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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第二章:英雄武装
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2-11:晩餐会



 晩餐会は、大方の予想通り、重苦しい空気を漂わせながら進行していた。


 この日、ザライ・カルマンがつくったメニューは次の通り。


 カブとグシャラ芋とユガ豆のポタージュ。

 オギト淡水海老とレタスのサラダ。

 フエリア風ソーセージとサラミの前菜。

 ノックバスの香草焼き。

 牛のステーキ・ゾシウ味噌ソース。

 季節外れのフルーツタルト。

 飲み物は果物ジュースか、自家製ワイン。


 痩せた土地でもよく収穫できるグシャラ芋と、川辺にいくらでも生えているユガ豆を、しっかりと裏ごしした滑らかなポタージュ。

 蒸した小海老を散らしたサラダには、公一たちの世界でいうマヨネーズを使ったドレッシングがかかっている。

 続いて、首都フエリアでも最高級のソーセージとサラミを残らず奮発した。

 魚料理に使ったノックバスは、ノック川で獲れる魚で、泥臭いために食用とは見られていない。しかし泥を抜いたうえで、香草と共に焦げる寸前まで焼くことで、泥臭さは上書きされ、歯ごたえのいい硬めの魚肉が、酒に良くあう逸品となる。

 メインのステーキにかけられたゾシウ味噌は、五百年前に異世界から来た勇者が好んだという、豆を発酵させた調味料である。癖があるので好みの別れるソースであるため、高級レストランなどでは使われないソースだが、今回は異世界の勇者がゲストということで、敢えて使った。

 最後にデザートであるフルーツタルトは、エレが『豊穣』の権能によって、本来実る時期ではない果物を実らせたもの。珍しいうえに極上の味が込められた、『神の食材』である。

 エレ曰く、『供物の返礼』である。


 現代日本人である公一からしても、大変に美味しい料理であった。親戚の結婚式などで口にしたコース料理などより、ずっと良質のものであると断言できる。

 しかし、カシゥムの騎士たちはただ黙々と、料理を口に運ぶだけで、感想一つ声に出さず、表情を変えることもなかった。

 公一たちも、メイド姉妹や老執事と共に壁際に立っている。時折空いたグラスに飲み物を注ぎ足すといったことをしているが、それで文句を言われることも、感謝されることもなかった。

 ちなみに公一の今の服は、下男の安い服ではなく、ちゃんとした執事服である。丈があうのを、服屋で借りたのだ。買うのではなく、借りるのがダーリング家の懐事情の哀しさである。


(お金持ちのカシゥムでは、もっと美味しい料理を食べ飽きているのかな……)


 ザライを始め、公一たちも準備を手伝った晩餐会だ。

 いくら仲の悪い相手とはいえ、全く喜んでくれないというのは辛い。


(せっかく、ジェインも綺麗に着飾ったのに)


 ドレスをまとった若き女領主に視線を向け、公一は心から残念に思う。


 今のジェインは美しかった。


 普段の姿も無論、物語の女騎士が、そのまま実体化したような凛々しい美しさを誇っているジェインだが、今の姿は方向性が違う。

 いつもは後頭部で束ねている赤い長髪を解き、櫛で漉いて滑らかに仕上げ、身にまとうのは通常の男性用の赤いコートではなく、純白のレースを使ったドレス。

 ダーリング邸の倉庫部屋に残った、なけなしのアクセサリーを身に着け、白いハイヒールを履いていた。

 ナナによって施された薄い化粧は、ほどよくジェインを引き立てている。


 清らかな天使か、淑やかな女神か。


 初めて見た公一が浮かべたのは、そんな陳腐な感想であった。

 実際に、天使も女神も目にしてきた身として、ジェインの容姿は女神にも劣らないと保証できる。

 なぜかジェイン自身は自分の美に自信が無いようであったので、公一は素直に心からの言葉で、ジェインが見惚れるほどに綺麗であることを訴えたが、なぜか殴りかかられそうになった。


(なぜ……?)


