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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第二章:英雄武装
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2-14:レオナード・アロの厄日



 店の明かりも消え、夜の中でも最も暗い時間。

 誰もが眠りにつき、虫の声さえ消えた、最も静かな時間。


 公一はパチリと目を覚ました。


「…………?」


 たまたま起きたというのとは、何かが違う目覚めであった。

 向こうの世界ではなかった感覚。それは、あの『暗殺者』が、あの『幻惑者』が屋敷に入ってきたときと似たような感覚。


「いやまさか……」


 公一の『雷を操る能力』の一端。

 無意識に電磁波を放出しており、誰かが隠れていても、レーダーのように気づくことができる。睡眠中にもその力は働いており、意識が眠っていても、自動的に反応して目を覚ませる。

 その力によって、目を覚ましたのだとすれば、何か不穏なことが起こっている可能性がある。

 公一は、廊下に出て様子を見ることにした。


(誰かがトイレに起き出して、それに反応しただけかもしれないけれど……)


 ドアを開けて、耳を澄ます。神経を集中させて、感覚を研ぎ澄ませてみる。

 何となくであるが、無意識に感じ取っていた周囲の状態が、より鋭く感じ取れるようになった気がする。

 けれど、何かが動いているというような感覚は無い。かつてフックが幻影をまとい、視覚を惑わして動いていたときのような、見えない何者かがいるという様子は無かった。


(やっぱり……考えすぎだったかな?)


 まだ気にはなるが、異常が見つけられないのでは仕方ない。公一はベッドに戻った。

 とはいえ、一度完全に覚醒してしまうと、中々寝付けない。


(明日も早い。良く寝て疲れをとらないと……)


 真美から、明日の魔物退治についてくるように言われた後、オスカーから正式にジェインへ要求が告げられた。真美は本気の本気で、公一を普通の人間なら生きてはいられない魔境に連れ出すつもりらしい。

 ジェインは一方的な言い分に腹を立てていたが、公一の実力を知っていたため、さほど心配はしなかった。

 むしろ、困っていたのはルシアたち、カシゥムの兵たちであった。元々、道案内や荷物の運搬のため、ゾシウの兵を借りる予定にはなっていたが、屋敷の下男を命がけの任務に加えるなど、普通なら足手まといもいいところだ。まともな神経をしている者なら反対する。

 真美は、『別に守る必要はない』と言っていたが、そんなわけにはいかない。

 いくら仮想敵たるオギトの人間とはいえ、魔物に襲われて見殺しにできるほど、カシゥムの騎士に任命される人間たちは、冷酷ではなかった。

 それでも勇者の言葉は重く、簡単には退けられない。


 結局、公一は魔物狩りに同行することが決定し、また、公一を心配したナピレテプ及びエレも、参加することになった。


(魔物でいっぱいの森か……。向こうの世界では想像も難しい話だけど、猛獣やらでウヨウヨしているジャングルってことかな……。けど『うねり大蛇(ツイスト・ボア)』が一番強い魔物ということだし、あれに勝てたなら、他の魔物も何とかできるだろう)


 公一は若干の不安を押し殺すと、目を瞑って横になり、いずれ意識が眠りにつくのを待つ。

 一体何分経ったか、何十分経ったかはわからない。ただ、もう少しで再び眠りの落ちるであろうという、そのわずかに前のこと。


 建物が崩れ落ちる轟音が、ダーリング邸にまで届いたのだった。


   ◆


 ゾシウの町には幾つか、衛士の詰め所がある。そこはそのうちの一つであった。

 三階建てにつくられた、重厚な建物で、十人の衛士が常勤している。

 衛士とは、本来宮殿や神殿など、建物において警護を担当する兵士のことだが、町を守るために配置され、パトロールを行う役目を担う兵のことも、ドナルレヴェンでは衛士と呼ばれている。

 詰め所を中心として、衛士たちは交代で夜道をパトロールし、不審人物がいないか目を光らせている。道に人気が無い夜でも、否、夜であるからこそ盗人をはじめとした、犯罪者たちは行動する。闇に紛れて動く怪しい輩を見逃さず、町の平和を保つことが兵士たちの務めであった。


 そして、その夜も誇り高き衛士たちは見回りを行っていた。


「ただいま~、異常なしだ」

「おかえりなさい。さすがに大捕り物があったばかりだからな。泥棒たちも、しばらくは大人しくしているんだろう」


 見回りから帰って来た衛士に、出迎えの声がかけられる。


「エルヴィム襲来の時期でも、泥棒を警戒しなくちゃいけないってのは哀しいねぇ」

「まったくだが、残念ながら人間というのは馬鹿なもので、全人類の危機って状況でも、我欲を満たすために泥棒は出てくるもんなんだよ」


 帰って来た衛士が、パトロールの結果報告書を書き記している隣で、出迎えをした衛士が、今度は自分が見回りに出発するための装備を整えていた。


 鎖かたびらを着込み、ショートソードを腰に差し、そして長い木製の棒を手に握る。


「じゃあ行ってくるよ」

「ああ、しっかりな」


 そう言われたものの、慣れた仕事である。気を緩めることはないが、気負いすぎることもなく、衛士は詰め所を出た。

 しかし、出た途端にその衛士は立ち止まり、身構えることになる。


「なんだ……?」


 呆けた声を、思わず漏らしてしまった。

 この衛士、レオナード・アロは、豊富な経験と武術の腕前で、衛士の中でも上位の実力を持った人材である。数日前の地下盗品倉庫の摘発や、神殿前の戦いにも参加して手柄をたてている。

