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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第一章:ドナルレヴェン
35/63

34:『虚幻』のフック



「……えっ?」


 フックが公一へと向けた言葉に、ジェインは困惑の声をあげた。傍にいるナナたちも戸惑っている。このエルヴィムは何を言っているのか?


(コーイチが、何だって?)


 ジェインの困惑をよそに、フックはダンッと強く、大地を踏みつける。それを合図に待機していた下位エルヴィム二体が、放たれた矢のようにそれぞれ左右に動いた。目的は一つ――『皆殺し』。


 ギメェェェェェ‼

 グエェェェェェ‼


 軋むような耳障りな鳴き声をあげる。山羊の頭をしていながら、開いた口には狼よりも鋭い牙が並んでいた。

 目につく人間に対し、飛びかかっていく。正規兵も、逃げ遅れた傭兵も、戦闘不能になり倒れた怪我人もお構いなしに。


「ギャァッ‼」

「グブッ!」


 体当たりをくらっただけで肉がひしゃげ、腕が振るわれれば骨が砕ける音がする。尾の一振りで手足が千切れ、鮮血が飛び散る。瞬く間に多くの人間が命を失う。下位とはいえ、エルヴィムの力は並みの魔物より遥かに強い。


「やめさせろっ!」

「無駄なことを言うな」


 公一がフックに怒鳴るが、フックは冷たく首を振る。そして、公一に向けて手をかざした。


(何か仕掛けてくるっ!)


 反射的に、公一は地を蹴ってその場を飛び退いた。すると、フックの手から白い光弾が放たれ、公一のいた地面を破壊し、直径一メートルほどの穴を開ける。

 その技の名は『力弾(クラブ)』。エネルギーの塊を弾丸として撃ち放つ、全てのエルヴィムが使える基本技能。イライツはより強力な『雷光(フレイル)』を使えたので、使うことは無かったが、『力弾(クラブ)』とて殺傷力は十分。

 あれを受ければ、いくら強化された公一の体でも無事ではすまない。名の通り棍棒(クラブ)のような、単純かつ強力な破壊力を持った技だ。


「くそっ! ナナ、ザライ、ナンシー、ミシェル! ゴートの方へ向かってくれ!」

「っ! しかし!」


 下位エルヴィム相手に、新兵ではどうにもならない。熟練の魔術兵である四人でなければ、太刀打ちも出来ないだろう。町のことを考えればそうするべきであるが、それはジェインを上位エルヴィムの前に残しておくということになる。

 忠臣として躊躇するが、


「行くんだっ! これは主命である!」


 ジェインの強い言葉に、四人は拳を握り締めて私心を殺し、耐える。


「すぐ……倒して参りますのでっ!」


 四人は二手に分かれ、下位エルヴィムの討伐令を遂行するために走った。


「ヒィィィィィィ!」


 一方、それまで呆然としていたギモージアは、ようやっと動き出した。正気をかなぐり捨てたような形相で、その場から逃げる。


「フン……まあ、カスは後で殺せばいい。まずは貴様だ……コーイチ」


 フックが神殿長の姿を見送り、公一を睨む。エルヴィムは憎悪の塊。生物を見れば殺さずにはいられない。神の寵愛を受ける人間種族に対しては尚更である。そんなエルヴィムが、町と言う彼らにとって害虫の巣も同然の場所に入り込み、大人しくしていた理由は、


(僕が何者か、調べていたのか)


 相手は公一と戦った。公一の攻撃を受けた。ならばエルヴィムであれば、わかるだろう。公一がこの世の人間ではないと。


「……ところで、なぜさっき、あのギモージアを助けた? 貴様にとっても敵のはずだが?」

「……そんなこと、僕が知るか」


 敵とはいえ、殺されるのを見捨てていられなかった。ということだろうが、あの瞬間は本当に考える間もなく、反射的にフックを止めていた。むしろ考えてからであったなら、間に合わなかっただろう。善意や良心などを、憎きギモージアのためにすぐさま動かせるほど、公一は聖人ではない。


「正義感とか、慈悲とか、同朋意識とか、そういうものか?」

「別に……ただ、止めなきゃ、後味は悪かっただろうけどね」

「……あまりわからない感覚だな」


 フックが帽子の乗った頭を、少し傾げる。そして、何気ないと言うような、自然な手つきで、ギモージアを狙い、光の球をその逃げる背に撃ち込んだ。ドズゥッと、鈍くも強い音が響き、ギモージアは悲鳴をあげることもできず、血を撒き散らして倒れる。


