表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第二章:英雄武装
51/63

2-7:隣領からの手紙



 屋敷に帰った公一たちは、ジェインから感謝とねぎらいの言葉を受けた後、報告は後回しにするとして、今日届いたという手紙を見せられた。


「これは……カシゥムの紋章」


 ナナは一目見ただけで、どこからの手紙か理解した。

『翼を持つ黒竜』の紋章。それは、カシゥム家だけが使うことを許されたものであったから。

 しかし、公一たちには当然わからない。


「コーイチたちに説明するとだ。我らのオギトの隣の領。それがカシゥム領だ」


 ジェインは公一たちのために、カシゥム領の豊かさと強さを、羨みと妬みを織り交ぜながら、簡単に説明した後、


「そして、『異世界の勇者』が降臨し、滞在している地である」


 そう締めくくった。


「異世界の勇者……」


 公一と同じように、異世界から来た人間。

 正確には、公一より『正式』な勇者だ。神ゼウスと、女神ルル・エブレクニトから、ちゃんと説明を聞き、確かな『武器』と『加護』とを受け取った者。

 生き返るために、異世界を救うという取引に頷いた者。


「そう。カシゥムには勇者が降臨する『大神殿』がある。そして、大神殿を擁する領は、降臨した勇者の身のまわりの世話や保護、この世界についての教育などを、支援する立場になる。カシゥムはその一つということだ」


 そう説明するジェインの口ぶりと目つきは、少し羨ましそうであった。

 やや男勝りで勇ましい彼女にとって、救世の勇者という存在は、昔からの憧れなのだ。


「……ジェイン様。一応ではありますが、勇者は我々も擁しております」

「! ああ、そうだな! コーイチは我々の勇者だな!」


 ころりと明るい顔になって胸を張るジェインが、公一には何やら可愛らしく思えた。普段、快活であるが、同時に責任を背負った領主であることを忘れはしないジェイン・ダーリングが、まったく完全に、子供のような無邪気な様子になることは、実は珍しいことなのだ。

 ジェインは、公一の視線と温か気な微笑に気づき、顔を赤らめて、コホンと咳をしてみる。


「んっ、んんっ……そ、それでだな? 勇者に、戦い方を教えることも、カシゥム領の仕事の一つなわけだ。そして、今回その仕事のために、カシゥムでは勇者に実戦を経験させることにした……。魔物退治だ」


 それは勇者に限らず、兵士に経験を積ませるのによく用いられる手段である。

 訓練ではなく、本当に生きるか死ぬかの殺し合いともなれば、相手や状況を用意するのは簡単なことではない。

 ライオンや熊のような大型の野獣は、何の得にもならない殺し合いに付き合ってはくれない。人間の気配を感じても、空腹でなければ襲うことは少ない。大きな音や、火を振りかざすなどの威嚇をすれば、退散する。戦いになったとしても、自分の命を大切にしているため、敵が手強しと見ればさっさと逃げるので、死ぬまで行うような戦闘の相手には向かない。

 人間は余計に駄目だ。殺しても文句が出ないような相手となれば、賞金のかかっているような犯罪者くらいしかいないが、当然、簡単に見つけられるはずもない。そしてそのような犯罪をはたらく悪党は、獣よりもさらに臆病で慎重で、逃げ足が速い。


 そこで魔物である。

 本来の自然法則から外れた生き物。

 死体を解剖して調べても、そのままの状態で生きていられるわけのない生物。

 本能的に『魔』の力を使用することで、無理矢理生きている獣。


 伝説では、エルヴィムが正常な動物に手を加えて生まれたのが、魔物であるとも言われている。それは神話の中に、神が普通の動植物を創造した描写はあるものの、魔物のような生物を生み出した描写が見受けられないためである。

