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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第一章:ドナルレヴェン
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6:朝食1-『加護』と『武器』



 瞼の上から光を感じ、公一は目を開いた。太陽の光の眩しさに、再び目を閉じ、またゆっくりと目を開ける。まず見えたのは、青空と白い雲であった。

 体を動かすと、カサカサと音がする。そこでようやく公一は、自分が木の葉に身を覆われていることに気づいた。


「…………?」


 まだ現状を把握しきれず、公一は上半身を起こす。すると、公一の体の近くにあった物がカランと転がる。見ると、鞘に収まった剣があった。


「ええっと……」


 なぜ剣などがあるのか、思い出そうとしていると、


「目が覚めたか」

「だ、大丈夫ですか!」


 声をかける者がいた。

 起き上がった公一に話しかけてきたのは、公一の向かい側に座る、黒い肌と銀の髪をした青年と、金髪の美少女だった。

 彼と公一の間では、火がパチパチと音をたてて、燃えている。枯れ木が燃える上では、鉄の片手鍋に張られた水が熱せられていた。火の周りには、木の枝に刺された魚が焼かれて、良い香りを漂わせていた。


「……え~と……あっ!」


 首を捻りながら、公一は何がどうなっているか記憶を掘り返し、そして昨夜の激闘を思い出した。


「あ、あいつはっ!」

「落ち着け。あのイライツという敵はいない。お前が倒したのだろう」


 エレに宥められ、公一は、あの一つ目の真っ白な怪人が、崩れて消滅した様を回想し、ようやく安堵の息をつく。そして、生き延びた実感を味わった。


「そっか……勝てたんだ」

「ああ、よくやった」

「ほ、本当に凄いです! コーイチさん!」


 表情に変化はないが、エレが本気で褒めていることはわかった。ナピレテプは、わかりやすい賞賛を、真っ直ぐに伝えてくれる。二人の賛辞が、公一はちょっと照れくさかった。


「でも、イライツを倒したと思ったら、すぐに疲れ切って眠ってしまって……あの後、どうしたんです?」


 改めて周囲を見回すと、公一がイライツを倒した崖の上ではなかった。森の中のようだが、木々は少なく、間隔を開けてまばらに生えている。耳をすませば、微かに川の流れる音が聞こえるので、川からそれほど離れてはいないようだ。


「た、倒れているコーイチさんを見つけた後、一夜を過ごすのに良さそうな場所を探して、この少し開けた場所を見つけたんです。コーイチさんは、エ、エレさんが担いで運びました」

「落ちていた木の枝を集めて、ナピの魔術で火をつけ、獣避けの焚き火をつくった。それと、地べたに直接寝ると冷えるので、落ち葉を集めて寝床にした」


 目覚めたときに、自分に被さっていた木の葉はそれかと、公一は納得した。


「寝てる間に色々してくれて、ありがとうございました」


 公一は真摯に頭を下げて、礼を言う。ナピレテプはわからないが、エレは雷に撃たれても平然とした態度を崩さないような存在である。獣避けの焚き火も、寝冷えしないための木の葉も、必要ないだろう。つまり、これらの処置は、人間である公一のためにやってくれたものだと、考えるのが妥当だ。


「お、お気になさらず。コーイチさんは、大活躍したんですから! わ、私はその、あまり戦闘は上手くなくて……もしコーイチさんが、あのエルヴィムを倒していなければ、きっと私も殺されていたと思いますので、あ、ありがとうございました!」


 ナピレテプは火の魔術でイライツを攻撃していたが、効いてはいなかった。エレも、イライツの足止めをするので手一杯だった。確かに、公一がいなければ、イライツは倒せなかったろう。


「いやぁ……でも、僕があいつを倒せたのも、エレさんの助言と、ナピがそれを伝えてくれたおかげだから……ありがとう」


 そして、公一だけでも、イライツを倒せなかっただろうことも事実。


「い、いえ、私は自分にできることをしたまでで!」


 ナピは恐縮し、しかし表情は照れながらも嬉しそうにしていた。一方、エレは喜ぶ素振りもなく、淡々と答える。


「何、聞きかじりの知識だ。以前、ヘルメスが話していた。あいつはお前の国に昔居た、忍者や侍というものを好んでいてな。何度か話題に昇った」

「……忍者?」


 ギリシャ神話の神であるという男から、忍者について聞かされるとは思ってもみなかった。

 ヘルメスと言えば、ギリシャ神話における伝令の神。オリュンポス十二神の一柱に数えられ、発明や知恵の閃きに優れた、商人と泥棒の守護神。神話の中でトリックスター的な役割を行う青年神。またヘルメスは、死者を冥府に送り届ける役目も果たすとされ、冥府神であるエレと交流があるのも自然ではある。

