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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第二章:英雄武装
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2-15:魔槍の夜



 ザッザッと足音を立てながら、公一は夜の町を跳ねるように走っていた。

 寝間着にスニーカーを履き、手には魔剣を握り、轟音が響いた中心の地へと急ぐ。

 どちらに向かえばいいかは簡単であった。騒ぎの大きい方へ向かえばいい。


(ジェインやナナさんにも、何も言わずに出て来たのはまずかったかな?)


 今更遅いが、勝手にここまで来たことを反省する。エレの言う通り、自分は思っているより感情的になりやすいようだ。

 何か事件かと思い、つい突っ走ってしまった。


(でも今から帰るのもなんだし、何が起こったかくらい確認を……)


 夜道に出ている人が、目につくようになった。先ほどの轟音にたたき起こされ、公一と同じく様子を見に出て来た人たちだろう。しかし、その人たちが進もうとするのを、兵士たちが遮っていた。


「この先は危険です! これ以上、先に行くこと禁じます!」


 声を張り上げる兵士たちに、人々もまた不安げに言葉を投げかける。


「一体何が起こっているんだ!」

「さっきの音は」

「魔物でも入って来たんじゃないだろうな!」


 パニック一歩手前の民衆相手に、兵士たちも全力を尽くして、抑え込む。


「事情を確認中です! わかり次第お伝えしますので!」

「押さないで! 押さないでください!」


 ちょっとした騒ぎになっているのを見て、公一はどうやって立ち塞がる兵士を越えて、向こうへ行くか考える。


「……よし」


 考えついたのは、最も単純なアイデアであった。

 公一は、まず誰もこちらを見ている者がいないことを確かめると、


「はっ!」


 勢いよく跳び上がり、一気に二階の高さまで達した。そして、その高さで壁を蹴りつけ、反動で更に跳躍する。そして、屋根の上に飛び乗ることに成功した。


「……よしよし」


 通行規制をしている地上を見下ろしながら、屋根伝いに移動していく。進む方角を定めるのは簡単であった。

 耳をすまし、何かが砕ける音や悲鳴が聞こえてくる方に、足を向ければいいだけのことだったから。


   ◆


 瓦礫が散乱し、謎の暴漢に敗れた衛士たちが転がる、石畳の道。

 金属製の武器や防具を紙のようにちぎられ、骨を砕かれ、手足を折られ――まさに蹂躙と呼ぶにふさわしい光景であった。

 その真ん中で、槍騎士は初めて声を上げた。その声を聞きとれる者はいなかったが。


「認めよう。諸君は良き腕をした、良き兵士であった。ゆえにこそ、私も存分に腕を試すことができた。感謝しよう」


 心からの賞賛。倒れ伏した男たちを称える言葉。くぐもった声は、覆面の下の正体を掴ませない。だが、言葉にした内容は本気のようであった。

 町の治安を、領地の平和を守るために、忠義と使命のために、全力で戦った彼らを、槍持つ者は尊敬を示していた。


「そして感謝と共に確信した……」


 石畳を、槍の石突きの側で叩き、ガツッと音を立て、


「この力ならば……届く」


 勝ち誇るでも、奢るでもなく、簡単な計算問題の答えを示すように、当たり前の結論を口にする。

 そして、倒れた衛士たちに背を向け、その場から去る素振りを見せた。そこに、


「帰るのはちょっと早いよ。ええっと……」


 剣を持った公一が降り立った。

 しかし、そのことに槍騎士が驚く様子はない。公一が近づいていることに気づいていたのだ。


「私は……ただの『魔槍(スピア)』だ。私はただ貫き、打ち倒すことのみを求めるゆえに」


 槍騎士は少し考えてから、自らをスピアと名乗った。おそらく、今考えてつけた名前だろう。

 槍を持つ『騎士』ではなく、『槍』の方が主体。武器そのものであると、自身を紹介する。それがいかなる想いによるものなのか、公一にはわからなかったが、何か強い決意を抱いていることは感じられた。

 それこそ槍のように真っ直ぐに、曲がらず、折れず、そしてぞっとするほどに鋭い、その意志を。


「何を貫きたいのかは知らないけれど」


 公一は、冷や汗をかきながらも、ジリッと足を踏みしめ、剣を構える。

 エレやジェインに少しだけ見てもらい、以前より少しはさまになって見える構えだ。


「こんな真似をする人を見過ごすわけには、いかないねっ!」


 引き絞った弓から、矢が放たれるような勢いで、公一は鋭く前へと跳んだ。

 公一は、まず相手の持つ槍を切り裂いて、力を殺ぐことにする。


(武器を破壊して、無力化する)