 しかし、この伝説はあまり信じられてはいない。

 なぜなら、世界を悉く滅ぼそうとするエルヴィムにとって、動物もまた滅ぼす対象であり、利用しようとするとは、考えにくいからだ。

 人間であれば、その心が憎悪に蝕まれることによって、エルヴィムと通じ合うこともあるが、心が人間ほどややこしくはない獣には、そこまでの憎悪は宿らない。

 従って、魔物はエルヴィムの手によるものではないと考えられている。


 現状、魔物がいかにして生まれたのかは謎であるが、魔物の生態については、長い時をかけて研究が進められている。

 何せ、五百年に一度の脅威であるエルヴィムに対し、魔物は四六時中存在する、極めて身近な脅威なのだ。研究しなければ、身を守ることもできない。


 魔物全般の共通点は、普通の動物よりも遥かに凶暴であるということだ。

 他の動物の持たない力を持っているせいなのか、魔物は多少の危険があっても逃げない。大勢の人間が相手でも、武器や火で脅しても、構わずに襲い掛かってくる。傷を負っても戦い続けるのだ。

 以前、公一たちと戦った針山の魔物(ピンクッション)も、『火の玉』を浴び、身を焼かれても最後まで戦いをやめなかった。どちらかが死ぬまで戦うのをやめないのが、魔物の習性なのである。


 その習性は、兵士に本気の実戦を積ませるには都合がいい。最後の最後まで戦うことができるためだ。

 しかも多種多様なため、様々な戦闘の経験が得られる。


 もちろん、問題点はある。

 最も根本的な問題は、適度な強さの魔物ならばいいが、強い魔物に出会ってしまえば、戦闘の経験などと言ってはいられないということだ。

 そして、大抵の魔物は一般人の尺度からすれば、並みの獣より遥かに強い。

 弱い範疇であるピンクッションであっても、十人がかりで戦うのが普通である。うねり大蛇(ツイスト・ボア)なら軍隊であっても足りない。

 適度な強さの魔物が望ましい。


「魔物退治というと、『犬鼠(ドッグラット)』あたりですか?」


 ナナが口にしたのは、実戦を積ませるうえで、狙い目にされている魔物だ。

 鼠を犬のような体型にした魔物で、カシゥム付近にも生息している。身体能力は並みの獣を大きく上回るものではないが、傷の治りが通常より速く、浅く傷つけた程度では、戦っている間に治ってしまう。

 ゆえに一撃で仕留めなければいけないが、そこがまた戦闘経験を積むという目的に持ってこいであるというので、よく獲物にされているのだ。

 しかし、その程度の魔物では、もはや相手にならないとカシゥム領からの手紙には書かれていた。


「カシゥム付近に生息する魔物は『鉄鱗蜥蜴(メタリック・リザード)』や『切り裂き蝙蝠(バット・ザ・リッパー)』だが……それでもまだ不足らしい」


 鉄鱗蜥蜴(メタリック・リザード)は、名の通り金属の鱗を持ち、並大抵の武器等寄せ付けない。その体長は、尾を含めなくても3メートル。尾を含めれば5メートルにはなる大トカゲ。

 切り裂き蝙蝠(バット・ザ・リッパー)は、翼を広げた大きさが1メートルになる蝙蝠で、異様な叫び声を放つことで物体を切り裂く『刃の声』を使う。

 どちらも、カシゥムに出現し、時に群れを成して、大きな被害をもたらす魔物だ。

 しかし、手紙によるとその程度では、勇者の敵にもならないらしく、より手強い相手をご所望ということだった。


「そこで、彼らはノック川を超えた、『東の森』に行きたい。我々にそれを手伝えと、こう言っているわけだ」

「馬鹿ですか彼らは」


 ナナが斬って捨てるがごとく、言い切った。


「東の森はうねり大蛇(ツイスト・ボア)以上の魔物が大量にいる危険地帯です。あそこの魔物は、人間が相手にすれば下位エルヴィム以上の危険度ですよ? いくらなんでも、戦闘訓練などという悠長なことができる場所ではありません」