 しかし当然、忍者や侍が好きなんて話は聞いたことがない。


「その中で、忍者が使った逃げ方について話していたことがあった。川や池に物を投げ入れて水音をたて、水中に飛び込んで逃げたと敵に思わせて、別方向に逃げる。『水遁(すいとん)の術』の一つにあたるそうだ。それを使うのを思いついたに過ぎん」

「忍術だったのかー。いえ、出典が何であれ、助言してもらったのは確かです。ありがとうございました」


 忍者。ニンジャ。公一の国で、不思議な人気を持つ職業。しかしそれは何百年も前のものであり、今では小説やゲームなどの娯楽作品くらいにしか登場しない名前であった。その忍者の術を、まさか自分が使うことになるとは。しかもファンタジックな異世界に飛ばされた先で。

 なんだか奇妙な話であった。


「それはそうと、僕、なんだかやたらと強くなっているみたいなんだけど……?」


 イライツと戦うことができたのは、元の世界で生活していたときより、十倍以上は強化されたのではないかという、異常な身体能力のおかげである。しかし、その理由がわからないと、喜ぶ前に恐ろしさで、胸がいっぱいになってしまう。

 その疑問に答えてくれたのは、ナピレテプだった。


「そ、それは、ドナルレヴェンが、コーイチさんの世界では少なくなった『力』に、溢れているためです。ゼ、ゼウス様の話を聞いたのですが、こ、この世界はコーイチさんの世界に比べ、早くに神々が消えてしまい、か、神々が消費して世界を創り出すための力が、相当残っているのだそうです」

「世界を創り出すための力?」

「せ、正確には、力とか、エネルギーとかより、もっと根源的な概念……『可能性』そのもの、とでも言えばよいのか。ゼウス様は、『有を生み出す無』などとも、おっしゃっておりましたが、ごめんなさい。わ、私、あんまり頭が良くないので、上手く説明できないのです。私たちはただ『創造の力』とか『世界の材料』とか呼んでいて、こ、固有の名前をつけていなかったのですが……ゼ、ゼウス様の世界では、な、名前がついていたので、お、教えてくださったんです。え、ええと……カ……カ……?」

「『カオス』……『混沌(カオス)』か」


 名前を思い出せないナピレテプに、エレは助け船を出した。


「かつては我々の世界――ウラヌギアもそうであった。何物も存在せず、ただ『混沌(カオス)』のみがあり、そこに空間を司る天空神ウラヌスと、物質ろ司る大地母神ガイアが生まれ、そこから世界を創っていった。世界が創られてからも、まだ物理法則などは曖昧で、まさに混沌としていた。魔術や魔物がまだ存在できるほどに」


『混沌』があるうちは、まだ物理法則を超越する『可能性』が許されていた。呪文を唱えれば魔術が使え、竜や妖精が姿を見せ、そして神と人が共にあった。そんな『混沌の時代』が、公一たちの世界でも存在したのだ。


「次第に『混沌(カオス)』も弱まり、現在ではほとんど消滅した。まだかすかに、爪の先ほどは残っているが、魔術ももうろくには使えない」


 エレの言い方だと、それでもほんの少しは魔術も使えるように聞こえた。公一は少し気になったが、今はウラヌギアではなくドナルレヴェンの話だ。


「ド、ドナルレヴェンは、コ、コーイチさんのいる世界ほど大きく創られていないようなのです。ですから、使用した『混沌(カオス)』も少なく、たくさん余っているのだと」


 世界が小さいなどと言われても、公一にはよくわからなかった。表情で公一の戸惑いを察したらしく、ナピが補足する。


「ゼ、ゼウス様はこの世界は、ウラヌギアで言う太陽系くらいの大きさだと、言っていました」

「ふむ……では大きく見積もっても数光年程度か。星々もウラヌギアとは距離や大きさも違うのだろうな」


 エレがドナルレヴェンのおおよその大きさを把握する。公一も学校の授業で習った宇宙についての知識を思い出し、この世界の大きさと、自分の世界の大きさを比べてみる。

 一光年は、一秒で三十万キロ進む光が、一年かけて進む距離のことであり、約九.五兆キロになる。地球から最も近い恒星ケンタウルス座アルファ星でさえ、地球との距離は約四.三光年ある。太陽系を含んだ銀河系の直径は、約十万キロであり、そのような大きさの銀河が兆単位で存在している。

