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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第一章:ドナルレヴェン
29/63

28:犬とは、主が敵に、牙を突き立てる者なり



「や……やっぱり、まずいですよ。め、目を覚ました時、きっとコーイチさん、怒りますよ?」

「怒ったところで過ぎたことはどうしようもない。折れるだろう。他にこの世界に知り合いがいない以上、公一も我々と折り合いをつける他ない」


 公一の意思を無理矢理抑え込んでの、エレの行動に対し、ナピは異を唱える。しかし、エレは心を変えなかった。ジェインから金貨と一緒に貰った二輪の荷車に、眠れる公一を乗せ、自分は荷車を引いて、町を出るために歩を進める。

 他者の指示を、自分の意思より優先してしまうのが『天使』の(さが)である。魔物ピンクッションとの戦いでのように、指示を受けない状態では、良くも悪くも自分から動くナピだが、先に指示を出されてしまうと、それに強く抗えないのだ。


「う、うう……でもですね」


 それでも何とか、ナピが意見しようとしていると、風に乗った喧騒が彼女らの耳に届いた。


 金属と金属が打ち合う音。

 火が燃え上がり、炸裂する音。

 物が砕ける音。倒れる音。

 悲鳴。

 怒号。

 断末魔。


「……派手にやっているようだな」


 戦争の音。

 殺し合いの音。

 それを捉え、エレは足を止めて、ふと言葉を漏らした。しかし、大した感慨はない。

 人が死につつあると知りながら、銀髪黒肌の青年は特別に何も思いはしない。

 人類史が始まってから、数千年の間、幾度も起こり、幾度も見て来たことだ。今更気に留めることはなく、地獄王は戦場の音に背を向けて、再び歩き出した。


   ◆


 戦端が開かれて、十五分後。

 二百余名も領主軍と、実質五千人の傭兵団の戦いは、領主軍が押されていた。

 そう驚くべきことに、少し押されている程度で済んでいたのだ。

 領主軍正規兵の個々の実力の高さと、連携力の高さ。そして、正規兵ならざる者たちの、更に並外れた能力の高さゆえに。


「まったく、年は取りたくないな。十年前なら、今頃百人は倒せていように」


 足元に十人の傭兵の死体を転がし、戦場には場違いな、執事服を着込んだ初老の男は言った。


「なんだこの爺……ふざけた格好しているくせに、何者だ!」


 執事を取り囲む五人の傭兵が、怯え交じりの怒声を放つ。対する老人は落ち着いたものであった。

 老人の名はザライ・カルマン。元オギト領主軍中隊長。


「ふざけた格好か。戦場にそぐわぬ格好であると自覚はしているが、軍は退いた身で、正規の装備を身に着けるのは心苦しかったのでな。それに……貴様らごときに、鎧をつけるまでもない」


 傭兵の死体。その身には十本以上のナイフが突き刺さっていた。


「『レイラデン』」


 老人が一言口にすると、こと切れた傭兵に刺さっていた多くのナイフが、キシキシと震え、動き出す。手も触れずしてナイフが傷口から抜け、空中に浮かんだ。

 固体を操る魔術――土魔術である。


「行け」


 何本ものナイフがザライを囲む傭兵へと切っ先を向け、鋭く飛来した。

 傭兵たちも木偶ではない。むしろ腕は立つ方だった。彼らは素早く跳び、躱しきれぬ攻撃は手持ちのナイフで弾いて、その攻撃をしのいだ。けれど、一度防いだナイフは空中で回転し、進行方向を変えて傭兵たちを追う。

 これがザライ・カルマンの得意魔術である。土魔術は土や石をはじめ、家具であれ書物であれ、あらゆる固体を自在に動かす魔術であるが、高速の運動や精密な動作を行うのは風魔術や水魔術より難しいとされている。また、たとえば剣を上手く操れる魔術師でも、槍や鎧、煉瓦や紙を操るのは下手ということも多い。あらゆる固体を操れるようになるには、それぞれの物質を操る訓練を個別にせねばならない。剣なら剣を、コップならコップを操る訓練が必要なのだ。

 遅い速度で大雑把に動かすことなら誰でもできるが、全ての物質を素早く精密に動かすことは、よほど才能がなくては到底できない。ゆえに、土魔術は天才の魔術と言われているのだ。


