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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第二章:英雄武装
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2-4:車輪を回すネズミのように



 時間は少し遡り、公一たちが蛇の皮を運び、工場へ向かっていた頃、ジェインもまた骨身を惜しまず働いていた。


 エルヴィムに破壊された神殿は、現状まともに機能していない。

 神殿長ギモージアは死体となり、生きている神官も、ギモージアの腰巾着ばかりで、まともな神官は残っちゃいない。勿論、家事手伝いの名目で雇われていた、哀れな女たちは皆、解放済みである。


「休むなサボるな怠けるな! 何年も自堕落に過ごしていた分を、取り戻すつもりで働きまくれっ!」


 若き女領主自ら、神殿修復の指揮をとり、隙あらばサボろうとする生臭神官たちの尻を蹴り飛ばしていた。

 ギモージアの取り巻きたちは、性格や性根はともかく、一応は神官だ。結界を張る力は持っている連中である。無論、その力は貧弱なものであるが、無いよりはマシである。

 ゆえに見張りをつけて働かせているのだ。


「きっ、貴様! いくらなんでも神殿の者にここまでするなど、幾ら領主と言えど……」


 まだ反発する元気の残っていた、三十歳くらいの神官が声を荒げる。しかし、即座にジェインに胸倉をつかまれ、強制的に黙らされることになった。


「お前たちの罪状は、すべて把握している。エルヴィムも、裏帳簿までは破壊しておいてはくれなかったようだぞ? オギト領への金の無心や横暴はともかく、神殿としても賽銭まで横領されては黙ってはいるまい。お前たちを庇う利点があるわけでもない。お前たちが多少なりとも辛くない未来を手に入れるには、馬車馬よりも働くしかないんだ」

「うぐ、ぐぐぐ……」


 喉を締め付けられ、息苦しさに顔を真っ赤にする神官に、ジェインは容赦しない。


「安心しろ。私は約束を守る女だ。せいぜい、すぐに牢の外に戻れる程度の罪になるよう、庇ってやるさ。さあ働くんだ」


 手を離し、仕事に戻るように促す。甘い甘いと言われているジェインであるが、必要とあれば暴力に訴えるくらいはする。

 ナナに言わせれば、胸倉を締め上げる程度で済ます時点で、大変甘っちょろいのであるが。


(本来、やって当然のことなんだがなぁ)


 食事睡眠を含んだ休憩時間以外は、昼も夜も、ただただ結界を張らせているだけなので、きつい仕事ではある。

 しかしこの程度は、非常時のために神殿が配布している、結界運用の説明書(マニュアル)にも書かれている仕事であり、神官としては当然の責務だ。決して法に反した労働ではない。ゆえに、神官が文句を言うのは間違いであり、むしろ義務として行わねばならないことなのだ。


(とはいえ大分、形にはなったな。これならすぐ結界がどうこうなることはあるまい。それでも、本格的な修復は、神殿本部からの指示を待たなくてはいけないが)