 前にも似たようなことがあったが、今回もやはりジェインの怒った理由がわからなかった。ナピレテプもエレも首を傾げていたが、ナナだけは氷の(かんばせ)を崩し、呆れと疲れを混在させた表情を浮かべていた。顔を真っ赤にして暴れるジェインを、巧みに取り押さえながら。

 理由は聞いても『聞かないでください』の一点張りであったが。


(けど、カシゥムの誰も、ジェインの方を見ないんだよなぁ)


 よほど敵愾心が強いのだろうか。ジェインが晩餐会を始める前に、挨拶を行った時も、騎士たちはジェインの方を見ることなく、視線を逸らすか、俯くかしていた。

 勇者の真美も、どうでもよさそうに頬杖をつき、挨拶を聞き流していた。

 彼らの態度は、招待客として、失礼千万なものであるが、ジェインたちは仕方ないと割り切っているようだった。

 今は、ジェインも無言で食事をしている。最初のうちは、社交辞令や世間話を口にしていたのだが、相手の反応が鈍く、会話が弾まないので諦めたようだ。


(勇者の方も……)


 腹を立てているような表情で、料理を乱暴に口に運ぶだけだ。

 隣に座っているオスカーも、全く喋らない。彼の最初の印象からすると、ここぞとばかりに今回の料理を悪し様に言うものかと、身構えていたのだが。

 ただ、何かに耐えるような表情で食べるだけ。二人とも、まずいのを我慢して食べているのだろうか?


(それはそれで、面白くないけれど、歓迎の料理を馬鹿にするほど嫌な奴じゃなかったのかな?)


 そんな配慮をするようにも見えなかったがと、公一は疑問に思う。

 けれど、より大きな疑問が、公一の中で渦巻いていた。


(それにしても……僕以外に日本人が召喚されていたなんて)


 聞いたところによると、勇者の人数は一度に六人。

 世界中の人間の中から、六人中二人も日本人が選ばれるとは思わなかった。


(もっとも、どういう基準で勇者を選んでいるかは知らないけれど)


 ナピレテプも知らない、勇者の基準。


 世界を救うための戦いなら、もっと武術とか運動能力とか、戦いに役立つ力を持つ者を選ぶべきであろうに、喧嘩もろくにしたことのない公一が選ばれたのはなぜか?

 戦争もなく、徴兵制もない、日本人が選ばれたのはなぜか?

 人生経験にも乏しい、高校生が選ばれたのはなぜか?


 軍人なり傭兵なり、優れた者は他に幾らでもいるだろうに。


 人間相手の戦いの知識など、エルヴィムという異形との戦いにはむしろ邪魔だという考え方もあるが、やはり戦いに対する心構えがちゃんとできている者を呼ぶべきであろう。


(真美っていう娘は……あまりこの境遇に、納得できているようには見えないし)


 ずっと不機嫌そうに、周囲に噛みついている少女の姿は、『覚悟を決めた戦士』という言葉からイメージされる、落ち着いた雰囲気からはほど遠かった。


「……ごちそうさまっ」


 真美はデザートを食べ終えると、叩き付けるように食器を置いた。ナプキンで口を拭くと、彼女は席を立つ。


「あっ、勇者様!」

「食べたから、部屋に戻るわ」


 オスカーは、まだ皿の上に残っている果物のタルトをちらりと見た後、スプーンを置き、真美の後を追って立ち上がる。

 側付きである以上、勇者が部屋に戻るなら、彼も戻らなくてはいけない。常に近くにいて、勇者を守り、補佐することが彼の役目だからだ。


「その……勇者様は料理がお気に召さなかったのでしょうか?」


 勇者の様子がさすがに気にかかり、ジェインがルシアに向けて尋ねると、ルシアは視線を泳がせ、


「真美様はこちらの味付けが口に合わないようで……カシゥムでも、あまり好んで食事はなさらないのです」


 重い口を開いて答えた。


「勇者様は、戦闘訓練などは行うのですが、それ以外に誰かと話すこともなく……オスカーも側付きとは言っても、小間使いのようなもので、補佐役というほど信頼は得られておらず、あまり打ち解けられないでいるのです。お恥ずかしい話ですが」


