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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第一章:ドナルレヴェン
26/63

25:暗殺者



「どこだ……どこだ……」


 声がする。声がする。探し求める声がする。


「見つからない……見つからない……」


 音がする。音がする。ページをめくる音がする。


 その声は自分の声。

 周囲に積み重なる無数の書物。

 百科事典に図鑑。科学、医学、生物学、哲学、民俗学、宗教学。

 漫画に小説、聖書に雑誌。紀元前から現代まで。

 あらゆる本を撒き散らし、探して探して、見つからない。


「どこにある……どこにある……」


 なんとしても見つけなくてはならない。

 見つけられなければ、自分はもう……。


 焦燥で気が狂いそうなその時、本の一つが眩く光り――


   ◆


 夜、ベッドの中で、突如公一は目を見開いた。


「…………‼」


 掛け布団を跳ね飛ばし、公一は上半身を起こした。目は大きく見開かれ、夢の余韻も、眠気の欠片もなく、完全に覚醒していた。ひりついたような感触を覚える背筋を、公一は指で摩る。


「何か……来ている?」


 吹き出た汗に濡れ、肌に張り付く衣服が気持ち悪い。しかしその不快感以上の焦燥に急き立てられ、彼はベッドを跳び下り、靴に足を入れる。体当たりするように足を運び、乱暴にドアを開いて廊下に出る。夜の廊下は暗く、明かりとなるものは窓から射す月と星の光のみ。


(……あっちだ)


 けれど、公一は行く先がわかっていた。なぜかはわからなかったが、肌がざわつき、夜の闇の中に、『悪いモノ』が潜み、蠢いているのだと教えているのだ。

 元の世界ではなかった奇妙な感覚に、公一は戸惑いながらも、戸惑いよりも強い奇妙な確信をもって、足を運ぶ。廊下を走り、階段を駆け抜け、暗がりの中を何にもぶつかることなく。


(この方向って)


 やがて、公一は進む方向から終着点を悟った。


(ジェインの部屋!)


   ◆


 ドアを力強く開け放つ音と、鈍い破砕音がほぼ同時に響き、ジェインは目を覚ました。夜光百合(シャイニング・リリー)を入れた花瓶につけられたスイッチを捻ると、花瓶の内部の弁が開く。夜光百合に水が与えられ、この特異な植物は光を放つ。部屋全体を照らすほどでなく、手元の本を読める程度の明かりであったが、ジェインはそれで音の正体を把握することができた。

 一人の少年がドアを開いていた。ドアにかかっていたはずの鍵は力づくで壊され、ドアノブにもいくらか歪みが生まれている。少年は荒い息をつき、顔を紅潮させた様子でジェインに真っ直ぐ視線を向けている。


「コーイチ? え、なんで?」


 正確な時間はわからないが、ベッドの枕側の壁に位置する窓からは、月が輝いているのが見える。太陽はいまだ昇る気配もない。

 ここは屋敷の主の部屋。この地の領主にして、うら若き乙女の寝室。施錠はしっかりと。何人たりとも入ってはならない。特に猿と紙一重の理性しかない男性という生き物は絶対に。

 ジェインの服は体にピッタリとあった、光沢のあるシルクの寝間着。前開きの長袖シャツとズボン。露出は少ない格好であるが、体の曲線ははっきりわかってしまうし、薄い布地は現状において酷く頼りないものに思えた。


(これってまさか……)


 ジェインの頭の中に熱が生まれ、頬が赤く染まっていく。

 公一の表情は焦燥、恐怖、勇気、決意――様々な感情が混ぜ込まれているようであった。その顔に似たものをジェインは知っている。経験の乏しい新兵が、恐怖にかられながらも勇気を奮い起し、覚悟を決めて戦地に進み、魔物などに挑むときの表情。ジェインが最も好むものの一つであった。

 逆にジェインが嫌う、男が女をただ都合のいい道具として見るような、邪な視線や、気色の悪い情欲といったものは欠片もない。そういった穢れた感情を宿した表情も、ジェインは多く見て来た。特にここ三年の間、神殿関係者の表情の中に特に多く。

