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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第二章:英雄武装
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2-3:小さな王



「次の仕事の前に、謝罪しておきます」


 革工場を出て、馬車に乗り込んだ後のこと。ナナは公一たち三人に向かい合い、深く頭を下げた。


「えっ、な、何をです?」

「魔物退治のことです。まさか、あんなにゾシウ近辺の森に、『うねり大蛇(ツイスト・ボア)』が出現するとは思いませんでした」


 公一たちが、魔物退治に駆り出されたのは、ナナの発案によるものである。

 ゾシウ近辺の村で、薪拾いのために森の入った村人が、何か巨大な影を見かけたという報告があったことが、始まりであった。

 村にも、町ほど強力なものではないにしても、結界は張られている。猛獣や魔物は侵入できない。しかし、村の外に出ないで生活することは不可能だ。

 薪拾いに、果実やキノコや薬草の採集、狩猟や漁猟などなど、多くのことを行わなくてはならない。


 本来なら、領主が兵を派遣するべき案件であるが、いかんせん、そちらに人員を割ける状況ではなかった。村以前に、オギト領の主都であるゾシウの結界が消えてしまい、いつ魔物が侵入してもおかしくない状態になってしまったのだから。

 簡易的に結界を張り直すことには成功したが、所詮は間に合わせの結界。何かの拍子に、ほころびが出てもおかしくない。ゾシウの警備のための兵を、あまり減らすわけにはいかなかった。

 さりとて、無視するわけにもいかず困り果てたジェインに、ナナが提案したのが公一たちの派遣であった。


 その時、公一たちはさほど重要な仕事を任されてはいなかった。彼らの身分は、あくまでジェインに雇われた召使いに過ぎず、軍の正規兵として、試験を突破したわけでも、訓練を受けたわけでもない。

 正規兵としては扱えず、公一たちにも、兵として動くのに必要な知識や経験はない。下手に動かれては、足並みを乱すだけになってしまう。

 そういうわけで、公一たちは変わらずに屋敷の掃除や洗濯、料理などをやらされていたのだ。


 しかし、野獣や魔物を退治するのであれば、猟師や傭兵を領主が雇って、派遣するのと同様。公一たちを使うことに問題はなかった。公一たちの戦闘力は、既に良くわかっていたし、並大抵の魔物ならば退治は容易いと思えた。

 ゆえに、ジェインは快く許可を与え、公一たちを村に送り込んだのだ。


「それが、オギトの森でも最大の魔物だとは、思いもよりませんでした」


 ナナとしては、せいぜいが熊、魔物であっても角猪(ホーン・ボア)怪物蟹(モンスター・クラブ)くらいだと思っていた。

 オギトの森は、ノック川によって東西に分断されている。ゾシウや村々のある西側は、比較的、危険な猛獣や魔物は少なく、東側へ行けば行くほど、危険度が増していく。未だに、東の果てまで到達した人間はいないため、どのような魔物が蠢いているかは、まだまだわかっていない。

 そして、現在知られている中において、ゾシウの森で最も強力な魔物の一つが、『うねり大蛇(ツイスト・ボア)』なのである。

 個体数は少なく、数年に一度しか現れることは無いが、現れた場合、大変な被害が出るのが常だ。殺傷力や危険度という点では、より恐ろしい特性を持つ魔物も多いが、その体の巨大さと、単純な(パワー)ならばトップに位置する。


「氷魔術以外の魔術は、『(ほのお)(やり)』であっても防ぎきり、並みの金属の武器では鱗一つ剥がせません。馬よりも速く走り、力は砦に頭から突進して崩落させられるほど。毒の吐息は、現在人類が知る、いかなる解毒剤も対毒装備も通用しません。『うねり大蛇(ツイスト・ボア)』がいるとわかれば、猛獣も、魔物さえも、逃げ出すほどです」


 大蛇を超えて、もはやドラゴンの話でも聞いているかのようだ。


「魔物も逃げ出すか。さながら『バシリスク』だな」


 エレがそう評すると、横で聞いていたナピが眉をしかめ、


「パシリ……? バシバシ……シリクリ?」


 聞き慣れない単語に唸る。エレはため息をついて、説明をしてやった。


「バシリスクとは、ウラヌギアの毒蛇の一種だ。多くの毒蛇は、メデューサによって生み出されたが、その中でも最も強力なもの。その名は『小さな王』を意味し、大きさは手のひらを三つ並べた程度だが、その体は金色に輝いている」

