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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第一章:ドナルレヴェン
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36:南郷公一の戦い



 幻が消えた後、ジェインは、いまだにフックの腕を抑えている公一の姿を見る。槍の傷は見当たらなかった。

 フックの姿をよく見れば、胸の包帯が破れ、黒い裂け目を見せている。槍はやはり、フックの方に突き刺さっていたのだ。


「あと少し押し込まれていたら、深くダメージを負っていた」


 帽子とマントを被ったような魔性はそううそぶくと、右腕を掴んでいた公一の襟首を左手で掴み、力任せに引きはがす。


「ぬあああああっ!」


 雄叫びと共に公一を放り投げた。公一はジェインのすぐ前に落下する。


「かはっ!」


 落下の衝撃で肺の中の空気が吐き出され、少年は顔を歪める。


「大丈夫かコーイチっ! くそ……『幻聴』までつくれたのか」


 ジェインは不覚をとったことを悔やむ。まんまと騙され、フックを倒すチャンスを失ってしまった。


『す、すいません! もっと私が早く伝えていたらっ!』

『いや……君は私の命を、これで二度助けた。感謝する』


 公一の意思が傷ついたことを伝えていないことから、罠であると悟ったナピレテプの警告が無ければ、ジェインは咄嗟に『力弾(クラブ)』を防げずに頭部を破壊されていただろう。


(だが、これでもうこの作戦は通用しない)


 槍も破壊され、『捻突き』ももうできない。進退窮まった。

 そして、エルヴィムの方を見れば既に『力弾(クラブ)』をつくっている。それも、今回は両手でだ。その大きさは、当然と言えば当然だが、今まで片手で撃っていたものの二倍。威力も二倍はあるだろう。


「死ね」


 そして特大の『力弾(クラブ)』が放たれた。公一は立ち上がり、ジェインと共に逃げようとするが間に合わない。ジェインを見捨てれば公一だけ跳躍し、安全圏にまで逃げられるかもしれないが、それは選べなかった。


(駄目かっ!)


 その瞬間、過去の情景が公一の脳裏に蘇ってきた。


『もう知らないからっ!』


 少女の叫びと共に。


(これ……走馬灯っていうやつか?)


 中学生の時のことだ。

 仲の良い友達がいた。幼稚園の頃からの付き合いで、幼馴染という奴だった。

 よく遊んだ。喧嘩することも時々はあったが、大抵は数時間後には、遅くても次の日には仲直りできていた。

 だから、通学路の途上で、彼女がいつもの捨て台詞を残して駆け出して行ったときも、いつものことだと見送った。


 直後、彼女が自動車に轢かれて、その身が蝶々のように舞い上がるまでは。

 落下し、アスファルトに打ち付けられる鈍い音。

 血の赤。ピンク色の肉片。

 鉄の臭い。血の臭い。

 何か球形のものが転がって、公一の近くで止まった。見慣れた目の色が、こちらを向いていた。


 その後のことは憶えていない。

 気がついた時は、自宅のベッドに寝かされていた。自分自身から酸っぱい臭いがしたから、吐き戻したのだろう。

 気がついた後は、ずっと繰り返し考えていた。


『僕は、彼女を助けられたはずだ』と。

『彼女が轢かれる、一瞬前には自動車に気がついていた』と。

『僕が動いていたら、彼女は助かっていた』と。

『けれど、怖くて動けなかった』と。

『僕は、卑怯者だ』と。


 それが、今の公一に至るまでの『始まり』だった。


 その後は、とり憑かれたように本を読みふけった。

 種類は宗教や民俗学、オカルト、眉唾物のゴシップまで。内容は『死後の世界』について。

 死者が、どうなるのか知りたくて。

 どうなってしまうのか、知りたくて。

 どうすればいいのか、知りたくて。


 仏教、神道、キリスト教、マヤ・アステカに古代エジプト、ありとあらゆる宗教の、死の世界を。輪廻転生、臨死体験、幽霊の目撃談、イタコ、あらゆる心霊現象を。

 けれどどれだけ知識を増やそうと、納得することはできなかった。

 所詮、生きている人間の世界の話だ。死んだことのない人間の話に、信頼はおけなかった。

 それからずっと、納得できずに生きて来た。


 自分を責め(さいな)んだまま、生きて来た。


 こうして異世界に来てからは、同じ思いはしたくないと、人を助けるために危険に飛び込んだ。

 けどそれも結局は、『救えなかった自分』から目を逸らすための逃げであることを、思い知らされた。


(でも)


