2-9:勇者来訪
ゾシウの門から、カシゥムからの『魔物退治部隊』にして『勇者親衛隊』の任にある精鋭部隊『三重騎士団』の姿が見えたのは、夕方手前になってのことだった。
(早いな。予定時間どおりだ。出発は早朝ということだったが)
出迎えの為に、門前で待っていたジェインは感心する。
いくら隣の領とは言え、カシゥム主都アーケオンからゾシウまでの距離はかなりある。そして乗り物は、いくら速いとはいえ馬は馬だ。そのことを考えれば、驚異的な速度であった。
(我々なら夜遅くになるだろう)
機動力で完敗していることを思い知り、ジェインとしては悔しく思う。オギトが軍で使っている馬は、この辺りの牧場で育てている普通の馬だ。
名馬を他所から買えるほどの金はないので、多くの装備は自前でなんとかやっている。
しかし。カシゥムは金とコネにものを言わせて、各地から最高の装備を取り寄せることができるのだ。
「羨ましい……!」
小声ではあったが、ついつい本音が漏れてしまった。
隣領でありながら、鉱物資源が豊富な大金持ちの領に嫉妬せずにはいられない貧乏領主である。
「はぁ……各員、配置に着け! 歓迎の態勢をとるぞ!」
若き領主の号令により、オギト領主軍の兵たちが道の両側に並ぶ。
勇者歓迎という理由をつけて、今は正門の利用を制限している。勇者一行以外のゾシウ入出は、別の門を通ってもらっており、今ここには通行人はいない。いるのはゾシウの兵たちだけだ。
兵たちと言っても、その数は五十人弱という、歓迎の意を示すには少々派手さにかけるものであった。
やってきたカシゥム兵の人数が百人ほどで、装備も何もかも立派なので、余計に見劣りがしてしまう。
迎え入れるのがカシゥム領主の側であれば、この十倍の人数を集め、楽器の演奏や花びらを振りまくなどといった演出も行うだろう。
しかし今のゾシウにそういったことに割ける人員はいない。
ゾシウ兵の総数は約二千人。城塞都市一つに二千人なら多いと言っていい人数だが、領主の持つ兵の総数としては大したものではない。
一方、カシゥムは約三万人の兵士を有している。カシゥムほど多くなくても、万単位の兵を抱える領は幾つもある。それに比べると、ダーリング家の軍は弱小とされても仕方がなかった。
しかも今は、その二千人を指揮する軍の高官たちを、イルテ国首都、中央はフエリアに派遣しているのだ。
理由は、ドナルレヴェンの全神殿を束ね、統括する『中央大神殿』に神殿再建を求めるためである。
結界を張りなおすためには、新たな神殿長を派遣してもらい、結界の儀式を行ってもらわなくてはならない。いつまでも悪徳神官どもに鞭打ってはいられない。限界が来る前に、何とか神殿を建て直さなくては。
その意志を示すため、オギトでもジェイン以外であれば最も高い地位、高い家柄にある、オギト軍の総隊長をフエリアに向かわせている。多くの部隊長も共にだ。ゆえに現在のゾシウは上位に立つ人材がほとんど出払っている。そのため、本当に余裕というものがないのだ。
一つ間違えれば、今までの無理が祟って土台まで一気に瓦解し、建て直すことはできなくなる。
現状の結界が維持できなくなっても。
神殿再建の許可が遅れても。
予算が枯渇しても。
現状の結界では防ぎきれない魔物が出現しても。
問題を抱えた都市に、商人が不安を覚えて来ようとしなくなっても。
カシゥムからの部隊との間に、何らかの問題を起こしても。
問題の処理能力が限界を超えた時、オギト領とダーリング家は、歴史書の文章にのみ存在することになるだろう。
もっとも、人類の文明を五百年ごとに破壊する災厄が訪れる、このドナルレヴェンにおいて、歴史書に残ることさえ保証はできないが。
「オギトの存亡はこの一戦にあり、だ!」
ジェインの言葉は、全く何一つ間違いはない。
現在、オギトを取り巻くすべてが敵で、すべてが戦いである。
打ち勝たなければならない。
兵士たちも、ジェインの戦いにかける強い覚悟を感じ取り、身と心を引き締めて立ち並び、直立不動となる。