「貴様っ!」

「やはり怒るか? 敵を殺されて怒る……わからんな」


 公一は確かに聖人ではない。最初の出会いから、ギモージアは嫌いであった。だが、ゴミのように殺されて、スカッと気分が良くなるという人間でもなかった。


「『ビュービート』!」


 横で、ジェインが風魔術を放つ。圧縮された空気の弾丸。レンガの壁程度は砕くことができる威力を持った『風礫(かぜつぶて)』の術である。それはエルヴィムの体に命中するが、受けた相手はわずらわしげに身を揺するだけであった。


「ちっ!」


 フックは苛立ちの声を漏らす。上位エルヴィムにこの程度の魔術はくらったところで、少しヒリヒリするくらいだ。何千発とくらわなければ死ぬようなことはない。

 しかし、不快ではある。


嫌悪(けんお)(つら)ね……(うつ)ろを(かたど)る……『幻星(モルゲンステルン)』」


 フックの姿が呪文を唱えると同時に消え去った。


「消えた!?」


 この世界に生きる者の中でも、最先端の教育を受けた者であるジェインが驚愕する。エルヴィムにも煙のように姿を消す、なんてことはできない。何かの能力でもなければ。

 イライツが『落雷(カタパルト)』によって雷と化し高速移動したように、フックも何らかの身に着けた固有の力があり、それによって姿を消したのだ。


「っ‼」


 またも公一をピリッとした感覚が襲い、その場を飛び退く。


「何?」


 何もないところから、フックの声が確かに聞こえた。その辺りに拳を突き込んでみたが、手ごたえはない。そこには『もういない』と何となく感じ取れた。


(どこに⁉)


 公一は首を動かして周囲を見るが、わからない。


「がはぁっ‼」


 突如、公一が女神像を投げた時から、腰を抜かして座り込んでいた傭兵の一人が、悲鳴をあげた。首を見えない手に掴まれて、空中に持ち上げられたのだ。地面から足が離れて、空中で静止している。何か見えないものに持ち上げられているのだ。ゴキリと鈍い音と共に、首の骨が圧し折られた。


「さて……確かに見えてはいないはずだが」


 絶命した傭兵の隣の空間から、フックの声が響く。


「透明になっているのか……?」


 公一の呟きには答えず、不可視のフックは傭兵の死体を投げ捨て、自身の思考にふける。


(単に五感が鋭いのか? 音? それとも肌で感じる空気の流れ? 異界の勇者は特殊な能力を、ルル・エブレクニトめに付与される。それによって……?)


 フックは公一自身、自覚していない力を推察しようとする。


(第六感……千里眼……予知?)


