24:オギトの歴史
盗品市場となっていた地下倉庫は相当に古いものだった。
おそらく造られたのは六百年以上前。前回のエルヴィム襲来が起こる前。ゾシウの町が建設された初期の頃に造られたものだ。
倉庫と言うよりは、もはや小規模の地下街。幾つもの通路が繋がり、多くは崩れて使えなくなっているものの、六本もの地上への出入り口が健在であった。誰からも忘れ去られた、この古い施設を改修し、ギモージアは悪の秘密基地としていたのだ。
倉庫内には幾人もの『従業員』がおり、留守番をしていたが、有無を言わさず捕縛した。
レダ・マッカの記憶と、締め上げた従業員によると、この地下の空間の存在を、ギモージアは神殿長になった一年後に知ったという。
発見は偶然であった。ギモージアが神殿の外に建てた別邸に、ワイン用の地下蔵を増設しようとしたときのこと。たまたま古い地下倉庫への通路を掘り当てたのだ。最初に発見したとき、宝物でもあるかと期待していたギモージアは、地下室には何もなく、ただの廃棄された倉庫であるとわかって不満だったが、同時にあることを思いついた。
当時既に、盗品を扱う悪徳商人と繋がりのあったギモージアは、彼らと相談し、その地下倉庫を使ってより大規模な盗品売買をすることを計画した。
地下と地上を繋げている通路の中で、まだ使えるものを調べ、出入り口のある土地を買い取って抑え、そこにはカモフラージュ用の店をつくった。地下倉庫を片付け、崩れないように整備した。一年の時間をかけて改装した地下倉庫は、盗人の隠れ家兼、盗品倉庫兼、盗品売買の会場として生まれ変わったのだ。ギモージアは盗人たちから料金をとって、そこを使わせた。
ギモージアの行った盗人たちへの協力はそれだけではない。地上ではレダ・マッカら盗賊に手を貸して盗みを成功させ、ゾシウの外に逃がしてやる。ジェインや兵士たちは、ゾシウの外に逃げて行った罪人に目が向く。その結果、他の町から盗品を持って入ってくる罪人には、目が向かなくなる。
盗品売買の協力、場所の提供、逃亡の手引き――犯罪者たちを保護することで、ギモージアが懐に入れた見返りは一日平均で金貨千枚にもなった。
「だが、それももう終わりだ」
ジェインはニヤリと笑う。
その場にいた盗賊や悪徳商人の仲間、隠れていた手配中の盗人らは全て捕え、『客』のリストも手に入れた。これから更に調査をすれば、千人以上の犯罪者を一網打尽にできる。
更に、倉庫に仕舞われていた金品は、ざっと見てもゾシウの町を十年は賄えるほどのものであった。大部分は持ち主の元に帰す手続きをしなくてはならないが、法律上、領地の予算に入れることが認められるものだけでも、かなりのものになる。
清廉潔白を心がけているジェインでさえ、多少、心がウキウキするのは致し方ないところであろう。何せオギト領には金がないのだ。
「それはそれとして……書類は増える」
午後七時、ひとまず屋敷に戻ったジェインは、既に用意された仕事の量を見て、机に突っ伏した。無論これは前段階に過ぎない。本格的に調査を進めれば、この数倍の量の書類が回ってくるだろう。
ひとまず英気を養うための夕食をとることにしたジェインだったが、夕食後のことを思うと上等な鹿肉のステーキも、美味しく感じられなかった。
「あの、流石に無茶ではないですか?」
末席で食事をとっていた公一は、気遣いの声をかける。先ほど、帰って来たジェインにお茶を運んだとき、その仕事量は目にしていた。
「無茶だよなぁ。でもやるしかないんだよなぁ……」
「でもこの量を毎日なんて……本当に人を雇うべきじゃないですか?」
「ん……私もそうしたいが、何せオギトだからな。あまり人は来てくれない」
悲しげに言うジェインはそれで説明はできたと思っているようだったが、異邦人である公一にはわからない。詳しく聞くべきか、聞かないべきか悩む公一であった。
(エレさんなら、『領分でない』と言うだろうか?)
