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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第一章:ドナルレヴェン
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7:朝食2-『試練』と『帰還』


「ごちそうさま……しかし、死んでるはずなのに、お腹もすくし、飲食もできるんだなぁ」


 本当に自分は死んでいるのかと疑問に思う。金髪の男に死を伝えられたときは、それを真実であると、本能が受け取ったが、こうしていると生きていた頃とまるで変っていない。


「この世界……『ドナルレヴェン』においては、まだお前の死は確定していない。ゆえに、今のお前は生きている。だが、本来の世界『ウラヌギア』に戻れば、お前はもう死んでいるという結果がでているゆえに、お前は生きていられなくなる。魂は肉体から剥がれ、あの世に行く」


 つまり、公一が生きていられるのは、ここが異世界であるから、だということらしい。


「そういえば……僕はまだ、異世界に行くと決めないうちに、こっちに来てしまったわけだけど、元の世界……『ウラヌギア』というんだっけ。そこに戻れるのかな?」


 ナピの顔を見て問いかける。しかし、ナピは眉をハの字に下げて、小さな声で答えた。その表情だけで、回答の内容が期待できないものであることはわかってしまう。


「そ、そのぉ……本来、このドナルレヴェンに来るのは、生き返るための試練を受けると決めた人だけなんです。ですから、その、も、もうこちらに来てしまった以上、試練を達成しない限り、向こうに帰ることは……申し訳ありませんっ!」


 ナピが涙目で、深く深く頭を下げる。どうやら、何もせずに公一の本来の世界に戻ることはできないらしい。戻ったとしても、エレの話ではすぐにあの世に行くことになるらしいが。


「達成と言っても、昨日の怪人みたいな奴らから、世界を救うってことだよね……?」

「は、はい……五百年周期で活性化する、エルヴィムたちを倒すこと。『エルヴィム襲来』を討ち果たすこと。それが、私たちの望みなのです」


 ナピレテプは、これから公一が為すべきことについて説明を始めた。


「か、かつての戦いで、神々とエルヴィムの、どちらもが全滅に近い状態になっているのは、説明しましたね? けれどエルヴィムは、こ、この世界をつくる材料となった山羊、ドナルレヴェンの怨念が、世界に刻んだ呪いのようなもの……長い年月を経て、人々の悪しき感情が蓄積されると、し、自然にエルヴィムは発生してしまうのです」


 ドナルレヴェンの恨みが生み出した、世界への復讐者、エルヴィム。彼らはどうやら、生物というよりは自然法則のようなものらしい。ドナルレヴェンが生み出したのは、エルヴィムという怪物ではなく、世界にエルヴィムという怪物が発生し続ける法則であるようだ。たとえ、今この時間に存在しているエルヴィムを、全て滅ぼしたとしても、いつかまた新たなエルヴィムが生まれ落ちてしまう。人々に悪い心がある限り、それを材料として、エルヴィムは生まれるのだ。


「その時代のエルヴィムを倒した後、つ、次にエルヴィムが自然発生するのが五百年後。そのたびに、私たちは異世界から勇者を六人召喚し、エ、エルヴィムを倒してもらって、きたのです」

「六人? じゃあ、僕の他に五人も?」

「は、はい。最初の召喚がされたのが二五〇〇年前ですから、今までに五回、計三十人が、しょ、召喚されています。今回で六回目になります」

「三十人、か」


 エレが重い声を出す。表情は変わっていないが、今度は大変不機嫌そうだった。


「それは、最初から、あのゼウスの大馬鹿者が関わっていたのか?」

「ひっ……そそそそそ、それはっ! 聞いただけですがっ、に、二回目の召喚で気づいてっ、きょ、協力していただけるようになったそうです!」

「……そうか。二千年も前から気づいていたのか。あいつめ」


 怯えながら答えるナピに、エレは無表情のままギリギリと拳を握る。誰かを殴ることを、想像しているかのようだった。


「死者の魂を異世界に派遣するだと……? 我が権限と領分を侵害する、重大な問題だ」

「まずいんですか? ええっと、地獄王という立場からして見ると、異世界に行くのって」


 公一の質問に、エレは当然だと頷く。


「異世界に行った魂が、『ウラヌギア』に戻らなかったら、魂の量のバランスが崩れる可能性がある。それに『ウラヌギア』の人間が、法則の異なる異世界で死んだらどうなるか、想像もつかぬ。ナピよ、この世界に召喚された勇者とやらは、この世界で死んだら、どうなるのだ?」

