2-2:行き場の無い者たち
ギモージア神殿長討伐戦から三日後の、五月八日。
公一たちは、ジェインの好意で、彼女の屋敷に住み込みで働いていた。
神殿との抗争、エルヴィムの侵入、町を守る結界の消滅、多くの不幸に見舞われたゾシウの町。だが町はしぶとく生き延び、浅くはない不幸の爪痕を埋めることに、力を注いでいる。
そんな誰もが忙しく駆け回っている中で、ゾシウの外にある村から、『大型生物』の目撃情報がもたらされた。
生物の正体はわからないが、危険な猛獣か、下手をすれば魔物かもしれないと危惧したナナに頼まれて、公一たちは、報告のあった村に赴き、村の近くの森に出現した生物の探索を行った。
その生物には、昼になる前に対面することができた。その生物が、三十メートルを超える、大蛇――大蛇型の魔物であったことは予想していなかったが。
それでも、無事に魔物を仕留めることができ、公一たちの仕事は片付いた。その後、村人総出で大蛇の死体を解体し、皮を剥ぎ取る作業にかかった。村人にとっては、獲物の処理は、子供の頃から教わっている基本技能らしい。
一方、皮剥ぎの技術など無い公一たちは、村にいても役に立たないので、剥ぎ取った分の皮を馬車に運び入れ、近くの革工場まで運ぶ作業を引き受けた。そして、革工場に到着したのは午後三時。
大蛇の皮の受け渡し手続きをした後、工場長が会いたいそうだから少し待っていてくれと言われ、公一たちは了承した。工場見学をしながら待ち、工場長との面会ができたのは、一時間後のことであった。
「おうおうおう! いい獲物持ってきてくれたなぁ、兄ちゃんたち!」
革工場の長は、印象を一言で言えば『虎』であった。
見上げるほどの背丈に、隆々たる筋肉。荒事を幾度も潜り抜けたことを示す、肌の古傷。短く切り揃えた金髪に、やたらに凶悪な目つき。特徴的な鋭く太い八重歯。
工場長ユリウス・タルボ。
山賊の大親分と紹介された方が、周囲は信じるだろう。
「あの長虫は人気があるんだが、中々捕れなくてよぉ。三年ぶりかなぁ。あれだけの大物なら、バッグが百個はつくれるぜ! いやいっそ、ジェイン様用に飛び切りの奴を一つ作って献上するのもいいなぁ!」
森の主と呼ばれる『うねり大蛇』。魔術を使わずに人間が倒せるような相手ではなく、百人を超える軍を動かして討伐する対象だ。しかし、革に傷つけないように戦う余裕のある獲物ではない。
氷魔術で全身を凍らせ、八方から矢や魔術を放ち、全力で攻撃を浴びせかける。それでも頑丈な鱗は、並み以上の魔術でもろくに効きはしないし、強靭な生命力は、脳や心臓を潰さなければ、体が半分に切断されても死にはしない。倒しきったときには、傷の無い個所など見つけられないことがほとんどである。
今回のように綺麗な状態の死体が運ばれてきたのは、この歴史ある革工場でも初めてのことだった。
「バッグって幾らくらいになるんです?」
「んー? そうだな、オギト領以外なら金貨で最低十枚……五十枚でも売り物になるかもなぁ。だがうちは商人どもに、安く買いたたかれちまうからなぁ、クソ……。その場合、金貨四、五枚ってとこだろうよ」
大蛇一体でまとめれば実質の儲けは、金貨五百枚くらいだと、ユリウスは説明する。
「それでも金になるだけマシだろうな。皮も骨も役に立たない魔物も多いしな」
このゾシウに来たばかりの公一がやりあった、針山の魔物など、それこそ役に立たないそうだ。せいぜい、針などを土産物として、二束三文で売る程度である。
また魔物ともなれば、革が強固過ぎて、切って加工することもままならないものも多くある。うねり大蛇も鉄程度では歯が立たず、特別な機材を使わなければならない。
それだけ丈夫な材料からつくったからこそ、魔物の革製品は耐久性が高く、高額で売れるのも確かだが。
「ところで兄ちゃんたち、ジェイン様の屋敷の新しい使用人ってことだが……」
ユリウスは爛々とした大きな目をギロリと光らせ、
「……ジェイン様のこと、よろしく頼むぜ? あの人もこれから大変だろうからよ。いや、大変なのは今までもそうなんだが、この先は多分もっとだ」
「……と、言いますと?」
工場長は苛立たし気に、胸ポケットの葉巻を取る。小さく『マチルガ』と呟いて火をつけ、口に咥えた後、語り出した。
「あのクソ忌々しい、ダーリング家の恥さらしのギモージアの野郎がおっ死んだっていうのは、まあ万々歳だ。俺は話聞いた後、気がついたら大事にとっておいた高い酒を杯に注いでたぜ。けど、神殿長が死ぬなんてのは大事件だ。それも叛乱起こしてな。結界もぶっ壊れたって聞くし、神殿も、王国中央部も、難癖つけてきやがるに決まってる! ジェイン様を苛めようって判断をするに決まってるぜ、クソッタレが!」
