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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第一章:ドナルレヴェン
31/63

30:前線領主の苦闘



 地に立ったジェインは、手柄を求めて殺到してきた敵兵を睨み、


「勝ったと思うなよ……『ビュービート』!」


 槍が改めて風を纏い、振り回される。

 槍が掠るだけで傭兵の武装が砕け、目にも留まらぬ突きが放たれれば血潮が飛ぶ。瞬く間に、六人の傭兵が大地に転がった。

 しかしそこに、炎が空間を走り、赤いカーテンのように彼女に襲い掛かった。


(火魔術!)


 ジェインは、放射された炎に対し、槍の穂先を突き立てる。槍に宿った風魔術の力で、炎は容易く吹き散らされ、空気に溶けて消えていった。

 しかし、それだけでは終わらない。


「『マチルガ』!」


 火魔術の呪文と共に撃ち込まれたのは、ナピレテプが魔物に対して使ったのと同じ、『()(たま)』だ。一点に凝縮された灼熱の塊。ただ垂れ流され、吹きつけられた先ほどの炎とは違い、名前をつけられた技。下手に槍で突けば、爆発して炎と衝撃を撒き散らす『魔術の爆弾』。


「この程度!」


 しかし、ジェインの風魔術は、より巧みであった。『火の玉』を槍で突き刺した瞬間に、爆発力に風をぶつけて相殺させ、無力化する。『火の玉』は空気を燻らせただけで消え去った。


「『マチルガ』!」

「『マチルガ』!」


 しかし、傭兵たちは『火の玉』を次々と放ってくる。『火の玉』を放つ傭兵は、皆、赤い甲冑をつけていた。おそらく同じ傭兵団の仲間なのだろう。


(火魔術を使う傭兵団……確か)


 ジェインたちは、ギモージアの動向を常に調べていた。その中に、彼が雇った傭兵の情報もあった。


(奴が雇った中でも、実力の高い傭兵団……『赤牙獣(フレア・トゥース)』!)


 連続で放たれる『火の玉』を槍でさばく。外れた『火の玉』に当たり、焼かれて悲鳴をあげる傭兵たちもいたが、違う傭兵団に所属している者たちなのか、気にかけられることもなく放たれ続けた。


「くうっ!」


 ついに、一つの『火の玉』が右腕に着弾した。戦場用の強靭な衣服ゆえに、火傷は負わなかったが、小規模な爆発による衝撃までは防ぎきれない。体勢が崩れる。次の攻撃が迫っている。


(大して強力ではないが、きついな!)


 魔術の中でも、最も攻撃的なものは火魔術。次いで氷魔術だ。風魔術は訓練せずに使っても強い風を起こすだけ。水魔術はバケツで水を汲んでかけるのと変わらず、土魔術は手で物を投げつけた方が簡単という程度のことしかできない。しかし火魔術は熟練せずとも、焚き火程度の炎を相手にぶつけて、重度の火傷を負わせられる。氷魔術は逆に凍傷を負わせられる。

 しかもただの打撃などより、防ぐのが難しい。


「『ビュービート』っ!」


 風魔術で空気を操る。自分自身を強い風で押し、強引に体勢を立て直した。そこに更に『火の玉』が撃ち込まれる。


「『ビュービート』!」


 今度は、近くに落ちていた、鋼の盾を風で浮かせる。火魔術の巻き添えをくらって焼かれ、逃げて行った傭兵が残していったものだ。その盾を風で手元まで運び、つかみ取ってかざし、『火の玉』の攻撃を防ぐ。魔術の力の強弱は、術者によって変わるが、盾に着弾した『火の玉』には、鋼を砕いたり、熔かしたりするほどの威力は無かった。


(まあまあの技巧だが、一流と呼べるほどではない。この盾なら、まだ数発は耐えられる)


 手ごたえからそう判断し、ジェインは一息ついた――が、その瞬間、


「なぁっ⁉」


 激しい爆発力で盾が吹き飛ばされる。ジェイン自身もまた吹き飛び、地面に叩き付けられた。


(しまったっ!)


 吹き飛んだ盾は微塵に砕け、原型をとどめていない。先ほどまでの『火の玉』程度ではなしえない。一段階上の火魔術だ。


(迂闊! 今まで『火の玉』ばかりだったのは、それ以上の攻撃力があることを悟らせず、私が決定的な隙を見せるまで待っていたのか!)


 ジェインは背を打ち、痛みに歯を食いしばりながら自分の愚かさに泣きたくなる。


(早く起き上がらねば!)


 しかし、それを待つような敵ではない。ジェインが上半身を起こした時、既に敵は火魔術を放っていた。相手は三十代ほどの見た目の、禿頭(とくとう)の男。放った魔術は炎を流線形にして撃ち出す、『(ほのお)(やり)』と呼ばれるものだ。球体の『火の玉』より速く、威力も高い。防火性の衣服でも、まず耐えきれない。

 そして、もう避けることもできない。


(ここまで、か)


 ジェインはフッと微笑む。泣き叫んで死ぬのは、辺境で戦い抜いたご先祖たちに対して、格好がつかない。


(やはり、コーイチたちを逃がしたのは正解だったな。負け戦に付き合わせずにすんで、良かった)


 そして、死を受け入れる――はずだった。

 鼓膜を破らんばかりの大音量が戦場に響き、骨まで砕く爆発が、ジェインを奈落に叩き込む――ことはなかった。


「なっ、なにぃっ⁉」


 叫んだのは、『焔の槍』を放った、禿頭の男であった。

 ジェインがくらうはずの『焔の槍』を、代わりにくらったのは、神殿前に立っていた四人の天使像の一つ。人間と同じ大きさの大理石の像は、爆発で粉々であった。まともにくらっていたら、確かに命はなかっただろう。


「……え?」


 ジェインは呆然と呟く。天使像は、本当に天使のように空から降って来たように見えた。けれど、そんなはずはない。彼女の前にいた傭兵たちは、皆一様に驚愕し、あるいは怯えた表情で、身を退いていた。

 ジェインは背後を見る。そこにいたのは、腕を振り下ろした、何かをブン投げたばかりという体勢をした、一人の少年。


「助けに来たよ! ジェイン!」


 真剣に、必死に、ジェインを見つめる少年。


 南郷公一。


 遅ればせながらの、参戦であった。



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