そして、居並ぶオギト兵に混ざり、公一とエレがいた。二人も鎧を着て、兵士の格好になっているが、要は人数の水増しの為である。
ナピは流石に兵士には見られないとして、ダーリング邸で宿泊準備の仕上げをしている。
『コ、コーイチさん。そちらはどうですか?』
しかし、ナピレテプの『伝令』の力を持ってすれば、離れていても会話可能だ。電話や無線のないこの世界において、大変な便利さである。
『今、カシゥムの人たちが来たところだよ。そっちは?』
『ザライさんが、す、凄く頑張っています! 土魔術を駆使して、な、何本もの包丁で材料を刻んだり、鍋をかき回したり、味付けしたり……と、とにかく百人分の料理があっという間にできていっています! み、見てください!』
ナピレテプは、自分の見ている情景を、公一の脳に送り込む。言葉以上の情報を脳に注ぎ込むのは、脳に負担がかかるので、ほんの数秒だけである。
『うっわぁ……ファンタジーというよりメルヘンって感じだ……』
老執事を中心に、食材や調理用具が台所を飛び交い、手を触れずして次々と料理がつくられていく。固体を動かす土魔術の達人であるからこそ、できることだ。
勇者と三重騎士団は、出発してから簡素な食事しかとっていない。そこで、ダーリング邸について少し落ち着いた後、晩餐会を予定になっているのだ。
『ザ、ザライさんの料理は美味しいですから、きっと喜んでもらえますね!』
ナピレテプは無邪気に言うが、公一は心配だった。
確かにザライの料理は美味であるが、あくまで家庭料理である。豪華な宮廷料理には、さすがに敵わない。
(豊かなカシゥムの騎士たちの、肥えているだろう口にあうといいけど……)
公一が心配しているうちに、勇者一行の最初の一騎が、道の中央に立つ、ジェインに近づいていた。
「カシゥム領、特別選抜隊『三重騎士団』隊長、ルシア・ゼラ・ランフォリンクスである! 此度は、勇者様の訓練に協力していただき、まことに感謝いたす!」
赤い角を持った名馬の上から、戦斧槍を手に構えながら、金髪の女騎士が声を張り上げる。
言葉はジェインに礼を言っているが、馬から降りもしないその態度、その表情、声の響きは、友好的なものではなかった。
「オギト領領主にしてゾシウ都市長、ジェイン・ダーリング・ユス・オギトです。こちらこそ、勇者様に協力できることは光栄の極み。心より歓迎いたします」
言葉を返すジェインの方も、まるで剣の立ち合いをするかのように、油断なく、隙を見せず、殺気に近い空気をまとって対応していた。
それを見ている公一の心臓が暴れ、呼吸が苦しくなるほどの緊張感が漂う。
「ええ。それでは、私たちカシゥムの大神殿に降臨なされた、『異世界の勇者様』との謁見を認めます」
ルシアは背後に静止している、宝箱のように美しい馬車に向けて、手ぶりで合図をする。
御者が頷き、降りるための階段の用意をする。しばしの時間が流れ、準備ができると、
「勇者様。お願いいたします」
馬車のドアが開かれ、まず現れたのはオレンジ髪の男だった。『三重騎士団』の他の団員たちが、黒を基調とした鎧を身に着けているのに対し、彼は赤いコートを羽織り、白いシャツと黒ズボン、蝶ネクタイや革靴を身に着けている。アクセサリーも煌びやかで、これから舞踏会に参加しようとでも言うかのようだ。
ただ一点、腰のベルトにつけた剣だけが、騎士らしさを保っていたが、どうにも魔物退治に行く格好には見えなかった。
「どうぞ勇者様。このオスカーめの手を」
オレンジ髪の若い騎士は、馬車にまだ乗っている者へと、気取ったポーズで手を差し出す。
しかし、
「いらない。ていうか、邪魔っ。どいて」
にべもなく拒否され、慌てた様子で馬車を降りる。
そして、次に『勇者』が降りて来た時、公一の目に入ったのは、衣服であった。
(……あれは、ブレザー?)
勇者の着ている衣服。それは校章つきの学生服に違いなかった。背丈からしても、公一と同じくらいの年齢に違いない。
(スカート……女の子……まさか、日本人?)