「向こうはできると思ってるようだ。実際、コーイチの力を参考にすれば、できるかもしれないぞ?」


 そう言われて、ナナは公一に視線をあてて考え込み、数秒してから口を開いた。


「……なるほど。確かに勇者の力は、私の常識で測るべきではないでしょう。では次です。魔物退治を行うとして、向こうは我々に何を『要求』してきたのです?」


 カシゥムはオギトの西にある。東の森に行くには、オギトを通っていかなくてはいけない。通行許可を求めるのは当然だが、それだけではなかろうと、ナナは確信していた。

 予想通り、ジェインは表情を曇らせ、相手の『要求』を口にした。


「彼らの予定では、カシゥムを明日出発して、このゾシウに一泊してから東の森に向かう。だから宿泊の世話と、食べ物やその他物資の提供を求めてきた」

「ええっ? 今のゾシウで?」


 カシゥムの要望を聞き、それまで聞き役であった公一が思わず声をあげた。

 ゾシウは結界が破壊され、その対応に四苦八苦している。とても『勇者ご一行』を歓迎できる状況ではない。


「そうだ。酷い無茶を言ってくれるものだが、受けざるを得ない。何せ、『異世界の勇者』だ。『世界を救う希望』を拒否するわけにはいかない」


 世界を滅ぼす災厄に、唯一対抗できる勇者。その力を育てる協力をしてくれという申し出に、否とは言えない。普通の領であっても、勇者関係の協力を断れば周囲から酷く非難されるだろう。

 まして、『前科』のあるゾシウがそんなことをすれば、『人類への裏切り』として取り潰しの口実にされかねない。


「たとえどんなに暇が無かろうが、たとえどんなに金が無かろうが……明日、我々は勇者をこの町に迎え入れる。それは決定事項だ」

「……仕方ありませんね」


 ナナもまた、渋面になって頷いた。


「一行が泊まるのは、この屋敷だ。コーイチたちにも働いてもらうから、覚悟しといて欲しい」


 勇者を泊まらせるとなれば、粗相は許されない。国王と同じか、それ以上に重要な相手である。

 こちらの都合などと、甘えてはいられない。


「……わかった」

「は、はい」

「了承した」


 鬼気迫るようなジェインに、公一たちも心して、明日に挑む。

 これは間違いなく、一つの戦いの幕開けであった。


   ◆


 バルコニーに出て、夜空を見上げる黒髪の美少女の姿があった。

 この世界とは別の世界から来た、『異世界の勇者』龍ヶ島(りゅうがしま)真美まみ


 月と星が輝く様を見つめる、その表情と眼差しは、とてもとても――つまらなそうであった。


「酷い世界ね。なーんにもない」


 片手に持つ、白い林檎のような果物をシャリっと齧る。


「酸っぱ……不味っ」


 眉をしかめ、一口齧った果物をバルコニーの下に投げ捨てる。


「領主様のお屋敷って言っても……エアコンも無いようなレベルだし」


 彼女が寝起きする場所として与えられたのは、カシゥム領主の邸宅にある、最も上等な客室である。

 この世界で勇者の住む場所は、召喚された大神殿か、あるいは領主の屋敷のどちらかというのが定例である。勇者が別の住居を希望すれば変更もあるが、真美はそこに要望を出さなかった。


「こんな古臭いところじゃ、どこだって同じだし」


 鉄筋コンクリートでつくられたビルも、アスファルトに固められた道路も、そこを通る自動車もない。そもそも電気さえない。


「お菓子も美味しくないし」


 彼女の部屋には、果物や焼き菓子が用意されていたが、彼女の口には合わなかった。


「つまんなっ……他に五人いるっていう人たちも、こんななのかな」


 自分以外に、召喚されている勇者たちのことを考える。

 こちらに来てから、『本当の仲間』とも言える、同郷の人間に会わせてもらってはいない。それなりに我儘を言っても聞いてもらえるのだが、他の勇者に会いたいと言う願いは、叶えてもらえなかった。


