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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第二章:英雄武装
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2-19:一日目のキャンプ


「予定によると……我々の目的地はこの森の切れ目、荒れ野になっている部分にまで行き、そこから戻ってくる。往復約一週間の日程ということだ」


 焚き火の明かりで地図を照らしながら、エレが述べる。公一たちは、明日からの行動の再確認を行っていた。地図はジェインから借りてきたものだ。

 地図によると、オギトの森にはところどころ、ポッカリと草木がほとんど生えていない地帯が存在する。公一が落ちて、雷の竜巻が最初に吹き荒れた場所と同じような荒野だ。


「こ、こういった荒地は、かつてのエルヴィムとの戦いで、せ、生命を奪われた土地です」

「生命が……?」

「は、はい。草木を食べたのではなく、せ、生命を直接吸収したのです。い、以前、エルヴィムは苦しむ魂を奪うと説明しましたが、実質的な生物にとどまらず、大地や海のような無生物に宿る、生命力を奪うことにより、う、奪われたことによる負のエネルギーを、力にすることもできるのです。エルヴィムの中でも魔王に次ぐ、しょ、将位エルヴィムの位階に達さなければ、できない芸当ですが」


 大地や海は無生物であるが、公一の世界で『気』だとか呼ばれる自然のエネルギーを宿している。それが奪われれば、反発がある。その反発は、最上位のエルヴィムにとって敵意や憎悪と等しいものであり、上等なエネルギーとなって吸収できる。

 イライツやイズムほどのエルヴィムでもできない、高度な能力であり、世界をより凶悪に滅ぼす恐ろしい技だ。


「さ、砂漠よりも厳しい環境に適応できる植物のみが、か、かろうじて生息できるような土地に、成り果てているのです」

「……ふむ。ここに来たばかりの時に見たような土地、か。しかし大地や海は元より普通の意味で『生きている』わけではない。逆に言えば、死ぬこともない。石は生きていないが、死んでいるわけでもないようにな。今の状態は、言わば空になった電池のようなもの。気が通っていれば、充電するように『生き返る』だろう。さして時間もかかるまい」


 死の専門家たるエレが、死んだわけではないというのなら、そうなのだろう。


「もうほんの三、四百年もすれば、草木も生えるようになるだろう」


 さすがに神だけあって、時間の感覚は人よりスケールが大きかったが。



「だが不思議だな。ダーリング家にあった世界地図はこの森の先の方の地形も描かれていた。オギトが人類にとっての最果ての地なら、ここから先の地形に人は入ったことがないのではないか?」

「い、いえ、確かにこの森を踏破した人は、い、いません。けれど、この地図は嘘じゃありません」


 人の行ったことのない地域の地図などつくれるはずがない。あるとすれば脳内で考えた、推測による産物に過ぎないもののはず。

 しかし、ナピレテプはこの地図は真実の物であると、断言した。


「せ、千年前の『エルヴィム襲来』の時に召喚された勇者の中に、せ、『千里眼』の『加護』を受けた者がいたのです。彼は全世界の姿を見て、こ、この地図を描いたそうです」


 千年前。紀元千年ごろ。

 中国は、五代十国の戦乱を経て、北宋の時代。ヨーロッパでは、東ローマ帝国が最盛期にあり、ハンガリー王国が成立した頃。

 日本では平安時代。藤原道長が権勢を振るい、清少納言が『枕草子』を、紫式部が『源氏物語』を書いていた時代。

 そのような時期のウラヌギアから、ドナルレヴェンに召喚された勇者が、その『加護』をもって残した遺産。


 それがこの地図ということなのだ。


「『千里眼』……なるほどな」


 千里眼。遥か遠くの場所を、移動することなく見る力。

 この中で、最も『異能』や『神秘』について見知っているエレが、納得と共に頷く。


「西暦以前の時代、スカンディナヴィアのとある部族の長に、ゼウスが『座るだけで世界の全てを見ることができる玉座』を与えたことがある。その長、名をヴォータンと言ったが、彼はそれを使って敵陣営の地形を知り、敵の数を探り、有利に戦いを進めることができた。それにより、ヴォータンは老齢になるより前に、その地方一帯を統一する王となったのだが……千年前に加護を受けた者も、それと同じように」


 エレは、ウラヌギアの歴史の中でも『千里眼』の力を神から与えられて、遠い場所の地形を知ることに使った男の例をあげた。

 ナピやジェインは、『異世界ではそんなことがあったのか』と思うだけであったが、公一にはその、千里眼を与えられた『強い王』の名前に心当たりがあった。


(ヴォータン……それって、まさか北欧神話の主神オーディン?)


