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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第一章:ドナルレヴェン
41/63

40:呼びかけと答え



 ゾシウの天を舞う、百を超える下位エルヴィムの群れ。

 一体一体が、野獣を凌駕する俊敏さと、容易く人体を損壊させる腕力に、遠距離攻撃手段である『力弾(クラブ)』さえも持つ隙の無い怪物。そのうえ、どれほど傷ついても怯むことなく、むしろ力を強めさえする。その目的は人類と神と、世界の全てを消滅させること。

 どうしようもなく相容れない、人類の怨敵。


「どうすれば……」


 ジェインは呟いていた。絶望することはできない。諦めることはできない。

 彼女は領主であり、領地と領民を護る義務がある。たとえ、相手が悪夢そのものであっても直視し、対抗しなくてはならないのだ。


(こちらの戦力は、残り百人もいない。その中で、エルヴィムに対抗できるような個人は、私やナナたちを入れても十人といない……)


 ギモージアとの戦いに、エルヴィムの来襲。兵たちは力を使い果たしている。

 勝利することなど考えるまでもなく不可能。持ちこたえることさえ出来ない。


(せいぜい、声を上げて暴れ、奴らの目を引き付けて囮になるくらいしか、出来ぬか……)


 カァンカァンという鐘の音が耳に響き始めた。夜間の見張りが、下位エルヴィムの群れに気づいたのだろう。しかし、既に町の真上にまで入られてしまってからでは遅すぎる。

 とはいえ、見張りの発見が遅かったのも、無理はない部分はある。空を飛ぶ魔物は希少であり、上空に注意を向けることなどあまりしない。しかもエルヴィムの大規模な行動など、五百年ぶりのことで、慣れていないのだ。

 しかし、鐘が鳴らされた以上、領民たちは遠からず目覚め、それぞれ行動するだろう。


(もしもの時の避難訓練は行ってきたが……)


 実際どこまで速やかに避難できるものか。そして、避難する民の中で、どの程度までがエルヴィムたちに捕まらずに逃げ切れるものか。


「兵士諸君! ただちに、神殿を出て、町の人々を起こして避難誘導を! 負傷者を運ぶことも忘れるな!」

「っは! はいっ!」


 エルヴィムの群れを見て、絶望のあまり立ち尽くしていた兵たちは、目覚めたように動き、走り出す。傷や疲労で動けなくなった者は、動けるものが担ぎ上げて、運び出す。

 生き残った兵士たちは、誰も自暴自棄になって、命令を無視しようとはしない。逃げ出したり、恐慌にかられたりする者はいない。見事な責任感と使命感と言えよう。死者以外は、ジェインの命令に従って、短時間のうちに神殿前から出ていった。


 その様を、フックは邪魔することもなく、言葉をかけることもなく、ただじっと見ていた。体を動かすような力も残っていないのだろう。

 ジェインたちも、フックにとどめを刺す余裕もなく、手を出しはしなかった。

 フックはただ静かに、ジェインたちの足掻きを静かに嘲っていた。


 ジェインは、兵士たち全員を見届けると、視線を上に上げる。下位エルヴィムたちが次第に降りてくるのが見える。降下ポイントは、この神殿らしい。エルヴィムにとって忌むべき神の家から、死を撒き散らすのを始めるつもりだ。

 ジェインと、彼女の秘書官、執事、メイドたちは、神殿に残る。エルヴィムたちを迎え撃つためだ。領民たちが避難する時間を、少しでも増やすためだ。

 だが、いったい何分の時間を稼げるものか。いったい何人、生き延びられるものか。


「もはや神に祈るしか、無いか……」


 そうは言えども、奇跡を信じられるほどジェインは夢見がちではなかった。もはやジェインに残された道は、ただ最後まで抵抗することだけ。

 ナナたちは無言であった。ただ命令を待つ。彼らはジェイン・ダーリングの臣、オギトの兵。中央から蔑まれ、恐れられ、乏しめられながらも、ダーリングの領民であり続けた者たち。