 人間を殺すわけにはいかない。それは公一にとって当然のことであり、決して譲れない一線であった。

 それに、公一には殺さずとも無力化できる自信がある。公一の勇者としての力は、この世界の人間と比べて圧倒的に上。手にした剣も、この世界のいかなる武器や防具さえ切断できる『神器』。

 万が一にも、負けることはない――はずであった。


「っ! っ⁉ そんなっ」


 異世界の少年は、剣を振り下ろしたその結果に、驚愕の声を上げた。

 鉄より強い体を持った魔物をも、パンケーキのように容易く斬り分けた聖剣の一振り。それを、


「こんなものか?」


 スピアを名乗る相手は、手にした槍にて受け止めたのだ。


(エレさんは、この剣はダイヤモンドであろうと、いかなる超合金であろうと、切り裂けぬものはないと言っていた。なのにどうして……あの槍は一体何でできてるんだ⁉)


 槍を破壊どころか、引っかき傷一つつけられずに、公一は慌てて身を退く。

 そんな公一を追って、スピアは槍を持っていない方の手を伸ばした。その動きは恐ろしく速く、目にも見えないものであった。天才的な武闘家であっても至れないであろう、人外級の速度。


「くっ!」


 すんでのところで、公一はその手に捕まえられることはなかった。しかし、そのことに安堵する暇はなく、次に繰り出されたのは、より危険なもの。すなわち、槍による『薙ぎ払い』であった。

 反射的にしゃがみ込み、槍をかわす。公一の頭上を、空気を切り裂く音が通り過ぎた。


「く!」


 お返しとばかりに、公一はしゃがんだまま、相手の脚を斬りつける。力の入る体勢ではないが、神剣の切れ味ならば、十分に血肉を切り裂くことが可能だと思われた。

 が、


「ふむ」


 スピアは公一の動きを確認するように頷いていた。スピアの脚を覆う脛当ては、神剣を容易くはじいていた。


(嘘だろ……? 神様のつくった武器を防ぐなんて)


 ぞっとする公一に対し、スピアは更に槍を振るう。赤く輝く穂先が、赤い光の軌跡を、空間に描いた。


「はっ! はっ!」


 息を荒げながら、公一は繰り出される槍の連撃をかわしていく。一振り一振りごとに、周囲に風が起こり、砂や小石が宙に舞い上がっていた。


(嵐みたいだ)


 嵐を起こす槍。人間の腕力でできることとは到底思えない。しかし、魔術を使っているよ素も無い。戦場を駆け巡る死神か何かのようだ。

 おそらく槍にかすりでもすれば、それだけで肉が抉れ、骨が圧し折れ、四肢が吹き飛ぶ。

 ジェインが使う『(ねじ)()き』と比べても、なお上を行くであろう威力が籠っていると、肌で感じた。


「……器用に避けるものだ」


 スピアが少し驚いたように感想を漏らす。

 公一が、高速の槍を回避していられるのには、ある理由があった。

 それは、公一がルル・エブレクニトから授かった力。


『雷を操る能力』によるものである。


 スピアの槍は確かに速い。公一の視力もまた、異世界に来たことで強化されているが、それでもなお視認しきれない速度である。

 ゆえに、公一は目で見て槍をかわしているのではない。


 体から放出している微量な雷気を触角として、レーダーのように槍の動きを感じ取っているのだ。槍が動き出すのを感じ取り、攻撃が繰り出されたら、その攻撃が当たるよりも前に動くことができる。

 そのおかげで、ギリギリの線で槍をかわしていられるのだ。

 ただし――


「長引かせては他の兵士たちが来てしまう。致し方なし」


 今の状況でギリギリかわせていたということは、


「そろそろ本気でいこう」


 更に上の攻撃を放たれたら、もう避けきれないということ。


(うう…………)


 公一は絶望しそうになる。相手が嘘やハッタリで言っているのではないことくらい、理解できた。


(落ち着け……落ち着いて考えるんだ)


 公一は必死で頭を回転させ、活路を探る。


(より速い攻撃は、体さばきだけじゃもうかわせない。退いて距離を取る? 駄目だ。追いつかれる。上に跳ぶ? 下に伏せる? 駄目だ。避けられる気がしない)