 そんな想像も追いつかないほどの大きさであるウラヌギアに比べれば、確かにこのドナルレヴェンは小さな世界だ。


「そ、それでですね、『混沌(カオス)』は可能性を引き出し、更に本来以上に強化することができるのです。そ、それは、生まれつき『混沌(カオス)』に触れてきたドナルレヴェンの人間より、い、異世界の『混沌(カオス)』に触れていなかった人間の可能性を、劇的に強化するのだとか」

「うーん。重力の強い星から、重力の弱い星に移ると、重力の強い星にいた時より、高くジャンプできるようなもの、かなぁ?」


 たとえば、月に行った宇宙飛行士は、地球にいた時の数倍の距離をジャンプできる。月の重力が、地球の六分の一しか無いためだ。

 ウラヌギアとドナルレヴェンの場合は、地球から月に行く場合とは逆に、『混沌(カオス)』が少ない方から多い方への移動なので、公一の例えは正確ではない。しかし、それまで厳しい環境に身を置いていたため、厳しくない環境に移動すると、楽に動けるようになるという意味ではあっている。


「とにかく、『混沌(カオス)』というもののために、僕が強くなっているというのはわかった」

「と、ともかく、そ、そういうことです! はい!」


 ひとまず公一は、強くなった理由を知って納得する。納得さえできれば、不安がることもない。強くなった身体能力は、便利なものと受け入れられる。

 公一は一つの疑問を解消した後、次に気になっていたことを口にする。


「あと……この剣だけど」


 公一は、エレに教えられて行った先に刺さっていた剣を指差す。起きた時も、傍にあった剣。ゼウスが用意したという、黒い皮の鞘に、納められた剣。

 昨夜はよく見る余裕がなかったが、明るい場所で良く見ると、とても立派な剣であることがわかった。

 見た目は、両刃の西洋剣。剣身と柄を、鋲で打って繋ぎとめている。抜けば、白い剣身が鈍い輝きを放っており、見ているだけで肌が切れそうなほどに鋭い。刀剣など博物館で飾られている物しか見たことのない公一でも、これが名剣であることは本能で悟れるほどに明白だった。


「神気が宿っているな。それに材質は人間世界にしか存在しない金属、オリハルコンでできている。間違いなく我が甥ヘパイストスの造ったものだ。もはや地上からは殆ど消え去った、『聖剣』に値する一振り」


 ヘパイストスとは、ギリシャ神話における鍛冶の神として伝わる名前だ。

 武器だけではなく、何か道具を造るとなれば、彼の右に出る者はいない。


「フランスの騎士ローランが使った『デュランダル』や、中国の関羽(かんう)雲長(うんちょう)が振るった『青龍刀』、ゴルディオスの結び目を断ち切った『アレクサンドロス大王の剣』――我が甥の造った武器は、時に人間の手に委ねられ、伝説や歴史にその名を刻んでいる。これもまた同様の名剣だ」

「ええ……歴史の英雄が持った武器が、神様のつくったものだったって言うんですか?」

「ああ。最近はそうでもないが、神々の人類史への干渉はざら(・・)にあったことだ」

「……知らなかった」


 人間の歴史に、人間ではない存在の手が加わっていた。そのことをどう受け止めていいか、判断がつかずに公一は呆然とする。


「知らぬのは仕方ない。人間とは、学べることしか、学べないものだからな。ともあれ……今重要なことは、その剣は大したものだということだ」


 公一のショックを知ってか知らずか、エレは説明を続ける。


「ただの物質であれば何であれ斬り避けよう。ダイヤモンドであれ、戦車の装甲であれ、斬れぬ物は無い。同じ神々の造った武器でもなければな」

「ド、ドナルレヴェンには、神が造った道具というのは、ほとんどありません。で、ですから、この剣に勝る剣は、無いと思います」


 まさに、世界最強の剣ということだ。


「ど、どうしましょう、この剣」

「どうもこうもない。お前が持って、お前が使え。この三人の中で、肉体的に最も強いのはお前だ。剣を一番上手く使えるのはお前だ。今後、またエルヴィムとやらが現れたとき、それが無くては戦えまい」

