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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第一章:ドナルレヴェン
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4:『迅雷』のイライツ


「な、なんでここに……!」

「いるのかト? あのような巨大な狼煙を上げられテ、調べない奴は脳ミソの代わりニ、カスタードプリンでも詰まっているのでしょウ」


 どうやら異世界にもカスタードプリンは存在しているらしい。

 特殊メイクでもCGでもない、本物の人外が菓子を知っている。それが公一には妙に可笑しかったが、流石に笑う気力は湧かなかった。自分たちがさらされているのが、本物の殺気であることがわかってしまったから。


「まずハ、貴方」


 イライツと名乗った怪人は、白手袋のはめられた右手の人差し指で、エレを示す。そしてパチリと指を鳴らした瞬間、激しい雷がエレに突進し、彼を弾き飛ばした。


「えっ⁉」


 公一が首を動かすと、すぐ傍にいたエレが、十メートルも遠くの地面に倒れていた。エレの黒い服からは、シュウシュウと細い白煙が昇っている。

 イライツは倒れたエレへ向け、今度は両手のひらをかざした。すると、二つの手のひらが輝きを帯びる。


「私、こう呼ばれておりまス。すなわチ……『迅雷』のイライツ」


 激しい音が轟き、白い稲妻が放たれ、倒れたエレに浴びせかけられた。稲妻はエレを包み込むと、爆発を起こし、その場に大穴を開けた。爆風によって土砂が撒き散らされ、焦げた臭いが空気に漂う。


「あ……ああ……‼」


 ナピが真っ青になり、大地に刻まれた破壊と、それをなしたイライツとを、交互に見る。


「『名持ち』の……じょ、上位エルヴィムっ」

「左様。抵抗は無意味に終わりまス。諦めて殺されてくれた方ガ、お互い早く終わって良いと思いますガ」


 口の無いイライツがどのように喋っているかはわからないが、その声は非常に冷たく、公一たちを殺すことを、草むしり程度にしか思っていないことが、よくわかった。

 けれど、公一はエルヴィムへの恐怖より、もっと大きなショックを受けて、声もなく立ち尽くしていた。


「エレ……さん」


 爆発の中心にいた、銀髪の男の名を呟く。さっきまで話していた相手が、死んでしまったという思いが、公一の胸の中でのたうち回る。何も、できなかったという絶望が、公一の心を引き裂く。


「そウ、そうやって立ち止まっていればよろしイ。それでハ、おやすみなさイ」


 イライツが頷き、右手から激しい火花を生み出す。その手には、触れれば人間ひとりなど、一瞬で黒焦げにできるエネルギーが流れていた。その即死へ繋がる手を、イライツは公一へと伸ばす。


「マチルガっ‼」


 イライツの手が公一に触れる前に、イライツの頭に火球が撃ち込まれた。ボンッという爆発がイライツの頭を襲ったが、その白い顔には焦げ一つ無い。


「その程度の魔術ハ、私には通じなイ。無駄なことでス」


 火の魔術を放ったナピに、イライツは希望を断ち切る言葉を放ち、


「汚らしイ、神の犬めガ。先に貴方かラ、始末しましょウ」


 公一から、ナピへと標的を変え、右手をナピへとかざす。そして、手のひらから稲妻が放たれようとしたとき、


「やめろぉぉぉっ‼」


 我に返った公一が、イライツに向けて怒鳴り、走った。反射的な行動だった。

 殴りかかりながら、公一は自分の行動が無謀だと思っていた。公一はこれまで、喧嘩などほとんどしたことがない。当然、殺し合いなど経験があるはずもない。

 そんな公一が、いきなり怪物との殺し合いをして、生き延びられるなどとても思えなかった。

 それでも、名前を交換しあった相手が殺されるのを、一度ならず二度までも、何もせずに見過ごすことに、耐えられなかった。何もせずにいることの方が、恐ろしかった。

 少年は、血が滲まんばかりに拳を握る。大地を蹴りつけるように、走り抜け、敵に向かって突き進む。無我夢中で腕を振り抜き、


 ゴズッ‼


 鈍い音。ゴムの塊を殴ったような感触。

 公一に横っ面を殴りぬかれたイライツは、五メートルほども吹き飛ばされ、大地に倒れた。魔術よる爆発もまるで効かなかった怪人が、地面に転がる。


「…………え?」


 公一は自分の拳を見る。そして、イライツの倒れた様を見て、


「ええ?」


 困惑の極みに至る。


「ガッ! これハ……痛い、だト? こ、この私が人間相手ニッ! これが勇者の力だと言うのカ……! おのレ!!」


 イライツが立ち上がった。表情を読み取ることはできないが、怒りに満ち溢れていることは容易く感じ取れる。


「怒りを連ネ……死を象ル……! 『雷光(フレイル)』!」


 怨嗟の籠った呪文が唱えられ、イライツの両手から白い雷撃が迸る。空間をジグザグに切り裂きながら、幾条もの雷は公一へと喰らいかかった。


「コ、コーイチさんっ!」


 その雷に込められた力を、ナピは感じ取っていた。岩山をも崩し、頑強な城壁も砕く力が凝縮された電撃。人間など原子の欠片にまで分解されて、消滅してしまう。しかも広範囲に放たれた稲妻は、公一を八方から囲い込み、躱す隙の無い鋭い攻撃を浴びせかけようとしている。