 幾つもの可能性をあげながら、フックは公一を探ることにした。


「『幻星(モルゲンステルン)』」


 公一の周囲に、五体ものフックの姿が現れる。


「こいつはっ!」


 フックの一体が公一に飛びかかるのを、少年は咄嗟に振り払う。しかしその腕は、フックの体を通り抜けた。


「幻か」


 それで公一にはフックの力が理解できた。

 幻を生み出す能力。ジェイムズに化けていたのも、姿を消したのも、暗殺者や風景の幻をつくって自分に被せていたのだ。


「そうだ。私はイライツほど優秀ではないものでね。固有の能力はただ一つ。『幻星(モルゲンステルン)』……幻をつくることのみ」


 どこからか、声がすると共に、五体のフックが襲い掛かる。


「コーイチ!」


 ジェインの声が聞こえる。けれど、公一は慌てなかった。


「敵は……」


 一体、二体と、飛びかかったフックが公一の体をすり抜けていく。


「そこっ!」


 五体のフックではなく、何もない空間を公一は殴りつけた。鈍い感触がし、何かが吹き飛ぶ。


「……ち。やはりわかるのか」


 ザンっと地面に着地しながら、殴り飛ばされたフックが姿を現した。五体のフックは、霞が風で吹き払われるかのように、姿を消す。


「危険だ。どうやってかはわからないが、貴様は私の居場所を感じ取っている。貴様は私の天敵になる」


 殴られた腕をさすり、フックは冷たく公一を見つめる。


「仕方あるまい。まだ経験を積んでいない今なら、正面からでも殺せる。今のうちに死んでおくといい」


 ザズリと上位エルヴィムは足を踏み出す。様子見の時間は終わりであった。


   ◆


 ギメェェェェェェッ‼


 異様な雄叫びをあげ、下位エルヴィムが戦場を駆け巡る。逃げ惑う兵士の背中に手をかざし『力弾(クラブ)』を放った。光の弾丸は兵士を貫き、容易く命を奪う。

 次の標的を探そうと首を動かす下位エルヴィムに、


「『メイドーマ』‼」


 攻撃を仕掛けるものがあった。下位エルヴィムの右腕が、水の塊に飲み込まれる。ミシェルの水魔術だ。


「『旋沢(せんたく)』しろっ、メイドーマ!」


 水が回転し、ゴートの白い腕を圧し折らんと、捻り上げる。ギチギチと腕が鳴り、ゴートが痛みに呻くが、腕が折れる気配は無い。ゴートの体は鋼より強いのだ。


 グメェェェェェッ‼


 一鳴きした後、下位エルヴィムは右腕を強く大地に叩き付ける。大地が砕けて陥没し、その威力で右腕を封じていた水が弾け飛ぶ。


「あああっ‼」


 飛び散る水を浴びながら、ミシェルは見た。こちらに向かって殺意の視線を送る、エルヴィムの眼を。


 メェェェェェッ‼


 下位エルヴィムが跳ぶ。ミシェルを引きちぎり、美しい体をただの肉塊に変えるために。水魔術を破られたミシェルに、打つ手は無かった。


「投げろっ、『ビュービート』!」


 ゆえに代わってナンシーが、下位エルヴィムに対応する。鎧を着込んだ戦士も吹き飛ばすナンシーの『風投げ』が、下位エルヴィムの体を空中に投げ上げる。しかし、相手は無様に地面に倒れることなく、機敏に宙返りしてスタリと着地に成功する。


 グゥゥゥメェェェェェ……


「これがエルヴィムか……流石に怖い相手ですねぇ。はい」

「いやぁ、本当に恐ろしい……。けど、ジェイン様のところにいるのは、こいつよりもっと恐ろしい相手。どうにかして倒して、助けに向かわないと」


 ナンシーとミシェルの声には、傭兵を相手にしていた時の余裕がない。たとえ二対一であっても勝ち目が薄い敵であると、理解していたからだ。

 それでも彼女たちに諦めると言う選択肢は無い。彼女たちの全てはジェイン・ダーリングのためにあると、彼女たち自身が決めたのだから。


   ◆


 グェェェェェェェッ‼


 もう一体の下位エルヴィムを相手にしていたザライが、力ある言葉を口にする。


「『レイラデン』ッ‼」


 土魔術により、十本のナイフが鳥よりも速く飛び、ゴートに襲い掛かった。しかし、ナイフが殺到しても、毛や鱗に、浅く突き刺さる程度であった。人間で言えば、肌をつねられた程度のものだ。痛みに対し不快な気分になった下位エルヴィムは、ザライを始末すべく右手をかざし、そこから光球を撃ち出す。

 ザライは初老の身にしては驚くほど素早く、それをかわした。しかし、避けたところを狙って、左手から、次なる『力弾(クラブ)』が放たれる。


「っ! いかん!」


 ザライが次の攻撃はよけられないと、手足が吹き飛ぶ覚悟を決めたところで、


「『シラノス』ッ‼」


『氷の矢』が、『力弾(クラブ)』を迎撃した。


「無事ですかザライ殿!」


 その『氷の矢』は、神殿からナナが放った、氷魔術であった。ナナは更に『氷の矢』を放ち、ゴートを牽制する。氷が突き刺さり、山羊面の魔性は苛立たし気に鳴いた。上位エルヴィムよりは耐久力の低い下位エルヴィムだ。それなりに効いているはずだが、致命傷までは達しない。


「しかし、やはりそこらの魔物とは比べものになりませんね。下位エルヴィム……倒す手段は?」

「無いわけではありませんが、機会をつくる必要がありますな」

「では、私が攻め込みます。機会を掴んでください」


 二人の魔術兵が動く。冷静に、冷徹に、冷酷に、ただ主のために。



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