「ふぇっ!? そ、それはその、わかりかねますっ! 私は五百年前には生まれていなかった、新米の天使ですのでっ、勇者召喚についての詳しい仕組みは知らないのですっ! 死の世界や、た、魂については専門外でっ! こ、この世界では穢れ無き魂は、ル、ルル・エブレクニト様がっ、罪深き魂はエルヴィムがっ、それぞれ管理下に置くということしかっ!」


 生きて死ぬまでの魂は、何らかの基準で善行と罪業を量られ、行き先が決定する。

 良き魂は、ルル・エブレクニトの座す天国へ。

 悪き魂は、エルヴィムの領域である地獄へ。

 それがこのドナルレヴェンの法則なのだという。


「天国は神が管理し、地獄は悪魔が支配する、か。双方が神の領地である『ウラヌギア』とは違うシステムだな」

「そ、そちらの世界の天国や地獄は、違うんですか?」


 ナピレテプの言葉に、エレは頷く。


「ああ。死者の魂は全て神によって裁かれ、天国も地獄もその狭間も生まれ変わりも、全て我らが管理している。魂を神の敵に渡すようなことはない。そちらと同じような教義の宗教はつくったが。あれでサタンとかアンラ・マンユとか呼ばれたのは、ほとんど私が演じたものだ。アレスが賭けに負けて、演じさせられたこともあったが」


 悪魔が、神の演じたもの。つまり、悪魔が人に害をなし、神が人を救うという構図は、マッチポンプということになってしまう。

 元々宗教学においては、神がつくった完璧な世界に悪魔がいる理由として、人間に対する試練を行うため、悪事を働くことを任務としている存在が悪魔であるという解釈も、あるにはあるが。


(やっぱりちょっと釈然としないなぁ)


 敬虔な宗教家の中には、ショックを受ける者も多いだろう話であった。

 ともあれ、今はドナルレヴェンでの話だ。


「わ、私もこの世界の仕組みや摂理に詳しいわけではないですが、そういうものなのです。て、天国はルル様のお住まいで、苦しみのない穏やかな世界です。じ、地獄はエルヴィムに支配され、罪人の魂は拷問され、エルヴィムの力となる苦痛や絶望を抽出させられるのです」


 怨念と復讐の化身であるエルヴィムは、人間を傷つけ、苦しめることで力を増す。

 また、人間に傷つけられても、その恨みと憎しみを滾らせ、力を増す。公一に腕を切り落とされたイライツが、より強力な『雷光(フレイル)』を放てたのは、憎悪の力によるものだ。


「地獄を私利私欲で運営する、か。私とは相容れぬ」


 エルヴィムにとって、地獄とは自分の力を得るための牧場だ。それは罪人を厳格に裁き、役目に従って罰を与えてきたエレにとって、認められないものだった。


「では、お前は勇者がこの世界に来てから、どうなったか知らぬのか?」

「は……はい……」

「嘘は無いようだな……では、元の世界への戻り方はわかるか。私も巻き込まれてここに来た身だ。向こうに仕事もある。まあ、死者の裁きはラダマンティスたちが行えるし、冥府の統治はヘカテーなら問題なく治められる。しばらくは大丈夫であろうが」


 ナピレテプから勇者の情報を得ることは諦め、エレは次の問いをした。

 冥府の主ともなれば、仕事は山盛りであろう。何せ、人は毎日死んでいる。それを全て管理しているのだから、やることは尽きないだろう。

 なお、ラダマンティスとは、生前の罪を裁く、冥府の三人の裁判官の一人であり、もう二人はミノスとアイアコスと言う。

 ヘカテーは、冥府における第三位の地位にある、エレの部下にあたる女神の名だ。


「それに妻も心配……するかはわからぬが、いる身でな。戻らねば」


 エレの妻という相手に、公一は心当たりがあった。公一のギリシャ神話の知識が正しければ、それは豊穣の女神デメテルの娘、コレーのことだ。

 ある時、コレーに一目ぼれした地獄王は、彼女を誘拐して暗い地の底に閉じ込めた。娘がいなくなったことを悲しんだ女神デメテルは、神として植物を育む仕事を放棄してしまう。そのため、木々は枯れ、穀物や野菜、果物は一切実らなくなり、人々は飢えてしまった。