 どう動いたところで、輝ける槍の穂先は公一の肉を貫くだろう。


(避けるのは無理だと、諦めるしかない。なら……もっと根本的に別の手を)


 公一は一つ、手を思いつく。手と言うよりは、賭けのようなものであったが、他に有効な作戦も思いつかない。

 別の手を思いつくのを相手が待ってくれるはずもなく、公一の感覚がスピアの動く気配を察知する。

 その瞬間、公一は覚悟を決めた。


「やあああああっ‼」


 己を奮い立たせる雄叫び。必死で声を張り上げ、公一は自分を貫かんと迫る槍に向かって、突き進んだ。


「⁉」


 スピアが驚く気配を感じる。

 退いても避けられないなら、あえて踏み込む。それが公一の決断だった。


(くぅっ!)


 公一の脇腹に、強い熱が生じた。

 スピアの刺突が、右脇を引き裂いたのだ。だが、それは肌を掠めただけにとどまる。

 回避の動作をすると考えていたスピアは、公一の予想外の行動に咄嗟に反応できず、単純に突き出すだけの動きをしてしまったのだ。もし、予想通り公一が避けていたら、避ける方向に穂先の向きを修正し、確実に仕留めていただろう。


「う、ううっ‼」


 だが掠めただけとはいえ、公一の体を走った衝撃は凄まじかった。込められた威力が公一の体を伝わり、内臓に響くほどであった。

 腹の中のものを吐き出しかけながらも、公一は耐えてもう一歩を踏み出す。そして、剣を強く握りしめ、必死の思いで振るった。


「ムっ!」


 今度はスピアが身をかわす番であった。

 倒れ込みそうになるのを堪えて、かろうじて振るわれた剣は、当然褒められた斬撃ではない。

 だが、その切っ先はスピアの槍を持つ手を確かに切り裂いた。スピアは地を蹴って跳び退り、公一との距離を広げる。


「ハァッ……ハァッ……うぐっ……」


 公一に追撃する余裕はなく、血が流れる脇腹を抑えて、倒れないように足を踏ん張る。

 一方、スピアの方も動かずにいた。右の二の腕を斬られ、赤い血を流しながら公一を見つめる。今度は防がれなかったことに安堵しながら、同時にその血の赤さに、公一は相手が人間であることを理解した。


(もしかしたら、またエルヴィムかもしれないとまで思ったけど)


 今までに二体の上位エルヴィムを斬ったが、二体とも血を流すことはなかった。信じがたいことに、スピアはどうやら人間らしい。


「自惚れていた……自分は十分に強いと」


 静かに公一と対峙していたスピアが、やがて口を開く。


「しかし、どうやらまだまだであったらしい。感謝しよう。鼻っ柱を圧し折ってくれたことを」


 その言葉はどうやら嘘ではないらしい。そしてそれゆえに、公一は薄ら寒い思いにとらわれる。


 この敵は反省する敵である。

 そして、反省し強くなろうとしている。


 ここで逃がしたら、次はより強くなっているであろう。あるいは、もう届かなくなってしまうかもしれない。

 そう思った公一は、いつもより重く感じる足を走らせ、今一度スピアに斬りかかるが、


「今宵はここまでだ」

「! 待てっ‼」


 軽やかに身をひるがえし、公一に背を向けて走り出したスピアは、まるで風のようであった。今の公一は馬より速く走ることもできたが、その公一でも追いつけまい。

 スピアの姿は三秒もかからずに夜の闇に紛れ、消えた。


(本当に人間か⁉)


 取り逃がしてしまった公一は、やはりスピアは人間ではない別の生き物なのではないかと、疑惑を再燃させる。

 いずれにせよ、スピアを逃がしてしまったという結果は変わらない。


「……まいったな」


 公一は悔しさを滲ませて呟くが、じっとしてはいられない。彼の常人を超えた感覚は、こちらに多くの人間が近づいているのを捕らえていた。

 衛士の増援であろう。


(見つかると面倒なことになるな。逃げなきゃ)


 公一は脇腹をさすって傷の具合を確かめる。幸い、大した傷ではない。多少激しく動いても問題は無さそうだと判断し、来た時と同じように、壁を駆け上って屋根の上を超え、その場を離れる。


 その夜の騒動はひとまず終わった。だが、蹴散らされた衛士たちと、砕き散らされた衛士の詰め所の被害は確かなものとして残り――この少し後で、貴重な人手が病院送りになったという報告を耳にしたジェインは、悲痛な咆哮をあげることになるのだった。



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