「うう……わかりました」


 あっさり言われ、公一はやや緊張しながらも、この神造剣を腰に帯びることにした。他者を傷つけられる物を身に着けているという感覚は、平和な時代と国で過ごしてきた公一には慣れないものであった。だが、いずれは慣れるだろう。この先、戦わなくてはいけない時がきっとあると、公一にも予想できていた。


「ああ……持つと言えば、こいつは私が持っておく」


 エレがそう言って取り出したのは、雷の竜巻を封印した『短槍』であった。朝の太陽の下でも、輝いているとわかるほどの光を放っている。


「封印はしたが、まかり間違って封印が解けたら危険だからな」

「確かに……お願いします」


 最高神ゼウスが振るった、神話最強の武器――『雷霆(ケラウノス)』。その欠片。

 もしまた、あんな雷の嵐が吹き荒れることになれば、対処できるのはエレだけだ。公一とナピレテプに、否やは無かった。

 エレは光り輝く穂先に、自分の銀の髪の毛を一本抜いて、巻き付ける。


「『隠せ』」


 髪の毛が一瞬して広がって黒い布になり、穂先を覆い包んだ。穂先の光が閉ざされ、黒一色となる。それをエレはベルトに差しこんで、文字通り携帯した。


「あと『加護』を与えるとも言っていたっけ」

「あ、ああ……そ、それなんですが、ゼウス様が『武器』を、ル、ルル・エブレクニト様が『加護』を……それぞれお与えになるという、ことになっていたんです。『加護』とは、例えば『未来予知』や『不死身の肉体』など、と、特別な力を授けるということで……そ、その……初めて私が来た時に出した、虹色の光こそが、『加護』だったのです」

「え? それって、僕に降りかかったあの?」

「ううううう……ごめんなさいぃぃぃ! あ、あの時は慌てていたとはいえっ、とんだご無礼を……」

「い、いやいや、もういいんだって!」


 土下座せんばかりに頭を下げるナピレテプに、公一は慌てて制止の声をかける。話が進まないし、女の子の泣き顔を見るのは気分がいいものでもない。


「そ、それより、『加護』のことを話してほしいんだけど?」

「う、うう、すみません……あ、あの『加護』は、ルル・エブレクニト様の術で、あの虹の光を与えられた人の、願いに反応し、そ、その人が願った力を与えるのです」


 ルル・エブレクニトの『加護』の術。戦いのための力だけではなく、どんな力でも与えてもらえるのだ。『万物を破壊する力』でも『離れた場所へ瞬時に移動する力』でも、何でもだ。時には複数の力を与えられることもある。無論、限界はあるし、制限が付く力もあるが。


「そ、その人の心に反応して、どのような力が欲しいか、叶えるので、せ、説明不足や勘違いをすることなく、か、確実に求める力を手に入れられるのです」


 例えば『飢えることのない力』を求めた場合、それだけでは単純に何も食べなくても平気な体質になりたいのか、それとも食べ物を無から生み出す力が欲しいのか、はたまた土や岩などを食べても栄養にできる力が欲しいのか――どのような『飢えることのない力』が欲しいのか、願いを叶える側にはわからない。

 しかしどんなに事細かく説明しても、他人に伝えきることは難しい。そこで女神ルル・エブレクニトは、心の中の願いと直接つながり、心が望むままの願いを叶える術を生み出したのだという。

 また、欲しい力が幾つもあって悩んでいる場合でも、確かにその人の望む力を、理性と本能の底から欲している力を、一番その人間と相性のいい力を、与えてもらえる。

 そのうえで、神に敵対するような力や、勇者自身を傷つけるような力、扱いきれず暴走させてしまうような力は、与えないように自動的に制御もできる。

 かなり複雑で高度な術なのだ。


「また『加護』は、使えば使うほど、つ、強くなります。前回の戦いでは『分身を作り出す能力』を望んだ人がいたのですが、さ、最初は分身一人つくるだけであったのが、さ、最後には百人を越える数の、分身を作り出せるようになったとか。そ、そんな強力な術なので、ルル・エブレクニト様といえど、そ、即座に使えるほど簡単な術ではなく、事前に生み出し、わ、私たち天使に持たせ、術を維持させていたのを、よ、呼ばれた私が持って来たというわけです」


