2-5:カシゥムの勇者
次は場所を変えよう。
所は、カシゥム領が主都。その名をアーケオン。
並び建つ家々は、武骨ながらも堅牢なものが多く、『鍛冶と鉄の町』として有名な都市である。
その町の有名な施設として、剣と剣が打ち合う音や、気合の声が尽きることのない、訓練場があった。
領主の意向で、従来のものよりも遥かに設備のいきとどいた訓練場は、非常に広く、その気になれば大規模な合戦の演習さえできる。
太陽の光の下、国の治安と、民の幸福と、主人の栄光を守る騎士たちが、懸命に腕を磨いていた。
その中央で、一人、場違いな少女が立っていた。
見たところ、齢はまだ十代後半。上等な布地でつくられた、校章つきのブレザーを纏い、ひらひらとなびくスカートから、長い脚を伸ばして、泰然と立っていた。セミロングの綺麗な黒髪。美しい曲線を描く眉に、切れ長の目から、つまらなそうな視線を周りに巡らせている。
少女の手には摸擬剣が握られていたが、握る腕はだらりと垂れ下がり、いかにもやる気の無い様子が見てとれた。
そんな彼女の周囲を取り囲むのは、金属の鎧で身を固めた、十人の戦士たち。手には剣や槍、戦槌など、それぞれ得意とする武器を持っていた。
「あー、それじゃ、さっさと終わらせましょうか」
面倒そうに言う少女は、たまたま目に留まった、槍を持った戦士へと体を向け、
「ふっ」
足を強く踏み込んだ。
ダンッと地面が震えるほどの衝撃を残し、少女は相手にすると決めた戦士に肉薄していた。そして、子供がおもちゃの剣を振り回すのと同じように、適当な動きで刃のついていない模造の剣を振る。
ギュンと空気を切り裂く音が、相手の戦士の耳に届くよりも、剣が戦士の体に叩き込まれ、鎧がひしゃげる方が先だった。戦士の体は盛大に吹き飛び、独楽のように宙で回転して、地べたに倒れ伏す。槍が手から離れ、地面を転がった。
「……弱っ」
眉根を寄せて吐き捨てた後、次の『獲物』へと目を向ける。片刃の剣を手にした戦士だ。
「ウォォォォォッ‼」
目をつけられたことに気づいた男は、雄叫びをあげて、やや反りのある三日月型の片刃剣を構え、少女へと足を踏み出し、迫る。その足運びは、滑るように鮮やかで無駄が無い。そして、まさしく目にも止まらぬ速さで斬りつける。
だが、
「遅っ」
少女が吐き捨てた瞬間、彼女の姿は片刃剣の男の視界から消えた。
「⁉」
片刃剣が空を切った。男は少女からの攻撃に対し身構えようとするが、もはや遅く、脇腹をしたたかに叩かれ、一番目に倒された槍の男と、同じ運命をたどった。
「オォォォォォ!」
続いて、自分の頭より大きな鎖分銅を振り回す巨漢が、鉄球を放つ。少女は容易くその攻撃をかわすが、かわしたことで体勢が崩れた機を逃さず、三本のナイフが投げられた。
「それで?」
ナイフは少女のきめ細かい肌に突き刺さることなく、よく爪の手入れがなされた、細長い指につかみ取られていた。
それを見た鎖分銅の男が、鎖を引っ張り、分銅を振り回そうとする。だが少女は分銅を足で、強く踏みつけた。
筋骨隆々の大男が全力で引っ張るが、分銅は微動だにせず、完全に抑え込まれていた。
「ふん」
つまらなそうに鼻を鳴らし、少女がより強く分銅を踏みつけると、分銅は音を立てて地面にめり込んでしまう。
「んなっ!」
驚いた分銅男の前から少女の姿が消え、次の瞬間には男の頭に模造剣が撃ち込まれていた。分銅男が昏倒すると同時に、三度の衝撃に耐えかねた模造剣が、ポキリと折れた。
「脆っ」
少女は折れて半分になった剣を、無造作に投げ捨てる。その投げ捨てた剣は、ナイフを投げた男の額を打ちすえ、意識を失わせる。
「はい、次。早く終わらせたいんだから、ちゃっちゃとかかってきなさいよ」
先ほど掴みとったナイフを足元に捨てながら、少女は挑発的に言う。しかし、残る戦士たちは少女にかかってはいかなかった。
四人の戦士があまりにもあっさり叩きのめされたのだ。攻めて行っても返り討ちにあうのが目に見えていた。
「……情けなっ」
怖気づいている様子を見て、美貌の少女は傲然と胸を張り、見下した。
その言葉に、残る戦士の中から、一人が前に足を踏み出していた。
「ルシア殿……」
髭を生やした年配の騎士が、その騎士の名を呼ぶ。
「私が相手をしよう」
前に出た騎士が言う。鎧を着込み、兜で頭をすっぽり覆っているため、容姿はまったくわからないが、その声は、若い女性のものであった。
ルシアと呼ばれた女騎士は、右手に斧と長槍が一体となった武器、戦斧槍。左手に長方形の盾を持ち、構える。
「誰か、武器を彼女に」
丸腰になった者を相手に戦えないと、そう言った女騎士であったが、
「いらないわ。貴方程度じゃ」
冷たい声が返される。
女騎士は、その言葉に何も言わず、更に一歩踏み出し、少女へ近づいていく。顔が見えずとも、声には出さずとも、ルシアの胸中で、屈辱と怒りが渦巻いていることは、誰の目にも明らかであった。
