37:異なる者からの問い
剣を構える公一を見据え、フックはふと疑問に抱いたことを言葉にした。
「コーイチ……一つ聞きたい。貴様は、なぜギモージアが殺されて怒りを抱く?」
仲間が殺されたのなら、それを怒る気持ちはわかる。
エルヴィムたちにも、仲間意識や同族意識はある。友愛や親愛といった感覚ではなく、同じ目標を持つ者として連帯感。つまり組織における同志のようなものであるが、全く理解不可能な感情ではない。
フックもイライツを殺されたことには怒りを抱いている。
公一がイライツに襲撃され、返り討ちにした次の日の正午過ぎ。フックも、手下である下位エルヴィムを連れて、公一たちが召喚された荒野に到着していた。イライツが行った攻撃による焼け焦げた跡や、圧し折れた木々を発見し、イライツが何者かと戦闘したことを知った。そして、イライツがいないということは、『迅雷』のイライツはどうやら敗れたらしいということも。
フックはイライツを倒した何者かを探った。それほど時間はかからずに、焚き火の跡を見つけ、魚の骨や鉄製のコップを確認し、その場の気配の残り香を読み取った。エルヴィムが最も強く感じ取ることのできる『悪意』は残留していなかったが、現世に生きる者としてはあり得ないほどに濃厚な『死』の気配や、忌まわしい女神の眷属の臭いを嗅ぎ取ることができた。
ただの旅人にしては異質な臭いから、ここにいたのがイライツを倒した者だと確信したフックは、近くの町へと向かったのだろうと考え、ゾシウへと足を向けた。しかし、フックがゾシウに辿り着いた頃には、公一たちは町の中に入っていた。
多く出入りする人々の悪意を鋭く嗅ぎ分けながら、フックは焚き火の跡で感じた『死』の気配が、町の中へ続いていることを悟った。こうなると、フックには手を出せない。
町の周囲に張られた結界は、フックの力では破ることができない。けれどフックは諦めず、策を練った。
フックの能力は幻覚を見せること。それを使うことが、まず思いつかれた。
神殿長が自ら『招き寄せた誰か』に変装すれば、結界に引っかからずに都市内に入ることができる。
ゾシウの外にいて、神殿長と親しい誰かのことを知り、その誰かであると偽って手紙なりを送る。手紙の内容は、『理由あって、神殿長に会いたいが、そちらに行っても良いか?』という許可を求めるもの。そこで神殿長が『来ても良い』と許可をすれば、都市内に入れる。
ただし条件がある。その本物の『誰か』が死んでいる必要がある。本物が生きている場合、幻覚を纏い変装したとしても、フックは『招き寄せた誰か』にはなれない。神殿長が『来ても良い』と許可したのは、あくまで本物の方だからだ。しかし本物が死んでいれば、『来ても良い』と許可した本来の相手がいない以上、『来ても良い』と許可されたのは『偽者』の方ということになる。
しかし、『偽者』であることが『結界』を張った者にバレると、『結界』に邪魔されるようになる。既に結界内に入り込んでいれば、問題ない。
納得がいこうがいくまいが、それが『結界』のルールだ。結界を張る者の認識、世界の事実、それらが絡み合って出来ている法則。
そのために、まずは神殿長の人間関係を知る必要があった。
「私は、この城塞都市に入るため、人間たちの悪意を探った」
フックは他の上位エルヴィムと比べると、戦闘力が高い方ではないが、悪意を探る能力に長けていた。
そう時間はかからず、フックはゾシウの結界を管理担当している神殿長が、殺したいほど憎まれていることを知った。町から出てくる人間たちの憎悪や嫌悪を感じ取り、その悪意の対象となる人間に、神殿長がいることを読み取ったのだ。
「ギモージアは、多くの者から殺したいほど恨まれていた」
フックは様々な悪意を読み取る中で、ギモージア本人の悪意を乗せた馬車を見つけた。好都合と思ったフックは、初めは帰りの馬車を襲い、馭者に変装して成り替わるつもりであった。しかし、馭者のケニーにまとわりつく、ギモージアからの殺意を感じ取ったため、遠からずギモージアがケニーを殺すつもりだとわかった。
そこで、馭者ケニーの後をつけて様子を見ていたが、ケニーが接触した暗殺者ジェイムズを見て、そちらに変装した方が得策と考えを改めた。ケニーに見えないところで、ジェイムズ・ディノニクスを殺し、また馬車を引いて来た馬も殺し、手下の下位エルヴィムに幻覚を纏わせ、馬に成り代わらせたのだ。
「実際に会ってみて、良く分かった。犯し、奪い、殺してきた男だ。額の傷からは、貴様の敵意も漂っていた。貴様とて、嫌いであったはずだ。貴様とて、許す気はなかったはずだ」
