27:ギモージア討伐戦、開幕
戦いについて話そう。
エルヴィムという、人類に対する絶対敵対者が存在するドナルレヴェンにおいても、哀しいことに人間同士の戦争というのは、多く起こる事象である。
王家や領主に対しての反逆であったり、貴族間の抗争であったり、山賊や海賊の討滅であったり、理由や規模の大小は違うが、集団同士で殺し合うことはままあることである。
五百年ごとに訪れ、一致団結して立ち向かわなければ、情け容赦なく滅ぼされるしかない、最悪の外敵を持ちながら、内輪もめをやめられない。それは、あらゆる世界における、人間の愚かさというものなのだろうか。
ともあれ、ドナルレヴェンでも対人戦闘における戦術、戦略の類はある。しかし、量も質も、ウラヌギアのものと比べ、洗練されているとは言えない。
ドナルレヴェンの人類も、記録の上だけで三千年の歴史があるが、『エルヴィム襲来』のたびに、生み出された多くの知識、技能が消滅、散逸してしまうことは、中々避けられない。そのため、戦いのことのみならず、文化や学問の発展がウラヌギアに比べると、全体的に遅れてしまっているのだ。
しかし、ウラヌギアには元から無いもの。あるいはかつてあったが、今は失われたものが、ドナルレヴェンには存在しており、その点において、ウラヌギアに勝っている部分もある。
中でも代表的なものは、やはり魔術であろう。
神々が、人間に許した秘術。物理的に破壊することができないエルヴィムと戦うために、エルヴィムに通用するように物理法則を歪めることができる力。
これは人類全員に与えられたものであるため、神官の結界のように、特別な者しか使えないものではない。子供であっても、そよ風を起こし、蝋燭に灯す程度の小さな火なら生み出すことができる。
しかしもちろん、戦いに使えるようになるには、訓練が必要である。民間にも魔術を教える塾のようなものはあるが、やはり一番優れているのは、王立魔術学校である。授業料は中々高額なため、貴族や裕福な商人など、恵まれた人間しか入ることはできないが、最高峰の技術を学ぶことができる。
そこで学び育った人間は、魔術師を名乗るに恥じない実力者となる。一人で、魔術をほとんど使えない千人の集団と戦っても勝てるほどだ。
燃料も必要とせず、炎を撒き散らし、弓矢が降り注ごうと、風で吹き飛ばす。補給路を断っても、空気中から水を生み出し、城壁が建てられていても、煉瓦そのものに動くように働きかけ、崩すことができる。無論、そこまでのことができるのは、天才と呼ばれる一握りだけであるが、そこまでいかなくても、魔術を使わない場合の戦術、戦略を根底から覆すシロモノとなることは間違いない。
ゆえに、戦いにおいてはまず、魔術を使える者を味方に引き入れることが、重要とされる。より多くの魔術師を、より手練れの魔術師を。
けれど、では魔術師が戦闘の全てかと言えば、他にも無視できない要因がある。
九百年前、罪を犯した魔術師が徒党を組み、領主の城を襲った記録がある。結果は、魔術師たちの敗北となった。領主側が、より多くの魔術師を自軍の兵として召し抱えていたのかと言えば、そういうわけではない。
魔術以上に、戦いを左右する要因。それは『神殿』の存在である。
◆
五月五日、午前三時十五分。
ジェイン率いる、ギモージア捕縛の部隊は、神殿の前に到着した。神殿の庭には、五百の傭兵たちがいて、陣形を組むようなこともなく、ぞれぞれの傭兵団ごとに集まっていた。向こうからこちらに攻め入る予定であったのが、間に合わなかったというところだろう。
(早く片をつけなくては)
朝までにギモージアを倒せなければ、ジェインとギモージアの戦いだけに収まらない。
ゾシウに住む民は、まだ多くは寝静まっている。流石に領主の兵が動いているのだから、気づいている者もいるだろうが、まだ様子を見ている。
しかし、朝になっても決着がつかなければ、町の一般人も、戦いに参加するだろう。自分たちの町を、ギモージアの横暴から護るため、進んでジェインに手を貸すだろう。
ゾシウの民は、周囲の領、国の中央から、裏切り者の領民として嫌な目で見られてきた。それでもダーリング家が、民からの忠誠を無くさなかったのは、代々の領主の人望と能力ゆえというしかない。
その優れた才覚と、人を引き付ける魅力が、これまた中央から反逆の可能性を恐怖される原因になるのだが、それはともかく――ゾシウの民は、周囲から助けてもらえるなどという期待は持たない。自分たちで何とかしようとする気風がある。
今までは、ギモージアが、神殿という生存に直結する機関のトップであったがために、手出しできず、屈辱に内心血涙を流していたが、ジェインが立った以上、もう遠慮はするまい。ギモージアを倒すため、死も覚悟で戦場に身を投じるだろう。
(それは駄目だ!)