 だから、公一が今ジェインに向けている感情は、ただ下卑た欲望ではないことはジェインにはわかった。わかったからこそ、どう反応したらいいのかわからなくなる。

 たとえ性欲に支配された男に襲い掛かられても、ジェインは冷静に対処し、容赦なく叩き伏せるだろう。公一が、ただ寝込みを襲ってきたというのなら、魔物退治と犯罪者の取り締まりの中で磨いた武を存分に発揮するまでだ。

 だが、公一はそうではない。ただ強い感情を持って、ジェインの前に立っているだけだ。

 勇気と決意を宿した視線を、女に向ける。それはつまりどういうことか。


(どういうことかって言うと……やっぱり、やっぱりそういうことなのかっ⁉)


 ジェインは軽くパニックになってしまう。


「はあ……はあ…………ジェイン」


 そして公一が次第に荒い息を整え、そして部屋の中に一歩踏み入れるのを見て、ビクリと肩を揺らす。


「ま、待て待て待て! コーイチ早まるな! そ、それは気持ちは確かに嬉しいが、さすがに急ぎすぎだぞ⁉ 私たちは出会ってまだ数日しかたっていない! も、もう少し互いを良く知るための時間を設けてだな!」


 掛け布団を抱き寄せ、胸元を隠す体勢になって慌てるジェインであったが、公一はよく聞いているとは思われなかった。


「いいえ。多分時間はありません」


 強い焦りを感じさせる、急き立てられた言葉。ジェインは追い込まれた気分になりながら、公一を押しとどめる言葉を探し、舌を回そうとする。けれど、何かしらの台詞が彼女の口から出る前に、公一は行動を起こしていた。


「ジェイン!」

「うわわわわわっ⁉」


 公一がジェインに覆いかぶさって、ベッドに仰向けに押し倒す。戦場を巡って来た彼女にとって、暴漢への護身術など身に染み付いたものであるはずだが、今回はまるで機能しなかった。頭が茹り、思考が弾けそうなほど混乱するジェインは、ただただ目の前の、間近に迫った公一の顔を見つめるしかなかった。

 必死なまでに真剣な、公一の顔を。


(うぁ……えっと、これ……ちょっとくらいなら……いい、かも?)


 何がいいのか、そこまで思考が回っていないまま、ジェインが短絡的な決意を固めてしまいそうになっていた、次の瞬間、強く不快な破砕音が部屋内に響き渡った。


「ふえぇっ⁉」


 ベッドの枕側の壁にあった窓のガラスが砕け、黒に覆われた人影が室内に躍り込んできた。ちょうど、公一が押し倒すまで、つまりほんの一瞬前まで、ジェインの頭部があった場所を、岩も粉砕しそうな速度の拳が切り裂く。

 人影は公一とジェインの上を跳び越え、ベッドを越えて床に着地した。その人影は、影がそのまま起き上がったような格好をしていた。髪も首も手足も、全て黒い装束で覆い隠し、顔には矢じり型の黒仮面を被り、目元以外に肌の見える箇所は無い。

 そして、夜光百合の光に照らされるその眼は、右が赤、左が黒の、左右別の色をしていた。


「お前っ、レダ・マッカを殺したっ……ジェイムズ・ディノニクス!」


 その眼を見て、ジェインは相手が何者かを悟る。ナピレテプに伝えられた、レダが最後に目にした相手。監獄に人知れず入り込んだ、謎の暗殺者。


「…………」


 しかし彼は何も言葉を返さず、ただその色違いの目からギラギラとした殺意を放っていた。公一がジェインの上からどき、暗殺者に対して向かい合う。ジェインの方も茹っていた頭を戦闘用に切り替え、枕元に常に置いてある護身用の短剣に、手を伸ばした。

 だが、ジェインは目を逸らしていなかったにもかかわらず、暗殺者の姿は彼女の視界から消えた。


「⁉」


 達人級の武力を持ったジェインは目の方も並外れている。飛び来る矢でさえ、見てかわすことができるほどだ。その実力をしてなお、相手を見失ったことは、彼女の心胆を冷やした。


(まずいっ、どこにっ)


 ジェインが恐怖を抑え込んで敵の姿を探そうとしていたところで、


「そこだっ!」


 公一がジェインの真横の空間に向かって動いた。何もないと見える空間に向かい、肩から体当たりをかける。すると、何もない空間から突如、黒づくめの暗殺者が姿を現した。


「ぐっ!」

「なっ⁉」


 暗殺者がどのように消え、どうして現れたのか、まるで理解できずにジェインはうろたえる。魔術であれ結界術であれ、こんなことはできないはずだ。

 ジェインが驚いている中で、暗殺者は公一の体当たりによって、窓の外まで吹き飛んでいく。公一もまた、全力の体当たりを仕掛けたため止まることができず、共に窓から外へ落ちていった。