人の心に踏み入るのは、その人との今後の関係に関わる、勇気を必要とする行為だ。けれど、重要なことであれば、知っておかねばまた別の問題となりうる。
公一は行動を決めた。
「……あの、ダーリング様」
「なんだ?」
ジェインの顔を正面から見て、公一は口にする。
「実のところ、僕はこの辺りの人間じゃありません。遠方の、それも情報に疎い人間です。ですから、オギトのことについて、全く知らないのです。ですから、なぜオギトが嫌われているのかわかりません。だって、悪い町には見えません。僕が見たのはこのゾシウの町だけですが、神殿の人が酷いこと以外は、町並みも綺麗で、店や品物も多く、たくさんの人で賑わっているのに」
少し見て回っただけの感想であったが、いくら辺境とはいえ、人が寄り付かないような町とは思えない。
食事を終え、レモンティーの入ったカップを手にしていたジェインは、目を丸くして公一をマジマジと見つめる。珍獣でも見ているかのような感じであった。ナナやザライも、似たような視線を向けている。
「知らない……だって? いくら遠方の出だからって……けどそんな嘘をついたところで何も……そういうことも、あるのか……?」
信じられないという様子であった。だが公一の言うことを信じたいという思いもあるようで、どう受け止めるべきか迷っている。
そこにナピが、やはり恐る恐ると口を挟んだ。
「あ、あの……コーイチさんの言っていることは本当です。コーイチさんとエレさんは、オギトの事情については知りませんし、わ、私もまだ説明していません」
「ん……そうか、君は知っているんだね?」
ジェインは納得してくれたようだった。そして、少し憂いを帯びた表情をして、手を動かし、カップの中のレモンティーを揺らして回す。どうしたものか考えながら。
「そうかぁ……じゃあ、私から説明するとしよう」
十回ほどレモンティーを揺蕩わせた後、意を決した様子でジェインは話し始める。自分の領地が嫌われている理由を。
「今から五百年前……前回の『エルヴィム襲来』の時だ。我が先祖、グレゴリオ・ダーリング・ヴォルスング・オギト三世は人類を裏切り、エルヴィムの側についた。それが、オギトが嫌われている理由だ」
◆
このドナルレヴェンにおいて、人類が神々に生み出されたのは五千年前であるとされている。しかし、確実に遡れるのは約三千年前までであり、それ以前にどのような国があり、どのように人々が生活していたのかという記録は残っていない。五百年に一度、エルヴィムの災厄に見舞われる世界では、記録は脆く崩れてしまうのが常なのだ。
ただ、現存している最古にして、現在唯一の国家であるイルテ王国の成立を、創歴〇年として扱っており、現在は創歴三〇〇一年になる。そして、イルテ王国の貴族であるダーリング家が始まったのが創歴一四一五年。このオギト地方を領地として与えられ、オギト領主となったのが創歴二二〇六年。約八百年前のことである。
「つまり、我がダーリング家は始まってから一五〇〇年以上の歴史がある、イルテ王国でも五指に入る古い家柄ということだ」
創歴二一八〇年代の頃が、ダーリング家の全盛期であった。二度にわたるエルヴィム襲来を潜り抜けた名家として、軍事力、財力も他家を凌駕していた。イルテ王家からも何度か嫁を貰い、現王朝が何らかの事情で潰えたときは、血統上、ダーリング家が次の王家となることが決まっているほどの権勢であった。
だが、創歴二一九二年――ザジリウス七世がイルテ国王となった時、事態は変わった。ザジリウス七世は疑心暗鬼の塊であり、ダーリング家が自分を暗殺し、国王にとって代わるつもりであるという妄想に取りつかれていた。ダーリング家を邪魔に思っていた別の貴族たち――早く言えば、ダーリング家以外の全ての貴族たちの協力もあり、状況は次々とダーリング家に不利な物となっていった。政治、経済、軍事、全ての力を徐々に削られ、時に暗殺者さえ送り込まれた。