 公一は地を蹴って跳び、攻撃をかわそうとする。だが到底、逃れることはできない――人の動きであれば。


(⁉ は、速っ、嘘っ⁉)


 公一は、自身の動きの速さに驚愕する。まさしく目にも止まらぬ速さというものだった。幾度も地を蹴って跳ぶ方向を変え、叩き付けられる魔雷の包囲網を抜け、公一はイライツの真横に辿り着く。


「貴様ッ‼」

「はぁぁぁぁぁっ‼」


 再び、公一のがむしゃらな拳が、イライツの顔に突き刺さった。


「っっっ‼」


 イライツは、今度は吹き飛ぶ前に、脚で大地を踏みしめてブレーキをかける。それでもザリザリと三メートルばかり地面を削って、ようやく止まった


「またしてモッ! しかし拳で私を殺しきることなド、できませン!」


 それはイライツの言う通りだった。

 公一は、公一自身なぜなのかわからないが、身体能力が飛躍的に向上している。この怪人と戦えるほどに。しかし、所詮は素手だ。殺傷力が足りない。何度殴れば倒せるものか見当がつかない。

 しかし、相手は雷が一触れすればそれで十分、公一を殺せるのだ。


「どうする……?」


 公一はもちろん、ナピもろくな武器を持っているようには見えない。エレは二股の槍を手にしていたが、他にも持っていただろうか?


「エレさん……」


 再び、雷の中に消えた男のことを思い出し、公一の顔が悲痛に歪む。出会ってから半日も経っていないと言えど、言葉を交わした相手が無惨な目にあったことに、何も想いを抱かないほど、公一は無感情な人間ではなかった。


「戦いの中では戦いに集中しろ。悲しんでいる暇はない」

「それは……わかりますけどっ……そんな簡単に割り切る……なんて……?」


 冷徹な声に反感を覚え、公一は言い返そうとした。しかし、その声に含まれた感情が、怒りから戸惑いに変わっていく。彼の目には、無表情な黒い肌の顔があった。


「エレさん⁉」

「い、生きてたんですか⁉」

「あのくらいで神は死なぬ。多少、痛くはあったが」


 公一とナピレテプが驚きの声をあげるが、エレはいたって冷静に答える。


「とはいえ、攻撃を受けるまで気づかぬとは、予想以上に弱体化しているようだな。情けない限りだ」


 嘆くエレを見て、イライツは不愉快そうに言葉を紡ぐ。


「チ……雷の威力でモ、死なないカ。アバズレ女神に手を貸ス、異界の神メ。ならバ、今度は念入りに灰にしてやル」


 イライツの手からゴロゴロと雷鳴が響いている。しかしエレは悪態に何一つ反応せず、人差し指で方向を指し示す。


「この方向へ真っ直ぐに走れ。こいつを殺せる『武器』がある」

「は……はい!」


 エレが何を根拠にそう言うのかわからなかったが、公一はその指示に従うことに決めた。武器を手に入れられなければ、どうせ勝てない。ならば、ここはその指示に賭けることに決めたのだ。

 公一が走り出す。その速さは、オリンピック選手など目ではない。土煙をあげて走るその後ろ姿は、見る見るうちにゴマのように小さくなる。


「待テ!」


 イライツがその背中に、雷撃を放とうとした瞬間、エレはその場でしゃがみ、地面に手を触れた。


「『起きよ』」


 一言、口にする。すると、エレの指から光が放たれ、地面に染み込む。


「貴様っ、妙なことはするナ!」


 イライツが手をかざし、雷撃を放たんとした瞬間、イライツの足元の地面から黒い縄のようなものが飛び出した。それはイライツの右手首に絡みつき、手錠のように地面と繋いだ。そして放たれた雷は、空間に放たれることなく、黒い縄を伝って大地に流れて拡散してしまう。


「なんダッ⁉」

「地中の鉄分を凝縮し、ロープをつくった」


 エレがイライツに答えてやるのと同時に、鉄の縄はイライツの左手にも絡みつき、イライツの両手を拘束する。イライツは両手から電撃を出そうとするが、電気を良く通す鉄の縄は、その電撃をことごとく大地へ逃がしてしまう。


