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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第一章:ドナルレヴェン
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エピローグ:希望の朝



「……終わったか?」


 大きな被害を受けた兵士たちが一時撤収した、太陽が全体像を見せたころ、死んだと思われていた者が起き上がる。

 ギモージア神殿長だ。フックの『力弾(クラブ)』を背中に受け、血を流しているが、残った結界の効果と、分厚い脂肪が衝撃を和らげたのか、九死に一生を得ることができたようだ。


「……まだ町人どもは避難中、ヤジウマもおらん。逃げるなら今か」


 神殿には流石に、数人の兵士が残されている。神殿内に入るのは危ない。


(だが、町にはわしの息のかかった商人が残っている。奴らに命じて、どこかへ)


 ギモージアと付き合うような悪徳商人ならば、今の落ちぶれたギモージアの命令など聞くわけもない。同情もせず、ギモージアと付き合いのあった証拠を消したうえで、自分に関係ないと兵士に突き出すだろうが、そこは自分に都合よく考える。

 のそのそと動き出すギモージアであったが、兵士に捕らえられる未来は訪れることはなかった。


「逃げる時期や場所など……考えることはない」


 肉体を突き破る、『グズブッ……』という、鈍い音。


「えあ……?」


 見えない何者かに、背中から貫かれ、腸まで引き裂かれたことをギモージアは悟った。血を吐き、倒れる。


「いやまったく……運がいい」


 見えない何者かは、まとっていた『幻』を消し、見える何者かになった。

 複眼の、ミイラ男がごとき魔性。


「エ……エルヴィム? 死んだはず……」

「死ぬかと、思ったさ……死にゆく幻を……見せる事が出来ねば、とどめを刺されていた」


 フックの幸運は、彼の固有能力である『幻星(モルゲンステルン)』は、『力弾(クラブ)』よりもエネルギーの消費が少なくてすむことだ。ゆえに自分が消滅する幻で、自分が死んだと見せかけ、ジェインたちをやり過ごすことができた。エレであっても、異世界ではその力は完璧ではない。五感は人間並みであった。


「まったく情けないことだが……あのままでは、『火の玉』を一つくらっただけで死んでいただろう。だが、それでも素手で貴様を殺すくらいなら、まだできる」


 ギモージアは激痛に身を震わせ、喋ることもできずに絶望する。

 なぜこんなことになったのか。

 誰のせいだ?

 ジェインだ。あの小娘が余計な探りを入れなければ。それにあの異邦人の三人が、最初に自分の言うことに逆らわなければこんなことには。


(クソッ! クソッ! クソッ!)


 ギモージアの逆恨みを嗅ぎ取り、フックは喜ぶ。人間の恨みつらみは、彼のエネルギーとなる。傷つき、腹に穴の開いた体には、良い栄養になる。


「ギモージア。お前は本当に……役に立ってくれた。この私のために……」


 フックは、エルヴィムが人間に送るものとしては、最高の賛辞を捧げ、フックはかつての神殿長にとどめを刺した。


「さて……この町からはもう出なければ。だが……」


 いつか必ず、公一を殺す。


「言った通り……戦いは、これからだ……!」


 復讐を誓い、フックは幻を纏い、姿を消す。

 後には、この町をたった三年で相当に傷つけた男の、哀れな亡骸が転がっていた。


   ◆


 五月六日、午前七時。


 本来なら公務として仕事をしているはずのジェイン・ダーリングは、一人の少年に割り当てられた寝室で、椅子に座っていた。

 ベッドには、昨日戦ったエルヴィムさながらに、包帯で全身覆われた少年が横になっている。雷で焼け焦げた右腕は、特に念入りに包帯がまかれていた。

 ジェインたちは公一が倒れてからも、後始末に駆けずり回っていた。何せ、町を守る結界が破壊されたのだ。エルヴィムを倒したとしても、この辺りは魔物が多い辺境。急いで結界を張り直さねばならなかった。数時間後、魔物退治から帰還した正規兵たちも迎え入れ、事情説明をし、彼らを率いて更に後始末に奔走した。全員休みなく働き、十八時間という驚くべき短時間のうちに、結界を張り直すことに成功。