 神殿の中枢。結界を展開する最重要施設を見て回りながら、ジェインはひとまず安堵する。


 神官一人が張れる結界の規模は、通常の腕で、一軒家を囲う程度が限界である。達人と言えど、町一つを覆い、しかもそれを恒久的に維持することなどできるはずがない。


 そこで神が『結界を張る力』と共に授けた知識を使う。


 その知識とは、結界を強化、増幅し、長時間維持することを可能とする物質の精製法。


 その物質の名は『エナゴーク』である。


 エナゴークは『祈りの金』とも呼ばれ、黄金や宝石よりも希少な鉱物である。実際には鉱物とも言い切れない。

 神殿の教えるところによると、人々の信仰心が『大地の女神』であるルル・エブレクニトの司る地中にて結晶化し、発生するものだとされている。

 見た目には金そっくりの輝きをもつ美しい金属であるが、闇の中に置いても薄っすらと自ら輝くという特徴がある。


 これを採掘した後、まずは高熱によって溶かし、不純物と分離させ、より純度の高いエナゴークに加工する。

 同時に型に嵌め込み、冷えて固まった時に、バランスのいい形になるようにする。デコボコの状態だと、生み出される結界も歪な形になるためだ。

 携帯用の護符ならば、正八角形か、真円の形に。町を覆う結界なら、町と同じ形にすることが多い。

 ちなみに、エナゴークを溶かすのに必要な熱量は、鉄を熔かすときの三倍の高熱を必要とする。そのため、エナゴークの加工所では、強力な火魔術の使い手が、何人も高給で雇われている。


 純度の高くなったエナゴークは、より眩い輝きを放つようになる。そうした後、いよいよ神官によって、イナゴークに『結界』が張りつけられる。すると、磁石を擦りつけた鉄片が磁力を帯びるように、結界を宿した『護符(タリスマン)』へと変わるのだ。


 エナゴークの純度が高ければ高いほど、量が多ければ多いほど、強い結界を宿す護符となる。純度や量によっては、本来の結界よりも強力な結界にもなるため、結界力の増幅装置としても使える。


 町に結界を張る時には、ただ結界を宿すだけではない。抱きかかえるほどの量の高純度エナゴークを加工し、特殊な魔法陣の中央に置く。そして何十人、あるいは何百人もの神官による儀式を行うと、エナゴークは、神が世界を創造するために使った、不思議な力を吸収、使用する。


 不思議な力――それすなわちウラヌギアで言うところの『混沌(カオス)』。無から有を生み出す概念である。


 それを利用し、エナゴークは自動的に結界を張る『装置』となるのだ。

 この『装置』は、ただ張り付けられた結界を放出するだけの護符(タリスマン)と区別され、『聖壁核(ウォール・コア)』と呼ばれている。


 結界を張る永久機関にも近い『聖壁核(ウォール・コア)』であるが、不便な部分もある。


 町や村一つ一つに、専用の装置をつくらなくてはならない。

 町の中心から移動させることができない。

 町が拡大した場合、それに合わせて結界を広げる作業に、多くの手間がかかる――などだ。


 だが、神官が何もしなくても、強力な結界を張り続けてくれるというのは、多少の不便など補って余りあるものであった。


 しかし現在、その『聖壁核(ウォール・コア)』はエルヴィムによって破壊されており、修復もできない。

 そこで、未使用のエナゴークを神殿の倉庫からあるだけ出させ、商人が持っているものを買い取り、町中からかき集めた。

 そうして集められたエナゴークの山を中心とし、何人もの神官が輪になって、祈りの呪文を唱え、同時に結界を張った。


 エナゴークのもう一つの利点は、『複数の結界を合体させる力』である。


 本来、二人の神官で結界を張っても、二つの結界ができるだけだが、エナゴークに二つの結界を張りつけて、結界を解き放つと、二つの結界の強度と範囲が融合した、一つの結界となる。

 その性質を使い、何人もの神官の結界を合わせ、それでも足りない部分はエナゴークの量で結界を強化して補い、どうにか、町を囲うほどの結界を張ることができている。

聖壁核(ウォール・コア)』より力は遥かに劣るが、野獣や魔物くらいからは、町を守れる。

 フックたち、上位エルヴィム相手では力不足であるが、そんなものが続けて現れるとなったら、もはや運命とあきらめるしかない。


 そういうことで、何とかゾシウの町の平和は守られたが、問題もある。


聖壁核(ウォール・コア)』は、混沌(カオス)をエネルギーに自動で結界を張るが、現状は、常に神官が結界の力を、エナゴークに注ぎ込み続けなければいけないのだ。

聖壁核(ウォール・コア)』が川の流れを利用した水車だとすれば、現在のそれはネズミが中に入って回す車の玩具に過ぎない。ネズミが回るのをやめたら、止まってしまう。


 無論、結界を休まず何日も張り続けることなどできないため、ローテーションを取り決めて、休憩時間を設けながら、交代で結界を張らせている。それでも、奴隷よりマシな待遇にはならないが。