 公一の世界において、神話の中でも有名なものの一つである『北欧神話』。

 スカンディナヴィア半島のノルウェーや、アイスランドに住んでいたゲルマン人の神話である。ゲルマン人の民族移動によって、ドイツやオランダ、スウェーデン、イギリスなどにも伝わった。


 海賊ヴァイキングで有名なゲルマン人が信仰した、北欧神話。

 そこに描かれるのは、血で血を洗う神々の戦いの物語。

 ときには巨人族と。ときには他の神族と。

 世界樹ユグドラシルによって構成された世界で、世界の滅ぶ『神々の黄昏(ラグナロク)』の日まで、勇敢なる戦いと勝利が、何よりも尊ばれる物語。


 その中で、神々を統べる主神の名が『オーディン』。

 かつて英知を授ける泉の水を飲む代償に、片目を泉の巨人に渡したために、片方の目がない姿で描かれる。

 その武器は、投げれば必ず敵を貫き、また戻ってくる神槍『グングニル』。その威力は英雄シグムンドの持っていた名剣『グラム』を折るほどのものであった。

 後に折られたグラムが鍛え直され、悪竜ファフニールを討つのに使われたと言えば、竜殺しの剣をも圧し折る神槍の威力が、途方もないものであることがわかるだろう。

 武力だけではなく、知恵にも長け、ルーン文字や未来予知など、あらゆる魔術に通じていた。

 更には、無限に増え続ける黄金の腕輪『ドラウプニル』を嵌め、八本足の名馬『スレイプニル』に跨り、戦場を駆ける。


 そして、世界の全てを見渡せる高御座(たかみくら)、『フリズスキャールヴ』に座り、世界の運命を見据えているのだと伝えられている。

 まさに神の王に相応しい、武力、知力、財力、全てを兼ね揃えた存在であった。


 また、オーディンは死後の世界を管理する神の一柱でもあった。北欧神話には、死後の世界が複数あり、生前の行いによって、死後に行く世界が変わる。

 オーディンの管理する死後の世界は、優れた戦士が赴く世界である。この冥府に入った者は、戦乙女ヴァルキリーに案内されて、オーディンの館『ヴァルハラ』に迎えられる。

 そこで戦士たちは、永遠に戦いあい、殺し合い、殺されては生き返るという『天国』を味わい続けるのだ。


(エレさんが管理していると言う、穏やかな『死の世界』とは程遠い)


 文化の違いとは言え、あまりにも血生臭い冥府が描かれる北欧神話。しかしそれは、あくまで人間の想像力によって生み出された架空の信仰であると思っていた。エレという真実の神の存在を知った今は尚更に、ギリシャ以外の神話の神は偽りのものだと。

 だが、ただ架空のものというわけでもなかったのではないか。今の話を聞いて、そう考えなおす。


(北欧神話を伝える書物の中には、『神々とは、過去の英雄を神格化したものである』という立場から書いた、歴史書もある)


 それは『デーン人の軌跡』という本であり、北欧の神々が、太古の王や戦士として紹介されている。


(それが一番正しいとすれば。北欧神話の神々は、ギリシャの神々から力を与えられた人間であったということなのでは……?)


 エレが以前話したところによると、神々が人間に干渉し、特別な武器などを与えることは珍しいことではなかったという。

 エレは、インドやイギリスにおいては、別の名を名乗って神として振る舞ったと言っていた。だが、本来の神々が干渉して力を授けたことで、人間が神として崇められたこともあったという考えは、おかしくない。


(それにしてもだとすれば……僕らの世界の歴史は、どれだけおかしなことになるのだろう)


 当然のことながら、学校の授業で神話を『実話』として教えることはありえない。だがそのありえないことが事実であったのなら、それを認められない人類は、永遠に真理に辿り着くことはないだろう。

 公一は、死後の世界という究極の謎に辿り着いたが、それはただの偶然だ。自分の努力の結果ではない。

 神が知識を明かさなければ、真実を知ることはできないのなら、人間が積み重ねて来た学問は、虚しいものなのだろうかと、公一はふとため息をついた。


   ◆


「むかつくなぁ」


 たった一人のテントの中。誰に聞かせるわけでもない言葉を、真美は思わず口にしていた。


 コーイチと呼ばれている少年。それが酷く気に食わなくて仕方がない。


(コーイチ……? 日本人みたいな名前して)


 この世界に来ている人間は自分を含めて六人のみ。その全員が、同じように勇者として動いていることを知っている少女は、まさか公一が自分と同じ世界から来たなどと、夢にも思わない。

 ただもはや遠くなってしまった『故郷』を思い出させるような名前に、苛立ちを感じるだけだ。


 そう、思い出してしまうのだ。公一の日本人のような顔や髪色(日本人なのだから当たり前なのだが)を見ていると、『帰れぬ故郷』を、『元の世界』を思い出してしまう。心が締め付けられるほどの、寂寥感に襲われてしまう。この世界に来てほんの少しの日にちしか経っていないというのに、懐かしくてたまらなくなる。

 自分が、酷く弱い人間になってしまったようで、震えそうになる。


「ざけんな」


 小さく低い声で呟き、その弱気を振り払う。

 どうあがいても、自分はこの世界に来てしまっており、戦い、敵を殺し尽さなければ、元の世界に生きて戻ることはできない。

 ならば、戦い、勝ち続けるしかない。そのためには、弱っていてはいけないのだ。

 だというのに、公一の存在は真美の弱さを浮かび上がらせてしまう。


 だから、自分は公一を叩きのめさなくてはならない。

 屈服させなくてはならない。

 公一は、真美にとって『自分の弱さ』を生み出す敵なのだから。


(明日からは……もっと苦しいことをしてやるんだから)


 苛立ちを募らせながら、龍ヶ島真美は眼を閉じる。眠りに落ちるその時まで、公一のことを考え続けながら。

 真美は気づかない。


 この異世界に来てから、初めて他者について考えているということを。

 ただただ自分のことのみを想い詰めながら、傍若無人に周囲を薙ぎ払ってきた自分が、初めて他の誰かについて思い悩んでいることを。



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