だが、そんなゾシウの民がとるだろう行動は、ジェインとしてはさせてはいけないものだ。領主の誇りに懸けて、護るべき領民に、自分の力不足の尻ぬぐいをさせてしまうなど、あってはならない。
公一を戦線離脱させた思いと、同様である。民の手を、魔物やエルヴィム相手ならまだしも、人間同士、同族同士の戦いなどで、汚させたくはない。共食いと言ってもいい、情けない戦いに、巻き込みたくはない。
(戦うのは私の仕事だ!)
強い責任感を胸に、ジェインが声を張り上げた。事前に風魔術を唱え、空気の振動を強くし、声を大きくするようにしたうえで。
「ギモージア神殿長! 領主の権限を持って、貴殿を捕縛する。盗品売買への協力、盗賊の手引き、禁制品の所有、その他の罪状の証拠が、既に確保されている! 潔く自首すれば、減刑も考えよう! いかに!」
減刑すると言うのは、嘘ではなかった。懲役が一年や二年短くなったところで、死ぬまで牢獄暮らしは変わらないだろうが。
魔術で大音量になったその声は聞こえていたが、ギモージアは姿を現すことなく、神殿内に身を潜めていた。
自ら戦場に出る勢いで声を張り上げ、人を駆り立てていたが、いざ神殿前にジェインの軍勢が現れると、怖くなったのだろう。それでも横柄な態度は変わることなく、ジェインを陰から、憎々し気に睨みつつ、呟いた。
「……来たか小娘。貴様に領主の権限があるなら、こちらにも神殿長の権限がある。そう、領主が死亡し、領主を継承する者もいない場合、領地の統治権は、国王の沙汰があるまで一時的に神殿長が担うことができる……! つまり貴様が事故で死んだということになれば、儂がオギト領の、ゾシウの町の権力の頂点……! 証拠など捨て去ってくれる」
たとえジェインが死んだとしても、ギモージアになど誰も従うはずはないし、国とて許すはずもないが、追い詰められた彼は、己に都合のいいことしか見ようとしなかった。
「やれぇぇぇっ!!」
それがギモージアの返答。傭兵たちは各々、武器を構えて前進した。
「……それが答えならば、是非も無し!」
ジェインは腕を上げ、振り下ろす。
「行くぞっ!」
『オォォォォォォォォッ!!』
雄叫びと共に、二百の正規兵たちも前に出る。
最終決戦の幕開けであった。
まず騎兵の槍が、最前列の傭兵に突き立てられた。盾をすり抜け、傭兵の心臓に穂先が突き立つ。
だが、
「この手ごたえはっ」
肉や骨とも、金属のものとも違う、弾力のある樹脂の塊を殴ったような、鈍い手ごたえが騎兵の腕に伝わる。そして騎士の胸に浮かんだのは、『何故だ?』ではなく、『やはり!』というものであった。
傭兵は騎兵の槍に押し倒されたが、さほどの痛みも無かったようですぐに起き上がる。
「『マチルガ』!」
「『ビュービート』!」
ジェイン側の兵が、起き上がった傭兵に向けて魔術を放つ。領主軍の主力となる、熟練の兵には及ばずながら、正規兵として鍛えられ、学んだ彼らは、十分に戦闘に使える魔術を身に着けていた。
火魔術は広範囲に放射され、どちらの方向へ動こうと、避けきることはできず、傭兵を包み込み火達磨にする。
風魔術は、炎に包まれて焼かれる傭兵に、圧縮された空気の弾丸を叩き付けた。頑丈な煉瓦も粉砕できる威力があり、金属の鎧もひしゃげさせ、衝撃で骨を折ることもできる。
しかし、焼かれ、撃たれ、衝撃で吹き飛んだ傭兵は、それだけされても、ムクリと起き上がり、平然と立っていた。火魔術の効果が切れ、炎が消え去ると、火傷一つ無い顔に、ニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべていた。
「こいつらっ! 結界を張っているぞぉぉぉ!」
一連の事象を見ていた騎兵が、自分の体験を周囲に伝える。
それが、ジェインたちが抱いていた懸念事項。傭兵が領主軍の倍の数というだけなら、鍛えられた自慢の兵たちを持ってすれば、勝てる自信があった。名のある、強力な傭兵が混ざっていることを考えても、集団全体で言えば互角以上にやりあえる。公一を逃がすまでもなかっただろう。だが、それだけではなかった。
傭兵たちを護っているのは、神殿が所蔵していた護符である。神殿がつくった簡易の携帯型結界。魔物を寄せ付けない『退魔型』ではなく、所有者の肉体が正常であることを保つ、戦闘用の『防壁型』である。攻撃を与え続ければやがて効力も切れるだろうが、おそらく十回は攻撃する必要がある。
傭兵一人を倒すことは、十人を倒すことに等しい。
つまり、傭兵五百人となれば、五千人の軍勢となるのだ。
魔術の攻撃力は、物理を凌駕する。しかし、その魔術でさえ防ぎきる、神官が生み出す結界と言う、圧倒的な防御力。それが、ドナルレヴェンの戦場において、勝敗を左右する、より大きな要因であった。




