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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第一章:ドナルレヴェン
22/63

21:監獄



 錆びた鉄に似た、鼻につく臭いが狭い地下牢の中に満ちている。


「まさか……」


 ジェインが見つめる先には、鉄格子を挟んで、一人の男の死体があった。その傍には細い短剣が転がっていた。刃渡り二十センチ、幅二センチ、戦闘に使えばすぐ折れる程度の作業用ナイフだ。

 男は壁に背をもたれさせ、座ったまま死んでいた。手枷で自由に使えなくなった両手が力なく垂れ下がり、足は胡坐をかく形になっている。裂かれた喉から流れた血は、囚人服を汚し、黒く固まっていた。


「最後に生きているレダが確認されたのは、昨夜の十時です。レダが殺されていることに気づいたのは、朝食を届けに訪れた看守で、時間は朝八時。状況を調べ、領主さまへと報告する準備をしていたところに、領主さま馬車が監獄に到着したのです」


 ジェインの隣に立つ看守の男が状況を説明した。ちなみに現在は午前九時過ぎである。


「看守たちのいる地上階からここまで、誰にも見られずに入ることは不可能です。抵抗した様子もありませんし、自殺ではないかと……」


 監獄は軽い罪を犯した者を監禁する地上の牢と、重い罪を犯した者を監禁する地下牢に分けられており、レダ・マッカが収監されたのは地下五階の、最も深い地下牢である。レダ以外に収監者はおらず、いつレダが殺されたのか気づいた者はいない。

 監獄は厳重な監視体制になっており、誰かが侵入するのは確かに難しい。とはいえ、看守の推測も考えづらかった。


「自殺だと? 馬鹿な! どこからこんな刃物を持ち込めたと言うんだ。身体検査は隅々まで行ったはずだ!」


 ナナも声を出すことは無くとも、ジェインと同意見だ。なにせレダ・マッカは金貨百枚の賞金首だ。相応の扱いをさせてもらった。

 髪の毛から尻の穴まで念入りに調べた。裸にし、傷口があれば、傷の下に何か道具を埋め込んで、体内に隠していないか調べた。水を大量に飲ませて、胃の中の物も吐かせた。数時間かけて厳しくチェックした後、囚人服を着せ、手枷を嵌めたうえで収監したのだ。だと言うのに、こんな短剣を持って入れるわけがない。


「何者かが忍び込んで殺したに違いない……!」


 しかし、地下牢は何人もの見張りが、幾重にも隙も無く警備しており、入ってくる者を見逃すはずはない。鉄格子に、鉄扉。窓は無く、壁は分厚いレンガを組んである。そのうえで神殿に結界も張らせている。どこも壊さず、誰にも見つからず侵入するなど、人間技ではない。

 だがどうやってかはわからずとも、何のために殺したかは推察できた。


「レダ・マッカを殺す必要のあった者となると……ギモージアしかいません」


 ナナの言葉を聞き、ジェインは思わず石壁を殴りつけていた。


「私のミスだ……!」


 昨日、ギモージアにレダが情報を吐こうとしていることを言ってしまった。レダが言おうとしている証言を消し去るために、手を打ったということだ。見張りの目や鉄格子はともかく、結界は神殿関係者なら無力化できる。ゾシウの結界の責任者は神殿長ギモージアであり、ギモージアが許可を出せば、どのような結界も無効化できるようになっているのだ。


「ここまでやるとは……迷わず殺すなど……!」


 ジェインは自分の油断を、甘さを恥じる。自分の価値観に凝り固まっていたことを猛省する。

 ジェインは『命は重く、大切である』という価値観を持っていた。人によって感じ方に違いはあるだろうが、大抵の人は同じように思うことだろう。

 けれど、思わない人間もやはりいるのだ。『命を軽く』扱う者たちは確かにいる。レストランに入れた予約を、時間の都合が悪くなったからキャンセルする――その程度の気安さで人を殺すような者がいる。それをジェインは頭では知っていたかもしれないが、本当の意味ではわかっていなかった。より正確に言うならば、わかりたく、なかった。


「反省は後ほどに。今、どうするのか指示を」


 悔やむジェインに、ナナは冷たく要求を行う。突き放した言い方であるが、なまじ優しくしない方がこの場合はいい。自身の失態を気遣われる方が、ジェインの気持ちは惨めになってしまうことを、長い付き合いの秘書官は知っていた。


「そうだな……その通りだ。まずは死体を調べて……犯人の手がかりを探すんだ。どこのどいつが、どうやって入ったのか」


 ギモージアの罪を知る者が殺された今、ギモージアを追い詰めるためには彼に雇われたと思われる殺人犯を見つけ出すしかない。


「プロの暗殺者の犯行となると難しいかもしれませんが……やってみましょう」

「ああ、頼む」


 希望的観測はしないものの逆らうこともなく、ナナはジェインの命令に従う。口では消極的なことを言っても、実際の行動は誰より迅速かつ慎重に進められるのがナナという女性であることを、長い付き合いのジェインは知っており、信頼していた。