 そして、ザライは天才ではない。むしろ魔術師としては不器用な方だった。だが軍人として力を求め、矢や投げナイフを始めとした、飛び道具になるものを自在に操れるように訓練した。

 長年地道に努力を続けた結果、彼は複数の遠距離用武器を、同時に自在に操るほどの土魔術の達人として、二つ名を冠するまでになったのだ。大怪我を負って引退するまで、ザライ・カルマンはオギトにその人ありと呼ばれる男であった。

 戦場を離れ、最盛期に比べれば腕の衰えはあるが、今でも何十本ものナイフを、骨を貫くほどの速度で操れる。

 ザライ・カルマン。人呼んで、『牙放つ軍犬』ザライ・カルマン。


「ぐぅっ!」


 一人の傭兵が、ついにナイフで腕を突かれた。結界に弾かれるが、無事だとわかっていても無視はできず、一瞬体が硬直してしまった。その鈍った動きを見逃さず、七本のナイフが傷ついた傭兵に飛来し、もう一方の腕を、足を、腹を、目を、喉を、次々に突き刺していく。そして、連続攻撃で結界の効力が使い果たされたとき、彼の右目にナイフが一本、深々と刺さり、その人生を終わらせた。

 倒れる傭兵に欠片の同情も見せることなく、ザライは次なる標的へナイフを向ける。


「ジェイン様に害為す……そんなことを認めると思うな。暗殺者ども」


 手袋に包まれた手が、ギリギリと握りしめられる。

 古く硬い樹木のごとき執事の胸を占めるのは怒りだ。主人を殺めんとする愚者たちと、公一が気づかなければ、みすみす暗殺者に主人を殺されていただろう、自分自身の情けなさに対しての。その怒り、その屈辱を晴らさんがため、執事は更に傭兵たちの死を積み上げんとする。

 勇猛な騎士として若き日より戦い続ける男は、新たに生まれた戦場の中、死を恐れる気持ちは砂粒ほどもなかった。


   ◆


 領主軍の左翼側にメイド姉妹が並んで立つ。血生臭い戦場においても、彼女らはメイド服を着込んでいた。武装は長い棒を手にいているだけだ。なぜ防具を身に着けないのか問えば、彼女らはこう答えるだろう。

『ゴミ掃除の時はこの格好が、一番気が引き締まるから』と。


「まったくゴミがこう多いと大変ですね。はい」

「いやぁ、しつこい汚れは根気よく洗わなくちゃいけませんよー」


 最初の内は、美しくスタイルも生唾もののメイド二人に、下卑た性欲に濁った眼を向け、ぜひともお楽しみしたいと考えていた傭兵たちも、今では恐怖に引きつった表情をしている。


「うおおおおおっ!」


 傭兵が一人、恐怖に耐えられずがむしゃらに剣を振り上げて突っ込む。対するミシェルは、


「『メイドーマ』」


 呪文により、ミシェルの背後に浮かんでいた、成人男性三人分ほどの体積がある水の塊が動く。近くの井戸から汲み上げて、引っ張って来た水だ。水はミシェルの前にのっそりと(そび)え立ち、傭兵へと蛙に喰らいかかる蛇のように襲い掛かり、その身を飲み込んだ。


「ガボッ! ゴボッ!」


 水に包まれて呼吸できなくなった傭兵が、もがきながら脱出を試みるも、


「回れ、『メイドーマ』」


 ミシェルの水魔術は次の段階に移る。水の塊は内部に渦巻きをつくり、内部に閉じ込められた傭兵を高速で回転させる。


「いやぁ、日ごろの洗濯で鍛えてるんで、水を回転させるのには自信あるんですよぉ~」


 水の中でその身を滅茶苦茶に振り回され、数十秒後回転が止まった頃には、傭兵はもはや動きもせずダランと浮かんでいるだけであった。さしもの結界も、溺れることからは護れない。

 水を高速で回転させることは、水魔術において洗濯ならぬ『旋沢(せんたく)』と呼ばれる技術である。高速で、しかも水全体ではなく内部だけを旋回させるのは、中々の高等技能だ。他の傭兵たちになす術はなく、助けることもできず自分たちが同じ目に遭わぬよう、自ら離れるだけであった。