 そこで主神ゼウスはコレーを地上に戻すように地獄王に命じるのだが、地獄王はその命令に納得できなかった。実は地獄王は、コレーを浚う前に、コレーの父であるゼウスに嫁取りの許可を貰っていたのだ。約束を反故にされた地獄王は一計を案じ、地上に戻す前にコレーにザクロの実を食べさせる。『冥府の食べ物を食べた者は、冥府の住人とならなくてはいけない』というルールがあったため、コレーは完全に地上に戻ることはできず、一年の三分の一の期間を、地獄王の妻ペルセポネと名を変え、過ごすことを余儀なくされた。

 そのため、デメテルはその三分の一の期間は、悲しみで作物を実らせる仕事をしないようになった。この期間のことを『冬』と名付けられた。ギリシャ神話における、『季節』の成り立ちの物語であり、地獄王の数少ない神話の一つである。


(夫婦仲について記述はないけれど……実際の仲は良くないのかな? エレさんは愛妻家のようだけど)


 無理矢理連れ去って妻にした相手であるため、夫婦仲が良くなくても仕方はないが、どちらも浮気をしたという逸話は殆どない。ゼウスをはじめ、ギリシャ神話の神々が性的な面でだらしないのに対し、例外的と言ってもいい。


「その顔は、私の『嫁取り神話』を知っているようだな。神話は実際に起こったことと違っている場合も多いが、あれに関してはほぼ正しい。私は彼女を力づくで浚い、私の世界に閉じ込めた。だが……彼女を大切に思っていることは、嘘偽りのないことだ」


 少なくとも、エレは妻を想って早く帰りたがるくらいに、気にしているようだった。

 けれど、ナピの返事は芳しいものではなかった。


「うう……も、申し訳ありませんが、すぐには無理かと。この世界とお二人の世界を繋げられるのは、ルル・エブレクニト様だけですが、エルヴィムが復活した時期、ルル様は人界に降りることができなくなるのです。そ、それが、我々がわざわざ異世界から、勇者を召喚する理由の一つなのですが……エルヴィムの呪いによって、この世界の神は、人界に降りると、力を人間並みに落としてしまうのです。で、ですから、ルル・エブレクニト様が、自ら、地上に降りることはありません。エ、エルヴィムを倒してからでなければ」


 ナピも本来なら『天使』として、もっと強い力を持っているのだが、エルヴィムの呪いがかかっている現在、その力は常人並みに落ちてしまっているのだという。魔術も初歩のものしか使えず、人と同じように食べたり眠ったりしなければ、肉体が疲労してしまう。昨夜、公一に使った『伝令』も弱体化しており、女神に救援を伝えることはできない。救援を伝えられるのは、『エルヴィム襲来』を解決した後でなくては無理なのだ。

 結局、与えられた『試練』を達成しない限り、公一たちは元の世界に戻ることはできないようだった。


「けど、倒すと言っても……エルヴィムって、何体いるんだい?」


 今度の質問は公一から出た。勇者とならざるを得ない身としては、敵の強さは知りたかった。ナピレテプの説明によると、それでもあのイライツと同じくらいの敵が何十体かはいるようだった。


「こ、固有の名を持ったエルヴィムは、上位のエルヴィムで百体もいません。ほ、ほとんどは、『名無し』の下位エルヴィムで、さきほどのイライツほど強くありませんが、数えきれないほどいます。そ、それに下位エルヴィムでも、普通の攻撃は効かないのです。ドナルレヴェンは世界の素となった存在。そ、そのドナルレヴェンの憎悪から生まれたエルヴィムは、この世界の武器や力では、倒せないのです」


 エルヴィムを、ドナルレヴェンの人間が倒すには、神々がエルヴィムを倒すために特別に生み出し、人間へ与えた力――『魔術』を使うしかない。


「で、ですが、ドナルレヴェンと関係の無い世界の力なら、単純に殴りつけただけで、ダメージを負わせられます。そ、そうした異世界の勇者の力なしでは、勝ち目は薄いのです」


 異世界の力に頼らなくては、もはや生き残れない。それは残酷な事実であった。


「そ、そして、上位エルヴィムよりも強いエルヴィムがいます。四体の将位エルヴィムと、一体の王位エルヴィムです。こ、この王位エルヴィムこそ最強のエルヴィムであり、王位エルヴィムを倒せば、他のエルヴィムも力を失い、深い眠りにつくのです」