ゾシウの神殿に入った時点で、天使ナピレテプや、死の気配を纏うエレの残り香を感じ取ることができた。しかしフックは慎重に行動した。イライツを討ち取ったほどの者だ。まずは、どのような相手か知る必要がある。フックは、憎悪の塊であるエルヴィムの中では比較的冷静な行動ができた。
無事に暗殺者として潜り込み、ひとまずは大人しく暗殺者として働きながら、公一たちを調べる機を待った。都市内の人間たちを虐殺したいと言う衝動を堪えながら。
そして見つけた。向かい合い、南郷公一が異界の勇者であることを知ることができた。
なぜなら、フックは公一に対して、殺意の衝動を感じなかったからだ。エルヴィムは世界全てを憎むという概念そのもの。ならば、戦いの中でも殺意の昂ぶりが薄い公一は『この世界のもの』ではないということになる。
ルル・エブレクニトの手先としての不愉快さはあるが、ドナルレヴェンの存在に対して感じる怨念よりは、確かに弱かった。だからこそ、こうしてこのように疑問を覚えて、会話する余裕がフックに生まれるのだ。
「なぜ、敵であるギモージアを助けようとした? なぜギモージアが殺されたことを不快に思う?」
フックは聞きたく思った。自分たちに敵である人間や天使に対し、憎み嫌う相手に対し、助けようだの、仇を討とうだのということなど考えられないからだ。
思えば、他者の行動に疑問を覚えるという感情は、フックにとって初めてのものだった。フックと同じエルヴィムは、フックと行動原理は同じで、フックに納得できないような行動はしない。ドナルレヴェンの存在に対しては疑問など持つ余地はなく、感情は憎悪で塗り潰される。
だから、フックにとって他者に問い尋ねると言う行為は、初めてであった。
公一はフックのことなど何も知らない。けれどその問いが、何やら真剣な物に感じられ、少年もまた戦闘中であるにもかかわらず、真摯に考えて、答えた。
「……ギモージアが死んだら、きっと喜ぶ人が沢山いることは知っている。命を助けられて、心を入れ替えて善人になるような奴だとも、思っていない。善意や良心というわけでも……多分ない。だけど、助けずにはいられなかった。僕はただ……見ていられなかっただけだ」
「見ていられなかった……? 衝動か? 我々が、世界を滅ぼさずにはいられないような?」
フックは自分自身と照らし合わせ、答えを探す。
「いや……お前たちみたいに、生まれつき持っているものとは違うさ。僕はただ、人が死ぬところを、もう見たくなかったんだ……!」
血を吐くような、言葉であった。公一に刻まれた記憶が、人の死を見逃せないのだ。それは多分、善行や良心ではなく、人を見捨てることへの恐怖。自分の臆病さを見せつけられる苦痛。フックはその時、公一の敵意や嫌悪が、公一自身に向けられているのを感じ取った。
「……わからんな。やはり、異界の者とはいえ、人間のことは我らにはわからんようだ」
「こちらも……聞きたいことがある」
公一とフックの視線が、真っ直ぐにぶつかり合い、見つめ合う。互いの眼ではなく、互いの意思を見つめ合う。
「君たちエルヴィムが、世界の材料となった山羊ドナルレヴェンの復讐の為に生まれたということは聞いた」
世界のために殺された存在が、世界全てへ抱く復讐心。その化身たるエルヴィム。
「許すことは、できないのか? 戦わなくては、いけないのか? 君たちはドナルレヴェンに生み出されたとはいえ、ドナルレヴェン自身ではないんだろ?」
けれど復讐者が、復讐の相手を許すことも、在り得ない話ではないはずだ。まして、直接殺されたドナルレヴェンと、エルヴィムは別の物であるなら――そう思い、公一は訴えた。
公一は戦士でも勇者でもない。できれば、戦いたくはないのだ。
けれど、
「許すことはできない。戦わなくてはいけない。我々は許す心も、戦いを厭う心も持たない存在として生み出された。我々は創造主ドナルレヴェン自身ではないが、だからこそ、より純粋な憎悪そのもの。ドナルレヴェンの道具にして手足。それが我々の存在理由なのだ」
フックは首を横に振る。
自分たちは復讐者ではなく、復讐そのもの。
憎悪を抱いているのではなく、憎悪そのもの。
復讐者とて、その心には復讐以外の感情を持っているだろうが、自分たちエルヴィムには、復讐、憎悪、怨恨、そういったもの以外は無いのだと。
「そうか……やっぱり無理か。残念だな」
公一が剣を握り直す。
「残念か。お前は人を殺す私を嫌っているのに、戦いたくないと言うのか。やはり、わからないが……まあ良い。我らは死者の魂を喰らえる。その知識も……過去の経験も、自分の一部とできる。貴様の魂を喰らい……答えを知ることにしよう」
「それは、受け入れられないな……!」
会話は終わる。そして、十も数えぬうちに、公一とフックは同時に動いた。
「はぁぁぁぁぁぁっ‼」
「カァァァァァァッ‼」
公一の聖剣と、フックの拳がぶつかり合った。