「小賢しイ!」


 イライツは怒りに吠えて、腕に巻き付いた黒縄を強く引く。鉄の縄は容易くちぎれ、イライツは自由の身に戻る。しかし、またすぐに新しい鉄の黒縄が大地から躍り上がり、イライツの腕や脚を束縛する。


「好きなだけちぎれ。こちらも好きなだけ造る」


 五秒数える間に、イライツは八本の黒縄に絡みつかれていた。


「す、凄いですエレさん!」

「……縛るのには自信がある。任せろ」


 ナピの歓声があがる。それを聞くエレの顔は無表情なままであったが、心なしか得意気に見えた。


「おのレおのレ……! このようナ、鉄クズでこの私ヲ……!」


 イライツが怒りの言葉を吐く。流石は、罪人を束縛する地獄の統括者たる、冥府神の術と言ったところか。

 縄それ自体は、ただの鉄。神の敵対者たるエルヴィムの膂力を持ってすれば、切断することは容易い。しかし、いくら破壊しても、新しい鉄縄が次から次へと巻き付いてくる。さながら、幾度切り落とそうと、その度に生え変わる多頭蛇(ヒドラ)の首のようだ。


(武器があるというのガ、本当であれバ、このまま時間を稼がれるのはマズイ)


 最初に現れたときは余裕の面持ちであったイライツも、ついに相対する者たちが、自分を害しうる危険な敵であると認識を改める。そして、自身の『奥の手』を使うことを決断した。


「我が身を持って焼キ……我が意を持って吠えル……『落雷(カタパルト)』」

「‼」


 突如、雷が黒雲を飛び交う時のようにけたたましい、不快な音が炸裂した。閃光が弾け、エレとナピの視界を眩ます。同時に、イライツはその場から消失した。絡まる相手が消えたため、黒鉄の縄も虚しく地面に落下し、ガチャンガチャンと音をたてる。


「瞬間移動……?」


 どのようにして逃げたのかはわからないが、どうやら完全にエレたちの手の届かないところへ向かったらしい。すぐにエレたちに攻撃をくわえてこないということは、イライツの目的は、公一。


「時間は稼いだ。後は期待するしかない」


 エレは、公一が走った方向を見る。彼には、一キロほど先にある、濃い神気の籠った武器の存在が、明確に知覚できていた。


   ◆


 荒野を走り抜けた公一は、木々が立ち並ぶ、森の前に立っていた。

 一分ほど全力で走っただけで、一キロ以上の距離を踏破していた。多少息が切れている程度で、疲労はさほどではない。改めて、自分の運動能力と体力の異常な向上を知り、喜ぶ前に怖くなってくる。一体、自分の体はどうなっているのか。


(でも、今はそんなことで悩んでいるわけにはいかない。早く、武器を探さないと!)


 自分に言い聞かせ、森の中に入っていく。眼の方も多少は良くなっているのか、ぼんやりとだが、闇の中でも物を見ることができていた。

 草木を掻き分け、武器を探す公一であったが、突如として彼の背後で、轟音が響いた。


「なっ⁉」


 木々が砕け、木の葉が飛び散る。発生した爆風に倒されぬよう、踏ん張って耐えながら、轟音の発生源に目を凝らす。

 倒れた樹木。捲れあがった土。その破壊の中心にいたのは、予想通りの、一つ目の怪人の姿。白墨のような真っ白な肌が、森の闇の中に浮かび上がっていた。


「追いつきましタ」


 赤い赤い眼が、公一を見つけた。


「…………ッ!」


 公一は、強く地面を蹴って、森の奥へと駆ける。


「待ちなさイ!」


 イライツは電撃を放つ。しかし、公一の背中を狙った幾条もの電光は、公一に当たる前に、周囲に立ち並ぶ木々に引き寄せられた。落雷を受けた木々は、全体が一瞬に焼き尽くされ、灰になって崩れ去る。


(森の中は遮蔽物が多くて、攻撃が当たりにくい! この隙に、武器を探さないと!)


 背後から走ってくる足音と、樹木が破壊される音を聞き、いつ自分に必殺の電撃が当たるか気が気でなかった。必死で走りにくい森林の中で足を動かし、目を凝らす。

 やがて、


「あれは!」


 木々の隙間に、木とは違った形の物体が見えた。それは最初、地面に突き立った十字架のように見えた。だがより近づくと、すぐにそれが、鞘ごと地面に刺さった、一振りの剣であることがわかった。


(あれに違いない!)


 公一は確信し、それまでも本気であった走る速度を、死ぬ気で更に引き上げる。


(イライツの電撃より速く、あの剣をっ!)


 これなら間に合うと、公一が思った時、背後で雷が鳴り響く、激しい音が轟く。直後、強い衝撃に跳ね飛ばされ、公一の体が宙を舞った。


「ごはっ!」


 地面に落下する公一の目に、いつ追い越したのか、剣の傍に立つイライツの姿が映っていた。


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