジックポーチから取り出したのは数百を越える魔石だった。大きさ、質ともに上級クラスの魔石を山を乱雑にカウンターへと積んでいく。
「はあ」
こんな態度にも、こんな光景にも慣れてしまった受付嬢はため息をつくしかなかった。
「ちなみに今日は何層まで行ったんですか?」
「ちなみに何層まで?」
「60」
「60層ですか…」
受付嬢は驚愕するのも忘れ呆れていた。
ダンジョン60層は中層の最下層。そこは何十年と冒険者を続けているベテランさえも限られた者しか行けない場所だ。
ましてや…
「パーティーは?」
「ソロだ」
ソロで挑むなど一流の冒険者さえ普通やらない。
しかもこの男は冒険者を初めてわずか半年しかたっておらず、見た目も20代にしか見えない程に若い。
「そんなことより早く換金しろ」
「はあ…少々お待ち下さい」
「ただいま」
「おかえりなさい、おにいさん」
1部屋しかない小さな家でロウは妹と二人で暮らしていた。
「体調はどうだ?」
「今日はいつもより体調がいいんです、もしかしたら治ってきたかも?」
少女は健気に笑って言った。
だが、誰が見ても無理をしていることは明らかだった。
袖からみえる腕は今にも折れてしまいそうで、笑う顔も血の気がなく、笑顔の奥では今でも必死に病と戦っていた。
「そうか、それは良かった」
「はい、なので…」
「なんだ」
「もう、無茶はしないでください…」
その声は弱々しく、今にも消えそうだった。
だが、兄妹だからだろうか。その言葉に乗せられた思いを痛い程理解し、胸を締め付けた。
「無茶なんてしてないし、これからもしない」
男が嘘をついたことはすぐにわかっただろう。
そして、これ以上言っても男の意志は揺るがないということも。