地面に降りた少女は、肩まで伸ばした黒い髪をなびかせて、ジェインの方に顔を向ける。
その顔は、公一からしてもテレビで見るアイドルにも勝る、整った顔立ちであった。だが、ジェインに対しての視線はきつく、睨むような、挑むような、不穏な気配を帯びていた。
唇を引き結んだまま、黙って立っているだけで、喋ろうとする様子を見せない女勇者に代わって、ルシアが勇者のことを紹介する。
「……この方が、リューガシマ……マミ様。この世界を救わんがため、異世界よりこのドナルレヴェンに降り立ちし、救国の勇者です」
リューガシマ・マミ。その名前の響きから公一は、初めて出会った自分以外にこの異世界を訪れた同郷の人間が、日本人であることを確信した。
「……竜ヶ島真美、よ。変な発音はよして」
ルシアの紹介が気に入らなかったのか、少女は苛立たし気に言う。
「こ、これは、勇者様、お初にお目にかかります。私はジェイン・ダーリング……」
「あ、別にいいっ。貴方の名前なんて知っても仕方ないし」
ジェインの自己紹介を遮り、言いたいことを並べたてる。
「貴方たちが、私の協力者で、森を案内するって話だけど、足手まといが増えるのはごめんだから。余計なことしないでホテル代わりになってくれてればいいわ。戦うのはこっちで勝手にするから、勝手にしゃしゃり出ないでよ? そういうことで」
真美は踵を返して馬車の中に戻って行こうとする。
「あっ、そのっ、お待ちください勇者様っ」
「嫌っ! 用があったら、まとめてロイドに言っといて」
ルシアが慌てて呼び止めるが、真美は先ほどのオレンジ髪の男を乱暴に指差し、さっさと馬車内に姿を消してしまった。
「……ちっ」
言うことを全く聞いてもらえなかったルシアは、周囲には気づかれないような小さな声を漏らした。一瞬、彼女の表情が怒りに歪むも、それに気づいた者はない。誰もが、ルシアではなく、勇者の入った馬車の方を見ていたからだ。
そのうちの一人であるジェインに、ルシアは鋭い声を飛ばした。
「ダーリング卿。勇者様にも予定は伝わっていますので、このまま予定通りに進めてください」
「しかし……いいのですか?」
「ええ、構いません。あと、先ほどの勇者様のお言葉通り、勇者様に用あれば、彼を通してください」
ルシアの言葉に、先ほど真美からロイドと呼ばれたオレンジ髪の男が、にやつきながら胸を張る。
「初めまして。私はオスカー・ロイド・ズンガリィ。勇者様の側付きという任を、仰せつかっております」
気取った仕草を取る男の名乗りに、ジェインは眉をピクリと上げた。
「ロイド……カシゥム貴族五指に入る名家。ロイド家の?」
「おや、オギトの領主様にまで我が家の名前が知られているとは、これは光栄ですなぁ。いかにも、そのロイド家の者ですとも」
光栄と言いながらも、オスカー・ロイドの態度には『喜び』や『慎み』の文字はなく、むしろジェインを侮るような笑みを絶やさなかった。
「勇者様に物申すと言うなら、まず私を通してもらいましょう。私が、それを勇者様に伝えるか判断してからでなければ、取次はできません。何せ勇者様は、この世界を救ってくださる大事なお方ですからなぁ」
オスカーは、野良猫がカナリアを前にして、舌なめずりをするような笑みのまま、
「悪意からはお守りせねばなりません。したがって、『信頼できない過去』を持つ方に許可を出すのは、少々難しくなりますが、ご理解を頂きたい」
ジェインの一族を乏しめた。
「…………っ!」
公一がキッとオスカーを睨むと、隣のエレに、脇腹を肘で軽く突かれた。
「っ、エレさん?」
「落ち着け」
飛び出していかないか、心配されたらしい。確かに、神殿でギモージアに土を蹴りつけたように、公一はカッとなると自分でも思ってもみない大胆な行動に出ることがあるので、エレの心配はもっともなものであった。
「……すみません」
「皆、我慢しているようだ。お前もそうするといい」
エレの言葉に、近くに並んでいるゾシウ兵を見れば、皆硬い表情で、怒りを抑えているのがわかった。敬愛する主人を侮辱されれば、憤るのは当然だ。しかし、それを露わにすれば、むしろ若き女領主に迷惑がかかるために、我慢しているのだ。
「仮に、許可が下りずとも、逆恨みするようなことはしないでくださいよ? それでは」
一方オスカーは、ジェインの返事を聞くこともなく背を向けると、真美を追って、馬車に戻っていく。
周囲のカシゥムの騎士たちも、オスカーを咎めたてることはなく、何人かは同じような嘲笑を、ジェインに向けていた。
「……ダーリング卿、細かい打ち合わせは後にして、予定通り屋敷に行こうではありませんか」
険悪な空気の流れる場から移動しようと、ルシアは言う。ルシア・ゼラはあからさまにジェインを嘲ることは無いが、友好的でもなく、オスカーを責めることもなかった。
「いいでしょう。我が屋敷に案内します」
ジェインはこの程度のことは予測していたのだろう。顔色一つ変えることなく、兵士の一人が連れて来た白馬に跨り、屋敷へと向かってゆっくりと動き出した。
「総員、移動開始!」
ルシアが号令をかけ、『三重騎士団』がジェインの後について動き出す。
道の両側に並んでいたゾシウ兵たちは、『三重騎士団』の外側に位置し、彼らを囲むようにして歩き出した。ゾシウ兵よりもカシゥム兵の数の方が多いため、完全に囲むということはできないが。
(ギモージアほどじゃないけど……あまりいい感じじゃないな)
カシゥム兵たちに対して、公一は不愉快に思いながら、早足で歩く。
◆
――後に『魔槍事件』と呼ばれることになる一連の事柄が始まるのは、この日からであった。




