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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第二章:英雄武装
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2-13:迷惑な話



 自分を見据える真美の、自分の部屋で変な虫が飛んでいるのを見つけたような、嫌そうな表情を見返しながら、公一は彼女について考えていた。


(正式な、僕と同じ世界から来た勇者……)


 晩餐会では、何も喋らず、料理を口にしていただけであった。

 誰にも話しかけず、交流を求めず、食事を終えたらさっさと会場を立ち去ってしまった。


(ナピは『お水のおかわりを注いだ時も、目を向けてもくれませんでした』って、しょんぼりしていたけど……」


 ほんの数秒見つめ合った後、先に動き出したのは竜ヶ島真美の方だった。ズンズンと無遠慮に公一へと歩み寄り、


「何見てるのよ」


 不機嫌そうに言い放った。


「えぇ……」


 難癖をつけるチンピラそのものの態度に、公一は困った。仮にも勇者の態度ではないのは勿論として、年頃の女子がして相応しいものとも思えない。


「遅っ、質問にはさっさと答えなさいよ。私を何だと思ってるの?」


 怒りのボルテージを上げていく様子の真美に対し、公一もジワジワと嫌な気分になっていく。

 せっかく同じ世界の、しかも同じ国の人間に会えたというのに、これはあんまりだ。

 まるでギモージア神殿長のような上から目線で、権力を笠に着た態度。失望と恥ずかしさを抱かざるを得ない。


(でも問題を起こすわけにもいかないよな。ジェインが困るだろうし)


 私情は押し殺し、公一は声に不快な内心を込めないように、少々努力したうえで謝罪した。


「……いえ、申し訳ありません。ただ、人がいたので目を向けてしまっただけです。他意はありません」

「ふんっ、わざとじゃない。悪気はないって? そっちがどう思っていようと関係ないわ。私が気に障ったということが問題なのよ」


 大人しく頭を下げた公一であったが、真美は納得しなかった。


「ここの領主の……なんて名前だっけ……まあいいわ。アイツに言って、あんたをクビにしてやろうかしら」

「それは……」


 ジェインを巻き込むようなことを言いだした真美に、公一は若干焦りを覚える。しかし、真美は公一の抗議を遮るように、言葉を並べ続けた。


「いや……いっそ領主ごとやっちゃった方がいいかしら。カシゥムの屋敷もつまんないとこだったけど、下には下があるというか。部屋は狭いわ、使用人は少ないわ。世界を救う勇者に対して無礼じゃないの? 王様とかに言ったら、この領の取り潰しとかできるのかしら?」

「なっ!」


 洒落にならない話であった。

 彼女がどこまで本気かわからないが、元々がダーリング家を取り潰したくて仕方のない中央王家である。勇者からクレームがあれば、それが本気であろうとなかろうと、良い口実ができて幸いとばかりに実行に移してもおかしくない。


「待ってください! 僕の不手際であれば、僕だけにとどめてください! この家に迷惑をかけるのだけはどうか……」

「……迷惑?」


 公一は咄嗟に訴え、真美の気を変えようとしたが、逆に彼女の視線は厳しくなった。


「何が迷惑よ。こんなのの何が悪いっていうの? 使用人風情が……」


 黒髪の少女が拳を握り込む。若干俯き、肩を震わせている様子を見て、公一は何か不味いことを口にしたようだと悟った。


「あんただけにとどめろって言うなら……いいわ。その通りにしてあげようじゃない」


 そう言いながら、俯いた顔が上げられた時、女勇者の顔に浮かんでいたのは笑顔であった。無論、公一がそれで安堵することはなく、むしろ怒りを浮かべていた方がまだ恐ろしくはなかったと思えた。


「私、明日の朝には東の森で、魔物狩りするっていうのは知ってるわよね?」

「え? ええそれは……」


 なら話は早いと、真美は頷き、


「あんたも来なさい」

「……え?」


 話の論理が見えず、既に困惑していた公一は更に困惑を深める。


「だ~か~らっ、あんたも魔物狩りについてくるのよ! 荷物持ちや雑用くらいはできるでしょうから、その役で連れて行くようにオスカーに言っとくわ」

「で、でもなんで……?」


 そもそもが、ただ見ていただけで罰を受けると言う理不尽な話であるのだが、その罰の内容もまた理解の及ばないものであった。仕事を辞めさせるという話が、どうしてそうなる?

 すると真美は、ビシリと音がしそうな鋭い動きで、公一に指を突き付け


「はっ! そんなの決まっているでしょう? 私がやらされていることを、身をもって体験してもらうためよ。私のやっていることを、自分の身でもって知ってもらうためよ。魔物退治だとか、戦いだとか……そういう『迷惑』なものをね」


 なるほど、先に言った『迷惑』という言葉が、怒りの原因であったらしい。

 戦わなくてはいけないという勇者の役目、それを彼女は酷く『迷惑』に感じていたということだ。

 迷惑と感じるのはわかるが、しかし、それで公一に当たり散らすのは筋が通らない話である。それでも怒りに満ちた者に、理屈を求めても詮無い事である。


「ああ勿論、魔物から守ってあげたりはしないから、せいぜい頑張って生き延びることね」


 見殺しにするとはっきり言うと、真美は踵を返し、公一に背を向ける。

 話は終わりということらしい。公一の意見を聞く気はなく、自分の要望は全て通ることは確定しているというわけだ。

 公一は、真美の身勝手な物言いに腹立たしくなったが、


(けど抵抗して、またジェインやオギト領に矛先が向いたら……)