 神殿の庭での戦いから、丸一日以上経って、ようやくジェインは休みの時間を得て、公一の話を聞くことができた。


「……はあ、勇者に、天使に、異界の神様でしかも地獄王、だって?」


 疑念はこもっていない。信じたうえで呆れ果てているという、ジェインの表情だった。


「……信じてくれます?」

「ちょっと無茶な話だが……確かに君らのやったことは、この世界の常識では考えられない。神か異世界でもかかわっていないと、できないことばかりだ。だから、ある意味では納得したというところだな」


 そう言いながらも、困った様子であった。ジェインはややこしい立場であっても辺境の一領主に過ぎない。そんなところに、神話と伝説の存在がやってこられても、困ってしまうというものだ。


「では、やはりこれから中央の神殿に?」

「ええ、ナピレテプが言うには、神殿で勇者であると認めてもらうのがいいと」


 ただ力があるだけでは偽物と思われてしまう。実際に権力のある組織が認めてくれなければいけない。神殿に認められれば、神殿の立場として、各種支援が受けられる。


「そっか……じゃあ行くんだな。フエリアへ」

「……そう、なりますね」


 正直、オギトに深く関わった今、公一としてはオギトを下に見る中央首都フエリアには、あまり行きたくない。だが、我儘は言っていられない。


「しかしまさか……私などが、伝説の勇者に助けられる、お姫様の役をすることになるとはねぇ」


 かつて乙女心をときめかせた、夢物語の勇者と姫君。それがまさか現実になっていたなんて。


「こんなガサツで女っ気のない私などがなぁ」

「そんなことないって。ジェインは綺麗だよ」


 ジェインの軽い自嘲を、公一は素直に否定する。ごく当然のことを、気負いなく言ったことが、ジェインにも掛け値なしに本気で言われたのだと伝わる。結果、若き女領主は、エルヴィムをも貫く『前線領主』は、真っ赤になって黙り込む羽目になった。

 公一はその反応が理解できず、何か言うべきか、謝るべきなのか、わからなくなる。


 そして、部屋に沈黙が生まれてしまった。その微妙な空気を壊したのは、飛び込んできた天使であった。


「コーイチさんっ! た、た、大変ですぅっ!」

「うおおおお⁉」

「んなっ、何、何があったの⁉」


 妙に慌てる公一たちに変だと思うことも無く、ナピレテプは手にしていた号外を見せつけた。


「新聞です!」

「ああ……中央からのニュースか。えーと……中央神殿に、六人目の勇者降臨……うん? 六人目って、コーイチのことじゃなかったか?」


 新聞には、最後の勇者が降臨したという朗報が、全面に掲載されている。


「そーです! つ、つまり、行方不明になったコーイチさんが無かったことにされてっ、ル、ルル・エブレクニト様がっ、別の勇者を送り出しちゃったんですぅっ!」

「ええ……それって、つまり、これから中央神殿に行っても」

「に、偽物と思われてしまうって、ことです」


 あちゃあと天を仰ぐ。ギモージアのイメージから、神殿への期待感はあまり高くなかったので、そんなにショックではないが参った。

 完全に予定が狂ってしまった。


「ああ~、じゃあ、もうしばらくうちで働くか?」


 困る公一と、泣いているナピを見かね、ジェインが助け舟を出す。


「え……いいの?」

「元々、まだしばらくは雇うつもりだったしな。それに勇者とか抜きにすれば、大手柄を立ててくれた恩人たちだ。無碍にはできないさ」

「……ありがとう。じゃあ、悪いけどよろしく。ジェイン」

「ああ、よろしくなコーイチ」

「ううう……ありがとうございますっ! よ、よろしくお願いします!」


 三人はそれぞれ握手をかわす。

 異世界の見知らぬ大地と空。荒れ狂う世界の滅び。

 先は見えないが、今この時、彼らに不安はなかった。


「……で、いいよな? ナナ」

「甘っちょろい……ですが、まあいいです」


 黙って様子を見ていた秘書官に、事後確認をするジェイン。ナナは、そんな主人に若干呆れ気味だが、もうどうとでもなれという空気を醸し出し、首を盾に振る。


「ただちょっと、個人的に聞きたいのですが……エレ、様?」


 流石に神だと言われ、どう対応すればいいのかわからず、エレへの呼称に迷うナナ。


「今まで同様の対応で構わない」

「……はい。では、エレ殿で。エレ殿、貴方はなぜ今回の戦に手助けを? エルヴィムとの戦闘まで。最初はコーイチ殿を止めたという話ですが」


 勇者を呼び捨てにするのはどうかと思い、全員に『殿』をつけることにしたナナは、エレへと質問する。

 異世界と言う関係の無い領分に立ち入ることを避けていたというエレが、なぜなのかとナナは疑問の思ったのだ。公一と言う、エレの世界の住人を助けるのはまだしも、異世界人である自分まで助けるとは。