『前回の勇者は、顔を合わせた途端に大喧嘩したこともあったという。準備をしてからでないと、会わせられない』


 それが、返答であった。


(前回は五百年前……日本で言えば、まだ戦国時代ね。織田信長が生まれる、少し前)


 真美は、己の歴史の知識を紐解く。さほど深く考えるまでもなく、彼女の生きていた時代とは比べものにならないほどに、多くの戦いがあり、異国の人間との隔絶も激しかった頃だ。

 顔を合わせただけで、戦闘に発展することもあり得ないことではない。そのような経験があれば、慎重になることもわかる。

 わかるがしかし、


「あーあ、つまんなっ」


 不満なことに変わりは無い。

 喧嘩になっても構わないから、とにかく会わせろと言うのが、真美の正直な思いであった。


「明日は別の町に行くって言ってたけど……どうせ代わり映えしないでしょ」


 独り言を続ける自分が、何だか嫌になる。しかし、『この世界の人間』に愚痴を聞いてもらう気にもなれない。


「どうでもいいわ。とにかく、さっさとエルヴィムとか言うのを片付けて帰らなきゃ……」


 真美の眼差しが、苛々としたつまらなそうなものから変化する。

 故郷を思う旅人のような、切なげな眼が、星の位置の違う夜空を見上げていた。


   ◆


 カシゥム領の町の外。魔物が徘徊する危険な野外。

 暗い夜の空気に、ガチリガチリと金属質の音が響く。

 金属質の音の周囲には、バサバサと羽ばたく音と、キィキィという甲高い鳴き声が大量に存在していた。

 黒い体毛に、赤い眼。豚のような平たい鼻に、兎のような長い耳。そして、皮膜の張った翼。

 周囲を飛び交うのは、蝙蝠であった。いや、実際には普通の蝙蝠とは種族を別にした、魔物の類だ。


 切り裂き蝙蝠(バット・ザ・リッパー)


 原理はよくわかっていないが、音を利用して、獲物や敵を斬り裂く力を持っている。鉄の鎧を破壊するほどの力はないものの、皮や肉を裂いて、出血させるくらいは十分可能な威力だ。それが集団ともなれば、優れた武術や魔術を使える戦士でも嬲り殺しにあう。

 しかし、魔物の群れの中心に立つ、鎧を纏った人影に、恐れる様子はなかった。ただ静かに槍を構えて、蝙蝠たちを見定めているようだった。


「見える……よぉく見える」


 兜に覆われた頭部から、くぐもった声が聞こえた。

 次の瞬間、三体の蝙蝠が頭から真っ二つになって地に落ちる。

 勿論、人影の持つ槍によるものであったが、常人ではいつ槍を振るったかなど目に見ることはできなかったはずだ。


 キィィィィィッ!

 キヤァァァァァァッ‼


 仲間の死に様に怒ったのか、蝙蝠がただの泣き声とは違う叫びをあげる。空気の震えと共に、音が刃となって槍持つ者に襲い掛かる。


「わかる。はっきりとわかる……」


 人影が呟き、その身を動かした。鎧を纏いながらも風のように速く、地を蹴って跳躍する。同時に槍が突き出され、今度は七体の蝙蝠が心臓を穿たれて、絶命した。

 しかし何より信じがたいのは、速さでも槍の威力でもない。見えるはずの無い『刃の声』を、槍持つ者は知覚してかわしたことだ。

 人が見れば己が正気を疑うような行動を見せながら、槍持つ者は落ち着いた声を漏らしていた。


「訓練にもならない、か。確かに……この程度では」


 誰も知らない蹂躙劇が開始される。

 百を優に超える数の切り裂き蝙蝠(バット・ザ・リッパー)が、謎の人影によって、一体残らず屍と成り果てるまでにかかった時間は、ほんの十五分程度であった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