 今更、ジェインを置いて逃げるなど、心に浮かぶこともない。

 一方。ジェインの臣下でも、オギトの領民でもない者、三人は、三様の想いで立っていた。


   ◆


 ナピレテプ。天使。ルル・エブレクニトの従者。『伝令』の力を持つ者。


 彼女はこの世界、ドナルレヴェンの神に使える種族。神の役に立つために生まれ、神の命令を聞くために生きることを、定められた生命。

 神がこの世界を守らんとするならば、この世界を守護する義務がある。

 けれど、地上に堕ちた天使は、エルヴィムの呪いによって力を失う。今の彼女はジェインたちよりもよほど弱い。五つの魔術全てを使えるが、どれも弱いものでしかない。


(わ、私……役立たずだ)


 本来、エルヴィムは神々の敵。神々の敵は、天使の敵。ならば人間たちよりも先に、天使が戦うべきなのだ。エルヴィムが燃やす憎悪の、直接の対象は神々なのだから。

 けれど、ナピにはエルヴィムを倒す力も、人々を護る力も無い。

 公一を、助ける力も無い。フックとの戦いも、最後は公一に任せきりにするしかなかった。


(守られて、ば、ばっかりで……)


 公一は自分を護ってくれた。それがとても嬉しかった。

 だから自分も、護りたいと願った。

 だから、ここまで駆け付けた。


 けれどそれが、叶わない。

 ナピレテプは唇を噛んだ。


   ◆


 エレ。神。地獄王。『冥府』『地下世界』『豊穣』の権能の担い手。


 彼はこの世界の存在ではなく、この世界を護る義理も義務も無い。すなわち領分ではない。

 ただ一つ、いや話によれば六つ。公一を含めた、六人の勇者たちだけは、エレの担当する世界の人間だ。その存在は護らなくてはならない。

 この世界で死なせ、この世界の法則に任せるわけにはいかない。本来の世界ウラヌギアで死に、その魂は自分に委ねられなくてはならない。それが世界の規則。神が定めた神の掟。


(であれば、選択しなくてはならないか)


 異邦の神。力を使い尽くした神。今の自分に、百の魔性を相手取ることはできない。


(だが方法はある)


 名乗ればいい。真の名を。神の名を。古代ギリシャで、口にすることさえ恐れられた、『死』を意味する名を。


(『ハデス』と)


 その名は『見えざる者(ハデス)』。


 ギリシャ神話に語られる、主神ゼウスと海神ポセイドンの兄である、冥府神。

 女神ペルセポネを妻とし、三つ首の番犬ケルベロスを従え、姿を隠す『隠れ兜(アイドス・キュエネ)』を所有するという、地獄王。

 姿を見せぬ者。隠れし者。命と魂を、誰にも見つけられなくする者。

 生きとし生ける者を、現世(うつしよ)から隔離(かくり)する者。この世ならぬ、幽世(かくりよ)の王。


 名は体を表す。存在を表す。自分はここにあると、神であると名乗れば、この世界において神として顕現できる。


 そうなれば、死を司り、地の底を支配する神として力を振るえる。


 大地の蓋を開け、溶岩で世界を焼き尽くすこともできる。

 生きとし生ける者を虫一匹草一本、細菌類さえ逃すことなく冥府に送ることもできる。

 星々の光を、蝋燭の火を吹き消すがごとく、悉く絶やすこともできる。


(このドナルレヴェンほどの小さな世界は、一息の間に百度終末(しゅうまつ)させ、百度創世(そうせい)し直すことも可能だ)


 だが、それは自分という異物で、この異世界を汚す行為に等しい。ともすれば、自分自身が目の前のエルヴィムを超えたドナルレヴェン世界の敵となる。

 更に、この世界に神になってしまった後、元の世界に神として戻れる保証はない。変質することの、予測はつかない。前例はないのだから。


(それは、到底、私の領分ではない。それを、許していいのか?)