「……カシゥム領主軍、一番隊隊長ルシア・ゼラ・ランフォリンクス、参る!」
名乗りを上げ、女騎士は走り出す。重量のある甲冑と盾、戦斧槍を身に着けているとは思えぬ速度であった。爆走する荒馬のような迫力は、そのままぶつかっただけで、常人は骨を砕かれ倒れ伏してしまうだろうことが、容易にうかがえた。
そして、戦斧槍の間合いに入ったところで、突進力を乗せた一撃が、強く叩きつけられる。
「……ふぅ」
しかし、少女はいまだに、つまらなそうに、けだるそうに、煩く飛び回る蠅でも見るように、相手を見ていた。そして、箸より重いものを持ったことがないような細腕を、迫る刃に向けた。
「っ‼」
ルシアが呻く。少女の細腕は、鉄の斬撃を、子供の投げたボールを受け止めるよりも容易く、抑え込んでいた。斧の付け根を握り込み、微動だにさせない。
女騎士が歯を食いしばり、手足に力を込めても、少女の立ち位置を一歩たりともずらすことはできなかった。
「まだだぁっ‼」
それでもルシアは諦めず、戦斧槍を手から離し、盾を構えて少女に向かって走る。
その突進は、かつて角を振り上げて向かってきた牡牛を相手に、押し勝ったこともあるほどで、幾度も訓練相手を医務室送りにしたものだった。
しかし、少女は戦斧槍を掴みとっている方と、逆の手を盾に向けて伸ばす。
「はんっ!」
嘲笑を込めて息を吐き、向かってくる盾を、手で強く押した。ルシアは軽々と跳ね飛ばされ、地面に倒れる。盾が転がり、けたたましい音をたてた。
「この!」
「やっぱり、弱っ」
ルシアはすぐさま立ち上がり、腰に収まった予備用の剣を抜くが、その頭部に向かい、少女の高く上げられた蹴りが襲い掛かった。兜が衝撃で外れ、女騎士の顔が外気に晒される。兜の下から、波打ったような癖のある金髪が解放され、たなびいた。
「おのれ!」
ルシアの素顔は貴族的に洗練された美貌であったが、今は少女への怒気に満ち、険しい眼からは火花が散るようであった。
が、そんなルシアの表情に対しても、ひるむことなく、少女はルシアの首に手をかけた。指がルシアの細い首に食い込み、すぐにでも圧し折れる体勢であった。
「はい、私の勝ち」
「くっ…………」
駄々をこねる子供を前に、呆れているような、少女の目。その視線を浴び、悔しさに打ち震えるルシアは、その感情を解き放つがごとく口を開き、
「『マチ――』」
「ルシアッ!」
「っ! ローザ……」
周囲の戦士の一人が放った叫び声によって、その動きを止めた。
「訓練で、それはやり過ぎよ、ルシア」
「…………すまない」
白銀の髪をした女騎士にたしなめられ、うつむいて、対戦相手に謝罪するルシア。だが、相手をしていた少女は、どうでもよさそうなままだった。
「今の魔術? 別に使ってもいいのよ? どうせ勝てないんだし」
「…………ッ」
あまりな言い草に、ルシアの怒りが再燃し、火を噴きそうな目が少女に向けられる。
「何? 私に『武器』さえ使わせられないのに、勝てると思ってるの?」
少女の侮蔑はとどまることを知らず、ルシアのみならず、他の戦士たちも怒気を発し始める。
このままでは、『訓練』には収まらない事態になるのも時間の問題であったが、
「いやはや、さすがは『勇者』様! 我が領で最強の騎士、ルシア様を苦も無く抑えるとは!」
横合いから、調子っぱずれな声があがり、燃え上がりかけていた炎に水を差した。
声の主は、カシゥム領主軍の制服を着た、オレンジ色の髪の若者。高価な香水の香りや、貴金属のアクセサリーから、裕福な家の人間であるとわかる。ただ本人からは、気品や威厳をいうものが、あまり感じられない。
容姿が醜いわけではなく、むしろハンサムな方であるが、深みや重みとでも言うべきものがなく、頼りない印象であった。
「最強? こんな腕で? へえ」
その若者に『勇者』と呼ばれた黒髪の少女は、ルシアを見下して嘲弄の言葉を並べる。ルシアは勿論のこと、その場の戦士たち全員が感情を害するが、少女は気にもかけていないようだった。
気づいていないのではなく、気づいているうえで、なお。
「リューガシマ様、領主様がお呼びです。おいでください!」
オレンジ髪の若い騎士は、大げさな身振りで動き、少女を呼ぶ。少女はふうと息をつき、殺気だっている戦士たちの間を通り過ぎていった。
「明日に迫った、勇者様の初陣についてのご相談とのことです!」
「うるさっ。予定は知ってるわ。いちいち言わなくていいから」
「こ、これは申し訳ありませんっ!」
顔をしかめながら、少女――龍ヶ島真美は、訓練場を出て行く。戦闘訓練の疲労を全く感じさせない足取りであった。その後ろを、オレンジ髪の騎士はペコペコと頭を下げつつ、ついていく。
そんな彼女らを見送る多くの視線は、どれも蜂の針のように、突き刺すようなものばかりで、とても『勇者』に向けるようなものではなかった。