 そう思うと、文句が口から出てこなかった。

 ギモージアの時のように、ナピレテプが連れ去られるわけではなく、災難が降りかかるのは自分にだけだ。それに、真美の考えとは違い、公一には東の森に入っても戦う力がある。

 ゆえに、必死で抗うほどのこととは思わなかった。自分で何とかできることなのだから。


(でも……とんだことではあるなぁ)


 もう廊下の曲がり角を回り、姿が見えなくなった真美。この世界では自分以外にはたった六人しかいない、ウラヌギアの人間との交流が、いきなり壊滅的な結果になってしまったことに、公一は項垂れるのだった。


   ◆


 そこは、冷たく、甲高い風の音が吹きすさんでいた。

 潤いの無い、乾いた空気は、そこに立つだけで生きとし生けるものから、生気を吸い取ってしまいそうであった。

 実際には、そこに入ったあらゆる生命は、もっと直接的にその命を落とすことになるであろうが。


「ふぅん……新しくやって来た邪魔者が、動きを見せるか……フゥゥゥゥゥ」


 その呟きは、けだるく、憂いを帯びたものであった。木の葉を枯らす北風のような、寒々しい息をつきながら、古びた椅子に身を預けている。

 声にした内容にさえ、さほどの興味を持ってはいない。ただ、事実を口にしただけだ。


「は……ゾシウの東の森に向かうようです」


 けだるげな声に答えたのは、老婆のようにしわがれ、聞き取りづらい声。

 うやうやしく説明を述べたしわがれた声に対し、立場が上にあるらしい、けだるげな声の主は、虚空を見つめながら思考し、


「ふぅん……あそこか。フゥゥゥゥゥ……。あそこなら、丁度いい。モルガが動いていたはずだ」


 ぼんやりとした様子で、命令を下す。


「コチエ……モルガに迎え撃つように言ってこい」

「は……しかしよろしいのですか? モルガには、本来の仕事があるのでは?」


 コチエと呼ばれた、しわがれた声の主は疑問を口にした。


「かまわない。仕事が上手く行こうが、しくじろうが……代わりを送ればいいだけのこと。ああ、それと……お前はモルガの戦いを見て、報告しろ。モルガが……どのように殺されたかを……詳しくなぁ。フゥゥゥゥゥゥ」

「は……。モルガが、敗れるだろうと予想を?」

「まぁねぇ。フゥゥゥ…………」


 配下の者が死ぬことを予見しながら、けだるげな声の主は、部下を助けようとは全く思っていなかった。部下の死にも生にも興味はなく、ただ、部下を殺す者に対して、少しは情報を求めていたが、結局はそれさえ、大したことではない。

 なくても困らないが、一応手に入るから手に入れておこうという程度の思いであり、その程度の思いのために、部下を死に追いやって、罪悪感を抱えることもない。

 周囲に吹き流れる風と同じように、どこまでも乾ききっていた。


「モルガ程度でどうにかなるようなら……フゥゥゥゥゥ……とっくに我々は世界を滅ぼしているよ。けど、今回はこれまでとは違う」


 そのとき、けだるげな声が変化した。微かな曇りもない、氷の刃のように、硬く鋭く、決して曲がらない意志を持って、言葉が放たれる。


「今回こそは、完璧に行う。我らの『王』の降臨を。憎んでも恨んでも飽き足らぬ世界を、此度こそは、血の一滴も残さず、虚空に吹き散らしてくれよう……」


 声の主の感情に呼応し、風たちが激しさを増す。

 天を切り裂いて、血の雨を降らさんと。大地を捲り上げて、微塵に砕かんがために。

 もっとも、『ここ』には天も地もなく、破壊するような物質などない。否、一つだけあるにはある。


「で、では、(それがし)はモルガのもとに! 後ほど、お目にかかりましょう!」


 コチエは慌てた様子で、その場を後にした。無理もない。この場にもう十秒も残っていれば、彼も自らの主によって滅ぼされていただろう。特に意味もなく、そこに運悪くいたために、主の気分の巻き添えになって。

 たとえそれで滅びたところで、主は気も留めないであろうし、コチエの名前さえも容易く忘れ去ってしまうだろう。命令は誰か他の者に受け継がれるか、あるいは取りやめになるか。いずれにせよ、大したことにはなりえない。

 何もかも、ただ一つのことを除き、全ての事象は無意味――否、有害でさえあるのだ。


「……急ぐこともなかろう。どうせ、全ては滅ぼす。時間さえもなぁ」


 その空間――『影の世界(シャドウランド)』を統べる『将』は、ただ一つ興味を持つ事柄について、思いを巡らせて楽しむ。


 彼にとって、『滅び』のみが憂いを拭い去る、爽やかな風のようなものであった。



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