ガジガジと葉巻の先を齧りつつ、ユリウスは悪態をつく。
「そんなだからよ、オギトはまた荒れるだろうよ。ただでさえ、エルヴィム襲来の時期だってのに。叛乱で出た被害を修復しなきゃならんだろうし、出費も増える。持ってきてくれた長虫を、もう十匹取って来てくれても間に合わない。ジェイン様は辛いだろうぜ」
工場長の言葉や態度から、彼がジェイン・ダーリングを、親が子を思うかのように大切に思っているのが伝わって来た。
「タルボさんは、ジェインさんのこと好きなんですね」
ナピが微笑ましそうに言う。ユリウスはちょっと目を泳がせ、きまり悪げに体を揺すった。
「ま、オギトはな、吹き溜まりみたいなとこでな……。他の所にいられなくなった奴らが、ここに集まってくるのさ。犯罪者ってわけじゃねえぜ? 事業に失敗して、身を持ち崩した奴。酒やギャンブルの度が過ぎて、家族から勘当された奴。駆け落ちした男女や、身内が罪を犯して虐められるようになっちまった奴。居場所がなくなる理由は幾らでもある……そんな奴らが、スラム街やギャングに堕ちずに、まっとうに生きていける唯一の場所なんだよ」
五百年前、先祖が大罪を犯したダーリング家。王家や他の貴族から忌み嫌われ、取り潰す機会を狙われ続ける領主。
だからこそ、行き場の無い者たちのことをわかってくれる。彼らの味方になってくれる。弱者を見捨てず、生きていく道をつくってくれる。
故郷を失った者たちにとって、新しい故郷になってくれる。
「だから俺たちはダーリング家と、ジェイン様に忠義を尽くす。そうしなきゃ、もう行き場所がねえ。ここを追い出されたら、もう迎えてくれる場所なんてねえ。オギトが無くなったら、もう俺たちは生きていけねえ」
ユリウスは公一たちを見ながら、視線の焦点は公一にあってはいなかった。どこか別のところを、別のいつかを見つめていた。
「お前らも、何かワケありなんだろ? 珍しい髪や肌してるしな」
「……まあ、そんなところです」
この世界ではあまり多くない、黒髪と象牙色の肌をさすり、公一は曖昧な微笑みを浮かべる。実際、公一たち以上のワケありはいないだろう。
「ならやはり、俺らは同じ穴のムジナよ。巣穴を守るためなら、何でもする。俺らはオギトが栄えさせるために、仕事する。お前らも、ジェイン様のために……頼むぜ?」
「はい、力の限り」
「は、はいっ、頑張ります!」
公一もナピレテプも、当然ながら快く返事を返す。
だが、肯定の返事を返さなかった者もいた。
「……頼むと言うが、我々がジェイン・ダーリングに仇なすとは考えないのか?」
エレが口を開いたかと思えば、冷たい口調で『自分たちを信用していいのか』と問いかける。だが、ユリウスはガハハハハと笑った後、
「おいおいおい、つまんねえ冗談言うなよ。お前らがクソ野郎どもなら、ナナ様たちがとっくに魔物の餌にしちまってるよ」
確かにと公一は納得する。
「いや本当に、ナナ様ときたら怖えのなんの。この前も酔っ払いが騒いでいたら、眉をピクリとも動かすことなく、いきなり股座を蹴り上げて」
「ほう……」
突如、部屋の空気が凍り付いたような気がした。
「どうしました? 続けてはどうです?」
「い、いえ、その……」
二メートルは超える身長の巨漢が、無意識の内に縮こまり、身を震わせる。出入り口の方へと目を向けるのも厭い、視線を足元に向けるが、目にしなければ消えるというものではない。
カツカツと規則的な足音を立て、ナナ・ルフ・ファウンドは工場長の部屋に入って来た。
「工場長……人に聞かれて困る話をするのは、感心しませんね」
「ど、ど、どうもすんませんでしたーっ‼」
弾かれたように背筋と伸ばして直立し、腰を九十度傾けて深々と頭を下げる。魔物も素手で殴り倒せそうな筋肉の持ち主が、華奢な若い女性に恐れ戦く。しかし、公一はそれを笑う気は欠片もない。
鍛えこまれた猟犬は、大型の野獣の喉笛も噛み裂くものだ。
「はあ……まあいいでしょう。それよりコーイチ。ことが済んだら次の仕事です」
頭を下げたまま硬直している工場長にため息をつき、公一に視線を向ける。
南郷公一、及びエレ、ナピレテプ。彼ら三人の仕事はダーリング家の雑用係。
職務内容は、雑巾がけから魔物退治まで――要するに『言いつけられること全部』であった。