いっそ、本気で王家に反旗を翻し、イルテ国王の座を奪っていたら成功していたかもしれないが、当時のダーリング家当主は哀しいほどにイルテ王家へと忠義を誓う武人であった。反抗など思いもせず、最終的に、『新天地を開拓し、国土を広げる名誉ある使命』という名目の左遷を受け入れて、まだ町も何も無い、荒野と森林の広がるオギトの地に、初代オギト領主として出向くことになる。
「しかし、我が先祖はそれでも頑張ったさ。王命どおり、原野を開拓し、町をつくり、人を住まわせ、借金してでも資金をつくってな」
創歴二二三一年に城塞都市ゾシウが完成。中央の都市に勝るとも劣らぬ、最新鋭の都市であった。その後は次第に人口も増え、まずまず順調に栄えていった。だが、その発展を見たイルテ王家は、またも疑心暗鬼に囚われる。
『ダーリング家は、左遷を命令した我々を恨んでいるに違いない』
下衆の勘繰りもいいところであった。しかし、人間は『自分のやることは他人もやる』と考えるものだ。一度、疑心暗鬼に囚われたら、そこから抜け出すのは難しい。どれほどダーリング家が忠誠を尽くそうと、面従腹背の輩と見なして決して気を許そうとはしなかった。
イルテ王国の中央から、最も遠い地方に左遷してしまったことも不味かった。情報が届きづらく、何か企んでいてもすぐにはわからないのだ。しかも、辺境で魔物と戦い続けたオギト領の兵士は、中央軍より遥かに練度が高く、教育を大事にするダーリング家の方針から、知的面も優れた人材がそろっていた。ある程度の開拓が進んだ時点で、新たな商売を行えるチャンスとばかりに商人も集まっていて、物資を手に入れる手段には事欠かない。後必要なのは、資金だけ。
その当時、開拓のために借金を重ねていたオギト領に、反乱を起こすような金はなかったが、逆に言えば資金さえあれば、強力な軍隊を組織して反乱を可能にできる状態であった。疑心暗鬼に囚われた王家や貴族たちには悪夢なことに、オギト領主は代々優秀であったのだ。それが、ダーリング家にとって幸福だったかどうかは、一概には言えないが。
「そして、ダーリング家が大きな資金を得られる機会が訪れてしまった。大商人ギーカ家との婚姻が持ち上がったのだ」
ギーカ家は酒屋を出発点とし、三代かけてあらゆるものを取り扱う大商人にのし上がった家系である。その財力はそこいらの貴族を遥かに上回るものであったが、まだ成金の域は出ていなかった。
そこで千年を超える名家であるが、立場の弱いダーリング家に娘を入れ、貴族の世界に入ろうとしたのだ。それをダーリング家が賛成していたのかは記録に残っていないが、疑心暗鬼に囚われていた者たちは焦った。
彼らは即刻、ギーカ家に別の縁談を持ち込んで、ダーリング家との婚姻を白紙にした後、オギト領への様々な嫌がらせを行った。商人たちに圧力をかけて物資の入手を困難にし、政策や工事状況にケチをつけて罰則を科した。
「あの手この手で邪魔をされ、借金が五倍くらいに膨れ上がった。まともにやっていたら、百年かけても払い終えることはない金額にしたところで、とりあえず中央の貴族たちも手を緩めた」
その後も細かい嫌がらせはあったが、それでもオギト領もダーリング家も完全な破綻を迎えることは無く、二百年以上の時が過ぎた。決定的な事態が起こったのは、創歴二四七二年。エルヴィム襲来の時期が、間近に迫っていた頃であった。
「その時の当主が、先に言ったグレゴリオ三世。彼は政治面より軍事面で突出した才能を表していた。オギト領の兵士たちを率い、エルヴィム襲来期が近づくにつれて活性化した魔物たちを駆除し、千足らずの兵で百体からなる下位エルヴィムの群れを打ち破ったことさえあった。だがその戦闘面での活躍が、またも中央を怯えさせることになった。その中央の中で、下位にある貴族が、恐怖と上位貴族への受けを狙って暴走し、一つの事件を起こした」