「コーイチっ‼」


 ジェインが慌てて手を伸ばすが、少年を掴むことはできなかった。三階の窓から地面へと落ちていく少年を、女領主は見守ることしかできずにいた。


   ◆


(次があったら、もうちょっと自分と周りの位置関係を気にすることにしよう)


 少年は落下しながら、そんなことを反省する。とにかく頭から落ちて、頭蓋骨が砕けたり、首の骨が折れたりしたら嫌なので、せめて足から着地しようと身を起こし、足を下に向けるように踏ん張る。

 努力が実ったのか、ズダンという音を立てて、公一は着地に成功する。それだけ激しい衝撃があったにも関わらず、靴が破けるなどということはなかった。


(身に着けているものも強化されるんだろうか? 僕の着ている服や靴も、異世界の物だから『混沌』で強化されるのか?)


 少し気になったが、そんな場合ではないと、周囲を警戒することに努める。先に落ちたはずの暗殺者はどうなったのかわからない。だが、三階から落ちた程度でどうにかなるほど、生易しい相手とも思えない。


(建物や庭木が影になって、月明かりも届いてくれない。ほとんど真っ暗だ)


 公一は、向こうの世界ではあまり馴染のなかった、明かりの無い深い夜の中で、恐れを我慢しながら身構える。しかし不思議なことに、何となくだが周囲にある物が、視界に頼らずともわかるような気がするのだ。本来ない第三の手が自分にあり、それが伸びて手探りで周囲の物体を探り、自分に伝えているような、そんな感覚がする。


(なんだこれ……? ウラヌギア(向こう)じゃ感じたことがなかった。これも、肉体が強化されたせいか?)


 目が不自由な人間でも、前方に壁があること感じ取れるという。障害物があることで起こる音の反響や、障害物で音が遮られるのを聴覚によって感じとり、壁の存在を読み取っているのだという話であるが、それと同じことが起きているのかもしれない。あるいは、肌の触覚で、空気の流れを感じ取っているということも在り得る。いずれにせよ、公一はこの暗闇の中でも、何も見えないことは恐れないですみそうだった。


「……はっ!」


 公一は咄嗟にしゃがみ込む。頭上を、空気を切り裂く音が通り過ぎた。背後にいるのだ。


(離れなきゃっ)


 折った膝を再び伸ばす勢いによって、公一は左側にジャンプする。2メートルほど離れた場所に着地した公一は、暗殺者がいるはずの位置に対し、正面を向けて立つ。


「……どうしてわかった」


 初めて暗殺者が言葉を口にした。自分の攻撃を三度も防がれたことを、心から不思議がっているようであった。


「まるで見えているようだ。見えるはずはないというのに。なぜだ?」

「そんなこと……僕が知るか」


 殺し合いの中、公一は緊張で引きつりそうな喉をどうにか動かし、言い捨てる。


「……貴様、何者か」

「南郷……公一。公一が、名前だ」

「……変わった名だ」


 日本的な名前にそんな感想を漏らす暗殺者は、足を動かして公一を中心に周回する。よほど警戒しているらしく、公一の格好、構え、動きを凝視しているのが肌で感じられた。

 公一の方は戦い方などわからず単純に攻めあぐねていた。互いに攻撃を仕掛けずにいると、状況が変化する。

 闇が消え、光に照らされたのだ。


「!」


 二人の横から投げかけられ、彼らの姿を照らし出す光は夜光百合の花束から放たれるものだ。それを手にしているのは、着替える暇がなかったらしく、キャミソール姿のミシェルである。彼女は水魔術で空中を浮かせて運んできた水を、夜光百合にやりつつ、二人を見ていた。


「いやぁ、こんばんは」

「お客様のお相手、ご苦労様ですコーイチくん。はい」


 ミシェルの隣には、同じくキャミソール型ナイトガウンを着たナンシーが立つ。ミシェルと同じ形のキャミソールだが、色はミシェルが水色で、ナンシーはピンクだ。薄手の生地は下手すれば透けかねないもので、下着同然である。豊かな体つきの彼女らがそれを着ているのは、目の毒になるものであった。公一はともかく、暗殺者は何の感慨も抱いていないようであったが。