(今までこいつらがギモージアに尻尾を振ってやっていたことを考えれば、償いというには生易しすぎる)


 さすがのジェインも、同情や罪悪感を湧かせる気はなかった。

 それよりも、神殿が貪り蓄えていた財産について考える。寄付や賽銭の形で徴収し、個人ではなく、神殿の財産として蓄えていた分は手を付けられないが、ギモージア個人の懐に入れていたものは没収対象だ。

 オギト領の年間予算より遥かに巨大な額が手に入り、その時のジェインは腰を抜かしかけた。


(もっとも、『聖壁核(ウォール・コア)』の修復などに使うだけで、半分以上は消えてしまうが……)


 どうあがいても、金銭の悩みはついてまわる。ジェインはまだ当分の間、『執務室のライオン』の名を、返上できそうになかった。


    ◆


 よく晴れた空の下、二人の門番が行き交う人々に目を向け、いつもの仕事に精を出している。

 しかし、彼らの表情はいつになく活き活きとしていた。ギモージア神殿長という、この町の大きな問題が取り除かれたためだ。


 無論、大っぴらにその話題を口にしたりはしない。人の死を喜ぶのは良くないことであるという思いは、門番たちにもある。それにギモージアは、仮にも敬愛する若き領主ジェイン・ダーリングの叔父であったのだ。それを思うと、安易に人前で、喜ぶのもはばかられた。

 だから、自宅とか、仕事場の休憩室とか、身内しかいない酒場とかだけで、こっそり喜ぶようにしていた。


「今日もいい日だなぁ」

「そうじゃな!」


 とはいえ、ついつい浮かれた様子で、込み上げてくる爽やかさを口にしてしまうのである。三日たっても、まだ収まりそうになかった。

 しかし、そんな彼らの目に、常ならざる者が飛び込んできた。


「伝令~~‼ 伝令~~ッ‼」


 大きな声を張り上げるのは、立派な正装に身を包んだ、騎士の姿。金属鎧ではなく、丈夫な布地で仕立てた乗馬服だ。その服には、『翼を持つ黒竜』の紋章が、大きく張り付けられていた。


 近隣の領地であるカシゥムの紋章だ。


「な、ななな……!」

「おいおいおい……」


 だが何より、門番たちを驚かせ、ゾシウを出入りする人々をざわめかせたのは、その騎士が、『空』からやってきたということだった。


「ヒ、『鷲馬獣(ヒポグリフ)』……⁉」


 騎士が跨る獣の胴体は、毛並み美しい駿馬のもの。しかし、バサリバサリと猛々しく羽ばたかせる翼は、巨大な鳥のものだった。鋭い嘴を正門へ向けるその頭もまた、猛禽類のそれである。

 まず滅多に見かけることのない、空飛ぶ獣。鷲と馬の融合生物。


 それは鷲馬獣(ヒポグリフ)。ドナルレヴェン全土を見渡しても数少ない、『飼育できる魔物』であった。


「伝令! 伝令であります!」


 たまげる門番たちの目前に降り立つと、硬い蹄が音を立てる。


「な、何が……」


 飼育できるとはいえ、魔物だけあって人に慣れづらい。何より希少で、大変に高価な存在である。経済的にいつも困窮しているオギト領には、一頭もいない貴重な生物だ。傷ついたり、死なせたりしては大変なので、滅多に動かされることはない。

 それこそ、空を飛ばなくてはいけないほどに、急ぎの用でなければ。


「オギト領主閣下に、御目通り願いたい! カシゥム領主閣下よりの、書状であります!」


 門番たちが、突然のことに混乱し、反応を返せずにいる前で、鷲馬獣(ヒポグリフ)が『グルルルル』と唸りを上げた。



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