 けれどこの異世界で、一つ納得することができた。死の世界の、真実を知ることができた。

 まさか、死の世界を治める神様から、直接話を聞くことができる日が来るなんて思わなかったけれど。


 死者がどうなるのかは、わかった。


(一つ、悔いがなくなった。そして、もう一つ……)


 納得はした。死の世界は、あまり住みよいところではないようだが、あの『地獄王』ならば、死者を苦しめるような魂の管理はしないと、信頼することはできた。

 安心できた。人を愚かだと見なしながらも、自分の領分を決して譲らず、公一を守って、旅をしてくれた優しき冥府神が、治める国であれば。

 後は、自分のことだ。もう、見捨てはしない。後悔はしない。

 それが、正義などではなく、自分のわがままの為であっても、知ったことか。


(せめてっ……!)


 せめて、ジェインの身を護ろうと腕を広げて盾にしようとしたところで、


(……えっ⁉)


 突如、公一とジェインの足元の地面が『開き』、大穴が生まれた。


「は?」

「な?」


 グバァァァァァッという音をあげて開かれた穴に、少年と少女は落ち込み、そして穴は再び口を閉ざした。その上に『力弾(クラブ)』が着弾し、破壊力を撒き散らす。けれど、破壊され、撒き散らされた大地の下からは、公一たちの姿は見つけられなかった。


「え? ええ?」


 離れた方で見ていたナピレテプも混乱して声を上げていた。そんな天使の横で、またも地面が『開く』。


「わわわっ!」


 驚き飛び退くナピの眼に、地面に生まれた穴から、のし上がるように現れた者たちがいた。先ほど、穴に呑まれるように消えた公一、ジェイン、そして、


「エ、エレさん!」


 黒肌銀髪の地獄王であった。


「地中に潜り、攻撃をかわす。分類すれば、『土遁(どとん)の術』になるか」


 うそぶく地獄王であるが、彼にとってこれは初めての試みではない。

 地獄王にまつわる物語の中で、最も有名な逸話――『地獄王の嫁取り』の話において、こう語られている。


 花畑で花を摘んでいた女神コレーを(さら)うため、地獄王は一計を案じた。まず彼は、とても美しい水仙の花を地上に咲かせた。それに目を止めたコレーが水仙に近づいたところで、大地に穴を空けて、地下にある冥府に連れ去ったと。


 地下に通じる穴を空けることなど、地下世界の神にとっては造作もないことである。


「おのれ横からっ!」

「これは失礼をした」


 憤るフックに向けて、エレは慇懃無礼に頭を下げる。フックの複眼が、エレの頭頂部を見た瞬間、


「ムッ!」


 フックの足元の地面から、鋭く尖った長い針が、土を跳ね上げる勢いで飛び出し、彼の身を貫かんとした。だが一瞬早く、フックの足が地を蹴って跳び、その細い先端を回避する。

 顔を上げたエレは、相手の姿を見つめ、言葉を口にした。


「『起きよ』」


 跳躍したフックを追いかけるように、フックの着地点の地面から、数十本の針が破裂したかのように噴き出した。


「ちぃっ」


 忌々し気に右足が振るわれ、金属の針がまとめて圧し折られる。針を薙ぎ払った後、フックはいったんエレとの距離をとる。五十メートルほども離れた地点に立ち、動きを止めた。フックはまだエレの力を良く知らない。警戒し、様子を見ている。