「しかし新入りに接客を任せるのは重荷に過ぎます。ここは我らが手助けしましょう」


 更に姉妹の右に立つのは、黒い上下の寝間着を着たザライ。こちらは執事服の姿とあまり違わない。寝起きでもきちっと背中を伸ばし、着替える余裕はなくとも、軍の時代から愛用している白手袋はしっかり嵌めてきている。


「だ、大丈夫ですか! コーイチさん!」

「見ればわかるだろう。怪我もない」


 貸し出された花柄ワンピース型のパジャマを着たナピレテプが、慌てて駆け付けて来た。ただ一人、寝間着ではなく黒いローブをしっかりと身に着けたエレが、落ち着きすぎた声をナピにかける。


「コーイチ、よくやってくれた。後は任せろ!」


 先ほどのパジャマに、赤い軍用コートを羽織り、立派な槍を手にしてジェインが現れる。


「暗殺対象が前に出てどうするんですか。ここは下がって私たちに任せてください」


 赤いナイトドレスの上に黒い軍用コートを羽織ったナナが、ショートソードを手にジェインを諫めながら前に出る。

 屋敷中の人間が呼び集められて駆け付け、暗殺者を囲んでいた。


「コーイチさん! これ!」


 ナピレテプが公一に、あの神造の聖剣を投げ渡す。昨日公一たちが掃除をした倉庫に、一時預けられていたそれを、急いでとってきたのだ。公一は剣を受け止め、抜き放つ。

 光を反射して煌々と輝くその白刃に、暗殺者は初めて目をひそめた。動揺したように身じろぎし、足を少し後ろに下げる。その剣が尋常のものでないことを察したのだろう。


「……ち」


 悔し気に声を漏らし、暗殺者はパチリと指を鳴らす。すると、八人の視線が集まる中で、彼の姿は突如消失した。


「なっ! どこに!」

「またか! 一体どうやっているんだ!」


 全員がその姿を見失うが、ただ一人、公一にだけは、敵が逃げ出していることがわかった。


「待て!」


 追おうとする公一であったが、ほぼ同時に破砕音があがり、次にメキメキという音を立てて庭木が倒れ込んできた。公一の進行を遮るように倒れた木に、公一はいったん足を止める。地面が衝撃で揺れ、土煙が立つ中、公一はすぐにその木を跳躍して乗り越え、暗殺者がどこにいるか探った。だが、手ごたえがなかった。先ほどまで感じていた、見えないものを感じ取れている感覚がない。


「……逃げられた」


 公一は剣を鞘に納める。

 振り向いて、折れた庭木を改めて見る。木の太さは公一の胴回りの二倍ほど、高さは公一の背の三倍ほどだ。あの時、掴んでいた暗殺者の位置と木が生えていた位置は、手が届く範囲内ではなかった。あの暗殺者は遠距離攻撃の手段も持っているらしい。それを戦闘中に使わなかったのは疑問であるが、何か制限でもあるのだろうか。


(あとで相談してみよう)


 また戦うことになるかもしれないと思いながら、公一はジェインたちのいる方に戻る。

 ジェインたちは、今後のことについて話を進めていた。


「ナナ、暗殺者を差し向けたのは誰だと思う?」


 問われたナナは一呼吸分、沈黙する。すぐに答えを返せなかったのは、誰であるかを考えたためではない。答えは一瞬で出ていたが、それを口にするのが躊躇われたためだ。


「十中八九……ギモージア神殿長かと」


 ジェインは渋面になり、悲痛な様子で首を振る。彼女もナナの答えを否定はできない。現状、ジェインにどうしてもいなくなってほしい相手は、破滅を待つ身のギモージアくらいのものだからだ。わかっていても、信じたくないことであったが。


「やはりそうか……そこまでするのか……」

「ジェイン様」

「わかっている。ここまでしたんだ。暗殺者で無理なら、手駒の傭兵を放つだろう。無防備でいては今度こそ殺される。兵の手配をするぞ」


 ジェインは嘆きと共に、決意表明をなす。


「決着をつけよう」


 時は午前二時。日の出にはまだ早かった。




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