 ルシアの答えを引き継ぐように、ローザがカシゥムの勇者の実情を明かした。


「そうだったのですか……。ですが、全くの異郷からやって来たのですから、すぐに慣れなくても仕方ないでしょう。きっとそのうち、信頼を預けてくれますよ」

「…………そうでしょうか?」


 ジェインの励ましに、ルシアは懐疑的な言葉で応じた。そのルシアの態度に、ジェインが戸惑っていると、


「ああ、そういえば、聞きたいことがあったのです」


 ローザが横から声をかけた。


「先日……ゾシウの方角から二度にわたって、光の柱が天に昇るのが目撃されました。遠くカシゥムのアーケオンからも、見ることができるほどに巨大な柱……あれについて、わかることがあれば教えていただきたいのです」


 その問いが耳に入った公一はドキリとする。

 あの『雷霆(ケラウノス)』の暴走によって引き起こされた『雷の竜巻』については、ジェインたちも全く理解できていない、謎の現象ということにしてしまっている。

 神殿前で、公一が『雷の竜巻』を起こし、そして鎮めたのを目撃したのは、ジェインたちだけで、兵士は町民の避難誘導のためにそこから離れていたから、何とかなったことだ。

 しかし、『雷の竜巻』自体は、多くの目撃者がいるため、なかったことにはできない。ゆえに、王国中央には『原因不明の自然現象』『雷雲の変種と推測される』と、報告を送ってある。


「……そのことについては、本当に何もわからないのです。我が領の上空に現れた下位エルヴィム(ゴート)の大群を薙ぎ払ってくれたところを見ると、ただの自然現象と言っていいのかどうか……。もしかしたら、これこそ神の奇跡なのかもしれませんね」


 ジェインは困惑顔で答える。中々の名演技であった。

 ルシアも全く疑うことなく、『まったく原因不明である』という言を信じ込む。


「奇跡ですか……。確かに、他に説明のつかないことではありますが」


 逆に、真実を教えた方が信じないだろう。

 何せ発端が、この世界を守護する女神ルル・エブレクニトの軽率な行為と失敗によるものである。信心深い人々に対し、そんなことを言って信じてくれるとは思えない。

 しかも、既に異世界の勇者は規定数である六人全員が召喚されている。ここで、公一もまた異世界からやってきたのだと言ったところで、下手をすれば人の心を惑わすためのエルヴィムの陰謀だと思われるだろう。

 信じてもらえないだけならまだしも、捕らえられ、エルヴィムとして処刑される可能性さえある。


 よって、本当のことを言うわけにはいかなかった。


「最も現象に近かったゾシウの方にもわからないのでは、仕方ありませんね」


 ローザも頷き、この話題を打ち切った。

『雷の竜巻』について調べるため、間諜を送り込んだという話であるが、思ったよりも関心は高いようだ。ゾシウを監視する役目を担う者たちとして、ゾシウの異常には敏感と見える。


 そして会話が途切れた後、新しい会話が生まれることは無く、晩餐会は終了した。


 ジェインがついたテーブル以外では、ほとんど会話もなかった食事会。


 問題というものは何もなかった。

 だが、友好もなかった。


 頑なに喋ることをしなかったカシゥムの騎士たちは、言葉一つ漏らすことさえ、自分たちに不利益なことに繋がるとでも、思っているかのようであった。

 それは、言葉がなくとも伝わる、強い意思表示であった。


『お前たちには近づかない』という、歩み寄りを拒否する態度。


 徹底的に干渉せず、干渉させず、何もなく、酷く空虚な時間。


 それは公一が、オギトとカシゥムの間にある壁を感じるには、充分な状況であった。



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