「あ、そ、そういえば、ちょ、丁度よく助けに来てくれましたし……ひょ、ひょっとして、見てたんですか?」


 ナピレテプも訊く。公一とジェインも興味深そうにエレを見つめていた。


「……神は見守るものだ。それに」


 暗にナピレテプの言葉を肯定し、


「供物を捧げられた。その分の祈願くらいは、聞いてやるのが、神としての領分だ」

「供物……? あっ、食事?」


 ダーリング邸では、エレの食事は全て、公一とナピが皿によそい、あるいは食卓に並べ、エレに渡していた。供物として神に捧げる形をとらないと、神であるエレは食事がとれないのだ。

 その説明を公一がすると、


「つまり……数度の食事の礼として、下位エルヴィムと戦ったと?」

「……それが、私の護るべき領分だ」


 ナナが呆然と確認し、エレが頷く。


「……ぷっ、くっ、あはははははは!」


 しばしの沈黙の後、ナナが盛大に笑い出した。初めてナナが笑うところを見た公一とナピなかりでなく、ジェインも驚く。本当に、滅多にないことなのだ。


「なんですかそれっ! ぷははっ! まったくっ、誰も彼も、この私も甘っちょろいと思っていましたが、貴方が一番甘っちょろいとは! しょ、食事の礼のためって、あはははは!」


 エレの普段の様子とのギャップが、妙にツボにはまったらしく、しばらくナナは笑い続けた。その間、鉄面皮は変わらないものの、エレは少し居心地が悪そうであった。


「うくく……いえ、すみません。どうも私はツボにはまると中々止まらない質のようでして」

「いや……しかし、いいのか? 手助けをしたとはいえ、始めは見過ごしていたことに変わりはないが」


 エレが手を出したのは、公一がもはや自分ではどうにもならない危機に陥ってからだ。その前から手助けすることも出来たであろうし、エレの手があれば、もっと多くの兵が死なずにすんでいたのは間違いない。なぜ助けてくれなかったのかと恨まれているだろうと、エレは考えていた。

 しかし、ナナは普段の冷静な表情を取り戻し、


「何を言っているのですか。この世界のことに、貴方が手を出す義務が無いことは明白。元より、この町のことは我々が対処すべきことであり、兵たちはそのために命を賭けている。死した者たちもそうです。手を貸してくれた『善意の協力者』に感謝こそあれ、文句を言うのは筋違いというものです」


 凛として断言する。理屈では確かに、エレは公一を助ける以上の手助けをする義務は無かった。彼は無関係なのだから。だが、助ける力があるのなら、なぜ助けてくれないのかと言うのが、人間というものだ。

 それを責めることなく、当然のように割り切れるのは、領を守護する者としての自分に誇りを抱いているからだろう。


「……君らを侮辱する言葉であったかな。すまない」

「いいえ。ただ知っておいていただきたい。我々は貴方に感謝していることを」


 エレの謝罪にナナは首を振り、恩人に対し、卑下するようなことはないと伝えるのだった。エレはナナの言葉に頷き、その感謝を受け入れた。


「それと公一」


 次に、エレは公一に顔を向ける。強い視線が公一の眼を射抜き、公一は思わず、背筋を正した。

 エレの首で、以前より光が弱まった雷の欠片が揺れる。あの後、エレが二股の矛(バイデント)を黒い鎖に変化させ、より強い封印にして縛り上げ、ネックレス状にしたものだ。もう公一の能力を持ってしても、直接手に触れでもしなければ、勝手に動いたりはしない。


「元の世界に戻る気があるのなら、人を殺すな。人を殺した人間が、人殺しを禁忌とする社会に戻ることは難しい。今回は、どうやら大丈夫だったが、人死にが出てもおかしくはなかった。弁えよ」