「いやぁ、水泳は苦手のようですねぇー」


 ミシェルは傭兵を水塊から押し出す。空気中に戻って来た傭兵は、起き上がることなく床に倒れたままだった。息があるかどうかも不明であったが、ミシェルは気にしない。


「まぁ、ダーリング家の屋敷を襲撃したのが運の尽きということで、死ぬ前に帰った方がいいですよ?」


 彼女の表情には、一欠けらの緩みも優しさもなく、冷たい殺意の視線が傭兵たちに向けられていた。

 しかしそれで退く傭兵はおらず、今度は槍を持った二人の傭兵が走る。水の動作はそこまで早くはない。俊敏さに自身がある二人は、水に呑み込まれるよりも早く間合いを詰めて、ミシェルを突き殺そうとする。

 けれどそれも阻まれる。


「『ビュービート』」


 俊足で左右から飛びかかる傭兵の槍が姉妹に触れる直前、男二人の身が上へと跳ね上げられ、中空で回転して背中から床に落下する。

 ナンシーの風魔術により操られた空気が、傭兵たちを吹き飛ばしたのだ。一見簡単なようだが、これも『風投げ』と呼ばれる極めて高度な技術である。まず、吹き飛ばされたのは傭兵のみであり、至近距離にいた自分自身を含め、周囲の物体は全く影響がない。武器や防具を身に着けた人間を吹き飛ばすほどの強風を、狭い空間内にのみ発生させたのだ。


「カハッ!」

「うっ、ぐぅ……」


 三メートルの高さから落下すれば、衝撃が全身に響く。下手をすれば、鎧の重さに押し潰されて死に至る。傭兵二人は結界によって守られていたため痛みはなかったが、急に回転させられたことで三半規管が混乱し、すぐに立ち上がれずにいた。そこをナンシーとミシェルは手にしていた棒で頭を狙い、強く打つ。三度打たれた辺りで結界の効力が切れた二人は、四度目の打撃に悲鳴を上げて昏倒した。


「一応言っておきますが……」


 間合いを詰めず、様子を伺っている残り二人の傭兵に向けて、ナンシーは言葉を紡ぐ。


「私が得意とする武器は棒ですが、刃物でないからと言って、殺傷力が低いわけではありません。女とはいえ、暴漢を撲殺する程度の力はあります」


 ナンシーは剣や槍などの刃物は好きじゃない。刃物は斬ったり突いたりしているうちに、血糊が絡み、刃毀れが起き、威力が下がってしまう。それなら最初から無い方がいい。どれだけ酷使しても威力が変わらない打撃武器の方がいいというのが、ナンシーの意見である。

 何が言いたいのかと言うと、


「殺人を忌避するとは思わないでください。むしろ、ジェイン様にあだなす輩は、喜んで地獄に送ります。はい」


 ナンシーとミシェル。『ダーリングの忠犬』とまで言われ、先祖代々ダーリング家に仕え続けるジョーン家の末裔。二人は、相応の忠誠心を抱いて傭兵たちを迎え撃つ。


「さて、早くジェイン様を汚す屑どもを一掃せねばなりません。はい」

「いやぁ、まったく。急いで片付けるとしますか」


 怖い微笑みが浮かべられ、姉妹は棒を振りかざした。


   ◆


「さすがは、名高いオギト領主軍。留守番の兵でもこれほどとはなぁ」


 ギモージア勢の中で、日に焼けた肌をした禿頭の傭兵が、戦場を見回して評価する。なぜかやたらに強い執事とメイドを抜いて見ても、全ての兵士が高い水準にある。


「まだこちら有利だが、攻め切れるとは限らねえ。向こうは覚悟が決まっているが、こちらは所詮金目当てで、死ぬまで戦う気なんざサラサラ無いしな」


 もし逆転されたら尻尾巻いて逃げる。雇用主(ギモージア)がどうなろうと知ったことではない。しかしそうすると報酬がパーだ。それは面白くない。


「だから、やっぱ勝つのが一番なわけだ。当たり前だが」


 そしてこの戦いで、最も有効な手は、


「どちらが先に『王手(チェックメイト)』するかだわな」


 傭兵は、自ら先頭に立って戦うジェイン・ダーリングの凛々しき姿を見据え、動き始めた。




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