 しかし、これまで何年も衛士の仕事を務めてきた彼をしても、今現在、詰め所の前に、堂々と立つ目の前の相手は、初めての種類の存在であった。


「…………」


 その相手は、無言のままにレオナードを見つめていた。

 正確には、見つめているかどうかは本人以外にはわからなかった。なぜなら、その人物は布を顔に撒いて顔を隠していたからだ。目の部分も布に穴が開いているだけで、どこを見ているかは外からでは判断できなかった。


「……随分と、念入りな格好をしてるじゃないか」


 レオナードが言った通り、詰め所の前に立つ人物の格好は、町中においては相当に奇抜であった。


 布に覆われた顔の上には、鶏冠(とさか)のような毛の飾りをつけた、金属の兜が被さっていた。金属と言っても、その正体はわからない。黄金のように輝き、僅かに紅色を帯びている。そのような金属は、熟練の衛士の知識には無かった。


(夜の中でも眩しいくらいだ。一体なんなんだこいつ)


 胴体にも、同じ輝きを放つ鎧を着込んでいた。燃え立つ炎のような胸当てに、そびえたつ巨木のように、揺るぎなき脛当て。衛士の剣で斬りつけても、傷一つつけられそうになかった。

 また、鎧をつけていない部分も、革製の衣服で包まれ、肌を露出している部分はない。


(あの革はおそらく魔物のもの……並みの武器じゃ歯が立たないぞ……。しかし、魔物の革の服なんて、ゾシウでしかつくられていないうえに、かなりの値段になるはずだが)


 一体、覆面の下の正体は、いかなる人物なのか。想像もつかない。


(だが、何よりとんでもねえのは、この武器よ)


 右手には、太く長く、巨大な槍。見ただけで、相当な重量であるとわかる。柄は木製のようだが、鋼鉄よりも強靭に思えるほど、重厚な圧力が感じ取れた。

 そして肝心の槍の穂先は、ルビーの如き真紅の金属でつくられ、夜の闇さえ貫きそうなほどに鋭く、光り輝いている。


(こんな立派な槍見たことねえ……。ジェイン様の槍より凄いぞ)


 ジェインの槍は、カシゥムの鍛冶師がつくった業物である。それを超える槍を作れるところなど、レオナードの知る限りではないはずであった。


(一体、どこの職人がつくったんだ……?)


 見れば見るほど、謎だらけの相手であった。だが、武装だけで只者でないことだけは、確実である。

 そんな人物が、どうしてこんな時間に、こんなところに立っているのか。


「……何者だ。何をしに来た」


 月並みな言葉であったが、レオナードの心からの言葉であった。


「…………」


 果たして、相手は無言のまま、槍を持つ手を動かし、穂先を衛士へと向けた。


「答える気はないと?」


 レオナードは棒を構える。その構えは堂に入ったもので、素人の強盗くらいなら十人がかりでも叩き伏せられるものであった。

 だが、


(こいつ……やばいぞ。強いのか弱いのかもわからん)


 長年戦ってきた経験から、相手の強弱くらいは、構えを見ただけで測れる自信があった。だが、今相対している相手の強さがわからない。

 その理由は、


(俺ごときじゃ、推し量ることもできないくらいに、次元が違う相手だってことだ!)


 ゾシウ最強の槍使いであると言われる、ジェインでさえこれほどではない。

 まともに戦ったのでは、勝てない。レオナードの背中を、冷や汗が流れ落ちる。


「けどよ……」


 額にも汗が浮かび、頬を伝い、顎にまで流れて、雫となって落ちた。

 その瞬間、


「「『マチルガ』‼」」


 槍持つ謎の覆面に向かい、左右から『(あか)(やじり)』が放たれた。

()(たま)』と『(ほのお)(やり)』の中間の威力を持つ火魔術だ。その名の通り、矢の先の形をした、尖った炎の弾を放つ術である。『焔の槍』には劣るが、弓矢ほどの速さがあり、並みの鎧であれば貫いてしまう。


(よしっ!)