『二四七二年のバースデー』と呼ばれることになるその事件は、国王の生誕祭を祝うためにイルテの全貴族が王都フエリアに集まった日に起こった。グレゴリオ三世と、その妻子の宿泊に割り当てられた部屋が爆破されたのだ。
火魔術を扱えるドナルレヴェンでは珍しい、火薬を使ったその事件で、グレゴリオ三世の妻ジェシカと長男アイン、それに従者や護衛が五名、死亡した。グレゴリオ三世は咄嗟に魔術を使って爆発から身を護り、右腕を失いながらも命は無くさずにすんだ。
「下位貴族はすぐに捕まったが、親戚筋の上位貴族が動いた結果、死刑は免れ、家の相続権の剥奪などの罪の割には軽い刑で済んでしまった。グレゴリオ三世は賠償金を得ることはできたが、無論、そんなことで彼が許すわけはなかった」
グレゴリオ三世の憎悪は、創歴二五〇三年。エルヴィム襲来が起こってから三年経過した頃に解き放たれた。
「既に次男ジョンにダーリング家当主の座を譲った、七十歳のグレゴリオ三世は……エルヴィムと契約し、自分をエルヴィムと変えて、人類の敵となった。自分と同じように、エルヴィムになって人類世界を滅ぼそうと思うほどに、憎悪に囚われた者たちを集め、組織したうえで」
エルヴィムは、世界の全てを憎み、滅ぼすことしか考えていない。だから命乞いも交渉も通用しない。だから人間がエルヴィムの側に、身を置くことはできない。しかし、人間でなくなってしまえば話は別だ。エルヴィムの力で、人間から完全にエルヴィムへ変化すればいい。決して後戻りできない道であるが。
しかしどんな自分のことしか考えていない私利私欲に満ちた人間でも、エルヴィムになろうとは思わない。エルヴィムは、人間側の知識にある限り、飲食もセックスも行わない。金も使わず、芸術を愛でることもない。この世にある全ては、エルヴィムにとって破壊の対象でしかない。生きる者を苦しめて殺し、形ある物を壊して滅ぼすことのみが、エルヴィムの満足だ。そんな何も楽しみも喜びも無い、怨恨の化身になりたいなど、普通は思わない。人間である頃から、憎しみと恨みの炎に、身も心も焼かれているような人間でもなければ。
「エルヴィムとなった我が先祖は、まず妻子を殺した貴族の生き残りと、その貴族の家の人間を皆殺しにし、手あたり次第に殺戮をもたらした。老若男女の区別なく……犠牲者の詳細な記録は、当時の混乱の中で失われたけど、少なくとも一万人は下らないだろう」
ジェインの陰鬱な声に、公一は自身も辛い気分に陥る。けれど、話はまだ終わらない。
「グレゴリオ三世を始めとした、人類を裏切った者たちは当時の勇者たちと戦い、ついに倒されてた。だが敗れる直前、その身と引き換えに勇者を一人、死に追いやった。それが我が先祖のなした罪だ」
人類を裏切ったオギト領主。勇者を殺したダーリング家。その後、五百年間消えない汚名が刻まれたのだ。
「それでも、ダーリング家が取り潰されることは免れた。責任はグレゴリオ三世にのみあるとして、一族が罪に問われることはなかった」
グレゴリオ三世から家督を譲られていたジョンが、父であったエルヴィムとの戦いに、勇者や王家に献身的に協力していたこと。
エルヴィムという災厄が過ぎ去った直後で、オギト領を潰すような力がイルテ王家に残っていなかったこと。
三百年かけて、ダーリング家を虐げていたことに、流石に王家や貴族も罪悪感を抱えていたこと。
様々な事情や思惑が交錯した結果、ダーリング家は残った。それでもグレゴリオ3世が殺してまわった人々の親族や、破壊された町の民衆の恨みはオギトに向かった。貴族たちの恐怖の念も強まってしまった。神の教えに従って、魔物やエルヴィムから人々を護る神殿も、ダーリング家を警戒対象として見なすようになった。