   ◆


 南郷公一。異世界の人間。勇者未満。能力――不明。


(何か、何か無いのか⁉)


 この状況。どんな馬鹿でも、もう駄目だとわかってしまう。

 恐ろしい百の化け物。公一たちが奮戦したとしても、全てを相手にはできない。あぶれた者が、町を襲い、そして滅ぼす。

 それでも、公一は駄目にしたくはなかった。ジェインたちを、死なせたくはなかった。ジェインたちが護ろうとした町を、終わらせたくなかった。


(力が強くなっても、強い武器を持っても、まだ足りない! もっと、もっと何か無いのか⁉)


 かつらや下駄を身に着けたところで、公一は所詮公一に過ぎない。

 けれど、身に着けたのがかつらや下駄どころでなかったら?

 何か、多少は変えられるのだろうか?


(何か!)


 公一は無意識のまま、手を伸ばした。

 もっと光をとでも、言うように。


 そしてバチリと、彼は何かを掴んだ。


   ◆


「……なんだと?」


 ナピはその声を聞くと共に、信じがたいものを目にした。

 エレの無表情が崩れ、驚愕にその目が見開かれていたのだ。


「これは一体……」


 口元から唖然とした呟きが漏れ、同時に、エレの腰のベルトにくくりつけられた短槍が、細かくも激しく、震え出していた。キシキシと音が鳴り、先端の穂先部分を包み込んだ黒布が、ザワザワと蠢く。

 やがて、短槍が勝手に動き、穂先部分を持ち上げて、公一のいる方向へと穂先を向けた。次の瞬間、穂先を包んでいた黒布が燃え上がり、灰となる。エレの髪の毛で――『神の毛』でつくった布が、一瞬でだ。

 そして現れた穂先は、太陽よりも強く輝いていた。その穂先を抑え込んでいる黒い柄の方に、罅が入っていく。


「いかん……『()ち』」


『墜ちよ』という言霊を完成させる前に、穂先は弾け飛び、雷光の結晶は柄の束縛から解き放たれる。一瞬さえかけることなく、光の速度で、公一の伸ばした手の中に滑り込んでいた。


「え……?」

「待てっ、公一!」


 公一が手の感触を感じた時、既にそれは解き放たれていた。


 鼓膜が破れるほどの轟音と共に、雷は天へと上り上がった。


   ◆


「これは……あの夜の、光の柱っ⁉」


 ジェインが驚く声がする。

 けれど公一はその手の中に吹き荒れる暴力を抑え込むのに精一杯で、何も言うことはできなかった。

 そう、恐ろしいことに、抑え込んでいるのだ。

 南郷公一が、この馬鹿げた雷の竜巻を。

 どうしてそんなことができるのか、公一には見当がついていた。


(『加護』……!)


 ナピに頭からかけられた、ルル・エブレクニトの『加護』。

 選ばれた勇者に、望む力を与える神の術。

 それは、失敗していなかった。公一には確かに力があったのだ。


 思えば、雷へと変化する『雷光』のイライツの攻撃に、耐えられたのはなぜだったか。

 見えない敵の居場所を、目や耳に頼らずに感知できたのはなぜだったか。


(あの『整えの間』で、僕が望んだのは、何だったのか……!)


 雷の欠片が暴走したあの場所では、誰であっても同じことを望むだろう。


『雷を何とかしなければ』と。


(『雷を操る能力』……それが僕の『加護』か!)


 イライツの雷に耐えられたのは、公一が無意識の内に雷を操り、逸らしていたから。

 見えない敵の居場所がわかったのは、無意識の内に放っていた電磁波をレーダーのように使い、他者の位置を感じ取っていたから。

 神の武器の欠片が飛んできたのは、公一の願いに『雷』が答えたから。


 そして、自覚したその力を、公一は意識的に上空の敵に向けていた。



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