「え? そうなんですか? 僕が前にやったゲームでは、八本の足をしたトカゲの姿でしたが」

「それは真実ではない」


 エレに冷たく否定された公一であったが、そもそも公一にとって、バシリスクというのは、伝説の中の生き物であり、真実の姿以前に、本来存在しないものだという認識であった。

 しかし、エレの言葉ぶりからすると、実在の存在であるらしい。


「バシリスクがたてるシュウシュウという音を聞けば、どんな大蛇でも恐れ、その場をとどまることはない。槍で突けば、槍を伝って毒が腕にまわり、槍の持ち手を乗っている馬もろとも死なせる。泉の水を飲めば、泉の生き物は死に絶え、何年にも渡って、浄化されることはない。だが何より恐るべきは、その眼だ。生みの親たるメデューサ譲りの魔眼は、物を見るだけで、毒は視線を伝わり、岩をも崩す」


 バシリスク。あるいは、コカトリスやバジリコックとも呼ばれていた生物は、伝承の中で古くより語られていた。そして時代により、語られるその姿は変化していった。

 エレの語る、小さな金色の蛇の姿は、紀元前二世紀ごろにニカンドロスが記した、『有毒生物誌』に。

 毒の恐ろしさの逸話は、紀元一世紀にプリニウスが書いた『博物誌』に、それぞれ残されている。

 中世では、二本、または四本の足を持ち、雄鶏の頭と黄色い羽毛、蛇の尾を持つとされた。

 また、公一がテレビゲームで見た、八本の足を持つトカゲの姿は、十六世紀にアルドロヴァンディの著した『蛇と竜の博物誌』の中の挿絵に描かれたものだ。

 生まれについては、エレは女怪メデューサが生み出したと語ったが、人間世界では別の説が取られていた。『雄鶏が卵を産み、それを蟇蛙が温めて孵化させるとバシリスクが生まれる』とされていたのだ。


 歴史の中で、人間によって様々な逸話がつくられ、姿を変質させていった怪物の『正解』が、こうして神の口から語られているのだ。

 それは、とても貴重な物なのかもしれないと公一は思う。とはいえ、バシリスクのいないこの世界では、役に立つことはない知識であろうけど。


「見られるだけで、死に至る、ですか。流石にそこまでの毒の持ち主は、聞いたことがありませんね。それでも、『うねり大蛇(ツイスト・ボア)』は人間が相手にするには、ことによれば下位エルヴィム(スケイル・ゴート)より驚異的な相手なのです」


 ただし仮に、うねり大蛇(ツイスト・ボア)とゴートが戦った場合、最終的にはゴートが勝利することになる。魔術という神の加護を持たないうねり大蛇(ツイスト・ボア)はどうあっても、ゴートを傷つけることはできないためだ。このドナルレヴェンにおいて、地上の生物でエルヴィムと戦えるのは、人間だけである。


「そのような相手と戦わせてしまい、本当にすみません。貴方たちが仕留めた魔物がうねり大蛇(ツイスト・ボア)だと聞いた時は、お茶を噴き出してしまいました」


 エレほどではないにせよ、ナナも随分表情を変えない人間である。真珠に掘りつけた彫刻のように硬質な顔で、そのようなことを言われても、ナナが茶を噴き出している姿など想像がつかなかった。


(本当なのか冗談なのか……)