 分身とはまた忍者のようだと思いながらも、公一はしかしそうなるとと、首を傾げる。


「あの時、虹の光は僕に降りかかったわけだけど、僕も『加護』を得られたんだろうか?」

「うう……ごめんなさい、わかりかねます……。せ、説明しないまま虹の光を渡すことは、初めてであったので……ね、願いを叶えようとしていない人の、願いを叶えるかは」

「わからない、か。まあ仕方ないか」


 自分でも何か力を手に入れたという実感はない。公一は、『加護』は得られなかったものと、諦めることにした。


「……あっ、湧いてますよ」


 そうして互いに話している間に、いつの間にか、焚き火にかけられていた水が泡立ち、沸騰していた。


「頃合いか」


 エレが片手鍋の取っ手を掴み、背後にあった鉄のポットに、鍋の湯を注ぎ入れる。すると、鮮烈な香りが周囲に漂いだす。


「……それはなんですか? それに、この臭いは?」

「ただの川の水だ。沸かして消毒した。あと、ミントが生えているのを見つけたので、それを入れてみた」


 ミントティーというわけだ。生水には何が含まれているかわからない。だから沸騰して殺菌し、ミントで香りづけをして、飲めるよう工夫してくれたのだろう。

 ミントの葉を蒸らしている間に、エレは別の用意を始める。


「『起きよ』」


 エレが地面に手を当て、一言、口にすると、指先に光が灯り、大地に浸透する。すると、大地が盛り上がり、取っ手のついた鉄製のコップが二つ現れる。


「うわ……な、何ですか、それ?」

「私は『地底の牢獄』の長であり、『地下の資源』を司るというのは、昨夜言ったな。その力により、地中の鉄分を集めて、好きな形に固めることができる。ただ固めただけで、鍛え上げたわけではないから、質は良くないが」


 金属を鍛え上げるのは、鍛冶の神ヘパイストスの領分。エレの鉄は、ただ熔かした鉄を鋳型に入れて、冷やして固めたのと同じもの。鍛冶屋が本格的につくったものに比べれば、遥かに劣る。それでも鉄であるから当然頑丈であるし、家庭用に使うには充分である。


「多少、鉄臭いかもしれないが……激しい運動の後だ。水分はとっておいた方が良い」


 エレは、ミントを浸したお湯を鉄のコップに注ぎ、公一とナピレテプに渡す。


「ありがとうございます。いただきます」


 公一はミントティーを飲んだことはなかったが、思ったより強い香りに驚く。葉がつみたてだからだろうか。熱湯に息を吹いて少し冷ました後、そっと飲む。ミントの香りが口に充満し、鼻をスゥーッと通り抜けていくのを感じる。ミントの爽快な香りにかき消されたのか、鉄臭さなどは全く嗅ぎ取れなかった。熱が喉から胃へと落ちていき、腹の底から、眠りから覚めたばかりの、まだ鈍い体を温めていく。


「なんとも爽やかで……温まりますね」


 緑茶や紅茶に比べ、美味とは言えない。しかし、疲れた体と意識を元気づける効き目は感じられた。


「ほ、本当……これ、私も好きです」

「……体にもいい。存分に飲め」


 公一とナピは、エレの淹れたミントティーをしみじみと味わう。エレはニコリともしないが、少し声が柔らかくなっている気がした。


「さ、魚もどうぞ。川にたくさん浮かんでいたので、少し持ってきました! あ、味付けはしてないから美味しくないでしょうけど……お腹に何か入れておいた方がいいか、と」


 ナピレテプが、尾から口まで、木の枝で刺して焼いていた魚を、一つ手に取って、公一に差し出す。

 イライツが川に雷撃を放ったせいで感電死した、淡水魚である。この世界の魚の名前はわからないが、形は地球の魚で言えば鱒に似ていた。それを、ナピが拾い、ハラワタをこそぎ取って、枝に刺して、火の傍に立てていたのだ。

 公一は魚を貰って、口に運ぶ。香ばしい香りが食欲を刺激し、口内に唾が溜まる。公一は、空っぽの胃袋に急かされるようにかぶりついた。焼けた魚肉を噛みしめると、薄いながらも旨味がじんわりと、舌に感じられる。


「……うん、美味しい」

「そ、それは良かったです!」


 公一に褒められ、ナピが笑顔になる。見ている方が楽しくなるくらい、明るい笑顔だった。今まで、おどおどしっぱなしだったナピが笑ってくれて、公一は嬉しく思う。


「あの、もう一杯いいですか」

「ああ」


 公一は、空になった鉄のコップに、ミントティーを入れ直し、飲む。そして、残った焼き魚をたいらげていく。ミントティーと焼き魚。組み合わせとしてはメチャクチャだが、空腹の公一には些細な問題である。

 そうして公一は、ミントティー三杯、魚二匹をたいらげたのだった。



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