 相対していたレオナードが、ニヤリと笑みを浮かべる。

 鎧姿の不審人物を目にした直後、相手には見えないように手を背中に回して動かし、詰め所の中の衛士仲間に合図を送っていたのだ。

 衛士仲間たちは、裏口から外に出て身を隠し、謎の槍使いに攻撃する機を伺っていたというわけだ。


「やったか⁉」


 レオナードから見て、右から放たれた火魔術は槍使いの頭部に。

 左から放たれた火魔術は、鎧に守られていない太腿に命中した。


 たとえ兜が貫けずとも、脳に衝撃が浸透すれば立つこともままならなくなる。また、爆音によって、耳にもダメージを与えることができる。

 そして、足を傷つければ、機動力が大幅に下がる。無駄のない見事な攻撃であると言えた。

 警告も抜きに、高い殺傷力を伴う攻撃をするのは、ただの不審者相手には過剰とも思える。だが、衛士たちも素人ではない。この不可思議な武装をまとう、異様な人物相手には、これが『最善』であると判断したのだ。

 しかし、


「ううっ……?」


 レオナードはぞっとして後ずさった。

 槍使いが、平然と動き出したからだ。兜には、穴どころか焼け焦げ一つなかった。足の方は、皮に穴が開いているが、動きに差し障りはなさそうである。


「…………」


 たとえ、『最善の行動』をとったからと言って、『最良の結果』に繋がる保証はない。

 無言で歩いてくる相手に、レオナードは回れ右して逃げ出したくなる思いを抑え、棒を構えた。


「『シラノス』!」


 棒が氷魔術によって、白く染まる。冷気で固めて、棒の強度を上げたのだ。木の棒であっても、鉄製の棒に勝る頑丈さを付与できる。更にこの棒で撃ち込まれると、たとえ鎧を着ていても冷気で体温を奪われ、凍えて動きづらくなる。

 地味ながら、敵の動きを悪くするという、中々効果的な術なのだ。

 更に、


「「『ビュービート』‼」」


 左右の衛士たちが、今度は風魔術によって槍使いを攻撃した。攻撃といっても、今度放ったのは破壊力のある魔術ではない。『風縄(かぜなわ)』と名付けられた、捕縛用の魔術である。

 その名の通り、風が対象にまとわりつき、対象の行動を縛り付ける。泥棒など相手には重宝する技である。二人がかりでかけられた『風縄(かぜなわ)』なら、一流の騎士であろうと逃れることはできない。


「くらいなっ!」


 ゆえに、レオナードは勝利を疑わなかった。完璧に『風縄』がかかっているのだから、抵抗のしようのない相手を、一方的に打ちすえることが可能であるのだと。

 けれども、


「…………ッ‼」


 その瞬間、レオナードは槍使いの体が、数倍に膨れ上がったような錯覚に陥った。


 爆発したような音が弾け、気がついた時には、レオナードの体は宙に舞い上がっていた。


(なん、だ? 何が起こった?)


 手にしていた氷の棒は砕け散って、欠片は周囲に撒き散らされ、キラキラと輝いている。


「がはっ!」


 呆然としている間に、レオナードの身は地に落下していた。墜落(ついらく)の痛みに呻いたが、すぐに痛がっている場合ではないと、無理矢理に身を起こす。


「おい、どうなっている!」

「何の騒ぎだ!」


 同時に、音を聞きつけたのか、詰め所から、まだ中にいた事情を知らない衛士たちが出てくる。

 彼らに説明がされるよりも先に、


「……お、おい、何をする気だ⁉」


 鎧を着込んだ謎の人物が、赤く輝く穂先の槍を逆手に持ち、大きく振り上げた。

 その体勢を一目見て、レオナードは相手が何をしようとしているのかわかった。


 槍を投げようとしているのだ。


 標的は、レオナードの背後にある衛士の詰め所。


「や、や、やめろぉぉぉぉぉっ‼」


 レオナードは絶叫した。それがもたらす結果は全くわからなかったが、動物的な勘とも言うべきもので、恐ろしいことになると悟ったためだ。

 だが、そんな声で槍使いは止まらない。槍使いの左右にいた衛士仲間は、いつの間にか気を失ったらしく、地に倒れ伏していた。

 先ほど、レオナードが吹き飛ばされている間に、彼らもやられてしまったのだろうか。


「…………ハァッ!」


 かくて槍は投げられた。

 その槍は、光となったかのごとく、凄まじい力の奔流をたなびかせながら発射され、三階建ての詰め所の、正門の真上に命中した。

 直後、激しい閃光が迸り、建物を飲み込む。豪風が吹き荒れ、出て来たばかりの衛士たちを紙くずのように転がした。

 圧し折れ、捩じり砕け、崩れ落ちる音が怒涛のように響き渡る。

 音と光の津波に吹き飛ばされそうになりながら、レオナードは何とか意識を保っていた。


「う……ああ…………」


 光が消え、元の夜の闇が戻ったとき、詰め所は既に存在しておらず、ただ砕けたかつての詰め所の『跡』のみが残っていた。



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