 王位エルヴィム。またの名を魔王エルヴィム。

 全てのエルヴィムの核となる存在。五百年の間、人間の苦痛や悪しき感情、罪が積み重なり生まれた、怨念の塊。神を上回る呪いを、世界にかける存在。

 彼が生まれることで、他のエルヴィムの存在も活性化する。逆に、魔王が倒されれば、他のエルヴィムも力を失い、眠りにつく。五百年後、次の王位エルヴィムが現れるまで。そして、新たな王位エルヴィムが現れれば、滅ぼされずに眠りについたエルヴィムは、再び起き上がる。

 王位エルヴィムは、側近である四体の将位エルヴィムに守られ、この世界のどこかに拠点をつくり、力を蓄えている。


「勇者の敵は魔王と、側近の四天王、か。王道だなぁ」


 ゲームじみた話に、公一は若干、呆れたような響きの声をあげる。だがどんなにゲームのような内容でも、実際やることになると遊びでは済まない。


「も、もしも、エルヴィムが勝者となれば、神の創った世界は滅ぼされ、新たにエルヴィムが創造主として、せ、世界を創り直すでしょう。そ、それだけは避けねばならないのですっ!!」


 ナピは公一に向けて、深く深く頭を下げた。地に擦りつけるように。


「コーイチさんっ! エレさんっ! 手違いと巻き添えで、説明も決断もないままっ、こちらに連れてくることになったのは、言い訳のしようもありませんっ! け、けれど、恥知らずですけどっ、どうか助けてほしいのですっ! 何でもしますからっ、どうかっ、どうかっ!」


 こんなに真剣に頼まれごとをされたのは、公一の人生で初めてのことであった。

 世界の命運など託されても正直困る。だが、頼みごとを聞かないという選択をしたところで、何も進展はしない。頼みごとを達成しなければ、公一は元の世界に帰り、生き返ることはできない。

 結局、選択肢は一つだ。


「頭を上げて、ナピ」


 しかし、この場合悪いのはナピではない。あの『整えの間』の騒動に、彼女は関与していない。これ以上、ナピレテプが自分を責めるのを見ているのは、心苦しかった。


「なってしまったものは仕方ないよ。他に、元の世界に戻る方法がないというなら、それも仕方ない。生き返りたいのは確かだし……多分、手違いがなくても試練を受けると返事をしていたと思う。正直、そんなに期待されても困るけど……力は尽くすよ。うん、あのルルという女神には謝ってほしくもあるけど……ナピが泣く必要は無いからさ。そんな顔しないでくれるかな」


 子供をあやすように、優しく話しかける。公一はズボンのポケットから、青いチェックのハンカチを取り出し、それでナピの目から零れる涙を拭ってやった。


「あうぅぅ……そ、そんなことせずとも……」

「あっ、ご、ごめん、嫌だった?」


 天使であり、自分より遥かに年上であってもおかしくない相手なのだが、これまでの言動から、つい幼子の面倒を見るように扱ってしまう。

 しかし、見た目も公一と同い年か、少し年下くらいで、そんな馴れ馴れしい態度を取ったら不快に思ってもおかしくない。公一はそのことにようやく気付いて慌てた。


「い、いえっ! そんなことッ! ただ、ううぅぅぅ……は、恥ずかし……い、いえ、お気になさらず……」


 涙は止まったが、顔を真っ赤にして俯くナピに、公一もつられて気恥ずかしくなる。なんだか互いに声を出せない状況になってしまった。

 互いに頬を赤くし、沈黙する二人を、エレは無感動に見つめながら、ミントティーを2つのコップに注ぐ。


「最後の湯だが、飲むか?」


 差し出されたミントティーと助け船に、公一とナピは喜んで乗った。


「はい飲みます! ありがとうございます!」

「い、いただきますっ、あ、ありがとうございますっ!」


 二人はコップを受け取り、照れ笑いして、気恥ずかしい空気を誤魔化しながら、最後のミントティーを口にする。


「それでその、なんというか、これからよろしく、ナピ。よろしくエレさん」

「は、はい、こちらこそっ! コーイチさん、エレさん!」

「……ああ、よろしく。公一、ナピ」


 三人は、互いに名前を呼びあい、この先を共にすることを、頼みあう。

 旅の道連れが、ここに成立したのだった。


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