「慎重で、不用意に行動しない。戦いの姿勢は、ヘクトルに少し似ているな。やりづらい相手だ」

「エレさん……なんで」


 評価するエレに、呆気にとられた表情で、公一が話しかけた。公一を止めた彼が、何故と。しかしエレは当然のように、


「人との戦いはお前の領分ではない。だが、エルヴィムとの戦いであれば」


 エレは呟いて口に手を当て、柄を摘まみ、神製の剣を抜き出した。


「戦うがいい。それは、お前の領分だ」

「……はい」


 公一は剣を受け取る。剣は濡れても湿ってもいなかった。口の中、体の中とは言っても、人間の肉体とは違うのだろう。唾液も胃液も付着してはいない。


「……あの、エレさん」


 これから言うことはおそらく断られるだろうと思いながらも、公一はナナたちがいまだ相手をしている下位エルヴィムを指差し、


「良かったら……僕が戦っている間に、あの山羊みたいな奴を相手してくれませんか?」


 公一は内心ダメ元で頼んだ。まず無理だろうと。エレはこの世界の戦いに干渉しようとしないと、決めているようだったからだ。

 しかし、


「……まあ良かろう」

「ですよね…………え、本当ですか⁉」


 公一は断られたと勘違いして肩をすくめた後、了承されたのだと気づいて、目を丸くした。驚きのあまり、思わず大きな声を上げてしまう少年に、エレは表情を変えずに再度頷く。


「ああ。だから、お前も勝て。そして……その、身と心にとり憑いた、死の臭いを消すがいい」

「⁉」


 公一は、衝撃のあまりに呼吸を止めた。


「何を驚く。私が死者の残り香を知ることができると、お前はもう知っているはず。お前は……ここに来る前から死に触れている。古い古い、死の臭い。お前が、己を責められることを、身を投げ出すほどに恐れているのは……おそらくそれのためか」


 地獄王は、研ぎ澄まされた刃物で切り分けるように、公一の心に刻まれたものを、見出していく。


「気がついたのは、先ほど、走り去るお前を見た時だがな。力が弱まっているとはいえ、我が身の鈍さに恥じ入るばかりだ」

「僕に……死者の『想い』が……残っていると?」


 途切れ途切れに、絞り出すように言う公一。レダ・マッカのように、自分にも死者の恨みつらみがついているとすれば――そう考えるだけで、罪の意識に目の前が暗くなっていく。


(僕を恨んで――)


 しかし、エレは顔を土気色にしていく公一に、あっさりと答えた。


「いや。それにしては、(かす)か過ぎる。もう、どのような想いなのかもわからないほどに稀薄だ。死者の方から残そうとしたものではない」

「……え?」


 顔をあげる公一に、エレは淡々と事実を指摘する。


「お前が握りしめて、離さないでいるのだ。死者がお前を責めているのではない……。未練があるのは、お前の方だ」

「あ…………」


 エレはその表情にわずかな波さえ起こすことなく、公一に『忠告』をする。


「死者が現世に未練を残すべきでないのと同様、生者が死者に未練を残すべきではない。お前の死への呪縛……それを解くのは、死の神の領分であろう。お前の行動を止めれば、呪縛はますます強まり、お前の心は死に囚われるに違いない。ゆえに、もはや止めぬ方がましだ。勇気があろうがなかろうが、手前勝手に他者を救え。そして、お前自身を救うがいい」

「…………はい!」


 勝手にしろと、見放されたともとれる言葉だが、公一は激励と受け取ることにした。強く頷き、剣を手に、死地を行く。とってつけた力で、心弱く、経験もなく、それでも、他に道はない。


(やるしか、ない)


 そして、傍で公一とエレの会話を、口を挟まずに見守っていたジェインとナピレテプに、顔を向ける。


「じゃあ、行ってくるよ」

「……すまん」


 ジェインが沈痛な面持ちで謝る。槍が折れ、魔術を発揮しきれなくなった今、足手まといであることは自覚していた。それでも、公一一人に任せるしかない身が歯がゆい。

 隣のナピレテプも、似たような表情だった。


「謝らないで。大丈夫。やっつけてくるから」

「コーイチさん……気をつけて」

「うん。気をつける」


 ジェインとナピレテプに言葉を返し、公一は上位エルヴィムに、再びその身を向けた。動向を伺っていたフックも、反応して身構える。


「行くぞフック!」

「フン。滅せよ、勇者……コーイチ!」


 公一はスラリと白刃をさらし、敵へと歩み寄る。

 フックが灰色のマントをたなびかせ、迎え撃つ。


 最終決戦である。



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