 公一は微妙に悩んだが、


「いえ、この通り怪我もありませんし、そんなに強い魔物なら、僕らが相手したのはむしろ良かったですよ」


 傍らの剣を手にして、公一は言う。


 神が鍛えた剣。刃渡りは約七十センチ。柄の長さは拳二つほど。分類としてはショート・ソードとされ、片手でも扱えるタイプの剣である。

 銘はわからないが、鉄よりも強靭という大蛇の鱗に勝る、人智を超えた切れ味を宿していた。

 エレに言わせると、アーサー王伝説に語られるエクスカリバーなどには流石に劣るが、神話に登場する名剣並みの業物だそうである。


「そう言ってくれると助かりますが……甘えすぎるわけにはいきません。雇い主側としての矜持があります。ジェイン様に頼み、特別ボーナスを……ボーナスを……」


 淡々と冷静に話していたナナの表情が、次第に苦しげに歪み、苦悶とさえ呼べる表情に変わっていく。


「ボーナス……その……な、なんとか数か月以内にはッ!」

「だ、大丈夫です! 待ちますから!」

「そ、そうですよ!」


 血を吐くように叫ぶナナに、公一とナピの方が慌ててしまう。金策に困っているのは、話の節々から察せられていたが、相当なもののようだ。


「……金が無ければ首も無い、か。人の世とは、どこでも金がものを言うようだな」


 相手を気遣うあまり、皆が冷静でいられない馬車の中。ただエレだけが、どこまでも変わらぬままに、感想を漏らしたのだった。


   ◆


「どれだけ金があろうと、やはり人間は夢が無ければ生きている価値がない! そうは思わんか、レオナルド!」


 立派な髭を生やした精悍な男は、見た目にたがわぬ力強い声で、背後に立つ老執事に呼びかけた。


「はっ……旦那様は、寝ても覚めても、夢に満ち溢れていらっしゃいます」

「そうかそうか! ハッハッハッハ!」


 執事の若干、勘弁してほしいと言いたげな声など、意にも介さず、精悍なるリチャード大公は高らかに笑う。

 元気いっぱいの中年男性は、滑らかに筆を滑らせ、書類をしたためていた。

 紙は、量産されている植物繊維を使った物ではなく、獣の皮をつかったものである。こうした獣皮紙は、高価であるため契約書など、特別な書類をつくるときだけ使うものだ。

 しかし、このカシゥム領の主リチャードは、ことあるごとに獣皮紙を使いたがる癖があった。理由は、植物の繊維からつくったものより、厚く、しっかりとして見栄えが良く、カッコいいためである。

 無駄遣いであると諫める者もいるが、こうした贅沢も、カシゥム領の豊かさと力を見せつける役に立つので、全くの無駄とも言えない。


「よっと」


 書き終えた後、領主の印章を捺し、完成させる。

 書類の内容は、保存食料や医薬品など、『今後』必要となる物資の注文書である。その額は、村一つ二つは、まるごと買い取れるだけの値段である。

 普通なら、貴族であれ領主であれ、そう簡単に出せる金額ではない。


「金は使ってなんぼであるからなぁ! これからの戦いのためだ!」


 しかし、リチャードは全く惜しむ気配はなかった。


 カシゥム領。


 リチャードが領主として治めるこの地は、鉱山と鍛冶によって大いに栄えている。

 北に座す山々からは、鉄を中心に、銅や鉛、(スズ)など、多様な金属が掘れる。その採掘量は世界で五本の指に入る規模だ。

 そればかりではなく、その金属を加工する技術も世界有数のものである。凄腕の鍛冶師、職人、技術者が終結し、日々しのぎを削り、腕を磨き、優れた製品を生み出し続けている。

 鍋や包丁、馬の蹄鉄、針、ノコギリや金槌、釘やネジなど、日常に欠かせぬ金属製品が、この地から世界中に輸出されている。

 おかげでカシゥム領は、懐の温かさにおいても、世界で五本の指に入る、富める領となっていた。


 更に、剣や槍、鎧などの武器も、もちろん最高級のものが鍛え上げられている。その自前の武器が使えるため、軍備の充実でもカシゥムは他の領より飛び抜けた存在であった。

 経済力も軍事力もその手に握るカシゥムは、王家を除けば最強の貴族と言っても過言ではない。


 しかし、この神に愛されているとさえ思えるカシゥム領は、この上で更に、別の部分で恵まれていた。

 それは、金や力の栄光さえ色あせる、究極の栄誉。

 金では買えない、真の名誉を得ることができる立場にあった。


「何せ、我がカシゥムは『勇者』と共に戦うのだ! 準備を怠って無様をさらすわけにはいかぬ!」


 すなわち、救世の勇者が降り立つ、大神殿が存在する領地の一つ。異世界の勇者を迎え、滞在させる、六つの地の一つこそが、このカシゥムなのだ。


 勇者と共に、ドナルレヴェンを救うことを託された領主。

 それが、カシゥム領主であった。



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