「ところで……コーイチとナピレテプはどうした」


 この監獄には、ジェインとナナの他、レダを捕らえた公一たち三人もまた参考人として連れてこられていたのだが、レダが殺された牢屋にいるのはエレだけであった。

 凄惨な殺人現場を見ながらも眉一つ動かさぬ銀髪の男は、牢の出入り口に視線を向け、


「公一は外のトイレで吐いている。ナピは付き添いだ」

「ああ……そういえば顔を蒼くしていたか」


 そんな会話をしていると、話題に上っていた少年が少し重い足取りで地下牢の階段を降りて来た。その後ろから、心配そうなナピレテプがついてくる。今朝食べて来た物を、全て吐き戻した少年の顔色はまだ悪い。


「コーイチ大丈夫か? 無理せずに馬車で待っていてもいいぞ?」

「い、いえ……僕だけサボるというのは悪いので、いさせてもらいます」


 公一へ抱いていた羞恥心も忘れて気遣うジェインに、公一は感謝しながらも首を振る。何か役に立つわけでもないが、ジェインやナピレテプたち、自分とそう歳の変わらない少女たちが平気でいるのに、自分だけ逃げると言うのは情けなくて、いただけない話であった。

 しかし公一としては、死体そのものを嫌悪しているのではないし、恐怖を抱いてもいない。人として哀れみを覚えはするが、死体そのものへの忌避感は薄かった。


(……意外と図太かったのかなぁ、僕は)


 ただ、血の臭いが駄目だ。鼻先から脳にまで鉄錆が潜り込んで来るかのような、充満した血臭が公一を苦しめる。しかし、吐くだけ吐いたら、マシにはなった。

 この異世界に来てから、運動能力だけでなく、視覚や聴覚も向上している。嗅覚も同様だ。そのせいで、臭いに敏感になっている。特にこれまで、嫌な臭いを嗅いでいなかったので、余計に血の臭いが効いたのだろう。


(してみると……このゾシウは清潔なんだな)


 ゴミや汚物の処理を、上手く片付けている証だ。領主としての手腕を感じ取り、公一はますますジェインに対して、敬意の念を抱く。

 一方ジェインは、公一の返事に頷き、


「そこまで言うなら好きにして構わないが、別に私もここにとどまるわけじゃないぞ。調査などには役に立てないからな。邪魔になる。いずれにせよ、犯人を捕らえられるような手掛かりが出ると言うのは、望み薄だろうが」


 牢獄の監守の目を盗んで侵入し、対象を悲鳴の一つもあげさせずに殺害したうえで、また誰にも気づかれずに出ていく。そんな鮮やかな仕事をこなす者が、無様に手がかりを残すような油断をするとも思えない。


(だが証拠はなくとも、ギモージアが盗賊と関わっていることはわかっているんだ。強引にでも調査の手を伸ばせないか……)


 諦めきれずに何とかする手段を考えるジェインであったが、そんな彼女に声をかける者がいた。


「少しいいか?」

「ん?」


 ジェインが振り向けば、そこには氷の表情をした美青年の顔があった。


「何だ? 馬車で待っていたいなら」

「いや違う。おそらくわかる」

「? 何がわかるんだ?」


 黒肌銀髪の男は、レダの亡骸を指差し、


「この者を殺した犯人だ」

「……どういうことだ?」


 訝し気に言うジェインに詳しく説明することなく、エレはナピレテプの方を向く。


「ナピ。手を貸してもらおう。私が読み取ることを、お前が伝えるのだ」


 エレは、死んだレダの苦し気な顔を見つめて呟く。


「死者については、私の領分だ」


 そうしてエレが犯人を突き止められるか、試してみることになった。エレの願いで看守らには外で待機してもらい、殺人現場に残ったのはエレ本人と、手助けを頼まれたナピ、公一、ジェイン、ナナの五人だ。


「では始める」


 エレが長い指で、レダの額に触れた。


「『死の主がここに、汝の訴えを許す。()く、伝えるがよい』」


 それは許容にして命令。エレの方から教えてくれと頼むのではなく、教えることがあるのなら言うがいいという、上からの許可。民からの陳情に耳を傾ける、王の慈悲。死者の王の在り方。

 公一の眼には、レダの死体から暗い何かが浮き上がり、エレの指を昇っていくように見えた。

 そしてナピレテプの方は、エレのもう一方の手を、震える指先で恐る恐る握る。そして目を瞑り、逆の左手を、後ろで並んで見ている四人の方へかざす。


「『伝令開始』」


 その言葉が唱えられた瞬間、公一たちの視界が白い光に包まれる。実際に存在する光なのかわからないが、ともかくそう感じさせられた。

 やがて光が消えると、見ていた光景が移り変わっていた。エレとナピレテプは消え、レダの死体もない。場所も違う。さっきまで地下牢の通路側で、牢屋の方を見ていたというのに、今は逆に牢の中から鉄格子の向こうの通路を見ていた。


(これは……)


 公一は首を左右に振ってみたが、体を動かしている感じはあるのに、視界は変わらない。少しも動かない。これは、公一が実際に見ているものではない。他の者が見ている光景を、公一の視界に送り込んで見せている映像なのだ。


『さぁて……明日はうまくやらなくちゃなぁ』


 声が響いた。しかし肉声ではない。誰かが考えた内容が脳に送り込まれたのだ。


『まぁ相手は領主とはいえ、所詮は未熟な小娘だ。上手く取引してやるぜ』


 それは、レダ・マッカの思考。

 今、公一たち四人は、昨夜死んだレダ・マッカの経験を伝えられているのだ。




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