「かくて、オギトは中央にとって、いつ牙を剥くかもしれない裏切り者の親族であり、いつか機会があれば取り潰す対象へと相成ったわけさ」
「そんな……」
グレゴリオ三世の行った復讐は、人類への裏切りであり、無関係の者にも及んだ間違ったものであるだろう。だが、その復讐心の原因は、周囲の愚かさにあった。あくまでダーリング家のジェインに聞いただけのことで、別の立場からすれば別の言い分があるのかもしれないが、それでも公一には言えることがあった。
「それダーリング様は……ジェイン様は全然悪くないじゃないですか!」
ダーリング家と区別するため、公一はジェインを名前で呼んだ。
公一の表情には怒りが表れていた。ジェインを忌み嫌う人々ばかりではなく、それを先祖の罪であるからと受け入れて、強がる笑いを浮かべるジェインに対しても。昨日出会ったばかりの、たった今事情を知ったばかりの自分ごときが、おそらく長年耐え続けた彼女に何か言うなど、おこがましいのかもしれないが、しかし言わずにはいられなかった。
その剣幕に、ジェインもナナたちもびっくりしている。
「そりゃ、僕はこの国のことも、この家のことも、何も知っちゃいませんけど……ジェイン様が何で五百年も前の先祖のことで、苦しまなくちゃいけないんですか!」
その叫ぶような言葉に、公一にとっても予想外なことに、エレも同意した。
「ローマとカルタゴ、徳川と島津か……? いや、こっちのことだ。だがそうだな。公一の言う通り、ジェイン・ダーリングに課せられるべき罪は無い……。ああ、私も、この私も、そう考える」
それは高名な裁判官の判決のような、奇妙な説得力を伴っていた。
「わ、私も……そう思います。ええ、ルル・エブレクニト様もきっと許す……ええと……多分、いえ、私は、私なら許します! あっ、いや、私なんかが許すとか言うことじゃ、でも、絶対悪くないと思います。本当に本当!」
ナピレテプもちょっとよくわからないが、必死な様子で訴える。
けれどジェインの表情は晴れず、
「……私は、先祖から名前と、家と、領地と、そして責任を受け継いできた。ならば罪も受け継がなくてはいけない。良いところは受け継いで……悪いところは受け入れないなど……我儘と言うものだろう?」
公一の怒りを、女領主は哀し気な微笑みで受け止める。その微笑みを公一は嫌だと思った。
「そんな風に笑わないでくださいよ……! 笑う時は、楽しくて、明るいものにしてくださいよ……」
自分を助けてくれた彼女が、自分の不利益も顧みず公一たちを助けて笑っていた彼女が、そんな顔をするのを見たくは無かった。
「そうだな。その通りだが……泣くのも嫌いでなぁ……許してくれ」
わかっていたことだったが、公一は自分が子供の我儘を言っているだけだと思い、むしろジェインに気を使わせてしまっている自分に嫌気がさす。誰にも彼にも、気を使わせてばかりだ。
「……すみません。勝手なことを言いました」
「いや……嬉しかったよ。ああ、本当に」
ジェインはすっかり冷めたレモンティーを飲み干し、カップを置く。
「さて、さっさと夕食も終わった。仕事にかかるとしよう。片付けをよろしく頼む」
「……はい」
ジェインが立ち上がり、椅子を戻して部屋を出ていく。
そして出ていく手前で振り向き、
「ああ……コーイチ」
「はい?」
ジェインが呼び止めた。彼女は微笑みを浮かべた顔で言う。
「……今後も、ジェインと呼んでくれていい。ダーリングじゃ、なくてな」
「……はい、ジェイン様」
「様もいい。この際、敬語もいらない。なんだか慣れてない感じがして、変だ」
「いやそれは」
「雇用主命令だ。ああ、ナピレテプやエレもだぞ!」
公一をからかい、ハハハと笑う。その笑顔は、哀しみの笑顔ではないことに、公一は少しほっとすることができた。