「は、はい……。え……それって、だから……僕に殺させないために?」


 エレが、戦場に走ろうとした公一を止めたのは、公一が殺したり殺されたりすることを、危惧してのことだというのか。

 人の死は、世界の摂理を知るエレにとって、住む場所が変わるだけのこと。人が人を死なせることを、気になどしないものと思っていたのに。


「人を殺すということは、かつらや下駄を身に着けるのとは違う。その人間の本質にかかわる行為だ。人を殺すことは、それまでの自分自身を殺すことに近い。殺した後のお前は、殺す前のお前とは変わるだろう」


 ジェインやナナには、エレの言葉がわかった。彼女たちも、公一たちに、殺したり殺されたりといったことを、させたくはなかったから、ギモージアとの戦いに巻き込ませなかったのだ。

 彼女たちは、人を殺めたことがある。取り返しのつかないことをした実感がある。血で汚れることが覚悟したうえで行ったことで、他人から咎められようと罵られようと、耐えられる。だが、他の人間に人を殺させてもいいとは思わない。殺さない方がいいというのは、当たり前のことだが、重要な事実であった。


「人はいずれ死ぬ、私の世界に降りてくる。いずれはお前も、死の国の住人になるならば……せめて生きる限りは、良く生きよ」


 いずれの世も、争いがある。自分が死なないために、殺して他者の持ち物を奪うしかないこともある。自分や誰かを護るために、剣を振るわねばならない時もある。ジェインやナナたちのように、殺してでも守らなくてはならない時がある。けれど、それでも人が人を殺すことは、しない方が良い事だと。


「誰も彼も、そんなことも言わなければわからないほど愚かで、嘆かわしい。人間(おまえたち)は、なぜそうも感情的で、反抗的で、無思慮で、無計画で……神々(あいつら)に似ているのか。まったく愚かしいが……ほっておくのも気にかかる。せめてあまり、煩わせるな」


 人はどうせ死ぬ。終わりが来る。だが生きることは無駄ではない。いつか死ぬからこそ、出来得る限り、良く生きるべきなのだと。

 地獄王は、人を殺した罪人を裁き続け、人の愚かさを見続けて来た、死の神は、公一に静かに『忠告』した。出来の悪い家族か教え子にでも諭すように。


「ぷっ、くっ、あはははは!」

「……何が可笑しい?」

「ご、ごめんなさい! でも、はははっ、エレさんがまさか、そこまで……いい方だったなんて、すみませんっ! ははは……貴方のこと、見損なっていました。あははは」


 憮然とするエレがますます可笑しく、公一は笑いを止められない。やがて、ナピやジェインまで釣られて笑い出す中、エレは一人、鉄面皮で通していた。


「ふふふっ……さて、私はまた仕事だ。例の盗品売買撲滅もそうだが、神殿の腐敗の洗い直しに、新しい神殿長派遣の要請……今度はもっといい神殿長だといいがなぁ。結界ももっとちゃんと張り替えねばならん……。兵士の治療、武具の補充……ああ……金がかさむ」


 ジェインは立ち上がり、ナナを引き連れて仕事へ戻る。部屋を出る時の暗い顔が心配であったが、ナナが特に気にかけていない所を見ると、いつものことなのだろう。


「……ともあれ、一応めでたしめでたし……『時よ止まれ、お前は美しい』って感じかな?」


 公一が『ファウスト』の名台詞を引用すると、エレは首を振り、


「止まっている暇などあるか。生きている限りは絶えず努力をせよ。そして自分を救うがいい」


 厳しくも正しく『忠告』する。

 公一はこの異世界から、本来の世界に帰らなくてはいけない。


「……手伝っていただけますか?」


 しかし公一たった一人の力では無理だろう。かつらや下駄を身に着けた程度では、勇者になんてなれやしない。身に着けるものが、たとえ宇宙を滅ぼす雷であっても同じこと。


「さて……知り得る限りの、武術の手解きくらいはしよう。領分ではないゆえ、保証はできぬがな」

「わ、私だって手伝いますよっ!」


 けれど、この道連れたちが協力してくれているのだ。

 異世界の旅も、希望が湧いてくるというものであった。



 第一章完。

 第二章に続きます。

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